未熟な騎士2人
「あぁ、すみません 」
数年前。
生暖かな腐臭漂う裏の街でスリがあった。
その手口は単純なもので、ぶつかって盗むというあまりにも幼稚なものだ。
(……悪いな。だがこれでアイツらは)
財布を盗んだ男は悔いていた。
けれどその苦しみよりも優先することがあり、彼は足速に現場を去ろうとした。
「おっ? 」
けれど不運なことにぶつかってしまった。
拳を無造作に振り上げる、犯罪連なる裏ですら似つかわしくない、血濡れの女騎士に。
「……えっ? 」
「処刑 」
風船が割れた。
現場を見ていなければ、誰もがそう思うだろう。
「……えっ?? 」
現場にいたもの達は、皆マヌケな声を出した。
彼らは人を殺したことがある。
彼らは死体が見つからないよう、考えうる事で隠滅を測ったことがある。
それでも吐かなかった彼らは、頬にこびり付いた内蔵を触り、嗚咽を漏らした。
「な、なんだ!? 」
「騎士!? 」
「バカ言え!! あれが騎士なものか!!? 」
「……あっ 」
返り血ですら塗り潰せない赤の目が、犯罪者達に向けられる。
「処刑 」
拳に穿たれた風船が二つ。
死体が三つも増えた裏の街には、悲鳴すら上がらなかった。
「っう!!! 」
犯罪者の防衛本能。
周りの四人は武器を取り出そうとしたが、投げられた砂で三人は一瞬で遺体に。
辛うじて武器を取り出せた者はすぐさま銃を向ける。
「どこ」
見失い。
目の前にあるのは。
放たれた蹴りだった。
「ひっ!! にげろぉぉぉ!!! 」
血の雨が降り終わり、ようやく悲鳴があがる。
逃げる物。武器を取る物。隠れる物。
彼女は誰も生かす気はない。
「処刑 」
武器の乱射。
けれど騎士を殺すのには物足りない。
その歩みを止めることは出来ない。
「バケモ」
無骨な頭突き。
一人死ぬ。
「あっ? 」
頭のない死体を投擲。
壁と死体に押し潰され、三人死ぬ。
「ご」
遺言すら残せず引き裂かれた一人。
頭は屋上にいる狙撃手に投げられ、
「が」
体は逃げる犯罪者の足に投げられ、
「あっ 」
残った手足は適当に投げられ、適当に人の頭を吹き飛ばした。
「ひっ……あぁ…… 」
足の潰れた犯罪者たちは、爪先で必死に土を搔く。
逃げようとしているのだ。
けれど彼女はその頭を踏み潰していく。
「助けて……俺たちはただ」
「私たちだって必死に」
「待って! 理由が」
潰される事に、声は無くなっていく。
「俺たちに……生きる権利は無いのか? 」
最後の一人が潰れた。
そして彼女は、殺したあと疑問に思った。
(犯罪者に生きる権利などあるのだろうか? )
「やぁ。派手にやったねサナちゃん 」
サナ・カリナグラ。
それが血濡れの名前。
のちにアグラヴェインと呼ばれる騎士の名前だ。
「ランスロット…… 」
「私その名前きら〜い、リルって呼んでよ 」
「邪魔です 」
サナは今すぐでも犯罪者を殺しに行きたかった。
それを解っているのに、リルは興味無さげに黒い前髪をいじる。
「可哀想だと思わな〜い? 今キミが殺した人達のことを 」
「……はっ? 」
「最初に殺した人はさ、帰りを待つ息子が居るみたい。お金がすぐに必要で、仕方なくスリを働いた。なのに帰ることも出来ずに殺されるなんて……可哀想でしょう? 」
「犯罪者に生きる権利なんて無いでしょう? 」
「ふっ。理由から目を背けてる癖に、偉そうだね 」
「……退かしますよ? 力づくで 」
そう意気込むサナに、リルの目が向けられる。
闇にも呑まれず、光すらも反射しない、黒い目が。
サナは異様さに半歩下がってしまう。
けれどリルは興味を無くしたように、腰にぶら下げた本を開いた。
「さて、もうすぐ会議の時間だよ。急がないと遅刻しちゃうかもね〜 」
「………… 」
「おやおや〜? 正義を名乗る騎士が、些細な規律すら守れないのかな? 」
「……ちっ 」
「帰り道は気をつけて〜 」
言いくるめられたサナは円卓へ続く帰り道を歩む。
けれど、大きな疑問が思考の中を掻きむしっていた。
(なぜ円卓の騎士は、犯罪者を皆殺しにしないのでしょうか? )
