第十五劇 喝采無き客席
「僕が思い描く脚本。そのオチは単純な入れ替わりトリック……まぁつまり、存在しない敵と戦う、愚かな円卓の騎士というものです 」
「なるほど〜? ……うん、分かった。協力するよ 」
照明に反射する埃がまう。
それほどまでの薄暗闇の部屋。
ルースとヴィアラは密談を交わしていた。
それは演劇の下準備と言って差し支えない。
「と、言う訳で 」
ルース達が訪れた場所。
そこはクロウの組織に潜入していた時に訪れた『義欠屋』である。
「注文した商品を取りに来ました 」
「うん? あぁ、あの……あの時のお客さんか。うん、できてるよ 」
店主である青髪の女性は、戸惑いながらもルース達を工房に案内した。
そこには体と頭のない手足が転がっている。
それは人そっくりの義手と義足である。
「注文通りの物だよ。報酬は? 」
「ここにあるよ〜 」
ヴィアラは手に持っていた顔ほどの袋をテーブルの上に乗せた。
けれど店主の目線はずっとヴィアラに向いている。
「あんたさ、機械顔に仕込んでるだろ? 」
「よく分かるね〜 」
「でも仕込み方が下手だね。顔の筋肉削りすぎて表情筋動いてないし、舌骨にも引っかかって変な喋り方になってる……キミも処置しようか? 」
「うんん、大丈夫。自分への戒めのようなものだから 」
「ふ〜ん、そっか 」
「あぁ、すいません 」
店主の首に、そっと針を突き刺すルース。
「二日くらい寝ててください 」
立てなくなった彼女を優しく支えるルースは、まるで介抱するように、その体を工房の奥に寝せた。
雫が落ちるような当たり前の流れ。
裏の人間を一切抵抗させずに無力化したルースを見て、ヴィアラは心底嫌な顔をした。
「キミが私たちの団に入ってくれて良かったよ……そうじゃなきゃ警戒すら出来なかった 」
「悪人にとって最高の褒め言葉ですね 」
信頼などない互いの笑み。
けれど目的の一致から彼らは進む。
次に彼らが向かったのは、辺境にある地下研究所だった。
そこの近場には、地表ごとスプーンでくり抜いたような乱雑な穴がある。
「あれ、アグラヴェインが放ったヤツだよね? よく残ってたね〜。少しでもズレてたらここも巻き込まれたのに 」
「えぇ、ナガラさんが自ら囮になりに行きましたからね。おかげでここの存在もバレていない 」
「ほんと騎士は事後処理が雑だね〜 」
「まぁ、とりあえず手筈通りにお願いします 」
「うん、分かった〜。力抜いてね〜 」
ルースとヴィアラは向かい合い、顔を近づける。
そして繰り出された肘打ちがルースの顎を捉え、的確にその脳を揺らした。
脳震盪。ルースは気絶。
その目に黒いテープ、口には猿ぐつわを噛ませたヴィアラは、すぐさま科学者がいる場所へと足を運んだ。
「やぁ、はじめまして〜 」
白衣を着た科学者達はいっせいにヴィアラを警戒。
それに彼女は、自らの頬を持ち上げる歪な笑みを返した。
「ボスの命でね〜、フォルセダーに意志を移す実験をして欲しいんだってさ。記憶を抜くことができるなら、再現すること可能だろう? ってさ 」
「えっ? あれはボスから禁止されたハズですが…… 」
「これから円卓と戦うんだよ? そんなこと言ってる場合? 」
「それは……そうですね。すぐに準備します 」
言いくるめられた科学者は、すぐさまルースを実験室へ運んだ。
気絶した人間は物のように扱われ、肉を処理するように様々な機械が差し込まれていく。
耳の穴には小指大ほどのプラグが。
左目の中には薄いヘラのようなものが。
舌は噛み切らないように短く切除。
軽くなったルースには様々な電極が繋がれ、スイッチと共にその体は跳ねとんだ。
だが拘束されてるため、彼がいくら身を捩っても逃れることは出来ない。
「死んじゃわないの〜? 」
「えぇ。なんども実験しましたが、この過程で死んだサンプルはいません。ですがこの個体は素晴らしい……普通の人間なら脳に異常が起こるハズなのにそれが現れない 」
「ふ〜ん……どのくらい実験したの? 」
「一通りですね。大人に妊婦に子供に赤子、ですが子供のデータが一番多いです 」
「まぁ、売られる子供は多いものね〜 」
検体の口から血が溢れた頃、ようやく実験は終わった。
出来上がったのは、記録を移された赤い機械と用済みとなった科学者たちの死体。
あとはズボンを濡らしたルースだ。
「生きてる〜? 」
「鼓膜破けてるんで聞こえませ〜ん! つーかコイツら殺したんですねー!! 」
「裏に法律はないからね〜。ムカついた時点で殺していいんだよ 」
「あっ! 耳の血が頭の方に!!! 」
彼らはやっと手に入れた。
ルースの意志を持つ機械と、人と同じ感触を持つ四肢を。
「で? あれはどのくらい使えるの? 」
薄暗い部屋に戻った彼らは、また脚本の打ち合わせを始めた。
「クロウが残していたデータだとまぁまぁですかね。その人を知る誰かがずっとそばで調整すべきらしいです 」
耳に湿らせた脱脂綿を入れたルース。
その言葉にヴィアラは首を傾げた。
「それ、不良品じゃないの? 」
「だから私の出番なのか 」
会話に入ってきたのは、いつからか部屋の入り口に立っているノアだった。
「ノアさんにしかできないことです。元の素材はフォルセダーですので、触れるだけで調整できます 」
