第十四劇 計画なる奇跡
序章。
強盗団のアジトの中。
唯一の科学者であるハレは、モニターの前で冷や汗をこぼした。
「なんでハウが街を!? 」
ロクスがアジトを出てすぐの事。
ハウは単独で都市へ進行。円卓の騎士 アグラヴェインと戦闘を始めた。
「ロクスさんに……いやでも 」
『じゃあ俺たち、オークション会場襲撃してくるな。安心しろ、客は全員裏の住人。殺しても俺が怨まれるだけで済む 』
ロクスが思い描く最悪は、怨みを買ってアジトが襲われること。
だがハレの最悪は違う。
彼女にとって最悪は、恩人がすべての怨みを背負って一人で死ぬことだ。
(ロクスさんに連絡するのは違う。だってあの人、絶対に円卓の騎士に突っ込む。ならハウさんは……見殺しになんて出来ない! どうする考えろ!! )
「やぁ、忙しそうですね 」
その背後で笑う道化。
伏線の準備が始まった。
「……なんでここに 」
「ダメじゃないですか。人から貰った物を大事にとってたら、発信機とは思いませんでした? 」
ルースの目線は、研究室に置かれた赤い石に向けられる。
ハレはそっと、ポケットに入れたボタンに手を伸ばした。
「頭がいいですね。もし自らが人質に取られても、しっかり周りを巻き込まないようにしてる。が、時間がありませんお願いします。ロクスさんを救うためには、もうこうするしか無いんです 」
狡猾な道化の演技。
ハレは脚本通りの反応をした。
「裏で大規模なオークションが起こるのは知ってるでしょう? アレは罠だ、ロクスさんをおびき寄せるための 」
「……なんでそれを 」
「ロクスさんは僕にとって命の恩人なんです、だから彼だけでも助けたい。お願いします、彼に嘘をついてください 」
恩人だという話は有り得ないことでは無い。
ロクスはところ構わず人を救っているから。
少なくともハレはその件が嘘ではないと思っていた。
「意味がわからない。救いたいと嘘をつく事がなんで一緒に 」
「どうせあの人の事だ。罠だと知ってもフォルセダーのために飛び込むでしょう? だからこそ一旦諦めさせる必要がある。それに時間が無い。円卓の騎士モルガンがこのアジトに向かってる 」
ハレは言葉を失った。
(そんな事が? いやでもモルガンが裏を探ってるのは有名、なんでこの時に!? 円卓と裏が結託して)
更なる困惑。
道化は嘘と真実を織り交ぜ、偽りの必死さで顔をメイクした。
ルースはハレの胸ぐらを力強く、頼み込むように掴む。
「お願いします……僕を救ってくれたあの人を、僕は救い返したいんです 」
ロクスに返しれぬ恩があるハレだからこそ、その言葉は効いた。
その時点で道化の糸に捕まった。
いつからか、頼みは断りきれぬ提案へ。
「僕がモルガンを止める。だからお願いしますハレさん。あなたがロクスさんを止めてください 」
最後の準備が終わる。
もうすぐ開演のコールが鳴り響く。
(僕たちが国境を超えるためには、三つ条件が居る )
ルースはアジトで説明したことを反芻する。
自らの台本を確かめるように。
(一つは大きな事件を起こすこと。騎士たちが追って来させないために。二つ目は可能な限り民間人を巻き込むこと、これで騎士たちの対応を遅らせる )
そして三つ目。
(円卓の騎士と対峙する。辺境で事件が起きたとしても、円卓の騎士が一人向かえば他の騎士は来ない。だって、彼らほど安心できる存在はいないでしょう? )
ただ一人の少女が国境を超えるためだけに、全ての怒りは利用され、道化が用意した脚本の上で踊らされた。
(そして僕はモルガンを指名した。だってこっちには、あの円卓が無視できないカードを持っている )
