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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
24/48

第十四劇 計画なる奇跡



 序章。


 強盗団のアジトの中。

 唯一の科学者であるハレは、モニターの前で冷や汗をこぼした。


「なんでハウが街を!? 」


 ロクスがアジトを出てすぐの事。

 ハウは単独で都市へ進行。円卓の騎士 アグラヴェインと戦闘を始めた。


「ロクスさんに……いやでも 」


『じゃあ俺たち、オークション会場襲撃してくるな。安心しろ、客は全員裏の住人。殺しても俺が怨まれるだけで済む 』


 ロクスが思い描く最悪は、怨みを買ってアジトが襲われること。

 だがハレの最悪は違う。


 彼女にとって最悪は、恩人(ロクス)がすべての怨みを背負って一人で死ぬことだ。


(ロクスさんに連絡するのは違う。だってあの人、絶対に円卓の騎士に突っ込む。ならハウさんは……見殺しになんて出来ない! どうする考えろ!! )


「やぁ、忙しそうですね 」


 その背後で笑う道化。


 伏線の準備が始まった。


「……なんでここに 」


「ダメじゃないですか。人から貰った物を大事にとってたら、発信機とは思いませんでした? 」


 ルースの目線は、研究室に置かれた赤い石に向けられる。

 ハレはそっと、ポケットに入れたボタンに手を伸ばした。


「頭がいいですね。もし自らが人質に取られても、しっかり周りを巻き込まないようにしてる。が、時間がありませんお願いします。ロクスさんを救うためには、もうこうするしか無いんです 」


 狡猾な道化の演技。

 ハレは脚本通りの反応をした。


「裏で大規模なオークションが起こるのは知ってるでしょう? アレは罠だ、ロクスさんをおびき寄せるための 」


「……なんでそれを 」


「ロクスさんは僕にとって命の恩人なんです、だから彼だけでも助けたい。お願いします、彼に嘘をついてください 」


 恩人だという話は有り得ないことでは無い。


 ロクスはところ構わず人を救っているから。

 少なくともハレはその件が嘘ではないと思っていた。


「意味がわからない。救いたいと嘘をつく事がなんで一緒に 」


「どうせあの人の事だ。罠だと知ってもフォルセダーのために飛び込むでしょう? だからこそ一旦諦めさせる必要がある。それに時間が無い。円卓の騎士モルガンがこのアジトに向かってる 」


 ハレは言葉を失った。


(そんな事が? いやでもモルガンが裏を探ってるのは有名、なんでこの時に!? 円卓と裏が結託して)


 更なる困惑。

 道化は嘘と真実を織り交ぜ、偽りの必死さで顔をメイクした。


 ルースはハレの胸ぐらを力強く、頼み込むように掴む。


「お願いします……僕を救ってくれたあの人を、僕は救い返したいんです 」


 ロクスに返しれぬ恩があるハレだからこそ、その言葉は効いた。

 その時点で道化の糸に捕まった。


 いつからか、頼みは断りきれぬ提案へ。


「僕がモルガンを止める。だからお願いしますハレさん。あなたがロクスさんを止めてください 」



 最後の準備が終わる。

 もうすぐ開演のコールが鳴り響く。



(僕たちが国境を超えるためには、三つ条件が居る )


 ルースはアジトで説明したことを反芻する。

 自らの台本を確かめるように。


(一つは大きな事件を起こすこと。騎士たちが追って来させないために。二つ目は可能な限り民間人を巻き込むこと、これで騎士たちの対応を遅らせる )


 そして三つ目。


(円卓の騎士と対峙する。辺境で事件が起きたとしても、円卓の騎士が一人向かえば他の騎士は来ない。だって、彼らほど安心できる存在はいないでしょう? )


 ただ一人の少女が国境を超えるためだけに、全ての怒りは利用され、道化が用意した脚本の上で踊らされた。


(そして僕はモルガンを指名した。だってこっちには、あの円卓が無視できないカードを持っている )



