黄昏と夜明け
「すみません 」
復旧作業が続く都市の中。
焼け残った花屋に、一人の青年がやってきた。
その首には大きな火傷跡が残っている。
「あぁいらっしゃい。何用の花が欲しいんだい? 」
店主の問いに、青年は火傷も気にならないほど柔らかい笑みを返した。
「供花を一束。花はお任せします 」
「あらまぁ、誰か亡くなったのかい? 」
「いいえ、命日なんです 」
「そうかい。なら飛び切りいい花を用意してあげるよ 」
「ハハッ、ありがとうございます 」
店主はあえて首の傷に触れなかった。
大規模な火事があった後なのだから、火傷した理由など聞かれたくないだろうと気遣ったからだ。
けれどそれは、仮面を被る者にとっては好都合だった。
「そういえば噂なんだけどさぁ 」
手馴れたように花を巻く店主は、何気なく世間話を始めた。
「今回の事件の主犯はさ、影武者じゃないかって噂があるんだよ 」
「へ〜、どうしてですか? 」
「なんでも処刑された人の顔がさ、街中で見た炎の人とは別人だからだって。それに氷の魔法やらを使う女の人が怪しいとか色々噂があってさぁ……今回の事件はきな臭いねぇ 」
「そうですねぇ。まったく怖い世の中です 」
「ほんとにねぇ……あら? あんたの顔、処刑された人にそっくりだねぇ 」
目を点にする店主。
けれどルースは動揺することなく気さくに笑ってみせた。
「ははっ、何を言うんですか。死人が生き返るわけないでしょう 」
「それはそうだねぇ、ごめんねこんな話をして。ほら、これはサービスだよ 」
「おぉ、ありがとうございます 」
花を受け取ったルースは律儀にお辞儀をし、何事もなく街中を進む。
すれ違う人々は誰も彼の本性に気が付かない。
当然だ。
道化は仮面を被る者。
誰もその素顔を知ることは出来ない。
「あっ 」
けれど道化は久方ぶりに素顔を見せた。
裏を生きる犯罪者ではなく、ただ家族を思う弟として。
リース・リヴィエンタの弟としての素顔を。
「ただいま、姉ちゃん 」
彼はそっと供花を備え、形だけの祈りを捧げる。
祈りに意味がないと分かっていても、形だけでも家族を供養したかったのだ。
「守ったよ、姉ちゃんが助けた女の子は。守られた僕も生きている。だから……心配しないで。ゆっくり休んでよ 」
「お前…… 」
「どうしました? そんな死体が動き出したみたいな顔をして 」
ルースの背後にはモルガンと呼ばれる騎士が立っていた。
その両手には、花束と黒いアタッシュケースが握られている。
「……なぜ生きている? 」
「騎士が死体をバラバラにするほど下品だったら気がついてましたよ。あれが偽物だって 」
「……てめぇ 」
「互いの想い人が眠る場所です。ここで戦いはやめませんか? 」
すまし顔で語るルース。
モルガンはひたすら不快を覚えたが、彼女の命日である今日だけは犯罪者を殺さないと誓っていた。
だからこそ大人しく、犯罪者と騎士は路地裏へと入っていく。
「一応言っておきます。僕の心臓が止まれば、ノアさんのチョーカーが爆発します。ほら、ノアさんを助けると誓ったでしょう? 騎士に二言は無いとか言って 」
「そんな必死になるな。今日は誰も殺さないと決めてるんだ 」
「……そうですか 」
焦りを見透かされたルースは静かに肩の力を抜いた。
そんな犯罪者と向かい合うようにモルガンは壁に寄りかかる。
「ただ、見逃す代わりに質問に答えろ 」
そして彼は、独り言のように質問を投げかけた。
「終戦から八年。この都市には犯罪者を処刑する制度が生まれた。だが犯罪は無くならないどころか、凶悪犯罪が横行し始める始末……なぁ犯罪者、お前に問う。どうすればこの世から犯罪は無くなると思う? 」
「無くなりませんよ。救いたいという想いがある限り 」
騎士は答えを探さなくてはならなかった。
けれど犯罪者はそれに答えがないのだと知っている。
「苦しみに耐えきれない自分を救いたい。苦しみに耐えきれない誰かを救いたい。そんな人たらしめる想いがある限り、人は平気で誰かを犠牲にする。だから犯罪は無くならない 」
「……だろうな 」
