朽ちた剣
「お久しぶりです。ロリューレさん 」
リシュア達が案内された屋敷の一室。
そこで待っていた青髪の痩せ気味の男。
彼こそ、
「お久しぶりです、セフィラ様 」
ロリューレは頭を下げるが、セフィラはかなり困った顔をした。
「い、いえ。そこまでかしこまらず。長旅だったでしょうしお座りください 」
ロリューレは頭を下げて席に。
リシュアはその傍らで立っている。
「あなた達が向こうの国で指名手配された事は知っています。本日は匿われに来たという事でよろしいでしょうか? 」
「えぇ 」
「そうですか……結論を言えば、セフィラ家で匿うことはできます。が、匿わられる生活には自由がありません。フォルセダーという新兵器はご存知でしょうか? 」
「はい 」
「あれは応用が効きすぎる。嘘を発見する装置や、炎を発現させる魔法のようなものまで生み出されている始末。匿ってもすぐにバレるでしょうし、我が家で守るにしてもフォルセダーで集中狙いされれば守る術がありません。つまり…… 」
言いづらそうに言葉を詰まらせるセフィラ。
けれどロリューレの腹は決まっていた。
「私は頼みに来た身です。どのような条件でも飲むことを誓いましょう 」
「…………そうですか。ではとても言い辛きことを話しましょう。私の妻となって頂きたい 」
僅かだが、リシュアの殺気は揺れ動いた。
けれどロリューレにとっては意外な言葉ではなかった。
「敵国の情報を持つあなた達はとても危険な立場。けれど婚約するとなれば、ある程度の立ち位置は約束できます。批判は強いでしょうが、兄弟の居ないセフィラ家に血を残すため。情報を国に受け渡すためと、周りを納得させる理由ができます。そうなれば匿うよりも、遥かに自由を約束できますが……これは貴方にとって幸せな選択では」
「セフィラ様。私はなんでもする覚悟です 」
これを聞いても、ロリューレの決意は揺らがなかった。
彼女は自分よりも、リシュアの立場を少しでも良くするために動いていた。
その覚悟はあまりにも強固なものだった。
「……その覚悟に問い返すのは無礼でしょうね。分かりました 」
セフィラは呼び鈴を鳴らし、使用人二人を部屋に招いた。
「手続きはこちらが。長旅だったでしょうし、今日はごゆっくりお休み下さい 」
終始丁寧に対応したセフィラに、ロリューレ達は頭を下げた。
けれどリシュアの表情だけは、少しだけ歪んでいた。
彼は不甲斐なかったのだ。
力はあれど、立場で彼女を救えない自分が憎かったのだ。
けれど彼は誓い通り、彼女を守るために戦った。
「ターク・ロリューレを出せ!! 彼女は国家転覆を企んでいる!! 」
強行する兵士。
「気が済むまでお調べになっては如何ですか? けれど、正当な証拠が見つからないとなれば……その責任を取る覚悟はお在りですか? 」
リシュアはそれからロリューレを守った。
「ターゲットはターク・ロリューレ。彼女の誘拐だ 」
情報を狙う暗殺者の集団。
「行っ」
彼らは遺言すら残せず、リシュアの剣によって細切れにされた。
「戦場にですか…… 」
「あぁ。表向きには立場をはっきりさせろと言っているが、裏はキミを彼女から引き剥がしたいだけだろう 」
国から直々に、リシュア個人への徴兵命令が出た。
「受けなくてもいい 」
「いいえ、受けなければ貴方たちの立場が悪くのみです。けれどお約束ください……私が不在の時は、必ず彼女を守ると 」
「あぁ、もちろんだ 」
戦場に呼び出されたリシュア。
国は彼をその場で殺す気だった。
死因すら分からないほどぐちゃぐちゃに。
けれども、彼は強かった。
正面から飛んでくる弾丸。
背後から向かってくる凶弾。
それらすべては、リシュアの剣によって地に落ちる。
人も、兵器も、彼が振るう剣の前では平等。
ただ切られるのみ。
いつからか、彼には異名が着いた。