『ロクス・リルカルゴ。侵略者だ覚えとけ 』



 ロクスの怒りで燃え上がる都市。

 その時、一人の円卓は不在だった。


 彼の名はモルガン。

 道化により指名された観客であり、赤の鎧まとう騎士であり、正義の執行者。



 第一章、開演。



「はじめまして円卓の騎士!! 」


「しけた出迎えだな、犯罪者 」


 地下施設。

 ホコリの溜まる空のアジトへと足を踏み入れた騎士は、マイク越しに道化(ルース)と対面した。


「冷静ですねぇ!! 円卓の騎士だから罠には慣れてますか? 」


 道化の挑発。

 モルガンにとってそれは、


「処刑を開始する 」


 地面に這う虫と変わりない。


虐殺にて平穏を(ブレイク・ルーン)


 モルガンが生み出した大剣は、コツリと地面にぶつけられる。

 反響を聞き分けるモルガン。


 彼は犯罪者を見つけた。


「はっ? 」


 モルガンの存在が認知から消える。


 風は巻き上がることを。音は鳴ることを忘れるほどの速度で駆けたモルガンは足を止めた。


 モニタールームの道化は、首に刃を当てられた事で、ようやく背後にいる騎士の存在に気がついた。


「遺言は聞いてやる 」


「円卓の騎士死亡事件の真相を知っている 」


「……は? 」


 道化はモルガンの力量を見誤っていた。

 ゆえに即興。


 台本に無いアドリブで、道化は演劇を紡ぐ。


「あぁ、もっと分かりやすく言いましょうか? リル・コルテ……あなたの奥さんが死んだ理由を知っている 」


 道化(ルース)は自らの首にはめていた爆弾を起動。


 モルガンは咄嗟にそれを壊したが、もう一つ足元で起動していた爆弾が部屋ごと吹き飛ばした。


 この時点でモルガンは不利なルールを強制された。


 真実を知る犯罪者を殺してはならない。

 犯罪者を自殺させてもならない。


 不利な対面(クソゲー)が始まる。

 

(気絶させる )


 瓦礫が散らばる。それが足場となる空中。


 モルガンは人が死なない速度で動き、道化の首に蹴りを放つ。

 だが開けられた口と歯が、それを受け止めた。


「殺す気でやらないと〜 」


 折れた歯と共に爆弾を散らばせる道化(ルース)

 モルガンはすべての爆弾を切り落とすが、破裂した爆風は道化に迫る。


「ちぃっ!! 」


 それを庇うモルガン。

 道化は爆風に乗って距離を取り、そのまま身を隠す。


 その時点でようやく瓦礫が落ち、辺りには静寂が満ちる。



 波乱なる一章の終わり。

 第二章の幕が上がる。



(アイツ…… )


 瓦礫を散らすモルガンは迷っていた。


(犯罪者をあんだけ殺したんだ、嘘かどうかは目を見れば分かる。だが目的は? 十中八九時間稼ぎだろうな。なら円卓で巨大な事件が起きるハズだ、わざわざ円卓()を呼び出したんだからな )


「おやおや〜? 時間稼ぎだとバレましたか〜? なら僕をすぐさま殺すべきでしょう? 」


「あぁ。まったくその通りだ 」


 嘲笑うような正論にモルガンは頷く。


 リルの死から、モルガンはずっとあの事件の真相を追っていた。

 だがいくら探しても答えは見つからなかった。


 その見つからなかった答えが目の前にある。


 普通の人間であれば葛藤するだろう。

 けれど彼は円卓の騎士。


 普通の人間には慣れなかった存在だ。


「だから俺は、祈ろうと思う 」


 モルガンは声がする方へ剣を振った。


 風が鳴る。

 裂けた空気は元に戻り、雷鳴のような災音(さいおん)が響く。


「お前が死なない事にな 」


 空を破裂させる斬撃は空に穴を開け、地下に曇り空を届かせる。


 空に渓谷ができた。

 それ程までの一撃を喰らえば、か弱き人など原型を留めることはできない。


「……なるほど。録音か 」


「ピンポーン!! 」


 瓦礫が盛り上がり、這い出たそれはモルガンに飛びかかる。

 それは赤い人型の機械。


 泣き叫ぶ人間を内包したイージスと呼ばれる兵器。


「っ!? 」


 モルガンは機械のみを的確に破壊。

 中にいた人間を救出した。


(心臓が動いてねぇ!? 死体? いやあの感じは)