『ロクス・リルカルゴ。侵略者だ覚えとけ 』
ロクスの怒りで燃え上がる都市。
その時、一人の円卓は不在だった。
彼の名はモルガン。
道化により指名された観客であり、赤の鎧まとう騎士であり、正義の執行者。
第一章、開演。
「はじめまして円卓の騎士!! 」
「しけた出迎えだな、犯罪者 」
地下施設。
ホコリの溜まる空のアジトへと足を踏み入れた騎士は、マイク越しに道化と対面した。
「冷静ですねぇ!! 円卓の騎士だから罠には慣れてますか? 」
道化の挑発。
モルガンにとってそれは、
「処刑を開始する 」
地面に這う虫と変わりない。
『虐殺にて平穏を 』
モルガンが生み出した大剣は、コツリと地面にぶつけられる。
反響を聞き分けるモルガン。
彼は犯罪者を見つけた。
「はっ? 」
モルガンの存在が認知から消える。
風は巻き上がることを。音は鳴ることを忘れるほどの速度で駆けたモルガンは足を止めた。
モニタールームの道化は、首に刃を当てられた事で、ようやく背後にいる騎士の存在に気がついた。
「遺言は聞いてやる 」
「円卓の騎士死亡事件の真相を知っている 」
「……は? 」
道化はモルガンの力量を見誤っていた。
ゆえに即興。
台本に無いアドリブで、道化は演劇を紡ぐ。
「あぁ、もっと分かりやすく言いましょうか? リル・コルテ……あなたの奥さんが死んだ理由を知っている 」
道化は自らの首にはめていた爆弾を起動。
モルガンは咄嗟にそれを壊したが、もう一つ足元で起動していた爆弾が部屋ごと吹き飛ばした。
この時点でモルガンは不利なルールを強制された。
真実を知る犯罪者を殺してはならない。
犯罪者を自殺させてもならない。
不利な対面が始まる。
(気絶させる )
瓦礫が散らばる。それが足場となる空中。
モルガンは人が死なない速度で動き、道化の首に蹴りを放つ。
だが開けられた口と歯が、それを受け止めた。
「殺す気でやらないと〜 」
折れた歯と共に爆弾を散らばせる道化。
モルガンはすべての爆弾を切り落とすが、破裂した爆風は道化に迫る。
「ちぃっ!! 」
それを庇うモルガン。
道化は爆風に乗って距離を取り、そのまま身を隠す。
その時点でようやく瓦礫が落ち、辺りには静寂が満ちる。
波乱なる一章の終わり。
第二章の幕が上がる。
(アイツ…… )
瓦礫を散らすモルガンは迷っていた。
(犯罪者をあんだけ殺したんだ、嘘かどうかは目を見れば分かる。だが目的は? 十中八九時間稼ぎだろうな。なら円卓で巨大な事件が起きるハズだ、わざわざ円卓を呼び出したんだからな )
「おやおや〜? 時間稼ぎだとバレましたか〜? なら僕をすぐさま殺すべきでしょう? 」
「あぁ。まったくその通りだ 」
嘲笑うような正論にモルガンは頷く。
リルの死から、モルガンはずっとあの事件の真相を追っていた。
だがいくら探しても答えは見つからなかった。
その見つからなかった答えが目の前にある。
普通の人間であれば葛藤するだろう。
けれど彼は円卓の騎士。
普通の人間には慣れなかった存在だ。
「だから俺は、祈ろうと思う 」
モルガンは声がする方へ剣を振った。
風が鳴る。
裂けた空気は元に戻り、雷鳴のような災音が響く。
「お前が死なない事にな 」
空を破裂させる斬撃は空に穴を開け、地下に曇り空を届かせる。
空に渓谷ができた。
それ程までの一撃を喰らえば、か弱き人など原型を留めることはできない。
「……なるほど。録音か 」
「ピンポーン!! 」
瓦礫が盛り上がり、這い出たそれはモルガンに飛びかかる。
それは赤い人型の機械。