モルガンはその身勝手な答えに何も言い返せなかった。
自分も想い人を救いたいと、苦しみ続けるリルを救いたいと思っていたから。
人として、否定なんてできなかった。
「あぁ、犯罪を肯定してる訳じゃありませんよ? 僕が犯罪の被害を受け、大切な人を失ったのなら……絶対にそいつを殺しますから 」
「だから俺は、これ以上犠牲者を出さないために犯罪者を殺し続ける。抑止力のためにな 」
「えぇ。それは正しい……だって間違いを犯した者は無敵ですもの。でも極端すぎれば大変なことになりますよ? 軽い犯罪で戻れた者にとってこの法は、死ぬか凶悪な犯罪者になるかの二択にしかならない 」
「だからって法を急に変えることは出来ねぇよ 」
「ですねぇ。もし法を変えて騎士が動揺すれば、必ず騎士を殺しますもの 」
ひょうひょうと答える道化に、少しだがモルガンは苛立ちを覚えた。
そしてもう一度質問を投げかけた。
「結局お前は……何がしたかったんだ? 」
そんな単純な質問に、ルースは一人の犯罪者として答えた。
「救われた命を無駄にしたくなかった。死にたくなかった。だから間違いの中で生き続けた、ただの犯罪者ですよ 」
結局ルースはただの犯罪者だ。
死んだ方が世のため、生きるだけで人を不安にさせる悪意を宿した邪魔人でしかない。
けれども死にたくないという願望も持っている。
だからその数は減らず、犯罪は絶滅しない。
「さようなら円卓の騎士。共演、楽しかったですよ 」
そうして道化は街中に消えていった。
残った騎士は一人。答えのない答えを探すために、ふらりふらりと街中を進む。
その途中で彼は、一時の安堵を手に入れた。
『よぉユフナ 』
家族に会えたという安堵は、彼を騎士ではなくカルマという一人の人として出迎えた。
(うぉぉぉ死ぬかと思ったァァァァ!!!! )
ルースは心臓バクバクの状態で路地裏に隠れていた。
(うるせぇ死ねされなくて良かった!! 知るか死ねされなくて良かった!!! 道化の天敵は話を聞かない愚者だもんね!!!! )
「おや? 」
本心を収めたルースは足跡を見つけた。
まだ小さく成長途中の足跡。
それはゴミ箱の上にあり、不自然に空いた窓へと続いている。
まるでこっそりと、部屋の中に誰かが隠れたようだ。
「よっと 」
躊躇いなくその部屋に入るルースの目の前には、不安定な足場の上で首をくくる女の子が立っていた。
その目は涙でキラめき、驚いたようにルースを見ている。
「やぁこんにちは。ここで自殺なんかしたら、あっという間に虫の餌ですよ 」
「ち、近付かないで!! 」
「どうして自殺を? 」
問いかけに動揺する赤髪の少女は、ポロリと涙を零した。
「わ、私……ご飯盗んだの。それで……犯罪者になっちゃったから……殺される前に、死なないと 」
少女が着ているのは布切れとしか言えないボロボロなシャツだった。
うっすら見える胸からはアバラが浮き、震える手も枝のようにやつれている。
(栄養失調。何か食べなきゃ死んでたんだろうなぁ……うん )
「じゃあ死にましょうか 」
いつの間にか少女に近づいていたルースは、その体をトンっと押した。
「あっ 」
浮遊感に包まれる少女。
けれど紐が首をぶら下げる直前に、ルースはその足を掴んだ。
宙ずり。だがルースが足を支えているため、少女の首に負荷はかかっていない。
「怖いですよね〜、死ぬ直前の感覚は。あぁ、もう一度その感覚を味わいたいなら言ってください。手を離しますので 」
「なんで……静かに……死なせてくれないの 」
「だってもったいないじゃないですか。せっかく罪を犯して助かったのに、その後死ぬなんて 」
「私は……犯罪者だよ? 」
「だから? 」
ルースは笑いながらも、その足を力強く握りしめた。
「罪だ罰だ犯罪者だの。飯が食えて働けて、誰からの脅威を受けてないヤツらが勝手に言ってるだけだ。だから今、重要なのはそれじゃない……生きたいか、もう一度恐怖を味わって死にたいか。さぁ、答えをどうぞ? 」
一択しかない答えを前に、少女は震える声で答えた。
「死にたく……ない 」
「よぉし、なら助かりましょう!! 」