 そして暗闇に映し出される映像。


 それは円卓都市の映像だった。


『武器を置け! 俺たちが守る!! だから武器を』


 発砲音は一人の騎士を貫いた。

 撃ったのは武器を持つ市民。倒れた騎士は市民の進行に踏み潰されていく。


「リル・コルテが死んだ時、あの現場には捜査上には現れない人物が居た 」


 突然の映像に動揺するモルガンの目の前に、道化(ルース)は姿を現した。


「それは裏で生きる少女。彼女とのやり取りは 」


 モルガンはすぐさま道化を殺そうとした。

 だがその前に背後にいる存在に気がついた。


「私が説明しようか? 円卓の騎士 」


 背後にいた金髪の少女、ノア。

 彼女と道化(ルース)は同時に、手榴弾のピンを抜いた。


「っ!? 」


「さぁモルガン。己の願いか、社会の平和か。好きに選んでください 」


 選択は二つ。


 犯罪者を無視して都市の事件を解決に向かうか。

 探し求めていた事件の真相を知るか。


 この瞬間、モルガンの動きは明確に鈍った。


(俺は)


「隙あり 」


 ピンの抜かれた手榴弾は爆ぜる。

 だがそれは殺傷能力のある爆風ではなく光と音。


 モルガンの視界は光に塗りつぶされた。


「……… 」


 暗闇に帰ってきたモルガンは、静かに問う。


「ユフナ……お前もこんな気持ちだったのか? 」


 自己か、社会か。

 その狭間で揺れ、犯罪者側についた一人の騎士に向かって。



 混乱の二章の終わり。

 問いかけの第三幕が始まる。



(……何回死にかけた今ので? )


 まだ壊れていない通路を走る道化(ルース)は、心の底から恐怖していた。

 あの円卓という得体の知れなさに。


(迷わせたよな!? 動揺してたよな? それであの速度!? 本当は殺す気だったのか? いやだったら考える時間すら貰えない!! )


