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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
語られずとも良い話
43/48

錆びゆく鞘



 あの誓いから十年経った。

 23歳であった咎人は、33歳の兵士となった。


 それが(リシュア)の全盛期。


「アレはなんだ? 」

 

 弾丸が飛び交う戦場。

 鎧を着た時代遅れの者たちの死体カーペット。


 その上を優雅に歩むのは、対の剣を持つ兵士だった。


「未だ剣を握る時代遅れの野郎だ。弾丸を浴びせてやれ 」


「へいへ〜い 」


 機関銃を向ける兵士。

 人を殺すには過剰な、弾丸の雨が一人に向けて降り落ちる。


 鼓膜を叩き壊すような連鎖する銃声。

 けれどそれはすぐに止まった。


「おい!? 」


 兵士は振り向く。

 機関銃を握る兵士の頭は無かった。


 まるで、何かに頭だけ噛みちぎられたように。


「はっ? 」


「リシュア・カタスラフィ 」


 言葉を失う兵士の背後には、優雅に剣を構えるリシュア立っていた。


「どうかこの名を、土産言葉としてください 」


「っ!! 」


 銃を構えようとした兵士四人。

 重なる彼らの胴は、優雅な一振に切り落とされた。


「参ります 」


 放たれた弾丸。

 それは剣に弾かれ、三人の頭を貫いた。


「……はっ? 」


 騎士のような優雅さとは裏腹に、その塹壕戦は虐殺にも等しかった。


 いくら放てど弾丸は弾き返され、爆弾を抱え突っ込んでも、防弾装備ごとその体は縦に横にと断たれてゆく。


 剣を握ることも知らない彼らは、弾丸を放つことしかできない。

 けれどリシュアには効かない。


 人であれば弾丸で十分だろう。

 だが人の枠を外れたものには効かない。


 そして人の枠から外れたものが振るう剣は、人には理解できない威力を誇る。


 彼らの合間にあったのはそれだけだった。


「フォルセダー 起動 」


「む? 」


 虐殺を終えたリシュアに、音速の斬撃が降りそそぐ。


「噂の新兵器か 」


「っ!? 」


 けれどリシュアは露払いの如くそれらを切り伏せ、斬撃を放ったであろう女へ歩み寄ろうとした。

 瞬間、空から落ちる弾丸がその行く末を阻んだ。


(曲がる弾丸…… )


 今一度放たれた弾丸は、鳥が滑空するほどにゆったりとしたものだった。

 それを目で追った瞬間、新たに放たれた光速の弾丸がリシュアに迫る。


(遅い弾丸で目を慣らし、もう一つの弾丸で相手の不意をつく…… )


