問いと解
街その物が燃え上がったような事件の数日後。
「よぉ、義手は馴染んだか? 」
足音が響く明かりのない通路。
白い両義手を付けた男に向かって、赤鎧の男は声をかけていた。
「えぇモルガンさん。でも少し、俺には重い気がします 」
「そのうち慣れる。今は背筋を伸ばして体感しろ、お前の人生が変わる日だ 」
背中を押されたカナギは、静かに明かりのある方を向く。
そして彼らが歩んだ先には、平等を表す一ミリの狂いもない円卓と、それを取り囲む円卓の騎士が居た。
(これが……円卓の騎士 )
円卓の雰囲気に気圧されるカナギ。
その緊張を解すようにモルガンは手を叩き、彼らの目線を自分に集めなおした。
「おまたせお前ら。知ってると思うが、追放されたランスロットに変わり、カナギ・レルタが新しい円卓となる 」
「異議あり〜 」
ぶかぶかな袖を上げたのは、絹のような金髪の騎士だった。
七宝つなぎの着物に、青いローブ。
そして白いモノクルという、物語の登場人物をごちゃ混ぜにしたような彼女は、『マーリン」と呼ばれる円卓の騎士だ。
「私は彼に、ユフナの後釜を無理だと思ってる 」
「なぜ? 」
マーリンは紙をばら撒き空中に固定。
見せつけるようなそれは、カナギが担当した事件の報告書だった。
「円卓の騎士は犯罪者にとって最も忌み嫌われる存在。だからさぁ〜、自衛する能力が求められる。でもカナギくんはとても弱い。報告書だけでも78回は死にかけている。はいこれじゃあ円卓の騎士になっても無駄死にするだけだね〜 」
人を小バカにするような言葉だが、それはマーリン也の心配。
そして選別だった。
この程度の言葉に気圧されるのであれば、円卓の騎士の重荷には耐えきれないという、ある種の慈悲。
けれどカナギはそれを静かに受け止めた。
「はい、俺はあの人のように強くありません。ですがあの人の代わりに慣れるよう励むつもりです 」
「何か考えはあるのかなぁ? それとも気持ちだけ? 」
「両方あります 」
カナギはユフナの活動をずっと見てきた。
休むことなく街を走り、犯罪者が暴れ間もなく、風よりも速く事件を対処する姿を。
そんな彼が断言したのだ。
彼の代わりになる考えがあると。
「まぁ、そこは結果が出ないと分からねぇもんだ 」
マーリンとカナギの間に入るモルガン。
その圧に二人は押し黙った。
「それに俺はカナギを買っている。こいつがもっと死線を潜り、経験を積めれば円卓の騎士並には強くなれると確信してる 」
「……まぁ、モルガンがそう言うならそうなんだろうね 」
「だからカナギ。いや、ランスロット 」
声の圧が変わる。
カナギは脅迫されるように身を引きしめた。
「その名に負けるなよ? 」
「はい 」
「じゃあ今日の会議を始める……前に、ランスロットから質問があるらしい。なんでも円卓の騎士になったら絶対聞いてみたかったことらしい 」
カナギは事前に話を通してある。
モルガンの目配せに頷いた彼は、目の前にいる円卓の騎士達に問う。
それは子供が思うような、純粋で棘のあるものだった。
「俺から見ればあなた達は、一人で国を落とせるほど強いと思います。それならどうして、犯罪者達を皆殺しにしないのですか? 」
「「「「「意味がないから 」」」」」
その即答に、カナギは納得いかなそうな顔をする。
「それも正しさだ。けど、正しさは一つじゃねぇよ 」
そんな空気の悪い円卓を和ませるように、モルガンはカナギの肩を叩いた。
そしてモルガンは自分の考えを語る。
「お前の言う通り、犯罪者を皆殺しにすることは可能だ。でもそれが終わったらどうなる? その犯罪者たちが持ってた資金、土地、家族のことは? その問題を解決せず放置し、新しい犯罪者を生み出したら? 要は、殺すことはできるがその後の問題の方が大きくなる。少なくとも俺はそう考えている 」