白き髭を生やす老人であるにも関わらず、時代遅れの剣を使い戦う姿を見て、戦場にいる誰もはいつからかこう呼ぶ。
この地獄の戦場でも生き残り、老い続け、兵士と同じく最前線で戦い続ける者。
『老兵』と。
切り、切り、切り落とす。
命ある者も冷たき者もすべて切る。
そんな日々を続けたある日。
「リシュア。少し話がある 」
「セフィラ様、何か? 」
リシュアは個室に案内された。
誰にも話が聞こえない、静かな部屋に。
「戦場帰りであるというのにすまない。だが、キミに伝えなければいけない事がある 」
この話が真面目なものだと、彼は察していた。
セフィラは護衛をつけていない。
それどころか、容易く人を殺せるリシュアとたった二人になるのだ。
それら全ては、リシュアにしか話せない事だと示していた。
「えぇ。なんなりと 」
「…………セフィラ家の辺り風が強すぎる。そのため……そろそろ証明しなければならない。私が妻を取ったのは、血を残すためだと 」
「……子を産むという事ですか。ロリューレ様はなんと? 」
「彼女は覚悟を決めている。だが……私は反対だ 」
セフィラは貴族としての丁寧な言葉ではなく、個人の、一人の男としてリシュアにこう投げかけた。
「彼女はキミの事が好きだ。そんなの彼女の信頼と目を見れば分かる。だから……私はできない。キミたちは秘密裏に逃がす。だから二人で幸せになってくれないか? 」
それはリシュアにとっては、あまりにも都合の良すぎる言葉だった。
なぜなら彼も、彼女のことが好きでしかなかったからだ。
けれどリシュアは冷静だ。
「なぜ、ロリューレ様のためにそこまで? 」
「……戦争が起こる前、私はロリューレ家に何度も言ったことがある。病弱で気味悪がられていた私は、ずっと庭を駆け回る彼女を目で追っていた。もはや……一目惚れに近いものだった 」
「……… 」
「そこから何度も話したよ。何度も、少しでも一緒に居られる時間を増やしたいと女々しい思いもあった……リシュア 」
恋した男として、セフィラはまっすぐリシュアを見つめた。
「私は彼女が好きだ。だから……幸せになって欲しい 」
それは覚悟だった。
「貴方たちを逃がした罪など、容易く受け止められる。私に両親は居ないから、罪が周りに降り注ぐこともない。リシュア……お前はどうしたい? 彼女が好きなお前は、彼女を好きなお前は……どうしたい? 」
何かを言いかけるリシュア。
けれどその言葉は飲みこみ、彼は少しだけ背筋を正す。
目先の幸福に飛びつけるほど、彼はもう子供ではなかった。
「お言葉ですがセフィラ様。あなたが惚れた女性は、誰かを犠牲にして喜ぶ人なのでしょうか? 」
「……いいや 」
「知り合った人を見捨て、己の幸せを感じられるほどの浅ましい人間なのでしょうか? 」
「……違う 」
リシュアには躊躇いがあった。
けれど、彼女の幸せのために言い切った。
「私は永遠の誓い立てた身。彼女が不幸に成らぬよう守ることが、私の役目なのです。セフィラ様……どうか、あなたの気持ちは行動にお移しください。その想いも持って、私と共に、彼女をお守りください 」
本心を押し殺したリシュアの丁寧な言葉。
セフィラは否定の言葉を返そうとしたが、これ以上何も言えなかった。
覚悟に対しての否定など、最も侮辱的なものだったからだ。
「あぁ、分かった 」
それからしばらくして、ロリューレは身ごもった。
「り、リシュア……なんか変な気分だ 」
「そ、そうですか 」
ロリューレとリシュアは、大きくなったお腹の前に緊張していた。
「出産って……い、痛いよね? 」
「男なので分かりかねますが……痛いらしいですね 」
「えぇぇ痛いのヤダよ〜リシュア!! 」
リシュアは困り果てていた。
守ると誓ったはいいが、出産の痛みから守る術を知らないからだ。
「ねぇリシュア。私よりも不安げな顔してるよ? 」