「悪くない腕だ 」


 けれどリシュアは、剣の側面でそれを受け止めていた。


「おい嘘だろ!? 」


 遥か遠くから弾丸を放った隻眼の狙撃手は、すぐさま場所を移動しようとする。

 目の前には振りかぶられた剣があった。


「っ!!? 」


 狙撃手はそれを咄嗟に躱し、腰に携えた銃をリシュアに放つ。

 剣により弾き返された鉄。


 それも躱した狙撃手は、リシュアの足元にスモークを焚いた。


「いい反応速度だ 」


「そういうお前は人間か!? 」


 スモーク越しの人影にリシュアは突きを放つ。

 けれどそれは、赤い義足によって受け止められた。


「伏兵か 」


 赤い義足を履く小さな男。

 もう一方の剣を振るうリシュア。


 一瞬の攻防。

 リシュアの剣は男の胴に、十二振りを滑り込ませた。


 けれどすべてが浅い。

 ギリギリで躱されている。


「っ!? 」


 いつからか剣に巻き付けられていたワイヤー。

 それは瞬時に巻取られ、剣を木に括りつけた。


 けれどリシュアは膂力だけで、木をえぐりながら一閃を放つ。


「力だけの一撃なんて、躱し易いですよ? 」


 後ろに倒れるように躱された。

 リシュアは剣を切り返した。


 男の首を断つために。


「この先 」


 けれど男の体は後ろにグイッと引っ張られた。

 その腰にはいつからかワイヤーが巻きついている。


「あなたに出会わないことを祈ります 」


 そして無数の閃光弾が辺りに弾ける。

 狙撃手も居ない。


「逃げられましたか…… 」


 無傷の、返り血すら浴びていないリシュアは、すぐさま戦場へ舞い戻る。

 そして今日も戦場から生きて帰ってきた。


「ただいま戻りました。ロリューレ様 」


「あぁ……お、おかえり 」


 リシュアが帰ってきたというのに、未だ若々しいロリューレは少し頬をひきつらせた。


「どうかなさいましたか? 」


「……今日投入された最新兵器を38個も潰したと報告にあるが 」


「事実です 」


「……戦場を駆け回る、例の狙撃手と赤靴を撃退したのは」


「事実です 」


「……敵兵士800人以上を倒したと」


「正確には1268人でございます 」


「こう言うのはなんだが……強すぎないか?? 」


「ロリューレ様の教えがお上手なだけです 」


「そんな訳ないよ!? 」


 過去の面影を感じさせない猫のような表情でロリューレは飛び上がった。


「私一年しか教えてないよ!? リシュアが強くなり過ぎたからね!! 何銃弾を弾き返すって!! 私できないよ!!! 」


「いえいえ、ロリューレ様の方が優秀です。私は装甲車を真っ二つにするなど出来ませんので 」


「そりゃあパワーは私の方が上だからね!! 」


 ぴょんぴょんと跳ねるロリューレ。

 けれどリシュアの驚いた顔を見た瞬間、顔を赤くして席に座り直す。

 そして長いため息を心から溢れさせた。


「……家から出て10年。もうあんな堅苦しい言葉使わなくて良くなったけどさ……うん。本当の自分はどっちなんだろって疑問に思うよ 」


「私にとっては、幼少期も今もロリューレ様には変わりありません。というより、そんな事を言われてしまえば髭を生やしてる私は…… 」


「あぁそうだねごめんね!! あと、励ましてくれてありがとう 」


「いえ 」


 彼らは歳をとった。

 けれど互いの優しい笑みは、昔となんら変わりは無い。


「さて、じゃあ私は報告に行くよ。リシュアは? 」


「護衛人として、ついて行きます 」


「うん、ありがとう 」


 そうして彼らは街に向かう。


 ここは前線基地。

 にも関わらず、優雅な佇まいで歩む彼らは兵士たちの目についた。


 噂話が聞こえる。


「やっぱあの人たちすげぇよな。なんていうか、品があるというか 」

「あの二人、元貴族らしいからな 」

「そうなのか!? へ〜……なんか意外。貴族ってこう悪いイメージがあったんだけどなぁ 」

「偏見が過ぎるだろ。悪い貴族もいればいい貴族もいる 」

「ずるいよな 」

「ん? どうした? 」

「いや、上手く言えないんだけど……今日俺、戦場にいた。仲間が向こうの兵器に簡単に殺されてくのを見てた。なのにリシュアさんが来た瞬間、それを全員切り伏せて行ってさ……強いヤツらは生きるために戦ってるんだろうけど……弱い俺は、死ぬために戦ってるのかな? 」


「……… 」


 噂話を聞いていたリシュアは、少し怪訝そうに眉を動かした。


「そういえばリシュア。あの赤い最新兵器についてなんだけど 」


「フォルセダーというものですか? 」


「そう。あれって元は兵器のために造られた訳じゃなかったみたい。とある医者が娘のために開発したものらしい 」


「それはまぁ……皮肉なものですね 」


「戦争だからなんでも使えって話なんだろうけどね。仕方がないとはいえ、少し悲しいよ 」


 そんな話をしながら街を歩いていた二人。

 その前にやってきたのは、写真を抱え涙をこぼす老婆だった。


「人殺しめ!! 私の息子を返せ!!! 」


 写真を見たロリューレ。

 彼女はすぐに気がついた。


「ラグナラグさんのお母様でしょか? 」


「えぇそうよ! あなたの作戦のせいで死に!! 死体すら帰ってこなかったあの子の母親よ!! 」


 リシュアは前に出ようとした。

 ロリューレはそれをすぐさま止め、ゆっくりと老婆の前に膝を着いた。


「……申しわけありません。私の采配が間違っていました 」


「謝って済む問題なの!? 私の孤独はどうしてくれるの!? 」


「えぇ、分かっています。ですが私にも役目があるのです。今罪を受けいれ死んでしまえば、前線が混乱します。あなたの気持ちは分かるとは言いません。ですが、この戦争が終わるまで耐えて頂けませんか? あなたの息子が守ろうとしたこの国を、私も守りたいのです 」


 その答えは完璧だった。

 けれど老婆は、宝を失ったばかりで冷静ではない。


 そしてロリューレは元貴族という偏見。

 それが大きな火種を産んだ。


「息子の仇!!! 」


 老婆は銃を抜いた。

 その引き金が動く前に、老婆の首は静かに断たれた。


 その一撃は死を感じさせぬほど速く、老婆の表情は未だに泣いている。


「リシュア…… 」


「何かのせいに出来るというのは、あまりにも危険な状態です。その状態では言葉が通じず、飢える獣のように衝動のみで人を殺します 」


「けれどあの作戦は」


「ロリューレ様。武器を向けられたのであれば、誇りとして剣は抜くものです。それにどんな理由があろうと、大人しく殺されるべきではありません 」


 両親が死んだ事件を知っているから、リシュアは非道な正論を吐けた。

 あの事件を知っているから、ロリューレも大人しく剣を抜いた。


「被害を抑えるように動いてくれ。私が全員切る 」


「かしこまりました 」


 隠れていた市民たち。

 彼らはロリューレとリシュアを怨んでいた。


 老婆のように、家族を失ったからではない。

 ただ自分たちを搾取する貴族が許せなかっただけだ。


 その積み重なった不満が、今爆発しただけだ。


「命惜しい者は去れ。勇敢なる者は迎え。決闘者 ハインド・ロリューレが相手しよう 」


「っう!!! 」


 物陰から飛び出してきたのは五人の男。

 彼らは別々の方向からロリューレを狙う。


 彼らは懸命だった。

 全員でかかってこなかった事が、項を期した。


「安らかに 」


 ロリューレの振るう剣は人を死体に。

 ぶちまけられる血肉は、三日月のように美しい形を地面と外壁に残した。


「……っ 」


 続いて出てきたのは、子供だった。

 泣いているのに、足は震えているのに、その手には錆びた包丁が握られている。


「子供…… 」


 ロリューレの動揺。

 それを今かと思うように、正義を掲げる被害者たちはいっせいに銃を乱射する。


(子供を巻き込む気!? )


