第十三劇 破壊工作
『あ〜、そいや質問なんだけどよォ、円卓の最強って誰? あっ、別に答えなくてもいいからな 』
赤い義賊たちはフォルセダーの製造工場に向かっていた。
モルガン含む円卓の騎士もそこへ向かっていた。
森の中に武器工場があるという、たった一つの情報。
真実であれば互いにとって無視できない絶大な餌。
その砂糖水を意図的にこぼしたのは、一人の道化だった。
「いやぁ、よくこんな場所に隠したなぁ 」
ルースは森の中で笑っていた。
首吊り用のロープを木にかけて、手馴れた手つきで輪っかを作る。
服を着るように首を通して、生まれ変わるように飛び降りる直前、地面の扉が慌ただしく開いた。
そこから出てきたのは白衣を纏う女性。
ハレという科学者だった。
「ちょっと待って! 死ぬ前に話を」
「どうも、初めましてハレさん 」
「……っ 」
首吊りかけの道化は笑う。
「アジトは隠されなきゃいけない。でもその上で人が自殺するとなれば、無視できませんよねぇ 」
「……裏の住人なら知ってるよね? 巣を突くという行為が、どれほどの愚行かを 」
ハレの脅し。
それはルースを殺すための時間稼ぎも含んでいた。
だが足りない。
道化の笑みを剥ぐには、恐怖が足りない。
「……あなた 」
ルースは上着を捨てる。
その下にはびっしりと爆弾が付けられていた。
「煙を呼びたくば火を。円卓を呼びたくば事件を……ははっ、騒ぎは嫌でしょ? 」
「目的は? 」
「交渉ですよ、何やらフォルセダーに困ってるらしいので。もちろん騎士が来ないよう室内でね? 」
「良いですよ、お茶くらいは用意しましょう 」
独断でルースを招き入れたハレ。
その二人を出迎えたのは、エプロン姿のユキだった。
髪は解かれ、手には何も持っていない。
けれどその目付きは心臓を貫けるほどに鋭い。
「まだ殺したらダメだよユキ。仲間が居るだろうから 」
「えぇ、僕の心音が止まった瞬間に爆発するかも知れませんしね 」
「……分かりました 」
大人しく食い下がるユキ。
その少女を煽るようにルースは笑う。
「いやぁ、面白い方ですねロクスさんは。暗殺者ユキと重要指名手配ハレ……そんな爆弾のようなあなた達を匿っているなんて 」
ルースの首にワイヤー巻き付けるユキ。
赤い銃を構えるハレ。
二人の殺意を一心に受ける道化は薄ら笑いを辞められない。
「私たちも裏で生きてきたんだ 」
「あまり舐めないでください 」
「なら脅しで止まらないのも分かるでしょう? 取引です 」
話の主導権を握るルースは、静かに赤い鉄の塊を取り出した。
暗殺者であったユキはその価値を知らない。
科学者であるハレはその価値を知っている。
「フォルセダーの原材料。なかなかお目にかかれない物でしょう? 」
「なんでそんな物を持ってるの……表舞台は愚か、裏でも滅多に出てこない 」
「そう、フォルセダーの材料はとても貴重。だから大体の兵器は、壊れたフォルセダーを再加工した物です。でも僕はその原材料を持っている。それほどの立場にいる。まぁつまり、フォルセダーを作る事ができる。それを提供できるという事です 」
魅惑的な餌を取り出したルースは話を続ける。
「ロクスさん達が、負の遺産を背負わされた子供を救ってるのは知っています。調べましたし、裏では有名人ですから。でもあまりにも無茶だ。裏の住人に喧嘩を売り、円卓の驚異から怯え続ける。いいや? あなた達を巻き込まないようにしてる……あぁ、なんて優しいでしょう? そんな人が、フォルセダーさえ足りればこれ以上危険を犯さなくなる。なんて魅力的な提案だ!! 」
あまりにも胡散臭い言葉。
信用すらできない都合のいい話。
だがハレ達は少しだけ縋りたくなった。
危険を犯し続ける恩人が、これ以上危ない目に合わない未来に。
「それで? 貴方は何を望むの? 」
「二つ、一つはあなた達の空アジトが欲しい。ほら? もしものために逃げ込める場所があるハズでしょ? 」
「もう一つは? 」
「ロクスさんに一言。嘘をついて欲しい。あぁ、報酬は半分ずつ渡しますよ。お気になさらず 」
作り笑いのまま語るルース。
対してハレは話にならないと言いたげなため息をついた。
「……交渉が下手だね 」
銃口から放たれた衝撃派。
それはルースの右腕を膨れ上がらせ、風船のように破裂させた。
飛び散る血肉。
けれど三人は瞬きすらしない。
「キミのボスに伝えなよ。私たちは交渉に応じない、従わせたいのなら殺す気で来いと 」
交渉を蹴ったハレ。
だが道化は薄ら笑いの下、心の中でほくそ笑む。
(引っかかってくれた……演じたかいがあるなぁ )
ルースはわざと交渉が下手なフリをした。
自分がただの道化であると偽るために。
交渉が下手な自分がボスだと悟らせないために。
そしてこの瞬間、ルースは一つの目的を果たした。
盤面を支える柱に楔を打ち込んだのだ。
道化の目的は一つ。
この盤面を引っくり返すことだ。
ーーー
「どうもこんにちは 」
義手をつけたルースはとある工場の中に入った。
そこはクロウが管理していた裏の工場。
職がなく、犯罪に手を染めるしかなかったもの達が働く職場である。
「誰だお前は? 」
見覚えのないルースに誰もが疑心の目を向ける。
だがルースは平然と笑った。
