表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
円卓と呼ばれる者
45/48

未熟な騎士2人



「あぁ、すみません 」


 数年前。

 生暖かな腐臭漂う裏の街でスリがあった。


 その手口は単純なもので、ぶつかって盗むというあまりにも幼稚なものだ。


(……悪いな。だがこれでアイツらは)


 財布を盗んだ男は悔いていた。

 けれどその苦しみよりも優先することがあり、彼は足速に現場を去ろうとした。


「おっ? 」


 けれど不運なことにぶつかってしまった。


 拳を無造作に振り上げる、犯罪連(つら)なる裏ですら似つかわしくない、血濡れの女騎士に。


「……えっ? 」


「処刑 」


 風船が割れた。

 現場を見ていなければ、誰もがそう思うだろう。


「……えっ?? 」


 現場にいたもの達は、皆マヌケな声を出した。


 彼らは人を殺したことがある。

 彼らは死体が見つからないよう、考えうる事で隠滅を測ったことがある。


 それでも吐かなかった彼らは、頬にこびり付いた内蔵を触り、嗚咽を漏らした。


「な、なんだ!? 」

「騎士!? 」

「バカ言え!! あれが騎士なものか!!? 」


「……あっ 」


 返り血ですら塗り潰せない赤の目が、犯罪者達に向けられる。


「処刑 」


 拳に穿たれた風船が二つ。


 死体が三つも増えた裏の街には、悲鳴すら上がらなかった。


「っう!!! 」


 犯罪者の防衛本能。

 周りの四人は武器を取り出そうとしたが、投げられた砂で三人は一瞬で遺体に。


 辛うじて武器を取り出せた者はすぐさま銃を向ける。


「どこ」


 見失い。

 目の前にあるのは。

 放たれた蹴りだった。


「ひっ!! にげろぉぉぉ!!! 」


 血の雨が降り終わり、ようやく悲鳴があがる。


 逃げる物。武器を取る物。隠れる物。

 彼女は誰も生かす気はない。


「処刑 」


 武器の乱射。

 けれど騎士を殺すのには物足りない。


 その歩みを止めることは出来ない。


「バケモ」


 無骨な頭突き。

 一人死ぬ。


「あっ? 」


 頭のない死体を投擲。

 壁と死体に押し潰され、三人死ぬ。


「ご」


 遺言すら残せず引き裂かれた一人。

 頭は屋上にいる狙撃手に投げられ、


「が」


 体は逃げる犯罪者の足に投げられ、


「あっ 」


 残った手足は適当に投げられ、適当に人の頭を吹き飛ばした。


「ひっ……あぁ…… 」


 足の潰れた犯罪者たちは、爪先で必死に土を搔く。

 逃げようとしているのだ。


 けれど彼女はその頭を踏み潰していく。


「助けて……俺たちはただ」

「私たちだって必死に」

「待って! 理由が」


 潰される事に、声は無くなっていく。


「俺たちに……生きる権利は無いのか? 」


 最後の一人が潰れた。

 そして彼女は、殺したあと疑問に思った。


(犯罪者に生きる権利などあるのだろうか? )


「やぁ。派手にやったねサナちゃん 」


 サナ・カリナグラ。

 それが血濡れの名前。


 のちにアグラヴェインと呼ばれる騎士の名前だ。

 

「ランスロット…… 」


「私その名前きら〜い、リルって呼んでよ 」


「邪魔です 」


 サナは今すぐでも犯罪者を殺しに行きたかった。

 それを解っているのに、リルは興味無さげに黒い前髪をいじる。


「可哀想だと思わな〜い? 今キミが殺した人達のことを 」


「……はっ? 」


「最初に殺した人はさ、帰りを待つ息子が居るみたい。お金がすぐに必要で、仕方なくスリを働いた。なのに帰ることも出来ずに殺されるなんて……可哀想でしょう? 」


「犯罪者に生きる権利なんて無いでしょう? 」


「ふっ。理由から目を背けてる癖に、偉そうだね 」


「……退かしますよ? 力づくで 」


 そう意気込むサナに、リルの目が向けられる。

 闇にも呑まれず、光すらも反射しない、黒い目が。


 サナは異様さに半歩下がってしまう。

 けれどリルは興味を無くしたように、腰にぶら下げた本を開いた。


「さて、もうすぐ会議の時間だよ。急がないと遅刻しちゃうかもね〜 」


「………… 」


「おやおや〜? 正義を名乗る騎士が、些細な規律すら守れないのかな? 」


「……ちっ 」


「帰り道は気をつけて〜 」


 言いくるめられたサナは円卓へ続く帰り道を歩む。

 けれど、大きな疑問が思考の中を掻きむしっていた。


(なぜ円卓の騎士は、犯罪者を皆殺しにしないのでしょうか? )