裏、そこに犯罪者が居ることは騎士も民も知っている。
ならばすべて焼き払えばいい。
捕まえてもどの道処刑するのなら、そっちの方が効率がいいとサナは思う。
だが円卓の騎士はそれをしない。
それがやる気がないように見えて、彼女は苛立っていた。
「……ば、バケモノ!! 」
コツリと、サナの後頭部に小石が投げられる。
振り返る。
そこには今にも泣き出してしまいそうな子供が震えていた。
「……なに? 」
「お、お前がバケモノだから! みんなを守らなきゃ!! 」
「…………は? 」
サナは意味がわからなかった。
犯罪者を殺している自分がバケモノと呼ばれる理由が。
そもそも今、子供は石を投げた。
裁くべき犯罪者では無いのだろうかと、サナは思った。
「……意味がわからない 」
子供の目に写るサナは血にまみれていた。
けれど彼女は意味を理解できなかった。
もう一度石が投げられる。
頭蓋に鋭い衝撃がひびく。
サナは首を傾げ、ただ疑問に思いながら、子供の隣を通り過ぎた。
時間の無駄だと思ったからだ。
(……ねむい )
サナはもう五日は寝ていない。
寝る暇があるなら犯罪者を殺すべきだと思っていたから。
だが人には限界がある。
体は動いているのに、彼女の脳は夢に包まれていた。
『ただいまお母さん!! 』
『あら、おかえり 』
その中では、過去がパラパラとめくられる本のページのように流れていく。
それはサナが子供の頃のものだった。
『ただいまお父さん!! 』
『あぁおかえり 』
『ただいまお姉ちゃん!! 』
『おかえり〜!! 今日も元気だね〜!! 』
『ただいま? 』
その日の玄関は、やけに暗かった。
サナは薄暗い廊下の先をただ見つめていると、知らない男から首を掴まれ、リビングに引きずり込まれた。
そこには血と死体が三つ転がっていた。
「……なんで寝てるの? 」
「ごめん……ごめんな…… 」
ナイフを持った男は泣いていた。
それでもその刃は、背の小さなサナに振り上げられていた。
彼女の思考は死の間際であるのにまとまらない。
極限な彼女の本能は、殺せと体に命じた。
「おっ!? 」
子供の拳が、その腹を打った。
彼女の思考はまだまとまらない。
「死ね 」
本能は殺すために体を操った。
「死ね 」
振り下ろされる拳は男の鼻を砕いた。
「やめっ」
「死ね 」
何度も振り下ろされる拳は、次第に赤くなっていく。
歯を殴ったからか、手の傷は増えていく。
けれど拳は止まらない。
「死ね!!!!! 」
一段と鈍い音がひびく。
思考と本能が一致した瞬間だった。
「っ!? 」
玄関には二人組みが立っていた。
それは鎧を着た騎士だった。
「キミが……やったのか? 」
「どうして速く、来てくれなかったの? 」
少女は疑問に思った。
騎士は答れなかった。
「なんで? ねぇなんで? なんで? ……どうして? なんで私が…………生きてるの? 」
感情から絞り出された疑問。
「っ!? 」
その瞬間に、サナは目覚めた。
いつの間にか円卓に着いている。
(もっと犯罪者を殺さないと…… )
「サナ隊員 」
「……なんです? 」
サナの前に立ちはだかったのは、青い鎧を着た一人の騎士だった。
「あなたを裏への立ち入りを禁止します。言い分はあとほっ!? 」
苛立っていたからか、サナはすぐに胸ぐらを掴んだ。
鎧は紙のように歪んでいる。
「なぜ? 」
「あ、あなたは見境が無さすぎる 」
「見境? 犯罪者は全員処刑するのが法でしょう? いくら殺しても問題ないでしょう?? 私より弱いんですから……邪魔しないでください 」
「あなたは」
「あぁ、犯罪者を庇うのですね? 」
明確な殺意が向けられた。
瞬間、その放たれた右拳は小さな白い義手に阻まれていた。
「ゆ、ユフナ隊長…… 」
「下がっていいですよ 」
「っ!? 」
サナは咄嗟に後ろに飛ぶ。
いつからかユフナの右手には、抜き身の短剣が握られていた。
「ユフナ……隊長 」
騎士に興味が無いサナでも、ユフナは知っている。
あのユフナ。