「落ち着け。手が震えてるぞ 」


 後ろを走っていたノアは、そっと道化の手を握った。

 だがその震えは増すばかりだ。


「落ち着ける訳ないでしょう。あなたが死ぬかもしれないんだから 」


 道化はずっと、自分だけが死ぬのなら良いと思っていた。

 だが今はノアが居る。


 最愛の姉が命を懸けて生かした存在が隣にいる。


「そもそも……良いんですか? 僕の脚本通りに行ったとしても、あなたは更に重荷を背負う。いや国境を超えるって言い出した僕ですけど…… 」


「怖いのか? 」


「えぇ、怖いです。また守れなさそうで……失いそうで 」


 道化は常に恐れている。

 貼り付けた顔の下では、いつも守れなかった自分を悔い、また失うことを恐れていた。


 だからこそルースはいつも一人で生きてきた。


「おい 」


 けれど彼は救ってしまったのだ。

 失うことを恐れている少女を。


 そんな少女の恩人になってしまったのだから、今さら逃げることは出来ない。

 彼女は道化(ルース)を離さない。


「誓え。私はもう、助けられた命を無駄にはしない。お前も……もう間違うな 」


「そんな無茶な 」


「ちなみにこの誓いを破った者は死刑だ。お前は私に死んで欲しいか? 」


 絶望の中でさえ輝く意志を持つ目は、ルースに問う。

 少しの沈黙。

 そして錆びかけた道化の心は、再び動き始める。


「なら、迷ってる場合じゃないですね 」


「あぁ 」


 風が吹き荒れる。

 道化はノアを突き飛ばす。


 不可視の斬撃は道化(ルース)の両足を切断。

 吹き荒れる風と共に、モルガンが現れた。


「お前は……この場で殺す 」


 モルガンはノア達を追ってきた。

 それは台本通りの行動。


 道化の手のひらの上だ。


「さぁて、道化からのクイズタ〜イム!! 」


 ならば台本通りに、道化は笑って見せた。


「なぜこの世から犯罪は無くならないか? さぁ 」


 壁を突き破り現れた赤い機械の軍勢。

 彼らは黒い袋を背負っている。


無意味な思考時間(シンキングタイム)だ 」


『助けて!! 』


 袋の中からは悲鳴が聞こえた。


 反射的にすべての機械を壊すモルガン。

 だが電子的な起動音が響き、爆風と血しぶきを地下に雨を降らした。


「や〜い、人殺し 」


「だからどうした? 」


 音速の大剣は道化に迫るが、その間にノアは飛び込む。


 子供を殺すことを恐れたモルガン。

 脳裏に浮かぶ子供(ユフナ)


 無意識のブレーキ。剣の軌道がズレる。


「ッ!! 」


『フォルセダー 起動 』


 道化の右腕(義手)は加速。

 そのまま放たれた拳はモルガンの脇腹を捉え、圧倒的な円卓を殴り飛ばした。


 気高き騎士が薄汚れた道化により殴られたのだ。


「問おう、気高き騎士よ!! 騎士と犯罪者は何が違う!? 人を殺すのも! 人の幸せを奪うのも同じだろう!!? 」


 道化の戯言に、冷静では無いモルガンは言葉を返してしまった。


「犯罪者の戯言だ 」


「それは正義の言い訳だろ? 」


 戯言で道化に勝てる者など居ない。


 モルガンの足が止まる。

 瞬間、道化の背後からは新たな機械たち。


 腹部に黒い袋を抱えた新たな機械たちが沸いて出る。


「っ!! 」


 円卓の騎士といえど、一般人を巻き込むには抵抗がある。

 ゆえに迷い、目の前に有る残酷な罠を実感した。


 もしあの中に本当の人間が居れば、自分はただの人殺しであると。

 使命を持って殺したとしても、それは犯罪者と同じ殺しと変わりないと。


 助けようとすれば人殺し。

 助けなければ人を見捨てた薄汚れた騎士となる。


(強者に勝つには、三つの原則がある )


 足のない道化は心の底から笑みを零した。


(ルールで縛る! ルール外から殴る! そして勝ち方を隠し通す!! さぁどうする円卓の騎士!? お前は何を選択する!? )


「あっ? 」


「っ!! 」


 刹那。道化(ルース)とノアの目に写ったのは、笑顔だった。

 血で描がかれたような不気味な笑みだった。


 台本通り。けれど誤算。

 赤の騎士(モルガン)はもう、人を殺すことに慣れていた。


忘れぬ死(メメント)


 ただ乱雑に振られた、静かな横一文字の大剣。


 剣の軌道上には無音が響き、無風が吹き荒れる。

 そして無は有となる。


 風は爆ぜ、音も爆ぜ、災歌(さいか)の異音は地下の煩わしい壁たちを消し飛ばした。


「っ!!?? 」


 脚本を書いた道化は忘れていたのだ。


 追い詰められた悪ほど凶暴であると同様。

 追い詰められた正義も凶悪になるのだと。


「やっべ!? 」


 咄嗟に瓦礫からノアを庇う道化。


 そして地下の空白を埋めるように地層が一段。

 下に落ちる。


「加減は終わりだ 」


 剣を投げ捨てたモルガンは、静かに笑みをこぼした。

 

「この場にいる全員救助する。死ぬなよ? 」


 その蹴りは音速を超えた。

 上へ落ちる滝のような風は空に穴を開け、落ちてくる地層を砕き、その一撃は地下深くに空を作り出した。


 それは先の一撃よりも強いと、何となくノアは察した。


 この騎士にとって武器を使うのは手加減なのだと。

 不要なものを殺さないようにする配慮なのだと。


 絶大なる円卓の騎士、その中の異端。

 円卓最強とうたわれる赤の騎士。


 彼の名はモルガン。

 彼が本気で暴れるには、この世に不要なものが多すぎる。


「っ!! 」


 モルガンの目が二人を見る。

 道化はすぐさま仕掛けていた爆弾を起動。


 それは地下室全土に仕掛けられたもの。

 一つ一つの爆弾は小さくとも、連鎖する爆発は地下の支えを的確に破壊し、瓦礫や砂が豪雨のように降り注ぐ。


 だが瞬きほどの一瞬の後。

 ノアたちは雨が降る地上に居た。


 彼らはただ、モルガンに連れ出されたのだ。


(ハハッ、速すぎんだろ…… )