「まぁ…………はい 」
「……ありがとう。私を守ってくれて 」
少し唐突に、ロリューレはリシュアによって笑顔を向けた。
不安な時にいつもそばに居てくれるリシュアに、少しでも感謝を伝えたかったのだ。
「守るだけしか取り柄がありませんので 」
「そうそう。このこの名前さ、リシュアが付けてよ 」
「……!??!! 」
リシュアは動揺した。
冷や汗を吹き出すほどに焦った。
「い、いえ。それはあまりにも」
「セフィラにはもう話は付けてあるよ。彼もそれがいいってさ 」
逃げ場を奪われなリシュアは、走馬灯のように頭を回転させた。
それは戦場を渡り歩いた老兵にすら耐えきれない恐怖だった。
(断ることは無礼! しかし名前を付けることなど……昔飼ってたアリにしか名前を付けたことがない男だぞ!? 何か二人にふさわしい名など!! 名など…… )
「面白い顔してるね〜リシュア 」
「わ、笑わないでください 」
「いいよ、名前なんて深く考えずに。名前が生き様になるんじゃない、歩んだ人生が生き様になるんだから。あっ、余程酷いのはダメだよ? 」
その言葉。ロリューレの子供のような笑み。
冷や汗だらだらのリシュアは男らしく、腹を決めた。
「で、では…………ヴェールなど……如何でしょうか? 意味は」
「いいよ。信頼できるリシュアが名付けてくれた名前だから、意味はいらない 」
笑うロリューレは、そっと膨らんだお腹を撫でた。
その仕草は母親のものだった。
「ヴェール……あなたが産まれる世界に、後悔がありませんように。暗夜に飲まれようと、輝きを見失いませんように。あなたの清き行動が、上手く行きますように 」
ロリューレはそっとリシュアの手を引き、お腹の上にそれを乗せた。
「あなたが進む道の隣に、この強い人がずっと居ますように 」
ロリューレは新愛をこめて、その奥に押し殺した想いを込めて、リシュアに微笑みかけた。
それが最後の笑みだった。
「……リシュア 」
雨の中、守るものを失った男は呆然としていた。
その隣に傘すら持たないセフィラがやってくる。
「彼女は…………すまない 」
「謝らないでください 」
怒り、不甲斐なさ、悲しみ。
それらを押し殺した震える声で、リシュアは言う。
「お子様は無事なのでしょう? 」
「……あぁ。女の子だったよ 」
雨は降り止まない。
悲しみのように。
「…………ロリューレ様の死因は? 」
「出血が止まらなかったんだ……出血が多すぎて、止血すらできなかったと医者は言っていた……本当に、すまない 」
「謝るな 」
リシュアの手からは血が出ていた。
握り込む力が強すぎて、爪すらも剥がれかけていた。
けれどその行き場のない想いが収まることはない。
「謝るな。私たちには、やる事があるだろう 」
「あぁそうだ……彼女の子を守るんだ。どれだけ悔やんでも……守らなきゃいけないんだ 」
力を入れすぎたリシュアの指からは、音が響いた。
脆い心を踏み折るような、呆気のない音が。
「おじちゃん……誰? 」
赤髪の少女は、戦場帰りの老兵に問う。
「私はリシュア・カタスラフィ。あなたの執事です、困ったことがあれば私にどうぞ 」
「ならあの本取って!! 」
無垢な少女は、ふふんと自慢げに笑顔を浮かべた。
「リシュア〜見てみて!!! 虫!!! 」
少し背の伸びた少女は、元気に庭を走り回っていた。
「リシュア。紅茶を入れてください 」
大人びた少女は、優雅に紅茶を嗜んでいた。
「リシュア……どうかお気を付けて。あなたが無事に帰ることを願っています 」
16となった少女は、戦場へ向かう老兵を見送った。
少女であったヴェールは、いつからか大人になっていた。
(あぁ…… )
千の屍が広がる戦場で、返り血まみれの老兵は空を眺めていた。
(あなたが居なくなってからか、時の流れが速く感じます )