馴れた手つきで少女を縛る縄を解くルース。
何度もそれを結んでいたから、彼はその解き方を知っている。
「どこに……行くの? 」
姫のように抱き上げられた少女の問いに、ルースは歯を見せてニヤニヤと笑ってみせた。
「いやぁ、犯罪者を助けてくれる親切な組織ができたらしいので。そこに向かいましょう 」
そうしてルースが向かった先は、とても異様な組織だった。
重要指名手配犯二名。
国家転覆罪を持つ犯罪者が一名。
そして元騎士で構成された組織の名は、ゴースト。
元円卓の騎士、ランスロットが収める組織だ。
「と、言う訳で!! この子と僕を助けてください!!! 」
「な……なんであなたがここに 」
冷や汗を雨粒のように落とすハレ。
対してルースは、道化らしくケラケラと笑ってみせた。
「ユキさんでしたっけ? 彼女にも発信機付けてたんですよ……自分に付いたのを除去したからって、油断したらダメですよ? 」
「もぉぉおお!!! あなたほんと嫌いです!!!! 」
「あぁロクスさん、オークション会場ぶりですね。ハウさんの方は街中であったっきりでしたっけ? 」
「ロクスストップ。ほんとストップ。その勢いで殴ったら殺しちゃうからストップ 」
「殴らせろ一発!! いや二発!!! この嘘つき野郎が!!! 」
「騙される方が悪いんですよ〜。お互い生きてて良かったですねぇ 」
ハウから全力で止められるロクスと、その姿を見て揶揄うルース。
けれどごたついた空気は、元騎士の一言で静まり返る。
「で? 何をしに来たんですか? 」
リーダー。
ユフナ・コルテの問い。
数日前まで円卓の騎士だった彼の言葉には、声だけで人を殺せるほどの圧を感じさせる。
だが相手は、誰が相手でも演じられる道化である。
今さら円卓などにビビることは有り得ない。
「懺悔します。僕は昔、間違いを犯しました 」
ニヤついた面で罪人を演じるルース。
彼は知っているのだ。
この中にいる全員が、誰かを救おうとする弱く利用しやすい心を持っていると。
「自分という異物が居なくなれば、大切な人は勝手に幸せになってくれるだろうと思っていました。けれど結果が出て、それが間違いだと気がついた。ただ自分に救う力がないだけだと思い知った。だからもう一度、チャンスをくれませんか? 」
「……あなたの目的は? 」
その言葉を聞けた時点で、ルースの演技は成功していた。
「外にいる彼女に出会いたい。まぁつまり、国境をこさせてください!! 」
「いやぁ……なんとなって良かった 」
薄ら笑いを貼り付けたルースは、一人荒野を歩いていた。
あれから口八丁。その場しのぎの誤魔化しで国境を越させて貰ったルース。
だが彼は一つの問題にぶち当たっていた。
(そういえば集合場所決めてない!!! )
ついでに食料も水もないのである。
(このまま死ぬ!? ここまで来て!!? えぇどうしよう……どうしようかなぁ。あっ )
嫌な気配を察知したルースはすぐさま両手を上げた。
「はい降参!! 丸腰でーす!!! 」
負け犬のポーズを決め込むルース。
そんな彼を取り囲むように現れたのは、赤い銃火器を持った謎の集団だった。
(あれぇまじもんの盗賊団的なヤツ? いやワンチャン、ノアさん達が用意した遣い的な? )
「若い肉体だ……邪神様の生贄に丁度いい 」
(はい違うわ!! またカルト教団的なヤツだわ!!! )
内心爆焦りのルース。
けれど次の瞬間には、その焦りは消えていた。
なぜならあの時のように、乾いた銃声が響いたからだ。
「撃て 」
「りょ〜かい 」
跳弾する弾丸は複数の頭を貫通。
それに気を取られた彼らの足元には、赤い鉄のムカデが這っていた。
「あら、いいお顔ですね 」
ムカデの牙は足を切り裂き、倒れた人の顔をうねる頭が叩き潰す。
「久しぶりだな、ルース 」
「昨日ぶりですよノアさん 」
最初の出会いと変わらず、彼らは無数の死体の上で再開した。
「ヴィアラさんもルブフェルムさんもご無事でしたか 」
「誰かさんのお陰でね〜。ぶっちゃげ何処までが計画通りだったの〜? 」
