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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
23/48

第十三劇 破壊工作



『あ〜、そいや質問なんだけどよォ、円卓の最強って誰? あっ、別に答えなくてもいいからな 』


 赤い義賊たちはフォルセダーの製造工場に向かっていた。

 モルガン含む円卓の騎士もそこへ向かっていた。


 森の中に武器工場があるという、たった一つの情報。

 真実であれば互いにとって無視できない絶大な餌。


 その砂糖水(造られた蜜)を意図的にこぼしたのは、一人の道化だった。


「いやぁ、よくこんな場所に隠したなぁ 」


 ルースは森の中で笑っていた。

 首吊り用のロープを木にかけて、手馴れた手つきで輪っかを作る。


 服を着るように首を通して、生まれ変わるように飛び降りる直前、地面の扉が慌ただしく開いた。


 そこから出てきたのは白衣を纏う女性。

 ハレという科学者だった。


「ちょっと待って! 死ぬ前に話を」


「どうも、初めましてハレさん 」


「……っ 」


 首吊りかけの道化は笑う。


「アジトは隠されなきゃいけない。でもその上で人が自殺するとなれば、無視できませんよねぇ 」


「……裏の住人なら知ってるよね? 巣を突くという行為が、どれほどの愚行かを 」


 ハレの脅し。

 それはルースを殺すための時間稼ぎも含んでいた。


 だが足りない。

 道化の笑みを剥ぐには、恐怖が足りない。


「……あなた 」


 ルースは上着を捨てる。

 その下にはびっしりと爆弾が付けられていた。


「煙を呼びたくば火を。円卓を呼びたくば事件を……ははっ、騒ぎは嫌でしょ? 」


「目的は? 」


「交渉ですよ、何やらフォルセダーに困ってるらしいので。もちろん騎士が来ないよう室内でね? 」


「良いですよ、お茶くらいは用意しましょう 」


 独断でルースを招き入れたハレ。

 その二人を出迎えたのは、エプロン姿のユキだった。


 髪は解かれ、手には何も持っていない。

 けれどその目付きは心臓を貫けるほどに鋭い。


「まだ殺したらダメだよユキ。仲間が居るだろうから 」


「えぇ、僕の心音が止まった瞬間に爆発するかも知れませんしね 」


「……分かりました 」


 大人しく食い下がるユキ。

 その少女を煽るようにルースは笑う。


「いやぁ、面白い方ですねロクスさんは。暗殺者ユキと重要指名手配ハレ……そんな爆弾のようなあなた達を匿っているなんて 」


 ルースの首にワイヤー巻き付けるユキ。

 赤い銃を構えるハレ。


 二人の殺意を一心に受ける道化は薄ら笑いを辞められない。


「私たちも裏で生きてきたんだ 」

「あまり舐めないでください 」


「なら脅しで止まらないのも分かるでしょう? 取引です 」


 話の主導権を握るルースは、静かに赤い鉄の塊を取り出した。


 暗殺者であったユキはその価値を知らない。

 科学者であるハレはその価値を知っている。

 

「フォルセダーの原材料。なかなかお目にかかれない物でしょう? 」


「なんでそんな物を持ってるの……表舞台は愚か、裏でも滅多に出てこない 」


「そう、フォルセダーの材料はとても貴重。だから大体の兵器は、壊れたフォルセダーを再加工した物です。でも僕はその原材料を持っている。それほどの立場にいる。まぁつまり、フォルセダーを作る事ができる。それを提供できるという事です 」


 魅惑的な餌を取り出したルースは話を続ける。


「ロクスさん達が、負の遺産を背負わされた子供を救ってるのは知っています。調べましたし、裏では有名人ですから。でもあまりにも無茶だ。裏の住人に喧嘩を売り、円卓の驚異から怯え続ける。いいや? あなた達を巻き込まないようにしてる……あぁ、なんて優しいでしょう? そんな人が、フォルセダーさえ足りればこれ以上危険を犯さなくなる。なんて魅力的な提案だ!! 」