三千人を孕む犯罪組織を、単独で皆殺しにしたと有名な、騎士らしからぬ騎士。
だからこそ、サナは疑問だった。
「なぜ貴方が? 犯罪者を大量に殺したあなたが、邪魔するのです? 」
問い。
ユフナはそれを無視した。
「そこの後ろの人? 」
「……あっ、私ですか? 」
サナの後ろにいる女性騎士に、ユフナは柔らかくほほ笑みかける。
「窓を開けて、左にズレてください 」
「あっ、はい!! 」
開けられた窓からガタンと音がひびく。
サナの体は空中にあった。
「……はっ? 」
遅れて感知した腹部への衝撃。
ひびく音。
もがいてももう遅い。
何もできないサナはそのまま円卓都市の外に着地した。
「さて、ここなら邪魔は入りませんね 」
いつの間にかすぐ側にいるユフナ。
彼は一本の剣をサナへと投げ渡した。
「正義を果たそうとする騎士、それを邪魔する騎士。なら、やる事は一つでしょう? 」
「……決闘 」
「えぇ 」
首を傾げて笑うユフナの眼前。
死すら巻き上がる剣が迫る。
それはサナが邪魔者に振るったもの。
けれど単調や剣筋。
ユフナは短剣の先でそれ弾き、近くなったサナの顔面に膝を打ち込んだ
「……くっ 」
水音をふくむ鈍い音。
噴き出す鼻血。
サナはよろけ、その足が止まる。
「貴方が処刑した犯罪者は、僕が捜査してたんですよ。仕事の失敗を押し付けられてクビになって、子供二人と共に路頭に迷ってしまった 」
「だから……罪を見逃せだと!!? 」
「いいえ。ただ、そんな状況の人を殺しても意味がない。残った子供二人はどうします? あなたはその子供を保護するよう手を回しましたか? 一つの事件を解決するために、二つの事件を起こしていませんか? 」
「犯罪者に生きる意味はない!!! 」
「えぇ、今のあなたに何を言っても無駄でしょう。だから 」
サナよりも圧倒的に小さなユフナ。
彼は優雅に髪を掻きあげ、短剣を逆手に構えた。
「徹底的に、あなたを負かす 」
「やっ てみろ 」
正論に増幅された殺意。
それごと振り下ろされるサナの剣は、鉄にも関わらずに形を歪ませた。
地面に剣が触れる。
土が裂け、血のように風が吹き上がる。
「考えなし。雑ですね 」
認識を許さない一閃。
サナの首に新たな穴が開く。
「っう!! 」
痛みに反射し、無造作な薙ぎを放つサナ。
見えぬ一閃がサナの左目を潰した。
「きさっ」
サナは背後に気配を感じた。
後ろに攻撃。
と思った瞬間には、両足首がバクりと裂けている。
「こっ」
開いた右脇に剣先が引っ掛けられ、引かれた剣は血管を裂く。
「っうう!!! 」
考え無しに叩きつけられた剣。
それは衝撃を吸収する地面に巨大なクレーターを生み出した。
けれど、サナは考えていなかった。
空に浮かぶ恐ろしさを。
全方位から放たれる斬撃の嵐を。
「失礼 」
頭蓋。頚椎。骨盤と脊髄。
人が生きるために必須な骨には、致死の斬撃が同時に浴びせられた。
「……? 」
けれどサナの殺意は、根底にある犯罪者への怨みは、ユフナを殺せと体を操った。
(致命傷。というか激痛で動けないハズ )
サナは未だ空中にいる。
そこで拳を振り上げた。
無造作。隙だらけ。
だがユフナの本能は、
「っ!! 」
回避を選択した。
「死ね 」
振り下ろされた拳は空気を掻き乱し、音の壁を突破した。
人を容易に吹き飛ばす風が爆ぜる。
(見えっ)
人の本能。
音による反射。
その僅かにも満たない隙に、サナはユフナの右腕を掴んでいた。
恋人が手を握るように。
けして壊さないように優しく、けして離さないようにおぞましく。
そして本能のまま、サナは体を後ろに仰け反らせ、音すら置き去りにする頭突きを放つ。
だが、
「ごぼっ 」
サナの耳から血泡を吹き出した。
ユフナは頭突きに合わせ、肘を眉間に打ち込んだのだ。
頭突きという首に負荷をかける攻撃。
万力の威力そのままにぶつけられた肘。
常人であれば即死する。
けれどサナは、もう一度体を仰け反らせた。
「死ね 」
先より速い一撃。
ユフナは再び肘をぶつけるが、たかが義手。
それは完全に粉砕された。
ユフナの左腕はもうない。