泣き叫ぶ人間を内包したイージスと呼ばれる兵器。
「っ!? 」
モルガンは機械のみを的確に破壊。
中にいた人間を救出した。
(心臓が動いてねぇ!? 死体? いやあの感じは)
そして暗闇に映し出される映像。
それは円卓都市の映像だった。
『武器を置け! 俺たちが守る!! だから武器を』
発砲音は一人の騎士を貫いた。
撃ったのは武器を持つ市民。倒れた騎士は市民の進行に踏み潰されていく。
「リル・コルテが死んだ時、あの現場には捜査上には現れない人物が居た 」
突然の映像に動揺するモルガンの目の前に、道化は姿を現した。
「それは裏で生きる少女。彼女とのやり取りは 」
モルガンはすぐさま道化を殺そうとした。
だがその前に背後にいる存在に気がついた。
「私が説明しようか? 円卓の騎士 」
背後にいた金髪の少女、ノア。
彼女と道化は同時に、手榴弾のピンを抜いた。
「っ!? 」
「さぁモルガン。己の願いか、社会の平和か。好きに選んでください 」
選択は二つ。
犯罪者を無視して都市の事件を解決に向かうか。
探し求めていた事件の真相を知るか。
この瞬間、モルガンの動きは明確に鈍った。
(俺は)
「隙あり 」
ピンの抜かれた手榴弾は爆ぜる。
だがそれは殺傷能力のある爆風ではなく光と音。
モルガンの視界は光に塗りつぶされた。
「……… 」
暗闇に帰ってきたモルガンは、静かに問う。
「ユフナ……お前もこんな気持ちだったのか? 」
自己か、社会か。
その狭間で揺れ、犯罪者側についた一人の騎士に向かって。
混乱の二章の終わり。
問いかけの第三幕が始まる。
(……何回死にかけた今ので? )
まだ壊れていない通路を走る道化は、心の底から恐怖していた。
あの円卓という得体の知れなさに。
(迷わせたよな!? 動揺してたよな? それであの速度!? 本当は殺す気だったのか? いやだったら考える時間すら貰えない!! )
「落ち着け。手が震えてるぞ 」
後ろを走っていたノアは、そっと道化の手を握った。
だがその震えは増すばかりだ。
「落ち着ける訳ないでしょう。あなたが死ぬかもしれないんだから 」
道化はずっと、自分だけが死ぬのなら良いと思っていた。
だが今はノアが居る。
最愛の姉が命を懸けて生かした存在が隣にいる。
「そもそも……良いんですか? 僕の脚本通りに行ったとしても、あなたは更に重荷を背負う。いや国境を超えるって言い出した僕ですけど…… 」
「怖いのか? 」
「えぇ、怖いです。また守れなさそうで……失いそうで 」
道化は常に恐れている。
貼り付けた顔の下では、いつも守れなかった自分を悔い、また失うことを恐れていた。
だからこそルースはいつも一人で生きてきた。
「おい 」
けれど彼は救ってしまったのだ。
失うことを恐れている少女を。
そんな少女の恩人になってしまったのだから、今さら逃げることは出来ない。
彼女は道化を離さない。
「誓え。私はもう、助けられた命を無駄にはしない。お前も……もう間違うな 」
「そんな無茶な 」
「ちなみにこの誓いを破った者は死刑だ。お前は私に死んで欲しいか? 」
絶望の中でさえ輝く意志を持つ目は、ルースに問う。
少しの沈黙。
そして錆びかけた道化の心は、再び動き始める。
「なら、迷ってる場合じゃないですね 」
「あぁ 」
風が吹き荒れる。
道化はノアを突き飛ばす。
不可視の斬撃は道化の両足を切断。
吹き荒れる風と共に、モルガンが現れた。
「お前は……この場で殺す 」
モルガンはノア達を追ってきた。
それは台本通りの行動。
道化の手のひらの上だ。
「さぁて、道化からのクイズタ〜イム!! 」