 あまりにも胡散臭い言葉。

 信用すらできない都合のいい話。


 だがハレ達は少しだけ縋りたくなった。

 危険を犯し続ける恩人が、これ以上危ない目に合わない未来に。


「それで? 貴方は何を望むの? 」


「二つ、一つはあなた達の空アジトが欲しい。ほら? もしものために逃げ込める場所があるハズでしょ? 」


「もう一つは? 」


「ロクスさんに一言。嘘をついて欲しい。あぁ、報酬は半分ずつ渡しますよ。お気になさらず 」


 作り笑いのまま語るルース。

 対してハレは話にならないと言いたげなため息をついた。


「……交渉が下手だね 」


 銃口から放たれた衝撃派。

 それはルースの右腕を膨れ上がらせ、風船のように破裂させた。


 飛び散る血肉。

 けれど三人は瞬きすらしない。


「キミのボスに伝えなよ。私たちは交渉に応じない、従わせたいのなら殺す気で来いと 」


 交渉を蹴ったハレ。

 だが道化は薄ら笑いの下、心の中でほくそ笑む。


(引っかかってくれた……演じたかいがあるなぁ )


 ルースはわざと交渉が下手なフリをした。

 自分がただの道化であると偽るために。


 交渉が下手な自分がボスだと悟らせないために。


 そしてこの瞬間、ルースは一つの目的を果たした。

 盤面を支える柱に楔を打ち込んだのだ。


 道化の目的は一つ。


 この盤面を引っくり返すことだ。



ーーー



「どうもこんにちは 」


 義手をつけたルースはとある工場の中に入った。

 そこはクロウが管理していた裏の工場。


 職がなく、犯罪に手を染めるしかなかったもの達が働く職場である。


「誰だお前は? 」


 見覚えのないルースに誰もが疑心の目を向ける。

 だがルースは平然と笑った。


「新人です。あぁ、ボスから給付の話が出てましてね。それを渡しに来ただけです 」


「あぁ、お疲れ様さん。ちなみにボスはどうしたんだ? 」


「少しトラブルがありましてね。でも給付については問題ありません。ボスからの命令でしっかりと払います 」


 労働者である彼らは、上司の事を気にしてはいない。


 正確に言えば、上司が無能ではなく、給料がしっかりと払われれば彼らに文句は無い。

 少しの違和感を抱いても、いつも通りが変わらなければ気にもとめない。


「では失礼しますねぇ 」


「おう、ボスにありがとうと伝えてくれ〜 」


 金を払い終えたルースは、何事もなくそのまま帰宅した。


 また一つ。柱に楔が打ち込まれた。



ーーー


 

「……誰だ? 」


 今度はアジトの仕事机に座ったルース。

 当然部下は、見知らぬ男に警戒した。


「誰だと思う? ヒントはカラスだ 」


 だがルースは子供が落とし穴を掘ったようにイタズラと、部下に向けてヘラヘラと笑った。


「……ボス? 」


「ピンポ〜ン。ちょっとした問題で顔変えたんだ、まぁ仕事に支障はねぇ。んで報告書をくれよ 」


「あっ、はい 」


 王のフリをする道化。

 だが仕事をこなすだけの部下はそれに気が付かない。


「これお前がまとめたのか? 」


「は、はい……何か問題が? 」


「いいや、むしろめちゃくちゃ分かりやすい。いつもありがとな 」


 子供のように笑うルースは、部下にニッコリと微笑みかけた。


 裏の人間と言えど人は人。

 褒められれば嬉しいものだ。


「こちらこそありがとうございます!! 」


 また一つ。

 柱に楔が打ち込まれた。




「よォお前ら。この前は散々だったな 」


 次にルースは研究所に出向いた。

 科学者たちの目線はすべてルースに注がれる。


 だが観衆の目を怖がる道化などいない。


「……ボス? 」


「よく分かるな。そぉそぉ、ちょっと円卓に絡まれてなぁ。顔と声変えてんだよ 」


「背も変わってません? 」


「骨を抜いたんだよ。あっ、手術痕見るか? 」


「い、いえ……結構です 」


 ヘラヘラと笑うルースは赤い拡音器を取りだした。

 そして研究所に響き渡る声で、こう叫ぶ。


「あ〜話半分に聞いてくれぇ。この前の裏で起こった大規模な事件、不安な者も居るだろうが安心してくれ。お前らの居場所は俺が守る。以上!! 今日も程々に頑張ってくれ〜 」