「やっぱ中身入ってねぇじゃねぇか 」


 一緒に運び出されたであろう赤い機械たちは、既に無力化されている。

 黒い袋も破かれ、それに詰められた偽の血も見破られた。


 もはや道化たちを守るものは何もない。



 けれどまだ、脚本は続いている。

 ルースの一人芝居は終幕へ向かう。



「じゃあモルガン、交渉と行きましょう? 」


 道化とノアは、互いの首に向けて銃を向けた。

 応じなければお互いに自殺するという脅し。


「……やっぱ目的はそれか 」


 交渉。

 モルガンにとってそれは意外な言葉ではなかった。


「おや、意外じゃありませんか 」


「あれだけ犯罪者と話せと問いてたからな。まるで演劇を見てる様だったよ……一つのテーマを、繰り返し伝える執拗いヤツをな 」


 ルースにとって、殺されずに話せること事態が脚本通り。


 モルガンはもう、彼らをただの犯罪者だとは思っていない。

 演劇により心を振るわされた客になったのだ。


「こちらが渡すのは、元円卓の騎士 リル・コルテの死の真相。あなたに求めるのは、この子……ノア・ロリューレが死なずに国境を越す許可を頂きたい 」


「……その子供は? 」


「親が裏の自警団を仕切っていたボスです。まぁこの子も何人も殺してますがね……このまま裏に入れば、いつか報復を受けるので……外に逃がしたい 」


 ノアの頭に左手をポンと乗せる道化。

 モルガンは何かを言いかけたが、それを飲み込み、騎士として言葉をかけた。


「たかがその為に、都市中の人間を巻き込んだのか? 」


「たかがその為に、命をかけるのが人間でしょう? 」


 問い返すような言葉に、彼は静かに目を閉じた、


 騎士。モルガンとしてでなく、家族を愛する一人の人間として。


 そして今一度、自分に問いた。


 事件の真相を知りたい自分を優先するか、すぐさまこの犯罪者を殺し、都市の事件を解決しに行くか。


 いくらでも言い訳ができる。

 都市には仲間が居ると投げやりな答え方もできた。


 けれどモルガンは、自らの誤ちを受け入れた。


「あぁ、良いだろう。その子は殺さない 」


「騎士に二言は? 」


「無い。俺は自分の願いを優先する 」


 その言葉を聞けた時点で、ルースの脚本は終わったも同然だった。


 戦い、生き延び、言葉を交わせる状態にまで動揺させ、交渉できる状態まで円卓の格を落とした。


 道化にしては偉業を成し遂げたと言えるべき事だろう。


「リル・コルテは」


「私が話す 」


 言葉を遮るノア。

 彼女は自ら円卓の前に赴き、一切目をそらさずに真実を話した。


 彼女が自分を守ってくれたこと。

 記憶が無くなる最期まで家族を想っていたこと。

 自らにしてくれた料理の内容、知恵の横領も。


 すべて。彼女が残した意志が一滴足りとも零さないように、ノアが見たことすべてを伝えた。


「……そうか 」


 語り終えた時にはもう、雨は止んでいた。

 けれどモルガンの心にはまだ雨が降っていたようだ。


 彼の頬にはまだ雨粒が残っている。


「バカ野郎が 」


「あの〜、悲しいんでるところ悪いんですけど!! 僕が失血死する前に約束果たして貰っていいですぅ!!? 」


 道化にしては珍しい焦り声に、すぐさまモルガンは涙を指先で弾いた。


「分かってるのか? お前を生かすことは出来ねぇぞ 」


「えぇ。主犯が捕まったと公開しなければ、必ず裏すべてを取り壊せという流れになるでしょうからね。それはお互い不本意でしょう 」


 にっと笑う道化は、静かにノアの背を押した。

 彼女は一度振り返り、不安げな顔を見せた。


 けれど相手は道化なのだ。


 彼は笑う事しかできない。


「またな 」


「えぇ、速すぎる再開にはなりませんように 」


 騎士と道化。