 裏、そこに犯罪者が居ることは騎士も民も知っている。


 ならばすべて焼き払えばいい。

 捕まえてもどの道処刑するのなら、そっちの方が効率がいいとサナは思う。


 だが円卓の騎士はそれをしない。

 それがやる気がないように見えて、彼女は苛立っていた。


「……ば、バケモノ!! 」


 コツリと、サナの後頭部に小石が投げられる。


 振り返る。

 そこには今にも泣き出してしまいそうな子供が震えていた。


「……なに? 」


「お、お前がバケモノだから! みんなを守らなきゃ!! 」


「…………は? 」


 サナは意味がわからなかった。

 犯罪者を殺している自分がバケモノと呼ばれる理由が。


 そもそも今、子供(こいつ)は石を投げた。

 裁くべき犯罪者では無いのだろうかと、サナは思った。


「……意味がわからない 」


 子供の目に写るサナは血にまみれていた。

 けれど彼女は意味を理解できなかった。


 もう一度石が投げられる。

 頭蓋に鋭い衝撃がひびく。


 サナは首を傾げ、ただ疑問に思いながら、子供の隣を通り過ぎた。

 時間の無駄だと思ったからだ。


(……ねむい )


 サナはもう五日は寝ていない。

 寝る暇があるなら犯罪者を殺すべきだと思っていたから。


 だが人には限界がある。

 体は動いているのに、彼女の脳は夢に包まれていた。



『ただいまお母さん!! 』


『あら、おかえり 』


 その中では、過去がパラパラとめくられる本のページのように流れていく。

 それはサナが子供の頃のものだった。


『ただいまお父さん!! 』


『あぁおかえり 』


『ただいまお姉ちゃん!! 』


『おかえり〜!! 今日も元気だね〜!! 』


『ただいま? 』


 その日の玄関は、やけに暗かった。

 サナは薄暗い廊下の先をただ見つめていると、知らない男から首を掴まれ、リビングに引きずり込まれた。


 そこには血と死体が三つ転がっていた。


「……なんで寝てるの? 」


「ごめん……ごめんな…… 」


 ナイフを持った男は泣いていた。

 それでもその刃は、背の小さなサナに振り上げられていた。


 彼女の思考は死の間際であるのにまとまらない。

 極限な彼女の本能は、殺せと体に命じた。


「おっ!? 」


 子供の拳が、その腹を打った。


 彼女の思考はまだまとまらない。


「死ね 」


 本能は殺すために体を操った。


「死ね 」


 振り下ろされる拳は男の鼻を砕いた。


「やめっ」


「死ね 」


 何度も振り下ろされる拳は、次第に赤くなっていく。

 歯を殴ったからか、手の傷は増えていく。

 けれど拳は止まらない。


「死ね!!!!! 」


 一段と鈍い音がひびく。

 思考と本能が一致した瞬間だった。


「っ!? 」


 玄関には二人組みが立っていた。

 それは鎧を着た騎士だった。


「キミが……やったのか? 」


「どうして速く、来てくれなかったの? 」


 少女は疑問に思った。

 騎士は答れなかった。


「なんで? ねぇなんで? なんで? ……どうして? なんで私が…………生きてるの? 」


 感情から絞り出された疑問。


「っ!? 」


 その瞬間に、サナは目覚めた。

 いつの間にか円卓に着いている。


(もっと犯罪者を殺さないと…… )