 何事も無かったかのように語るルース。

 不安に満ちた研究所には、小さくではあるが希望の火が灯る。


 ここでようやく、ルースは柱に楔を撃ち込み終えた。








『久しぶり! 元気にしてる? 』


「……うん。姉ちゃんの方は? 」


『私は元気だよ。その……急に連絡してごめんね。帰りづらいんじゃないかと思ってて 』


「気にしてないよ。ただ……声が聞きたかっただけだから 」


『……そっか、無理しないでね。あっ。それとさ、最近噂とか聞いてなかった? 女の子が行方不明になったとか? 』


「…………僕はまだ、姉ちゃんの弟なのかな? 」


「何をしてるんだ? 」


 暗闇の部屋に明かりが付く。

 目を丸くさせるルースの視線の先には、赤いチョーカーをつけたノアが居た。


「あぁ……演じた後のルーティンですよ。自分が何者か忘れないようにしてるんです 」


「そうか 」


 見られた事を気まずく思うルース。

 だがその感情は焦りに反転した。


「ところでそのチョーカー、フォルセダーじゃないですか? というか爆弾じゃないですかそれ!?? 」


「あぁ。お前の心音が止まれば爆発する 」

 

「なんで!? 」


 急いでそれを外そうとするルースだが、その手は小さな手に止められた。


「無理に外そうとすれば爆発するようにしてある 」


「マジでなんで!? 」


「お前が無茶をしないためにだ 」


 じっと見下ろすように、ノアはルースの青い目を見上げる。


「私はお前に恩がある。だから言葉よりも、行動で覚悟を示したい。これ以上恩人が死んで、自分だけ生き残りたくない想いもある 」


 後ろめたさで自らの首を絞め、息苦しさを味わうノア。

 ルースはそれを優しく解き、その頭を同じ後ろめたさで撫でた。


「えぇ、生き残るのは苦しいですからね。もうそんな気持ちにはさせませんよ 」


 過去の冷たさに凍えないよう、二人は埃っぽいソファーの上でくっ付いた。


 少しの無言ののち。口を開いたのはノアだった。


「ルース。お前とリースは血が繋がって居ないんだろ? 」


「……よく分かりましたね 」


「顔の特徴を見れば分かる。どうやって出会ったんだ? 」


「言わなきゃダメです? 」


「あぁ。二人の恩人について知りたいんだ 」


 無言、煙のような長いため息。

 ルースは嫌がりながらも口を開いた。


「僕はよく居る捨て子でした。運良く生き抜いて、運悪く死にかけて。それでとある路地裏で凍えてたら、裸足の彼女に出会った 」


 ルースにとって今なお鮮明な過去。

 凍えた心では、火傷を負ってしまいそうな鮮明な優しさ。


「彼女は手を切り裂いて、その傷口を僕に当てた。暖かいでしょう?って笑いながら 」


「……子供の頃からそうだったのか 」


「えぇ。『私がここで泣いてても誰も助けてくれなかった。だから私は人を助けようと思った。見て見ぬふりをしたくない』ってね。ハハッ、そこから弟になりましたよ。実際は赤の他人ですけどね 」


 今でも彼は忘れられない。

 あの熱さを。命を救われたという強烈すぎる恩を。


「姉ちゃんは命の恩人でした。だから助けたかった……あの人が救われるなら、なんだってしたかった。なんだって出来た 」


「……私は今、お前と同じ気持ちだ 」


 過去に囚われるルースを起こすように、ノアはその首を力強く掴み、その口を口で塞いだ。


 壊れている二人には善意などぬる過ぎる。

 強烈な苦しみでないと、彼女らは生きていいと実感できない。


「命を救ってくれたお前のためなら、なんだってする 」


 顔と手を離すノア。

 苦しみでむせるルース。


 常人では理解できないだろうが、それで彼らは前を向いた。

 苦しみによって壊れた心が二度動き始めたのだ。


「なら、僕も死ぬ訳には行きませんね 」





 心の部品を吐血のように撒き散らし、それでもなお進むルースは、準備の終わった舞台の上に立った。


 ここは地下深く、隠された舞台である。


 スポットライトの下には拡音器と台が一つ。

 それ以外は足元すら見えない暗闇。


 主役と脇役を明確に区別するそこには、様々な人間が疑心暗鬼の元集まっていた。


 数にして786人。

 彼らはクロウが雇っていた犯罪者たちである。


「なぁ何が起こるんだ? 」

「分からない。まさかここを解体するのか? 」

「金が貰えないのは困る。もう使ってしまった 」

「ボスはどうした? 」

「なぜ俺たちは集められた? 」


『どうも皆さんこんばんは〜!! 』


 スポットライトの下に現れた道化(ルース)