心とは裏腹に、戦場を駆けるその姿はあまりにも恐ろしいものだった。
生き物が体にまとわりつく蜂を恐れるような。
しゅるしゅると鳴く蛇を恐れるような。
根源的な恐怖が、目の前に迫るような。
老兵。
その名は忘れかけられた。
何者も逃がさぬ彼は、バケモノに他ならなかったからだ。
「……どうする 」
混乱した状況で、軍服を着た男たちは頭を悩ませていた。
とある事件をきっかけに、戦況が大きく傾いたからだ。
「あの逃がし屋のせいで! 多くの民が反乱を起こした!? そもそも私はあんな子供に大役を任せるなど反対だったんだ!! 」
「結果論でいえばどうとでも言える!! 問題は敗戦が起こったあとだ!! 誰が戦争の責任を取る!! 」
「兵士たちに責任を負わせようと、何人かの責任者は処刑しなければならない 」
「あぁ……そうだな。戦場で活躍したあの狙撃手は適任だ。後は貴族を何人か」
「セフィラ家などどうだ! あの貴族には隠し事が多い!! でっち上げるにはちょうどいい!! 」
静かに、会議室の扉が開く。
剣を抜いたリシュアが立っていた。
(あぁ……守らなければ )
剣の血を拭き取るリシュア。
その剣に映る自分を見て、彼は呟いた。
「私は老いたのだな…… 」
リシュアは、老兵の名にふさわしい見た目となった。
その目で燃え盛っていた炎も、あの日から段々と弱くなっている。
「だが、死ぬ訳にはいかない 」
老兵は、死体を踏みつけながら歩む。
「私には、誓いがあるのだ 」
「貴族を殺せ!! 革命の火は今!! 悪しきものを根絶やしにする!!! 」
街は炎で満ちていた。
正義で満ちていた。
正しさで人が死んでいた。
正義の進行は死んだ悪を踏みつけていた。
けれどその足跡はまだ、老兵たちの場所には届いていない。
「リシュア…… 」
「ご心配なさらず。ヴェール様は私がお守りします 」
夜逃げ用の馬車に乗る、すっかり大人びたヴェール。
彼女は不安そうな顔をしていたが、リシュアの笑みで少しだけ肩の力を抜けた。
「セフィラ様。あなたも」
「いいや。ここでお別れだリシュア 」
リシュア同様。歳の割に老けたセフィラは、弱々しい笑みを浮かべた。
「ここで全員が逃げ切れば、必ず追っ手が来る。だから犠牲者が必要なんだ。革命の日に、部下に裏切られ命を落とした、汚らしい貴族の死体が 」
セフィラの目には、年老いた顔からは想像がつかぬ覚悟が黒く揺らいでいた。
その覚悟に老兵は何も言えなかった。
「私は速くに両親を亡くしてね。病弱だったから出会いもなく、このまま一人になって死ぬんだろうと思っていたよ。けれども……今はいい気分だ。誰かのために死ねるというのは、ここまでも心地よいものだとは思わなかった 」
「……私は恩を、誓いを、あなたを忘れません 」
リシュアは跪き、振り返らずに馬車へと戻る。
振り返ることが、彼にとっては侮辱になると知っていたから。
振り返らぬことが信頼であると思ったからだ。
「ふむ…… 」
取り残された老人は、杖をついて炎に歩む。
「こういうのはなんだが……リシュアには悪いが…………いい人生だった 」
『市民よ、我々は敗戦した』
『責任追及について』
『前線で暴れ回った兵士たちは次々と処刑され』
『戦争は間違いだった』
『責任者であるラミル氏は戦争に反対していたと』
『失った者たちへの追悼は』
█愚者共よ、聞け。今日……太陽が沈む。俺がそれを落とすものだ█
戦争は、隻眼の狙撃手により勝利した。
「私は生き残った者として、罪人となっても生きる他ないのです。それが私の贖罪です 」
大人になったヴェールは決意する。
「うん! 僕は自警団のボスとなるものだ!! 組織の名はラグナロク!! 勧誘に来たゾっ!! 」
ヴェール達は、ボスと初めてあった。
「やぁ、はじめまして老兵。騎士だけど敵ではないよ。キミの事はカルマから聞いて…………そうか。あなたはもう、救われることはないんだ 」
