第三演 身勝手な正義
「あ〜、そいや質問なんだけどよォ。円卓の騎士最強って誰? あっ、別に答えなくてもいいからな 」
ロクスはハンドルを回しながら、遠慮気味に疑問を投げた。
最強は誰か。その質問にユフナは悩み、顎に手を当てた。
「戦闘でいえばモルガンですね、間違いなく。でも火力はアグラヴェイン……技量でいえばガラハッドでしょうか? すみませんまとめられなくて 」
「いや大丈夫だ。そもそも円卓ってのは、得意や不得意が激しかったもんな……ちなみに最弱は? 」
「たぶん僕です。人助け以外成功したことがないんですよね 」
「……お前で最低ラインか 」
ロクスはエンジンに掻き消されるほどの声でボヤいた。
話が終わる。そしてふと、ユフナは質問をした。
「ロクス、正義ってなんだと思います? 」
ハウはチョコを食べながら無言。
ロクスはハンドルを回しながらも、それに答えるために首をひん曲げた。
「そうだなぁ……例えばだ。すっげぇ悪い王様が居ました。だが革命によって捕らえられ、民衆の意見の元、無実の家族共々処刑されました。これは正義だと思うか? 」
無実の人間を処刑するなんて正義とは言えない。
反射的にユフナは首を振った。
「いいえ 」
「いやそれが正義だ 」
ユフナの否定はすぐさま否定された。
力強い、私怨がこもった声で。
「正義ってのは多数決なんだ。不満が多ければ悪、肯定が多ければ正義。正義は高潔なものを勘違いされがちだが、結局殺しや犯罪を正当化できるかどうかの話でしかねぇ 」
車は次第にスピードを上げていく。
「……なら、正義の果てに平和はないんですか? 」
「あぁ。無い 」
ハッキリと言い切るロクスは急ブレーキを踏んだ。
吹き飛ばされるような浮遊感の後、静けさだけが車内に満ちる。
「万人を守る法がないように、万人を救う正義なんて物はねぇ。だからせめて……自分の手が届く範囲を救う。それが俺の正義だ 」
話を終え、三人は車を降りた。
場所は森の中。なのに道は普段使っているかのように整備されている。
それは何者かが頻繁に出入りしている事を示していた。
「何もないですね 」
「どーせ義欠旧体 で隠してるだけだ。あっ、目的言ってなかったな 」
ロクスは人差し指を上げてハウたちの視線を集めた。
「目標は素材を入手すること。戦闘が目的じゃねぇ、危なくなったら引け。失敗しても命がありゃもう一度できる 」
「目標の情報は? 」
「赤いスーツケース。あとクソ重い。目立つからすぐ分かるハズだ 」
「了解 」
「よし、じゃあ作戦開始 」
「よぉお前ら!!! 」
空には満月が浮かんでいた。
真珠のような白光も優しく人を照らしていた。
だがそれは影が。月を遮る強大な槍が、すべての光を呑み込んだ。
「虐殺にて平穏を 」
蹴りによって放たれた槍は森を吹き飛ばす。
未開の地を焼き払うごとく強引なそれは、平和を守る一人の騎士によって放たれたものだ。
「円卓の騎士 モルガンさんじょ〜!! さて騎士諸君!! 仕事の時間だ 」
攻撃の余波により現れた、森に似つかわしくない巨大な工場へ。
モルガンの指示により、騎士たちは木枯らしのような速さで進軍を始めた。
「……さて 」
ひと仕事終えたモルガンはユフナを見た。
問いを投げようとした。
けれどそれは放たれた拳によって吹き飛ばされる。
赤い義手の攻撃。ロクスは騎士の前に立ち塞がった。
「ハウ! 二人で行け 」
「分かった、行くよ 」
ハウ達はすぐさま工場へ。
ロクスはギリリと義手を軋ませた。
「足止めか? 」
「味見だ 」
『リミッター解除を確認 冷却残数 2 』
仄暗い夜を白炎が照らす。
夜に落ちた太陽のように、光が闇を満たしていく。
「最強とやら。どこまで通用するか試させて貰うぞ 」
「いいぞ。でもまぁ、俺の話も聞いてもらうぜ? 」
発散された炎は分裂を繰り返し、絨毯爆撃のような拳がたった一人に降り注ぐ。
その中を騎士は、目を眩ませながら歩いていく。
スピードが速いのでない。
ただ、効いてないだけだ。
「俺にはな、元カノが居たんだ。名前はリル、仕事名はランスロットだ 」
「あっ? 」
放たれる炎の槍。
それはモルガンに当たる瞬間に逸れ、森の中へ飛んでいく。
爆ぜた炎は森すらも震わせる。
だが騎士にとってはそよ風のようで、気に止める理由にはならない。
「そいつはまぁ色々と苦労しててな、家の重圧や自己嫌悪。酷い時は自暴自棄で酒がねぇとやってけねぇって感じだった。まぁ酒のおかげで俺は付き合えたんだが 」
