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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
正義の咎人
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第四演 必要な犠牲



 ロクスたちの戦いと同刻。



 工場内は警告音で満たされた。

 従業員、違法労働者は逃げるために出口を目指す。


 けれどその首は、侵入した騎士たちの剣によって跳ねられていく。


「助けっ」


 それは戯言。耳を傾けるどころか、犯罪者に慈悲を持つ騎士など居ない。

 もし彼らを助けようとするのなら、それは彼らと同じ者。


 犯罪者だ。


「っ!? 」


 飛んできた何かが騎士すべての剣を叩き折った。

 それはただの斬撃。

 犯罪者を助けるために放たれた、救助の複閃。


「ランスロット隊長…… 」


「今はただのユフナですよ 」


 現れたユフナを前に、騎士たちは明らかに動揺した。


 その隙にハウは、騎士たちの足を氷結。

 彼らが向かい合う隙に、生き残った犯罪者たちは逃げていく。


「……ハウ、目標の場所は? 」


「目星はついてる 」


「なら行ってください。彼らは僕が足止めします 」


 頷き、ハウは一瞬で姿を消す。

 そして騎士たちは、氷を踏み砕いてユフナに歩み寄っていく。


 ユフナの間合いを騎士たちは知っている。

 だがその中へ無防備に入り、裏切りの騎士へ向かって彼らは膝をついた。


「はい? 」


「隊長……私たちはあなたの追放処分に納得がいっていません。どうか円卓へお戻りなられませんか? 」


 それは説得。

 犯罪者であるユフナを。裏切り者である騎士に敵意を向けず、ましては膝をついて頼み込むという異例。

 当然ユフナは困惑した。


「いえ……僕は納得しています。犯罪者を助けた僕は円卓に相応しくない。僕はただの犯罪者です、どうか殺しに来てください 」


「あなたが犯罪者となれば、私たちも犯罪者です。なぜなら私たちも人を殺している。ならば私たちも裁かれるべきなんです 」


 興奮のあまり鎧を脱ぎ捨てた少年騎士。

 彼は殺される事を恐れず、むしろ殺してもらう事が光栄と思うようにユフナへと縋りよる。


「……僕は裏切りの騎士ですよ 」


「あれは裏切りなんかじゃありません!! あの戦争でのあなたは、正義そのものでした!! 」


 あの戦争。半年前に起こった、他国の侵攻。

 それは地獄だった。


 日をまたぐ事に兵器と兵器のぶつかり合いは増し、それに騎士が巻き込まれる。

 けれど前線を維持するために騎士たちはぶつかり合った。


 隣にいる人が焼け溶け、目の前にいる敵が目に見えぬ攻撃によって首をはねられる。


 もはや騎士たちは勝とうとも思っていなかった。

 仲間の死体を踏みながら、転がる生首と目を合わせながら、天にも縋る思いでただ、死にたくないと願っていた。


 地獄。

 窒息しそうな地獄に、彼は空から落ちてきた。


 両の手に純白の義手を付けた騎士。

 その名はランスロット。


理想幻体(アイディアル)


 彼は能力を起動し、戦場を飛び回る。


 彼は騎士を救った。負傷した者すべてを安全に、前線から離脱させた。

 彼は騎士を守った。敵の攻撃を目に見えぬ剣速でさばき落とした。

 そして彼は敵を守った。味方が飛ばす、認知すらできない速度の矢から。


 妖精のように舞う彼は、敵味方を守った。

 その戦場にいるすべての命を守った。


 死体も花も、敵も味方も平等に。


 ある者はこう言った。敵を助けた裏切り者だと。

 ある者はこう言った。敵すら助けたもっとも騎士である者と。

 ある者はこう言った。規律を守らず、組織を歪める者だと。


 ユフナはなぜそんな事をしたのか、自分でも分からなかった。

 迷っていた、答えなど無かった。

 けれど今は……少しだけ答えを出せた。


「いいえ、僕は助けたかっただけです。正義とか関係なく、目の前の命を。それは間違いだと思いますけど、あの戦争で救えた命に後悔はしていません。まぁ……だから左遷されたし、追放されたんですけどね 」