「なら、今犯罪者の犠牲になる人達は見捨てるのですか? 」
言い方は悪いが、カナギの問いは正論。
モルガンは言い訳することなくそれを受け止めた。
「あぁ。救われる人の方が多く、救われない人が少ない状況が、社会を維持するのに必要だからだ 」
モルガンは綺麗事を言わない。
社会が綺麗なものでないと知っているから。
「フォルセダー病って知ってるか? 」
「フォルセダーをつけなければ死ぬ病気ですよね? 子供に多く発症したと聞きますが 」
「その治療に打止め命令を出したのは俺だ 」
モルガンは目を逸らさない。
悪びれてないのでは無く、その犠牲を必要なものだと考えていたからだ。
「どう足掻いても、フォルセダーは兵器に改造できる。だから治療のために使わせた結果、それを奪うために子供たちが殺される事件が起こった。金の少ない親が子供を売ることもあった。一人を救うために、より多くの被害を生み出した。だから俺は見捨てた 」
「表向きにはね〜。モルガンくんは全員見捨てた訳じゃないし、フォルセダーをただの義手に見せ掛けて子供も救ってる 」
罪から目をそらさないモルガンをフォローするように、マーリンはモノクル越しに二人を見つめる。
「マーリン……裏でも治療が続いてるバレたら 」
「大丈夫大丈夫〜。それをバラすバカは居ないから 」
「でも見捨てたのは事実だ 」
「救われなかった人にとっては、救ってくれなかった人はみんな悪だよ? 自分だけ悪者ヅラすべきではないよ〜 」
席から立ったマーリンは、その目線をカナギへと向ける。
「カナギくん? 正しさなんて都合がいいものじゃないよ。正しさの中にも、必ず間違いが混じり合う。全員を救える唯一の正しさなんてこの世にない 」
正論を返されたカナギ。
彼はその考えを受け入れながらも、また無垢な問いを投げかける。
「ならば、どうするのが正解なのでしょうか? 」
「正解は結果で決まる。結果的に犠牲が多ければ失敗、犠牲が少なければ……社会的には成功だ 」
モルガンは真摯に語る。
今まで自分が見てきた戦争。犯罪者。犠牲者たちの上で成り立っている、薄汚れた社会を噛み締めるように。
「正しさは一つじゃない。けれど実行に移せることは一つしかない、それが方針だからな。だからこそ、この円卓がある。正しさを選ぶために議論する卓がある。そうやって、少しでも失敗を無くす。犠牲者を少なくするために頭を回す。そうやって社会を維持するのが、俺たちの役目だ 」
「なら……円卓は正義などではないのですね 」
「あぁ、俺たちは正義じゃない 」
モルガンは目を閉じる。
そのまぶたの裏には、ある人物が写っている。
「正義っていうのは、がむしゃらに人を救おうとする奴らのことだ。救った人が間違いを犯しても、救うことに失敗しても、ただひたすらに救い続ける暴走機関車。維持を目的とする社会には不要なものだ……まぁ、結果がでれば俺たちよりも多くの人間を救うかもな 」
カナギには、彼が誰を言っているのか分かっていた。
だから口を閉じた。
「もう質問はないか? 」
「はい 」
「なら会議を始めるぞ〜。この社会で救われてる人たちを守るために、この社会で救われない人たちを少しでも救うように。この円卓のように、語り合おうじゃねぇか 」
犠牲を出すことが間違いなのだとすれば、社会も正義も等しく間違いである
けれども歩みを止めない者がいる
人を救うために、盲目な平和に向かって歩もうとする者がいる
必ず犠牲が出る世界から、犠牲を無くそうと頭を回し続ける者がいる
そんな者たちを、私はこう呼ぼう
正義を貫き、間違いを背負って進む者
『正義の咎人』と
元円卓
リル・コルテが何処かに残した言葉より抜粋