 彼女はすぐさま銃弾を切り落とす。

 同時。路地から溢れだしてくる大人たちは、合理的に子供が盾になるようにロリューレの命を狙う。


(コイツらは…… )


 ロリューレは迷った。

 何がここまで、人を歪ませるのかと。

 自らが悪いのではないかと錯覚するほどだった。


 けれど頭にチラついたのは、一人残されたリシュアの姿だった。


「許しなさい 」


 子供の頭上を通り過ぎた剣は、20人ほどの大人たちの頭をことごとく弾けさせた。


 血統とは、顔をあまり損傷させてはならない。

 死した後に名誉が残るようにだ。


 そのため、ロリューレはあまりこんな殺した方をしたくなかった。


「ひ、人殺し!! お前さえ居なければ!! 僕は!!

! 」


 そんな思いやりとは裏腹に、助けられたであろう子供は包丁を持ったままロリューレに突進。

 だがその首はリシュアによって切り落とされた。


「リシュア……この子は」


 ロリューレの先にある子供の死体。

 それには殴られたような、鞭で叩かれたような傷跡があった。

 

「被害者が復讐者を育てた。それだけです 」


「……そうか 」


「それと逃げましょう。兵士たちの対応が妙です 」


 そのリシュアの違和感は正しかった。


 その日の暮れであると言うのに、ロリューレは市民を殺した罪で指名手配。

 部下たちの何人かが抗議をしたが、それも却下。


 誰がどう見ても意図的なものだった。


「サダラリアか…… 」


 ロリューレが口からこぼした名。

 それはリシュアが20年前に半殺しにした貴族の名だ。


「兵士の動きをコントロール。私たちが動く道を察知。そんな事ができるのはアイツ並みの立場がある者だけだ 」


「ロリューレ様…… 」


「謝る必要はない。いやそもそも……怨みは分かるがなぜこのタイミング? 私がクビになって困るのは前線。いや国そのものだろうに 」


 復讐者にそんなことを考える暇はない。

 ただ目の前に、復讐の機会が転がってきた。

 それに飛びついた。


 この事件の真相は、それだけである。


「これからどうなさいますか? 」


 この状況でも、リシュアの考えは変わらない。

 どうなろうとロリューレと共にあるつもりだ。


 けれどロリューレは違った。

 リシュアをまた、咎人にしたくはなかった。


「リシュア。私は家を追い出されていますし、貴族の連中は既に向こう側でしょう。追っ手をいくら切っても無駄な犠牲を増やすだけ。けれど一つだけ、私個人での宛があります 」


「それは? 」


「クダラゴム家……戦争前に、あの貴族と繋がりがあった 」


「敵国の貴族に助けを求めるのですか? 危険です 」


「大丈夫だ。この国よりも向こうの方が安全だろうし、何よりリシュア。お前がいる 」


 敵国に亡命する。

 それはあまりにも身勝手で、誇りすら色褪せる行い。


 それをわかって尚、ロリューレはそうすると決めた。

 幼少期に自分を何度も救ってくれた、リシュアを守るために。


 その恩に今も報いるために。


「かしこまりました、ロリューレ様。けれど一つ、お願いがあります 」


「なんだ? 」


「この困難な道を歩む前に、永遠の誓いを結ばさて頂けませんか? 」


「……必要か? 」


「えぇ。この事件のように、いとも容易く変わりゆく世で、変わらない意志を誓いたいのです 」


「……わかった 」


 二人は剣を抜き、静かに互いの首に刃を沈ませた。

 冷たき鉄に滴る鮮血は流れ、互いの手のひらに血を溜める。


 それを傍から見れば、血を循環させるようにも思える行動だ。


「あなたの血を守ります。我が身は衰えず、意思は永遠となり、この血肉はあなたの穢れを拭うと誓う。リシュア・カタスラフィ 」


「ハインド・ロリューレ 」


「私はあなたの行く末を紡ぐ、折れぬ剣となりましょう 」


「ならば私は錆びぬ鞘。あなたを守り、あなたに守られるものになりましょう 」


「「誓いをここに 」」


 互いに混じりあった血を。

 手のひらに溜まる赤を。


 彼らはそっと飲み干した。


「行こうか、リシュア 」


「えぇ、どこまでをお供致します。ロリューレ様 」


 彼女らは逃げる。

 戦うことすらせず、尊厳をかなぐり捨てて。


 それは正しさでは無い。

 けれど、彼女らは互いを守りたかった。


 守りたいという意思は、正しさすら捨てられる。

 


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