 自傷するように笑うユフナは、ひざまずく騎士に剣を握らせた。

 別に殺してもいい。

 悪いことじゃないと諭すように。


 だがそれは逆に、騎士たちへ動揺を広めてしまった。


「……… 」


 彼らは戦場に居た。

 裏切り者と呼ばれる騎士の勇姿を見た。


 ゆえに迷った。この人を、このお方を、自分たちが殺さなければならないのかと。


 騎士と呼ばれどそれは人。

 誰も恩人を殺したくは無かった。


 無言と無音、それが折り重なる時間。

 騎士と罪人は動けないでいる。

 けれど時間稼ぎとしては十分だった。

 

 

「う〜ん、迷った 」


 一方ハウは工場内最深部をさまよっていた。

 音を頼りに戻れると思っていたらしいが、ここは工場。

 入りみが激しく音の反響を辿れない。


「どうしよう? 」


 フラフラとあても無く歩くハウ。

 その度に頭をパイプにぶつけ、工具を落とし、周りのものをとにかく壊しまくっていた。


「劣悪な環境だね 」


「テメェが劣悪にしてんだよ!! 」


 傷を撫でるハウの元に、影が三つ落ちてきた。

 それはガスマスクを付けた男たちだ。


 その内のリーダー格。やけに体格のいい男は、赤いアタッシュケースを持っていた。


「なんだお前? 騎士じゃねぇな、盗人か? 」


「いたっ!? 」


 ガスマスクが問いかけた瞬間、ハウはさらに頭をぶつけてうずくまった。

 それを見た三人は咄嗟に、心配という感情を抱いてしまった。


「おい……だいじょ」


 三人の首に、ふわりと氷の糸が巻き付く。


「っ!? 」


 リーダー格は身をかがめて回避。

 だが反応の遅れた二人には糸が滑り込み、切れた血管は血煙を吹かせた。


「てめ」


「楽だよね。天然を演じてたら、みんな油断してくれる 」


 下にある蹴りやすい顔面。

 それをハウは容赦なく蹴り飛ばした。


 壁に打ち付けられる人、吹き飛ぶアタッシュケース。

 ハウは当然、そのケースを空中で掴んだ。


「返せ……テメェ 」


 鼻血を流す男。

 それを見つめるのは、鉄のように冷ややかな目をするハウだった。


「やだ。これが必要なの 」


「俺にも……必要なんだよ。あの人が任せてくれたものなんだ!! 」


「だから奪った。譲ってくれない事は分かりきってたから 」


「っ! 縺オ縺悶¢繧九↑縺昴l縺ッ繧「繧、繝?i繧貞勧縺代k縺溘a縺ォ蠢?ヲ√↑……? 」


 困惑する男にハウは微笑む。


「裏じゃよくある殺し方だよ 」


 ハウの靴。

 血を滴らせる靴の裏。

 そこには極小の針たちが、血によって煌めいていた。


「決まれば格上でも殺せる暗殺道具。脳細胞ズタズタにするからほぼ治癒はできないし、自覚症状が出たときには手遅れ。その割に安いしどこでも買えるからお得で便利だよ 」


「█████!!? ███◼️◼️!!! 」


「これ、ありがとね。バイバイ 」


 声すら出せず目から血を振りまく男。


 彼に手を振りながらハウは通路を進む。

 その途中でもパイプに頭をぶつけた。


 演じていると自称しているが、彼女は素の天然である。


「痛い……ん? 」


 ハウは壁を見る。

 頭の良さはどうであれ、獣に似た五感は異変を知らせた。


 ここに何かがあると。

 耳の奥をくすぐるように。


「えいっ 」


 罠など警戒せず、ハウは壁を蹴破った。

 そこには狭い通路が続いている。


「……死後五時間ってとこかな? 」


 香る死臭を気にもとめずに、ハウは奥へと進んだ。

 そこには狭苦しい地下牢がポツンとあり、その中央には三人の引きちぎられた遺体がぶら下げられていた。


「生ハムみたい 」


 ハウは首をひねる。

 殺し方が雑すぎると思ったから。


 拷問して殺したいのであれば、手足から痛めつければいい。


 なのに死体は上と下で引きちぎらている。

 まるで子供から遊ばれる人形のように、とにかく雑だった。


(よほど変態性(こだわり)があるのか……何か目的があったのか )