ならば台本通りに、道化は笑って見せた。
「なぜこの世から犯罪は無くならないか? さぁ 」
壁を突き破り現れた赤い機械の軍勢。
彼らは黒い袋を背負っている。
「無意味な思考時間だ 」
『助けて!! 』
袋の中からは悲鳴が聞こえた。
反射的にすべての機械を壊すモルガン。
だが電子的な起動音が響き、爆風と血しぶきを地下に雨を降らした。
「や〜い、人殺し 」
「だからどうした? 」
音速の大剣は道化に迫るが、その間にノアは飛び込む。
子供を殺すことを恐れたモルガン。
脳裏に浮かぶ子供。
無意識のブレーキ。剣の軌道がズレる。
「ッ!! 」
『フォルセダー 起動 』
道化の右腕は加速。
そのまま放たれた拳はモルガンの脇腹を捉え、圧倒的な円卓を殴り飛ばした。
気高き騎士が薄汚れた道化により殴られたのだ。
「問おう、気高き騎士よ!! 騎士と犯罪者は何が違う!? 人を殺すのも! 人の幸せを奪うのも同じだろう!!? 」
道化の戯言に、冷静では無いモルガンは言葉を返してしまった。
「犯罪者の戯言だ 」
「それは正義の言い訳だろ? 」
戯言で道化に勝てる者など居ない。
モルガンの足が止まる。
瞬間、道化の背後からは新たな機械たち。
腹部に黒い袋を抱えた新たな機械たちが沸いて出る。
「っ!! 」
円卓の騎士といえど、一般人を巻き込むには抵抗がある。
ゆえに迷い、目の前に有る残酷な罠を実感した。
もしあの中に本当の人間が居れば、自分はただの人殺しであると。
使命を持って殺したとしても、それは犯罪者と同じ殺しと変わりないと。
助けようとすれば人殺し。
助けなければ人を見捨てた薄汚れた騎士となる。
(強者に勝つには、三つの原則がある )
足のない道化は心の底から笑みを零した。
(ルールで縛る! ルール外から殴る! そして勝ち方を隠し通す!! さぁどうする円卓の騎士!? お前は何を選択する!? )
「あっ? 」
「っ!! 」
刹那。道化とノアの目に写ったのは、笑顔だった。
血で描がかれたような不気味な笑みだった。
台本通り。けれど誤算。
赤の騎士はもう、人を殺すことに慣れていた。
「忘れぬ死 」
ただ乱雑に振られた、静かな横一文字の大剣。
剣の軌道上には無音が響き、無風が吹き荒れる。
そして無は有となる。
風は爆ぜ、音も爆ぜ、災歌の異音は地下の煩わしい壁たちを消し飛ばした。
「っ!!?? 」
脚本を書いた道化は忘れていたのだ。
追い詰められた悪ほど凶暴であると同様。
追い詰められた正義も凶悪になるのだと。
「やっべ!? 」
咄嗟に瓦礫からノアを庇う道化。
そして地下の空白を埋めるように地層が一段。
下に落ちる。
「加減は終わりだ 」
剣を投げ捨てたモルガンは、静かに笑みをこぼした。
「この場にいる全員救助する。死ぬなよ? 」
その蹴りは音速を超えた。
上へ落ちる滝のような風は空に穴を開け、落ちてくる地層を砕き、その一撃は地下深くに空を作り出した。
それは先の一撃よりも強いと、何となくノアは察した。
この騎士にとって武器を使うのは手加減なのだと。
不要なものを殺さないようにする配慮なのだと。
絶大なる円卓の騎士、その中の異端。
円卓最強とうたわれる赤の騎士。
彼の名はモルガン。
彼が本気で暴れるには、この世に不要なものが多すぎる。
「っ!! 」
モルガンの目が二人を見る。
道化はすぐさま仕掛けていた爆弾を起動。
それは地下室全土に仕掛けられたもの。
一つ一つの爆弾は小さくとも、連鎖する爆発は地下の支えを的確に破壊し、瓦礫や砂が豪雨のように降り注ぐ。
だが瞬きほどの一瞬の後。