「サナ隊員 」


「……なんです? 」


 サナの前に立ちはだかったのは、青い鎧を着た一人の騎士だった。


「あなたを裏への立ち入りを禁止します。言い分はあとほっ!? 」


 苛立っていたからか、サナはすぐに胸ぐらを掴んだ。

 鎧は紙のように歪んでいる。


「なぜ? 」


「あ、あなたは見境が無さすぎる 」


「見境? 犯罪者は全員処刑するのが法でしょう? いくら殺しても問題ないでしょう?? 私より弱いんですから……邪魔しないでください 」


「あなたは」


「あぁ、犯罪者を庇うのですね? 」


 明確な殺意が向けられた。

 瞬間、その放たれた右拳は小さな白い義手に阻まれていた。


「ゆ、ユフナ隊長…… 」


「下がっていいですよ 」


「っ!? 」


 サナは咄嗟に後ろに飛ぶ。

 いつからかユフナの右手には、抜き身の短剣が握られていた。


「ユフナ……隊長 」


 騎士に興味が無いサナでも、ユフナは知っている。


 あのユフナ。

 三千人を孕む犯罪組織を、単独で皆殺しにしたと有名な、騎士らしからぬ騎士。


 だからこそ、サナは疑問だった。


「なぜ貴方が? 犯罪者を大量に殺したあなたが、邪魔するのです? 」


 問い。

 ユフナはそれを無視した。


「そこの後ろの人? 」


「……あっ、私ですか? 」


 サナの後ろにいる女性騎士に、ユフナは柔らかくほほ笑みかける。


「窓を開けて、左にズレてください 」


「あっ、はい!! 」


 開けられた窓からガタンと音がひびく。

 サナの体は空中にあった。


「……はっ? 」


 遅れて感知した腹部への衝撃。

 ひびく音。


 もがいてももう遅い。

 何もできないサナはそのまま円卓都市の外に着地した。


「さて、ここなら邪魔は入りませんね 」


 いつの間にかすぐ側にいるユフナ。

 彼は一本の剣をサナへと投げ渡した。


「正義を果たそうとする騎士、それを邪魔する騎士。なら、やる事は一つでしょう? 」


「……決闘 」


「えぇ 」


 首を傾げて笑うユフナの眼前。

 死すら巻き上がる剣が迫る。


 それはサナが邪魔者に振るったもの。


 けれど単調や剣筋。

 ユフナは短剣の先でそれ弾き、近くなったサナの顔面に膝を打ち込んだ


「……くっ 」


 水音をふくむ鈍い音。

 噴き出す鼻血。

 サナはよろけ、その足が止まる。

 

「貴方が処刑した犯罪者は、僕が捜査してたんですよ。仕事の失敗を押し付けられてクビになって、子供二人と共に路頭に迷ってしまった 」


「だから……罪を見逃せだと!!? 」


「いいえ。ただ、そんな状況の人を殺しても意味がない。残った子供二人はどうします? あなたはその子供を保護するよう手を回しましたか? 一つの事件を解決するために、二つの事件を起こしていませんか? 」


「犯罪者に生きる意味はない!!! 」


「えぇ、今のあなたに何を言っても無駄でしょう。だから 」


 サナよりも圧倒的に小さなユフナ。

 彼は優雅に髪を掻きあげ、短剣を逆手に構えた。


「徹底的に、あなたを負かす 」


「やっ てみろ 」


 正論に増幅された殺意。

 それごと振り下ろされるサナの剣は、鉄にも関わらずに形を歪ませた。


 地面に剣が触れる。

 土が裂け、血のように風が吹き上がる。


「考えなし。雑ですね 」


 認識を許さない一閃。

 サナの首に新たな穴が開く。


「っう!! 」


 痛みに反射し、無造作な薙ぎを放つサナ。

 見えぬ一閃がサナの左目を潰した。


「きさっ」


 サナは背後に気配を感じた。

 後ろに攻撃。

 と思った瞬間には、両足首がバクりと裂けている。


「こっ」


 開いた右脇に剣先が引っ掛けられ、引かれた剣は血管を裂く。


「っうう!!! 」


 考え無しに叩きつけられた剣。

 それは衝撃を吸収する地面に巨大なクレーターを生み出した。


 けれど、サナは考えていなかった。

 空に浮かぶ恐ろしさを。

 全方位から放たれる斬撃の嵐を。


「失礼 」


 頭蓋。頚椎。骨盤と脊髄。

 人が生きるために必須な骨には、致死の斬撃が同時に浴びせられた。


「……? 」


 けれどサナの殺意は、根底にある犯罪者への怨みは、ユフナ()を殺せと体を操った。


(致命傷。というか激痛で動けないハズ )


 サナは未だ空中にいる。

 そこで拳を振り上げた。


 無造作。隙だらけ。

 だがユフナの本能は、


「っ!! 」


 回避を選択した。


「死ね 」


 振り下ろされた拳は空気を掻き乱し、音の壁を突破した。


 人を容易に吹き飛ばす風が爆ぜる。


(見えっ)