右腕は掴まれており、逃げようにも逃げられない。
「死ね 」
そしてサナは、剣を振り上げた。
過剰としか言えない。
先とは非にもならない一撃を放つために。
けれどユフナは目を細めていた。
目の前の血濡れ騎士を憐れむように。
(あぁこの人……本当に何も分かってないんだ。自分がどれだけ、ボロボロなのかを )
「死ね!!! 」
憐れみすら軽蔑に思う愚かな騎士は、本能と意志を合わせ、致死の剣を振り下ろした。
対してユフナは、投げ落とした短剣を足で掴んだ。
モルガンを除けば、ユフナは騎士の中で最速とうたわれる。
そんな者が放つ一撃。
亜音をこえた亜光速の蹴り。
「死なないでくださいよ? 」
軽々と人の認知をこえた一撃は、サナの剣を正面からぶつかった。
そして壊れたのだ。
歪み切った、サナの剣が。
(なぜ? パワーでは勝って)
困惑。
その隙に、ユフナはサナの両手首を切断。
そのまま足を首に絡めた。
「っう!! 」
サナの歯は容易く足を噛み潰す。
それで離すほど、ユフナの心は弱くはない。
ユフナの心は人間ではない。
「っ〜〜〜!!!!! 」
「なぜあなたは、犯罪者を殺すのですか? 」
絞め落とされながら、サナは問われる。
自らが逃げていたことを、認めたくなかったことを。
(なぜ? 許せないから死んで欲しいから殺したいから )
酸欠の苦痛。
肺が膨らまない不快感。
その中で彼女はようやく、答えにたどり着いた。
(そんなの……犯罪者と同じじゃないですか )
憎むあまり、憎むべき存在になっていたサナ。
彼女の意識は、ほの暗い思考の水底へと落ちていった。
「……はっ!? 」
「おはようございます 」
青空の元、反射的に体を起こすサナ。
その傍には両腕のないユフナがちょこんと座っている。
「寝れました? 」
「……えぇ。久しぶりに 」
「なら良かった。あぁそれと、手首はマーリンがくっ付けてくれるらしいです。お互い欠損しないですみますよ 」
「……義手を付ければ良いだけなので、それは別に 」
ユフナから目をそらすサナ。
けれどその先には、自らが開けたクレーターが広がっている。
整備された道を巻き込んだそれは、どれだけ自分が考え無しだったかを示している。
「最後の剣……なぜあなたの非力な一撃で壊れたのでしょか? 」
「剣が歪んでたんですよ。力が強すぎて、今のあなたみたいに 」
「……なるほど 」
少しの睡眠と力での敗北により、サナは冷静になっていた。
今の彼女には話を聞きいれるだけの余裕がある。
「……何故こんな回りくどい事を? 間違いを正すなら、円卓の騎士に報告するなりあったでしょう 」
だが彼女は素直ではなかった。
対し、ユフナは素直に言葉を返した。
「僕はあなたを間違いだとは思ってませんよ 」
「……? 」
「あれは度が過ぎる。でも、その強行で救われた人も居る。あの中には強盗殺人犯も居ましたしね。人を救うことが正しさだと言うのなら、僕はあなたも正しいと思う 」
「ならなぜ、こんなことを? 」
「自分を見直して欲しかったから、ですかね 」
手鏡を投げるユフナ。
それに映し出される真実は、ボロボロな女を映し出していた。
乾いた血肉はいつのものかも分からない。
「……こんなに酷かったんですね 」
「えぇ。あなたが犯罪者に並々ならぬ憎悪を持っているのも、犯罪者の被害を減らしたいという気持ちも知ってる。でも、自分を見れない人が救える数なんてたかがしれます。だから……自分を見つめ直して欲しかった 」
風吹く荒野でそう呟く少年は、サキにとって違和感を覚えるほど大人びて見えた。
「でもなぜそれを……ボロボロになってまで私に? 」
「あなたと僕は似てるからです。心が普通とは程遠い 」
風に吹かれながらユフナは言う。
「けれど、そんな者でも人を救うことができるんですよ。本能で生きれば化け物のまま。けれど自分を救い、他人を救おうと考え続ければ、人のように生きれるんです 」
「そんなに考えたら……疲れませんか? 」
「考え無しに生きるよりかはマシでしょう。少なくとも、今のあなたよりかはね 」