「ユフナさんに出会う以外は予想してましたよ。あとはまぁ……その場のノリで!! 」
「それで成功してるから怖いね〜 」
「お、お前らは…… 」
一人。
生き残りが羽をもがれた虫のように蠢いた。
「どうしてこんな……酷いことができるんだ? 仲間をどうして……殺した!! 」
そんな分かりきった疑問を持つ敗者に、犯罪者である彼らは心底呆れてしまった。
「殺そうとしたのですから、殺されても文句は言えないのでは? 」
正義と同じく、正論を持って。
ルブフェルムは生き残りの頭を叩き潰した。
結局すべては正論の押し付け合いなのだ。
まかり通れば、それが正しさになる。
ゆえに犯罪はこの世から無くならない。
なぜなら正しさは、姿形を簡単に変えていくのだから。
この世に一つの正しさなどありはしない。
「で? これからどうします? 」
今回も運良く生き残ったルースは、元ボスであるノアに問いかける。
するとノアは、その問いを待っていたように笑った。
「人を助けるぞ。普通ではできない、私たちなりのやり方でな 」
「正義気取りは割に合いませんよ? 」
「それでもだ。犯罪者だろうと私たちは生き残ってしまったんだ。なら、死んだ人達に恥じないように生きたい 」
「まぁ……そうですね。人殺しのために死んだより、自分が助けた人がたくさん人を救ったっていう方が、聞こえは良いですね 」
「ちなみにボスはお前だ、ルース 」
「…………はい!!?」
初耳だと言いたげに叫ぶルース。
だがノアはもう決めていた。
「なんで僕が!!!? 」
「お前は口が上手い。人を救うときにそれは役に立つ 」
「いやパスです!! あれ大変なんですから!! ヴィアラさんとかどうですか!!? 」
「私もパス〜。そろそろ責任感っていうものから開放されたいからね〜 」
「なら私がやりましょうか? 」
話に顔を突っ込むルブフェルム。
絶対ろくなことにならないと確信したルースはすぐさま手の平を返し、仕方なく手を挙げた。
「はいやります。僕がやります、ボスになります 」
「よし、決まりだな。ただ気負い過ぎるなよ、私たちがいつでも支えてやる 」
「それは……ハハッ。心強いですね 」
「じゃあ行くぞ。私たちなりの贖罪の旅にな 」
そうして彼らは、新たな自警団となった。
そのメンバーは皆、犯罪者である。
救うよりも多くの人間を殺す異常集団。
どのような信念があれど、人を恐怖に陥れる悪人共だ。
けれど、人は正義だけでは救われない。
正義を救うのが正義であると同様。
悪人を救えるのは、過ちを経験した悪人だけなのだ。
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『私が教えよう、咎人としての生き方を
この世に罪を犯さない方法はありふれているが、罪を犯してからの生き方は誰も教えてくれない
何が正しいかも分からず、降り注ぐ罰だけを前にして、死が正しさと誤認する者も居るだろう
そんな弱き者に、私は教えよう
罪を犯しても人生は終わらない
そして人を救いなさい
私たち咎人は汚れた杯に等しく、穢れている
けれど死は、ただ形を壊し、終わらせるだけである
薄汚れようとも、その杯は水を受け止め、人の渇きを潤すことが出来る
咎人であろうとも、人を救うことはできる
薄汚れた水しか飲めない者を、救うことができる
私は示した。ならば選ぶといい
ただ死ぬという、たった一度の贖罪か
人を救う呪いを背負い、罪を洗い流すように行う無限の贖罪か
辛き旅になるだろう
理解されず、死を強要され、また楽な罪を犯したくなるだろう
けれどその道をあえて歩む者に、私は名をつける
『罪喰らう虫』と
鏡を見よ、お前は穢れている
けれどその血が落ちた時
悠久とも言える贖罪が終わる時
今一度、血に埋もれた自分を見るがいい
きっとその顔は、自らが思うより醜くはないだろう
虫と成った咎人よ、人を救え
虫なった咎人よ、贖罪を続けよ
罪に穢れた虫よ、お前も生きていいんだ
お前の罪が覆られないように、この答えもまた覆ることはない
終戦ののちに自殺した
名も無き兵士の遺書より