 人の本能。

 音による反射。


 その僅かにも満たない隙に、サナはユフナの右腕を掴んでいた。


 恋人が手を握るように。

 けして壊さないように優しく、けして離さないようにおぞましく。


 そして本能のまま、サナは体を後ろに仰け反らせ、音すら置き去りにする頭突きを放つ。

 だが、


「ごぼっ 」


 サナの耳から血泡を吹き出した。

 ユフナは頭突きに合わせ、肘を眉間に打ち込んだのだ。


 頭突きという首に負荷をかける攻撃。

 万力の威力そのままにぶつけられた肘。


 常人であれば即死する。

 けれどサナは、もう一度体を仰け反らせた。


「死ね 」


 先より速い一撃。

 ユフナは再び肘をぶつけるが、たかが義手。

 それは完全に粉砕された。


 ユフナの左腕はもうない。

 右腕は掴まれており、逃げようにも逃げられない。


「死ね 」


 そしてサナは、剣を振り上げた。

 過剰としか言えない。

 先とは非にもならない一撃を放つために。


 けれどユフナは目を細めていた。

 目の前の血濡れ騎士を憐れむように。


(あぁこの人……本当に何も分かってないんだ。自分がどれだけ、ボロボロなのかを )


「死ね!!! 」


 憐れみすら軽蔑に思う愚かな騎士は、本能と意志を合わせ、致死の剣を振り下ろした。


 対してユフナは、投げ落とした短剣を足で掴んだ。


 モルガンを除けば、ユフナは騎士の中で最速とうたわれる。

 そんな者が放つ一撃。


 亜音をこえた亜光速の蹴り。


「死なないでくださいよ? 」


 軽々と人の認知をこえた一撃は、サナの剣を正面からぶつかった。

 そして壊れたのだ。


 歪み切った、サナの剣が。


(なぜ? パワーでは勝って)


 困惑。

 その隙に、ユフナはサナの両手首を切断。


 そのまま足を首に絡めた。


「っう!! 」


 サナの歯は容易く足を噛み潰す。

 それで離すほど、ユフナの心は弱くはない。


 ユフナの心は人間ではない。


「っ〜〜〜!!!!! 」


「なぜあなたは、犯罪者を殺すのですか? 」


 絞め落とされながら、サナは問われる。

 自らが逃げていたことを、認めたくなかったことを。


(なぜ? 許せないから死んで欲しいから殺したいから )


 酸欠の苦痛。

 肺が膨らまない不快感。


 その中で彼女はようやく、答えにたどり着いた。


(そんなの……犯罪者と同じじゃないですか )


 憎むあまり、憎むべき存在になっていたサナ。

 彼女の意識は、ほの暗い思考の水底へと落ちていった。




「……はっ!? 」


「おはようございます 」


 青空の元、反射的に体を起こすサナ。

 その傍には両腕のないユフナがちょこんと座っている。


「寝れました? 」


「……えぇ。久しぶりに 」


「なら良かった。あぁそれと、手首はマーリンがくっ付けてくれるらしいです。お互い欠損しないですみますよ 」


「……義手を付ければ良いだけなので、それは別に 」


 ユフナから目をそらすサナ。

 けれどその先には、自らが開けたクレーターが広がっている。


 整備された道を巻き込んだそれは、どれだけ自分が考え無しだったかを示している。


「最後の剣……なぜあなたの非力な一撃で壊れたのでしょか? 」


「剣が歪んでたんですよ。力が強すぎて、今のあなたみたいに 」


「……なるほど 」


 少しの睡眠と力での敗北により、サナは冷静になっていた。

 今の彼女には話を聞きいれるだけの余裕がある。


「……何故こんな回りくどい事を? 間違いを正すなら、円卓の騎士に報告するなりあったでしょう 」


 だが彼女は素直ではなかった。

 対し、ユフナは素直に言葉を返した。


「僕はあなたを間違いだとは思ってませんよ 」


「……? 」


「あれは度が過ぎる。でも、その強行で救われた人も居る。あの中には強盗殺人犯も居ましたしね。人を救うことが正しさだと言うのなら、僕はあなたも正しいと思う 」


「ならなぜ、こんなことを? 」


「自分を見直して欲しかったから、ですかね 」


 手鏡を投げるユフナ。

 それに映し出される真実は、ボロボロな女を映し出していた。


 乾いた血肉はいつのものかも分からない。


「……こんなに酷かったんですね 」


「えぇ。あなたが犯罪者に並々ならぬ憎悪を持っているのも、犯罪者の被害を減らしたいという気持ちも知ってる。でも、自分を見れない人が救える数なんてたかがしれます。だから……自分を見つめ直して欲しかった 」