 彼は平然と、この裏に生きた犯罪者たちへフィクションだけの言葉を語る。


『僕は……なんと呼びましょうか? クロウ、カラス、ボス。まぁ貴方たちが働いている場所のトップです 』


 誰もが疑問に思う。

 自分たちが見てきたボスと顔が違うと。


『あぁ顔を変えただけです。ほら、この前事件があったでしょう? そこから辛うじて生き残り、別人に変装してるんです 』


 ルースは顎に手を当て、ビリビリと自らの皮膚を半分剥がしてみせる。


 そこで裏の住人は理解した。

 それが裏で生き残り続ける術なのだと。


『さて、同時にこう思うだろう。なぜそれをキミたちにバラしたか? それはね、この裏に危機が迫ってるからだ 』


 顔のない道化は脚本通りに嘘をつく。


『円卓の騎士がこの裏を壊すと決めました 』


 ザワザワと会場がどよめく。

 観客はまんまとその嘘に食い付いた。


『あぁ知らないのも無理はありません。円卓の中でもごく一部しか知らない情報ですから……で? 皆様はどうします? 』


 投げやりな問い。

 闇に紛れる犯罪者たちは、うっすらと見える他人の顔を見て回った。


 逃げるべきか。

 隠れるべきか。

 誰を売るべきか。


 生き残ることに特化した彼らは、すぐさま戦うことを放棄した。


『少し、話をしましょう 』


 だが彼らは脚本の中の住人。

 思い通りに動いてくれなければ、脚本家(ルース)に不都合なのだ。


『あなた達が初めて罪を犯した時、何を思いましたか? 』


 犯罪者たちは少しの間考えた。

 そして皆、同じ答えを見つけた。


『生きたかった、でしょ? その境遇が不運であれ自業自得であれ、生きたかっただけだ。死にたくなくて生きた、だから犯罪を犯した……これは肯定されない答えだ。だが、知ったこっちゃない 』


 ルースは拡音器を投げ捨てる。


 落ちたそれからは人が潰れるような音を奏で、すべての目線はスポットライトに照らされる者へと注がれた。


 対して道化は、その視線に真っ向からぶつかった。


『今はじまりを思い! 自分は罪を犯さず死ぬべきだったと思うものは帰れ!!! 』


 喉を破るような叫び。

 その声は誰もの心をつかみ、足を止めた。


『初めて人を殺した時! 善か悪だ語れたか!? 初めて良心の痛みを感じた時! 足を止めて死ぬべきだと思ったか!!? いいや違う!!! この場に生きているお前たちは!!! 死ぬことを最も恐れた弱者たちだ!!! ……そして僕が提案しよう 』


 手を差し伸べるように、ルースは左手を前に出した。


『誰一人死なずに円卓を壊す方法を。僕たち弱者が、かの円卓たちと真正面から戦う方法を。さぁこの甘い救いを信じる者たちよ、一切の絶望を捨てよ……俺が救ってやる 』


 感情の根元ごと惹かれるような甘い言葉。

 中身が腐った見せかけだけのカリスマ性。


 それにまんまと手を差し出した者たちは、誰もあの言葉を疑っていない。


 『円卓の騎士が裏を壊す』


 これが嘘だと気がついていない。


 その時点で脚本通り。

 道化を笑う者たちは、道化の駒へと成り下がった。



(さぁて、後は手筈通りに )


 準備を終えたルースは、再び舞台を整えた。

 明後日の午後、裏で大規模なオークションを開催すると。


 目玉商品は旧兵器フォルセダー。

 招待状は騎士と強盗団へ。


 準備は整った。

 あとはスイッチが押されるのを待つだけだ。




 脇役である道化は裏方へ。

 主役である怨嗟の炎は表舞台へ。


 都市すべてを巻き込む事件。

 その序章がようやく始まる。

 


 


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