ノアたちは雨が降る地上に居た。
彼らはただ、モルガンに連れ出されたのだ。
(ハハッ、速すぎんだろ…… )
「やっぱ中身入ってねぇじゃねぇか 」
一緒に運び出されたであろう赤い機械たちは、既に無力化されている。
黒い袋も破かれ、それに詰められた偽の血も見破られた。
もはや道化たちを守るものは何もない。
けれどまだ、脚本は続いている。
ルースの一人芝居は終幕へ向かう。
「じゃあモルガン、交渉と行きましょう? 」
道化とノアは、互いの首に向けて銃を向けた。
応じなければお互いに自殺するという脅し。
「……やっぱ目的はそれか 」
交渉。
モルガンにとってそれは意外な言葉ではなかった。
「おや、意外じゃありませんか 」
「あれだけ犯罪者と話せと問いてたからな。まるで演劇を見てる様だったよ……一つのテーマを、繰り返し伝える執拗いヤツをな 」
ルースにとって、殺されずに話せること事態が脚本通り。
モルガンはもう、彼らをただの犯罪者だとは思っていない。
演劇により心を振るわされた客になったのだ。
「こちらが渡すのは、元円卓の騎士 リル・コルテの死の真相。あなたに求めるのは、この子……ノア・ロリューレが死なずに国境を越す許可を頂きたい 」
「……その子供は? 」
「親が裏の自警団を仕切っていたボスです。まぁこの子も何人も殺してますがね……このまま裏に入れば、いつか報復を受けるので……外に逃がしたい 」
ノアの頭に左手をポンと乗せる道化。
モルガンは何かを言いかけたが、それを飲み込み、騎士として言葉をかけた。
「たかがその為に、都市中の人間を巻き込んだのか? 」
「たかがその為に、命をかけるのが人間でしょう? 」
問い返すような言葉に、彼は静かに目を閉じた、
騎士。モルガンとしてでなく、家族を愛する一人の人間として。
そして今一度、自分に問いた。
事件の真相を知りたい自分を優先するか、すぐさまこの犯罪者を殺し、都市の事件を解決しに行くか。
いくらでも言い訳ができる。
都市には仲間が居ると投げやりな答え方もできた。
けれどモルガンは、自らの誤ちを受け入れた。
「あぁ、良いだろう。その子は殺さない 」
「騎士に二言は? 」
「無い。俺は自分の願いを優先する 」
その言葉を聞けた時点で、ルースの脚本は終わったも同然だった。
戦い、生き延び、言葉を交わせる状態にまで動揺させ、交渉できる状態まで円卓の格を落とした。
道化にしては偉業を成し遂げたと言えるべき事だろう。
「リル・コルテは」
「私が話す 」
言葉を遮るノア。
彼女は自ら円卓の前に赴き、一切目をそらさずに真実を話した。
彼女が自分を守ってくれたこと。
記憶が無くなる最期まで家族を想っていたこと。
自らにしてくれた料理の内容、知恵の横領も。
すべて。彼女が残した意志が一滴足りとも零さないように、ノアが見たことすべてを伝えた。
「……そうか 」
語り終えた時にはもう、雨は止んでいた。
けれどモルガンの心にはまだ雨が降っていたようだ。
彼の頬にはまだ雨粒が残っている。
「バカ野郎が 」
「あの〜、悲しいんでるところ悪いんですけど!! 僕が失血死する前に約束果たして貰っていいですぅ!!? 」
道化にしては珍しい焦り声に、すぐさまモルガンは涙を指先で弾いた。
「分かってるのか? お前を生かすことは出来ねぇぞ 」
「えぇ。主犯が捕まったと公開しなければ、必ず裏すべてを取り壊せという流れになるでしょうからね。それはお互い不本意でしょう 」
にっと笑う道化は、静かにノアの背を押した。
彼女は一度振り返り、不安げな顔を見せた。
けれど相手は道化なのだ。