 風吹く荒野でそう呟く少年は、サキにとって違和感を覚えるほど大人びて見えた。


「でもなぜそれを……ボロボロになってまで私に? 」


「あなたと僕は似てるからです。心が普通とは程遠い 」


 風に吹かれながらユフナは言う。


「けれど、そんな者でも人を救うことができるんですよ。本能で生きれば化け物のまま。けれど自分を救い、他人を救おうと考え続ければ、人のように生きれるんです 」


「そんなに考えたら……疲れませんか? 」


「考え無しに生きるよりかはマシでしょう。少なくとも、今のあなたよりかはね 」


 正論に押し黙るしかないサナ。

 そんな彼女に、ユフナはほほ笑みかける。


「幸い、僕たちは強い。ならその余裕で、どうすれば多くを救えるか考えましょう 」


 その優しい物言いは、サナの心に敗北を深く刻み込んだ。


 戦いとして、人として、在り方として。

 サナはすべての戦いに、ユフナに負けたのだ。


「鍛え直さなきゃですね 」


「その前にお風呂入りません? 相当臭かったですよ 」


「……思ったより口が悪いですね 」


「でも事実でしょう? 」


「……… 」


 

 手が残っていればと後悔するサナ。

 首を傾げるユフナ。


 沈黙の後にサナはため息を吐き、そのまま帰路につこうとした。

 瞬間、辺りに人影が現れた。


「だ、大丈夫ですか!? 血がそんなに……怪我人!? 」


 こちらに走ってくるのは、薬品箱をかかえる若い男だった。

 だからユフナは蹴りを放ち、その首をへし折った。


「医療行為だと言いながら、死体を回収するための袋を持っている 」


「っ!? 」


 ユフナは目線だけで、あたりの人間を観察する。


「裏にはフォルセダーという兵器があり、肉体情報を取り出すために人の死体を使うことがある。強い肉体を求めてやってきた感じですかね? 」


「……… 」


「サナさん。考えることができれば、こういう殺した方がいい物も見つけられますよ 」


 ただ立っているだけの少年は、その場にいるすべての人間に警告した。

 言葉ではなく、目と雰囲気で。


 少しでも動けば、全員殺すと。


 けれど恐怖で動けなくなる犯罪者など、この中には居なかった。


「死っ」


██████████




 犯罪者たちは目を差し出していた。

 跪き、許しを乞うように血の涙を流し、盲目に救いを求める聖者のように、えぐりとった目を差し出していた。


「社会は維持のため、秩序は弱者を守るため。犯罪者は十人十色、それらすべてをひとまとめにすれば、いつかその不満は爆発する 」


 いつからかサナの背後に立って居たのは、白い義手をつけた円卓の騎士。

 リル・コルテだった。


「でも、どのような社会でも殺した方がいい人間は存在する。彼らのように、殺しに慣れ、思考を放棄したバカ共は特にね 」


 恐怖と意味不明さに目を見開くサナへ、リルは優しく微笑んだ。


「まぁ、獣みたいな話だよ。人を襲う可能性があるからって、獣を絶滅させたらダメだろう? でも、人を喰った獣はしっかり駆除しなければならない。その見極めをするべきだよ、特にキミはね 」


「……はい? 」


 リルはよく話すタイプのコミュ障である。

 サナはバカである。

 ユフナは空気を読んで黙っている。


 ただただ、気まずい沈黙だけが続く。


 リルはなぜ黙られたのかが分からない。

 サナは未だに先の言葉を理解しようとしている。


 ユフナはやっと首を傾げた。


「ところでリルはどうしてここに? 」


「カナギくんが二人が喧嘩初めてって叫んでたからねぇ。というかユフナ。なんで死んでないの? 」


「筋肉で止血してますので 」


「も〜う脳筋ちゃんめ……キミもいつか、自分を救えるといいね 」


「……? 救われてますよ。だって優しい家族が居るから 」


 黙りこむリル。

 その目は悔いを見つめ、表情は喜びを浮かべ、唇は不甲斐なさを示すように噛まれていた。


「キミの口の上手さは……ほんと誰に似たんだか 」


 リルは静かにユフナの頭を撫でた。

 義手であるにも関わらず、その手から温かさが感じられる。


 少なくともユフナは温もりを感じていた。


「じゃあ、帰ろうか。この人たちは後で回収してくれるってさ。あぁそれと! サナちゃんはお風呂に入ることね〜 」


「……言われなくても分かってます 」


「おやおや〜? 何か吹っ切れたみたいだね。喧嘩して落ち着いた? 若いね〜 」


「いえ、普通に決めたことがあるだけです。私はこれから……会議中に寝ようと思います 」


「「…………はい?? 」」



 そうして血濡れ騎士は、会議時間を睡眠時間に当てるようになった。

 それにより出来た余裕で考え、人を救うために奔走。


 そして彼女は、のちにこう呼ばれる。


 円卓の騎士、アグラヴェインと。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