 その死体は少し前、ユフナが無力化したチンピラ三人組みである。


 ハウはそれを知らない。

 この異常に気がついていない。


「んぅ? 」

 

 そしてふと、床にあるものを見つけた。

 それは青い破片。騎士の鎧の一部である。


「なんでこれがこんな所に? ……あ、死ぬ 」


 生まれた疑問を消化する間もなく、その部屋は白い爆炎によって消し飛ばされる。


 ハウは氷をまとって死を躱した。

 けれど辺り。外に放り出されたハウの視界に広がったのは、白い炎に包まれる夜の森だった。


「ちょっと派手にやり過ぎじゃない? ロクス 」




 炎の中央。

 未だ爆炎が止まぬ夜の中、罪人は苦しみ、騎士は踊っていた。


「そんなもんか? 」


(コイツ……全然本気じゃねぇ!! )


 もはや人の髪すら発火する業火の中。それでも騎士は散歩をするように気楽だった。


(それにコイツ……円卓のみが与えられる『理想幻体(アイディアル)』すら使ってねぇ! なのにこれかよ!! )


「降伏するか? 」


 どこまでも余裕なモルガンの笑みに対し、ロクスは殺意と中指を立てた。


「あぁ。土下座で許してやるよ 」


「あっ? 」


 夜空に煌めいた何か。空より降り注いだ青い流星。

 ロクスの周りに落ちたそれは運搬装置。

 着地と同時に赤い機械をばらまいた。


『オーバーヒートを確認。2秒以内に避難してください 』


 散らばったフォルセダー達はロクスの義手に結合された。


 もはや大砲とも呼べない代物。

 暴発する熱量を、ただ敵に向けただけの赤く歪な筒。

 溶岩の入ったバケツをそのままぶちまけるような、雑すぎる一撃。


偽善の供花(フー・ヴァニタス)


「おめぇには聞きたいことがある 」


 人に向けるには過剰な熱炎。

 けれど相手は円卓の騎士である。


 人の尺度など、とうに越えている。


「死ぬなよ? 」


「っ!? 」


 音すら鳴らぬただの蹴り。

 その風圧は炎を巻き上げ、夜の闇を白く輝かせた。


「ほんと火力だけはスゲェな。どんだけ改造したんだよそれ 」


「……テメェの体はどうなってんだよ 」


 ロクスの義手は熱に耐えきれず半壊した。

 それに対し、モルガンは髪をかきあげてニヤリと笑う。


「俺は円卓最強なんだ。なら体も最強に決まってんだろ 」


「ハハッ、バカみてぇな理論だ 」


「よく言われる。さて尋問タイム、お前の本当の目的はなんだ? 」


 先のゆるい雰囲気とはうってかわり、モルガンは目を鋭くさせた。

 それは獲物を見つめる捕食者の目だ。


「なんの話だ? 」


「しらばくれるな。平和を壊すと言ってたが、円卓の騎士が居る以上、武力による侵略は出来ねぇ。なら政治的、もしくは他の変わり種があるんだろ? 」


「ハッ……見た目のわりに頭が回るな 」


「それはお互い様だ……で? 答える気はねぇのか? 」


「あぁ 」


「なら悪いな。死ね 」


 死を覚悟する間もなく、ロクスの首に踵が振り下ろされる。

 即死の一撃。それが肌に触れた瞬間、飛んできた複閃が足を逸らした。


 ロクスの首の皮膚はえぐれた。

 だが致命は免れた。


「相変わらず硬いですね、()()()