「ちょっと待って〜? じゃあノアっちは偽のルースと一緒に、円卓と戦うって言うの? 」
「えぇ、まぁ大丈夫ですよ。呼び出すモルガンは子を持つ親……しかも仲は良好。子供を殺した手で我が子に触れたくはないでしょう? 」
「人によるんじゃないの〜? 」
「えぇ。だからノアさんにリルさんの情報……あの事件の真相を喋ってもらう。そして僕たちは徹底的に自殺をしようとする。そうすればモルガンは、僕たちを助けざるおえない……彼がリルさんのこと大好きなのは調査済みですしねぇ 」
柔らかな笑みを浮かべるルースは、未だにとても弱そうに見えた。
だからこそヴィアラは恐ろしく見えた。
「ちなみにさ〜? モルガンがノアっちを無視して都市に帰ったらどうするの? 」
「それは有り得ませんよ。呼び出した時点で僕が主犯だと思われますからね。ほら! 円卓の騎士って犯罪者を殺したっていう報告で民を安心させるじゃないですか。だから必ず、僕の首を狙ってくる。それをノアさんが邪魔をする……無視できないけどなかなか無力化できない。こういうダラダラな状況に持っていくつもりです 」
「私は何に気をつけたらいい? 」
ルースの膝の上で首傾げるノア。
ルースはその髪先を優しく撫でた。
「彼が呼び出された時点で脚本は始まっている。想定外がいくら起こっても、必ず予定通りになっていく。まぁつまり、焦る必要はありません。演者がいくらもがいた所で、脚本を変えることはできませんから 」
「分かった 」
「あぁそれとヴィアラさん。僕の顔、剥いでください。偽の機械に乗せなきゃいけませんので 」
「そこまでする必要はあるのか? 」
「念の為にですよ 」
心配するノアの頭を撫でるルース。
その目には、ほの暗い覚悟があった。
「何かをしなくて失敗したより、全力を尽くして失敗した方がスッキリできるじゃないですか。まぁ、失敗する気はありませんがね 」
ルースの表情はとても優しいもので、それを見たノアは思い出した。
誰かを助けるために自分を呆気なく犠牲にした、彼女の姿を。
そしてヴィアラは申し訳なさそうな顔をした。
表情は遠目から分かるほど、あからさまに。
「あ〜……皮を剥ぐのなら私より適任がいるよ。ね、フェルムっち? 」
「えぇ 」
ルースはいつの間にか影に入っていた。
背後に立つメイド、ルブフェルムの影に。
「えぇっとぉ……チェンジで 」
「おや、あなたは頼む側ですよ? そんな事を言える立場ですか? 」
「くっ!!! 」
「という訳で女装してくださいね 」
「畜生!!! 」
「おい 」
立ち上がるルースの手は後ろに引っ張られた。
その手を握るのはノアの小さな手。
それは僅かに震えている。
「そこまでする必要はあるのか? なぜお前は……躊躇いなく自分を捨てられるんだ? 」
「二度と失敗したくない。二度と、助けられなかったなんて苦しみたくない……自罰的に見えるでしょうが、これは自分のためなんですよ 」
そうは言うが、ルースの思いは硬かった。
自分のために皮を剥げる者がどれだけ居るだろうか?
自分のために、自分を捨てて他人を助けられる人はどれだけ居るのだろうか?
そんな異常を乗り越えられるのは、覚悟を持った人間に他あるまい。
だからこそノアは、同じだけの覚悟を示した。
「私も、これ以上恩人を失いたくない。だから……必ず帰ってこい 」
「えぇ、あなただけを生き残らせることはしませんよ 」
「ではマイクロビキニをお願いします 」
「フェルムっち? お願いだから空気読も?? 」
そうして演劇の下準備が終わった。
ーーーー
(心臓が動いてない!? 死体? いやこの感じは)
モルガンとの戦闘中。
彼へ最初に突っ込んだイージスの内部にいた人間。 それはルースだった。
「あ〜バレなくて良かった 」
接近した時、ルースはモルガンに盗聴器をつけた。
それで状況を把握。
脚本通りに事が進んだのを確認し、用意していたドリルでルースは穴を掘り進める。
「いやぁ。計画通りとは言え、生き埋めは精神的に辛いなぁ 」
ルースは爆弾を仕掛けていた。
最後はこの地下が埋まるように。
そうすれば、雑な証拠があっても誤魔化せる。
最初に出会った死体から意識を逸らせる読んでいた。
誰も最初に向かってきたのが道化だとは思うまい。
『で? キミの動きは分かったけど、私たちはどうしたらいいの? 』
反芻される過去では、ルースとヴィアラが話していた。
『ロクスさんが戦う時、街はたぶん円卓の騎士が対応すると思うんですよ。その騎士は必ずロクスさんを街の外へと追い出して戦闘する……だからその方面の国境から出てください。円卓の騎士は仲間を呼ばない、邪魔ですからね? 』
『もしそうならなかったら〜? 』
『そのまま都市に待機です。あぁ、必ず根回しして外に出すのでご安心を 』
『そうなったら速くしてね〜。ちょっと最近襲われそうでさ…… 』
『今夜も襲いますのでお覚悟を 』
『うぉ!? ルブフェルムさん……まぁ、はい。全力を尽くします 』
穴を掘り終え、地上に出たルースは軽快な足取りであの場所に向かう。
「あ〜あ 」
そこあるのは、首のない死体。
偽物の赤い血。
そして死体役の演技を終えた一人の道化。
「もう少し席に着いてたら、ネタばらしできたのに 」
道化は笑い、頭を下げた。
共に愚者を演じてくれた、聡くも愚かな赤い騎士に向けて。