彼は笑う事しかできない。
「またな 」
「えぇ、速すぎる再開にはなりませんように 」
騎士と道化。
二人に見送られながら、ノアは外へと向かう。
平和とうたわれる、平和とは程遠い都市の外へ。
ノアの背が見えなくなるまで待つ。
それは騎士なりの配慮だった。
「良いのか? 国境を出たところで、その後生き残る保証はねぇぞ 」
「ここまでしたヤツが、そんな初歩的なことにつまずくとでも? 」
「……まぁ、そうだよな 」
深く聞かない。
それはモルガン最大の慈悲だった。
「遺言は? 」
「この舞台は楽しめましたか? 」
「……他のヤツからすれば駄作だろう。だが求めてモノが手に入ったんだ、俺からすりゃ名作だ 」
「なら…… 」
道化は飛び切りの笑みをこぼした。
「良かった 」
そしてその笑みは、静かに首から離れた。
モルガンの大剣。
処刑人の刃は、罪人の首を静かに落としたのだ。
それが終幕。
悪は裁かれたという、ありふれた呆気のない終わり。
最後の客であったモルガンは席を立ち、自らの道を進んだ。
「マーリン、聞こえるか? 」
『おっ? モルガンちゃ〜ん!! ところで結界に反応があったけどどうしたのぉ? 」
「犯罪者を一人逃がした。責任は俺が取る 」
『ふぅん……もしかしたら復讐しに来るかもよ? 』
「アイツは生かされた人間だ、そんな無駄なことはしない 」
『ハイハイ。じゃあこの事は墓場持ってくよ 』
「お前にまで背負わせるつもりは」
『そこは黙ってうんでいいの!! 』
「分かった……ところで都市の方はどうだ? 」
『大混乱!! 民がパニック起こして私たち円卓は中々出れないからねぇ。全員巻き込めんでいいなら出てけるんだけど 』
「どのくらい死んだ? 」
『あぁそれはぁ…… 』
「言ってくれ。覚悟はできてる 」
『あ〜いやぁ……死者は今のところゼロだよ。ユフナが理想幻体を使って収めてくれたからね。怪我人も犯罪者らしき人たちも、平等に助けたよ 』
「…………カナギはどうした? あいつがをアイディアルを持ってただろ? 」
『あぁ、本人が讓渡したってさ。大丈夫、ユフナとカナギくんで争いは起きてない。というかカナギくんに至っては『現場判断はできる』って、両腕もないのにずっと走り回ってるよ。彼、キミに似てきたんじゃない? 』
「………………そうか……良かった 」
『公務中だもんね。ところで主犯は見つけた? 』
「あぁ、殺した。すぐに事件を表明できる 」
『まぁこれで少しは民も落ち着くかもねぇ……めんどくさいなぁこの仕事 』
「とりあえず俺が戻るまで頼む。五秒でつく 」
そうしてモルガンは風と共に走り去った。
罪人の首を持って。
『久しぶり! 元気にしてる? 』
表舞台は終わった。
けれど裏舞台が終わることは無い。
『私は元気だよ。その……急に連絡してごめんね。帰りづらいんじゃないかと思ってて 』
観客のいない舞台は、演じた者への貸切となる。
『……そっか、無理しないでね。あっ。それとさ、最近噂とか聞いてなかった? 女の子が行方不明になったとか? 』
演じ終えたから終わりじゃない。
演じ終えたからこそ、次の場所へ迎えるのだ。
『……うん。ごめんね、急に変なこと聞いて。それと……本当に、いつでも帰ってきていいからね。私はずっと待ってるから 』
「うん。そろそろ帰るよ 」
首のない死体。
その側に立つのは、死体の演技を終えた一人のルースだった。
すべては道化が用意した舞台の上。
役者として死んだとしても、脚本家である作者は死なない。
表舞台での死者は、裏舞台で生きている。