 二人に見送られながら、ノアは外へと向かう。


 平和とうたわれる、平和とは程遠い都市の外へ。


 ノアの背が見えなくなるまで待つ。

 それは騎士なりの配慮だった。


「良いのか? 国境を出たところで、その後生き残る保証はねぇぞ 」


「ここまでしたヤツが、そんな初歩的なことにつまずくとでも? 」


「……まぁ、そうだよな 」


 深く聞かない。

 それはモルガン最大の慈悲だった。


「遺言は? 」


「この舞台は楽しめましたか? 」


「……他のヤツからすれば駄作だろう。だが求めてモノが手に入ったんだ、俺からすりゃ名作だ 」


「なら…… 」


 道化は飛び切りの笑みをこぼした。


「良かった 」


 そしてその笑みは、静かに首から離れた。

 モルガンの大剣。

 処刑人の刃は、罪人の首を静かに落としたのだ。



 それが終幕。

 悪は裁かれたという、ありふれた呆気のない終わり。


 最後の客であったモルガンは席を立ち、自らの道を進んだ。


「マーリン、聞こえるか? 」


『おっ? モルガンちゃ〜ん!! ところで結界に反応があったけどどうしたのぉ? 」


「犯罪者を一人逃がした。責任は俺が取る 」


『ふぅん……もしかしたら復讐しに来るかもよ? 』


「アイツは生かされた人間だ、そんな無駄なことはしない 」


『ハイハイ。じゃあこの事は墓場持ってくよ 』


「お前にまで背負わせるつもりは」


『そこは黙ってうんでいいの!! 』


「分かった……ところで都市の方はどうだ? 」


『大混乱!! 民がパニック起こして私たち円卓は中々出れないからねぇ。全員巻き込めんでいいなら出てけるんだけど 』


「どのくらい死んだ? 」


『あぁそれはぁ…… 』


「言ってくれ。覚悟はできてる 」


『あ〜いやぁ……死者は今のところゼロだよ。ユフナが理想幻体(アイディアル)を使って収めてくれたからね。怪我人も犯罪者らしき人たちも、平等に助けたよ 』


「…………カナギはどうした? あいつがをアイディアルを持ってただろ? 」


『あぁ、本人が讓渡したってさ。大丈夫、ユフナとカナギくんで争いは起きてない。というかカナギくんに至っては『現場判断はできる』って、両腕もないのにずっと走り回ってるよ。彼、キミに似てきたんじゃない? 』


「………………そうか……良かった 」


『公務中だもんね。ところで主犯は見つけた? 』


「あぁ、殺した。すぐに事件を表明できる 」


『まぁこれで少しは民も落ち着くかもねぇ……めんどくさいなぁこの仕事 』


「とりあえず俺が戻るまで頼む。五秒でつく 」


 そうしてモルガンは風と共に走り去った。

 罪人の首を持って。




『久しぶり! 元気にしてる? 』


 表舞台は終わった。

 けれど裏舞台が終わることは無い。


『私は元気だよ。その……急に連絡してごめんね。帰りづらいんじゃないかと思ってて 』


 観客のいない舞台は、演じた者への貸切となる。


『……そっか、無理しないでね。あっ。それとさ、最近噂とか聞いてなかった? 女の子が行方不明になったとか? 』


 演じ終えたから終わりじゃない。

 演じ終えたからこそ、次の場所へ(むか)えるのだ。


『……うん。ごめんね、急に変なこと聞いて。それと……本当に、いつでも帰ってきていいからね。私はずっと待ってるから 』


「うん。そろそろ帰るよ 」


 首のない死体。

 その側に立つのは、死体の演技を終えた一人のルース(道化)だった。


 すべては道化が用意した舞台の上。

 役者として死んだとしても、脚本家である作者は死なない。


 表舞台での死者は、裏舞台で生きている。



 


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