正論に押し黙るしかないサナ。
そんな彼女に、ユフナはほほ笑みかける。
「幸い、僕たちは強い。ならその余裕で、どうすれば多くを救えるか考えましょう 」
その優しい物言いは、サナの心に敗北を深く刻み込んだ。
戦いとして、人として、在り方として。
サナはすべての戦いに、ユフナに負けたのだ。
「鍛え直さなきゃですね 」
「その前にお風呂入りません? 相当臭かったですよ 」
「……思ったより口が悪いですね 」
「でも事実でしょう? 」
「……… 」
手が残っていればと後悔するサナ。
首を傾げるユフナ。
沈黙の後にサナはため息を吐き、そのまま帰路につこうとした。
瞬間、辺りに人影が現れた。
「だ、大丈夫ですか!? 血がそんなに……怪我人!? 」
こちらに走ってくるのは、薬品箱をかかえる若い男だった。
だからユフナは蹴りを放ち、その首をへし折った。
「医療行為だと言いながら、死体を回収するための袋を持っている 」
「っ!? 」
ユフナは目線だけで、あたりの人間を観察する。
「裏にはフォルセダーという兵器があり、肉体情報を取り出すために人の死体を使うことがある。強い肉体を求めてやってきた感じですかね? 」
「……… 」
「サナさん。考えることができれば、こういう殺した方がいい物も見つけられますよ 」
ただ立っているだけの少年は、その場にいるすべての人間に警告した。
言葉ではなく、目と雰囲気で。
少しでも動けば、全員殺すと。
けれど恐怖で動けなくなる犯罪者など、この中には居なかった。
「死っ」
██████████
犯罪者たちは目を差し出していた。
跪き、許しを乞うように血の涙を流し、盲目に救いを求める聖者のように、えぐりとった目を差し出していた。
「社会は維持のため、秩序は弱者を守るため。犯罪者は十人十色、それらすべてをひとまとめにすれば、いつかその不満は爆発する 」
いつからかサナの背後に立って居たのは、白い義手をつけた円卓の騎士。
リル・コルテだった。
「でも、どのような社会でも殺した方がいい人間は存在する。彼らのように、殺しに慣れ、思考を放棄したバカ共は特にね 」
恐怖と意味不明さに目を見開くサナへ、リルは優しく微笑んだ。
「まぁ、獣みたいな話だよ。人を襲う可能性があるからって、獣を絶滅させたらダメだろう? でも、人を喰った獣はしっかり駆除しなければならない。その見極めをするべきだよ、特にキミはね 」
「……はい? 」
リルはよく話すタイプのコミュ障である。
サナはバカである。
ユフナは空気を読んで黙っている。
ただただ、気まずい沈黙だけが続く。
リルはなぜ黙られたのかが分からない。
サナは未だに先の言葉を理解しようとしている。
ユフナはやっと首を傾げた。
「ところでリルはどうしてここに? 」
「カナギくんが二人が喧嘩初めてって叫んでたからねぇ。というかユフナ。なんで死んでないの? 」
「筋肉で止血してますので 」
「も〜う脳筋ちゃんめ……キミもいつか、自分を救えるといいね 」
「……? 救われてますよ。だって優しい家族が居るから 」
黙りこむリル。
その目は悔いを見つめ、表情は喜びを浮かべ、唇は不甲斐なさを示すように噛まれていた。
「キミの口の上手さは……ほんと誰に似たんだか 」
リルは静かにユフナの頭を撫でた。
義手であるにも関わらず、その手から温かさが感じられる。
少なくともユフナは温もりを感じていた。
「じゃあ、帰ろうか。この人たちは後で回収してくれるってさ。あぁそれと! サナちゃんはお風呂に入ることね〜 」
「……言われなくても分かってます 」
「おやおや〜? 何か吹っ切れたみたいだね。喧嘩して落ち着いた? 若いね〜 」
「いえ、普通に決めたことがあるだけです。私はこれから……会議中に寝ようと思います 」
「「…………はい?? 」」
そうして血濡れ騎士は、会議時間を睡眠時間に当てるようになった。
それにより出来た余裕で考え、人を救うために奔走。
そして彼女は、のちにこう呼ばれる。
円卓の騎士、アグラヴェインと。