「惚気かぁ? 」
苛立つロクスを騎士は見ていない。
彼が見てるのは過去だ。
「んでまぁ、そいつが辺境の戦争に出向いたらさ。子供を抱えて帰ってきた。最初は産んだのかと思ってビックリしたけど、そいつは戦争孤児だった。名前は聞いても答えなかった。だから二人で名付けたんだ、ユフナってな 」
「っ!! 」
ロクスの動揺。
それを潰すように放たれた蹴りは、的確にロクスのアバラを砕いた。
「ごっ」
「戦ってんだぞ? 気ぃ抜くな 」
さながら蹴飛ばされた小石。
血を吐き散らして吹き飛ぶロクスは、森の外へとはじき出された。
火の推進力でブレーキをかける。
気がつけば、目の前には騎士が居た。
単純な話、吹き飛ぶロクスにモルガンは一瞬で追い付いた。
それだけのこと。
「でまぁ、そっからひでぇんだよ。飯の食い方も知らねぇユフナに、アイツは付きっきりだった。彼氏の俺すら放ったらかしでな。平和とは何か、騎士とは何か、自分にとっての苦しみを楽しそうにユフナに話してた。俺に向ける笑顔とは違って、すげぇ妬けたよ 」
「愚痴りてぇなら酒場に連れてけよ。奢るぜ? 」
「遠慮する、禁酒中なんでな 」
立ち上がるロクスを、モルガンは静かに見つめていた。
余裕。お前など簡単に殺せるという、哀れみにも似た笑みを浮かべながら。
「で、ユフナはビックリするくらい強かった。トントン拍子で騎士になって、次のランスロット候補だった。でもそんな時、とある事件に巻き込まれてリルは死んだ 」
「……… 」
「家の中だった。扉は半開き、事件の関係者っぽい死体もあった。んでその家のご近所さんに話聞いてたらさ、一週間前にアイツは突入したらしい。半開きの扉もずっとそのままだった 」
「……死因は? 」
「たぶん脳出血。脳細胞ズタズタで……まぁ、裏ではよく見る死に方だったよ。んで解剖に立ち会ったらさ、面白い事実が発覚したんだ。アイツは発見二時間前まで生きてた、脳がぐちゃぐちゃの状態なのにな……笑えるよな。異変を持った人が通報でもすりゃ、助かったろうに 」
モルガンは笑えると言った。
その顔は笑っていなかった。
鋭い瞳孔を見開いて、過去すべてを怨むような目で、何かを見つめていた。
「別にそいつらを怨んじゃいねぇ。誰しもトラブルには巻き込まれたくないからな。うん、別に怨んでねぇ。ただそれを見たユフナは迷い始めた。まぁ今ある規律のせいで助かったハズの家族が死んじまったんだ。そりゃ迷うよな 」
「話が見えてこねぇ 」
「あぁ悪い。つまりな、お前らの変な思想にユフナを巻き込むな。殺すぞ 」
それは一際静かな言葉だった。
ただわずかに盛れ出した殺意は、森中の寝ている動物すべてを叩き起こした。
「……変な思想か 」
血を吐きながら、殺意を一身に受けながら、ロクスは肩を震わせて笑った。
「規律はいいよなぁ、目に見えねぇのに人を縛れる。法はいいよなぁ、間違っても、訂正されればそれで済む 」
「……お前の目的はなんだ? 」
「今、犯罪をしなければ生きられない子供が大勢いる。戦後だしな。それを騎士様たちは、犯罪者といって処刑しまくってる。まぁ犯罪の抑止力のためだ、例外は許さねぇのが当然。そのクソみたいな厳しさのおかげで、あの都市はずっと平和だ。あぁ悪い。つまりな 」
笑みを消したモルガンへ。ロクスは飛びっきりの笑顔を見せた。
「その平和を壊す。犯罪の中でしか生きれない者が、子供が、正しさに潰されないように 」
二人の言い分はお互い正論だ。
だが守りたい者が決定的に違う。
モルガンは社会と平和。
ロクスは犯罪でしか生きれない者たち。
それは交わることない平行線の討論だ。
「……騎士は面倒だ。全人類が正義を掲げれば国は滅ぶ。だから選定しなきゃいけねぇ 」
「選ぶのは守られてるヤツらだろ? 今苦しんでる人の意見はどうするんだよ? 」
「聞くさ、だが今の平和は崩されてはならない。犯罪は許されない 」
「それが手遅れだってつってんだよ!! 」
「万人を救うことなどできねぇ!!! 」
失った者たちは笑みを消し、静かに見つめあった。
そして先に口を開いたのはモルガンだ。
「平行線だな 」
「だから戦争がある 」
気温があがる。
数値にして150度。辺りの虫たちの羽根が燃え、眩い夜に炎が散る。
「大人らしく、白黒ハッキリさせようぜぇ!! 」
そしてロクスたちは再び戦闘を開始した。