白い義手をつけた女と老兵は、初めて出会った。
「リシュア、私……妊娠したの。それで貴方に名前をつけて欲しくて 」
ヴェールは信頼できるリシュアに名を託した。
「ノア……というのはどうでしょうか? 」
「うん、言い名前だね。えっと……あなたの航海が、上手く行きますように……だっけ? ごめんね、なんか聞いたことがあってさ……誰の声なんだろう? なんだが安心するような声でさ……リシュア? どうして泣いてるの? 」
無事に産まれた少女は、優しい顔をしていた。
「リシュア 」
「ヴィアラ……ボスをお守りください 」
ヴェール達の首のない死体を前にして、リシュアは静かに剣を抜いた。
その燃え狂う怒りは、炎すら息を飲むほどだった。
「私は……報復に向かいましょう 」
リシュアは静かに、扉を開けた。
そこは報復者に関わるもの達が住まう場所だった。
「お前は」
全盛期には遥かに劣る、年老いた老兵。
彼が繰り広げたのは報復。
そう呼ぶにはあまりにも一方的な、怒り任せの虐殺だった。
(私は……あなたを守るために生きた。
けれど、あなたを救うことが出来なかった。
穢れを背負うのではなく、少しでもあなたが穢れぬよう生きれば良かった。
あなたを見守るのではなく、正しい道を歩めるように努力すれば良かった。
あなたに、あなた達に、生きて欲しかった。
幸せになって欲しかった。
私にはそれが……出来なかった )
「リシュア! リシュア!! 」
丸焦げの遺体を持つ女性が、リシュアを見て涙を零しながら笑う。
「私が裏切ったの。あなたが居ない間に、ボスたちが襲われるように……じゃないと妹が、殺されるって脅されたから……はは。ぜんぶ無くなっちゃった 」
震え泣く女性に対して、リシュアは怒りを押し殺した。
「私が裁こう、咎人よ 」
「はは。アリガトウ 」
首を切り落とされた女性は、丸焦げの死体を抱きしめるように息絶えた。
老兵がすぐさま剣に着いた血を拭き取る。
それに映るのは、最も忌むべき者だった。
「……約束すら守れぬ、愚か者め 」
「む? 」
目を開いた老兵は、いつからか自警団のアジトに居た。
「リシュア? 居眠りなんて珍しいな 」
机に向かうノアは、心底不思議そうに彼を眺めている。
「私はもう、明日が来ることすら祈らなければならない歳ですので 」
「……リシュア 」
答えを求めるように、ノアは問う。
「どうしてお前は、こんな歳の離れた私を守ってくれるんだ? 」
老兵はすぐさま言葉を返す。
「あなた様の血に、返せぬほどの恩があるからです。そしてあなた様を放っては置けぬのです。あなたの傍に居た、お節介な老人として 」
「そうか……ありがとう 」
「いいえ、こちらこそ……ありがとうございます 」
素直になれなかった老兵は、今一度目を閉じる。
そうすると今度は、アグラヴェインの姿が映っていた。
(私は……この世に不要な者なのでしょう )
この景色に納得した彼は、誰の耳にも残らない言葉を綴る。
(誓いを守るため、多くを殺した。私は咎人だ……あの頃から変わらず、何かを守ることもできない、不甲斐のない男だ )
「ロリューレ様。私はあなたを守りたかった 」
(けれど私では出来ませんでした )
「けれどきっと彼なら、ノア様を救ってくれることでしょう 」
(私と違う、守ることへの執着ではなく)
「正しき道を歩ませようとする。強き力がありますから 」
『老兵 リシュア・カタスラフィ。参りましょう 』
『円卓 サナ・カリナグラ 』
走馬灯を終えた老兵は、剣が落ちる音を聞いた。
「ロリューレ様。私は……約束を守れませんでした 」
悔やむ老兵。
けれどその表情はどこか、穏やかなものだった。
誓いのために障害を捧げた老兵は、ようやくその役目から解放されたのだ。