「仕事中だユフナ。モルガンって呼べ 」


 円卓同士の一瞬。


 モルガンの全身には浅い傷が。

 ユフナの頬には深い傷が走り、互いに血を地面にこぼした。


 向かい合った二人に隙はない。

 けれど殺意もない。


「……今なら見逃してやる。どっかに行っちまえ 」


「……ごめんなさい。勝手ですけど、見定めたいんです。正義とは何か、自分が何をすべきかを 」


「……そうかよ 」


 短い問答のすえに、モルガンは左腕の鎧を外した。

 その先端。薬指には、白い義指が備え付けられていた。


「なら…………半殺しにして」


「悪ぃな!! 」


 再び白炎が渦巻き、ヒビ割れた義手がモルガンに向けられる。

 その遥か後ろには騎士たちが足を止め、炎を眺めていた。


 夜に輝く明かり。それから目を離せない虫のように。


「犯罪者らしく、汚い手を使わせて貰うぞ 」


「テメェ 」


 血管を浮かべて笑うモルガンに向け、ロクスは意趣返しのように歯を見せる。

 熱による義手の崩壊。だが熱波は再度発射された。


「仲間思いの騎士様だ、避けねぇよな? 」


 先と同様、モルガンは蹴りを放つ。

 寸前、不可避の斬撃が体を襲う。


 当然モルガンに傷はない。

 だが体のバランスは崩れ、炎と自分の境にはユフナが現れた。


「カルマ……また会いましょう 」


「…………ちっ 」


 別れを告げるような舌打ち。

 けれどモルガンは懐かしそうに笑っていた。


 炎がぶつかる直前、不可視の突きがモルガンを吹き飛ばす。

 転がり、跳ね、そのまま振り抜いた蹴りが熱波を空へ打ち上げた。

 瞬間、


冷たき死人(リアル・スノー)


 冷ややかな風が吹き、すべての熱波が氷結した。


 煙も、炎の揺れすらも静止するように凍り付いた渦。

 それを前に騎士たちは立ち尽くしていたが、モルガンだけは納得するように顎に手を当てた。


「……やっぱボスはあっちの女か 」


「た、隊長? ご無事ですか? 」


 一人の騎士はオズオズとモルガンの傍によった。

 その腰には、騎士の象徴ともいえる剣は刺さっていない。


 それは敗北を意味していた。


「あぁ余裕。ところでお前らの剣……ユフナの仕業か 」


「はい……申し訳ございません。私たちはランスロット隊長を……攻撃できませんでした 」


(……だろうな )


 耳をかくモルガンは分かっていた。

 この場に居る騎士がユフナと戦えない事を。

 犯罪者は殺せても恩人は殺せないでいる事を。


 だからこそ聞こえないフリをした。


「悪い、耳詰まってて聞こえなかった。あとヤツらの捜索は一旦打ち切れ。動ける奴は民間人が巻き込まれていないか見回るぞ 」


「「「はい!!! 」」」


(さぁどうすっかなぁ )


 モルガンは自慢のロン毛をワシャワシャとなで潰しながら考えていた。


(ユフナはまぁ放置でいいな、危険度はねぇし。問題は隻腕のロクスと……氷のハウ。その後ろにも居る仲間。細かい目的も分からねぇし、追ってアジト見つけても計画の全貌は掴めねぇだろう……いや放置したらもっとマズイな、今は円卓内部も危うい )


 円卓内部とは、無数の騎士たちが仕事をしている場所だ。

 今そこは軽いパニック状態を起こしている。


 部下からの信頼が熱いランスロットは追放。

 そこから立て続けに起こる謎の事件。

 今日あった、工場の位置を知らせる謎の通信。

 ユフナが敵対したという事実。


 これらすべてを対処し理解することを諦めたモルガンは、せめて仕事が止まらぬよう、円卓の内部事情を優先させる事にした。


 騎士という仕事が機能しなくなれば、抑止力が消える。

 抑止力が消えれば社会は崩壊する。


 それだけは避けたかったのだ。

 

「デカい口を叩いた癖に、取り逃したんですか? 」


 鋭い言葉とともに上空から舞い降りたのは、黒い鎧の騎士だった。

 名はアグラヴェイン……仕事終わりに立ち寄っただけの、遅れてきただけの騎士である。


「ハハッ、悪ぃな。んで仕事は? 」


「終わりました 」


「よし、じゃあ騎士共〜! 俺アグラヴェインとお茶行ってくるから!! あとよろしく〜 」


「えっ……あっ、はい!! 」


 そうして後処理を部下に押し付けた二人は、この悲惨な現場を後にした。


 誰にも言えない、二人だけでしか行われない。秘密のティーパーティーを行うために。





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