「新人です。あぁ、ボスから給付の話が出てましてね。それを渡しに来ただけです 」
「あぁ、お疲れ様さん。ちなみにボスはどうしたんだ? 」
「少しトラブルがありましてね。でも給付については問題ありません。ボスからの命令でしっかりと払います 」
労働者である彼らは、上司の事を気にしてはいない。
正確に言えば、上司が無能ではなく、給料がしっかりと払われれば彼らに文句は無い。
少しの違和感を抱いても、いつも通りが変わらなければ気にもとめない。
「では失礼しますねぇ 」
「おう、ボスにありがとうと伝えてくれ〜 」
金を払い終えたルースは、何事もなくそのまま帰宅した。
また一つ。柱に楔が打ち込まれた。
ーーー
「……誰だ? 」
今度はアジトの仕事机に座ったルース。
当然部下は、見知らぬ男に警戒した。
「誰だと思う? ヒントはカラスだ 」
だがルースは子供が落とし穴を掘ったようにイタズラと、部下に向けてヘラヘラと笑った。
「……ボス? 」
「ピンポ〜ン。ちょっとした問題で顔変えたんだ、まぁ仕事に支障はねぇ。んで報告書をくれよ 」
「あっ、はい 」
王のフリをする道化。
だが仕事をこなすだけの部下はそれに気が付かない。
「これお前がまとめたのか? 」
「は、はい……何か問題が? 」
「いいや、むしろめちゃくちゃ分かりやすい。いつもありがとな 」
子供のように笑うルースは、部下にニッコリと微笑みかけた。
裏の人間と言えど人は人。
褒められれば嬉しいものだ。
「こちらこそありがとうございます!! 」
また一つ。
柱に楔が打ち込まれた。
「よォお前ら。この前は散々だったな 」
次にルースは研究所に出向いた。
科学者たちの目線はすべてルースに注がれる。
だが観衆の目を怖がる道化などいない。
「……ボス? 」
「よく分かるな。そぉそぉ、ちょっと円卓に絡まれてなぁ。顔と声変えてんだよ 」
「背も変わってません? 」
「骨を抜いたんだよ。あっ、手術痕見るか? 」
「い、いえ……結構です 」
ヘラヘラと笑うルースは赤い拡音器を取りだした。
そして研究所に響き渡る声で、こう叫ぶ。
「あ〜話半分に聞いてくれぇ。この前の裏で起こった大規模な事件、不安な者も居るだろうが安心してくれ。お前らの居場所は俺が守る。以上!! 今日も程々に頑張ってくれ〜 」
何事も無かったかのように語るルース。
不安に満ちた研究所には、小さくではあるが希望の火が灯る。
ここでようやく、ルースは柱に楔を撃ち込み終えた。
『久しぶり! 元気にしてる? 』
「……うん。姉ちゃんの方は? 」
『私は元気だよ。その……急に連絡してごめんね。帰りづらいんじゃないかと思ってて 』
「気にしてないよ。ただ……声が聞きたかっただけだから 」
『……そっか、無理しないでね。あっ。それとさ、最近噂とか聞いてなかった? 女の子が行方不明になったとか? 』
「…………僕はまだ、姉ちゃんの弟なのかな? 」
「何をしてるんだ? 」
暗闇の部屋に明かりが付く。
目を丸くさせるルースの視線の先には、赤いチョーカーをつけたノアが居た。
「あぁ……演じた後のルーティンですよ。自分が何者か忘れないようにしてるんです 」
「そうか 」
見られた事を気まずく思うルース。
だがその感情は焦りに反転した。
「ところでそのチョーカー、フォルセダーじゃないですか? というか爆弾じゃないですかそれ!?? 」
「あぁ。お前の心音が止まれば爆発する 」
「なんで!? 」
急いでそれを外そうとするルースだが、その手は小さな手に止められた。
「無理に外そうとすれば爆発するようにしてある 」
「マジでなんで!? 」
「お前が無茶をしないためにだ 」
じっと見下ろすように、ノアはルースの青い目を見上げる。
「私はお前に恩がある。だから言葉よりも、行動で覚悟を示したい。これ以上恩人が死んで、自分だけ生き残りたくない想いもある 」
後ろめたさで自らの首を絞め、息苦しさを味わうノア。
ルースはそれを優しく解き、その頭を同じ後ろめたさで撫でた。
「えぇ、生き残るのは苦しいですからね。もうそんな気持ちにはさせませんよ 」
過去の冷たさに凍えないよう、二人は埃っぽいソファーの上でくっ付いた。
少しの無言ののち。口を開いたのはノアだった。
「ルース。お前とリースは血が繋がって居ないんだろ? 」
「……よく分かりましたね 」
「顔の特徴を見れば分かる。どうやって出会ったんだ? 」
「言わなきゃダメです? 」
「あぁ。二人の恩人について知りたいんだ 」
無言、煙のような長いため息。
ルースは嫌がりながらも口を開いた。
「僕はよく居る捨て子でした。運良く生き抜いて、運悪く死にかけて。それでとある路地裏で凍えてたら、裸足の彼女に出会った 」
ルースにとって今なお鮮明な過去。
凍えた心では、火傷を負ってしまいそうな鮮明な優しさ。
「彼女は手を切り裂いて、その傷口を僕に当てた。暖かいでしょう?って笑いながら 」
「……子供の頃からそうだったのか 」
「えぇ。『私がここで泣いてても誰も助けてくれなかった。だから私は人を助けようと思った。見て見ぬふりをしたくない』ってね。ハハッ、そこから弟になりましたよ。実際は赤の他人ですけどね 」
今でも彼は忘れられない。
あの熱さを。命を救われたという強烈すぎる恩を。
「姉ちゃんは命の恩人でした。だから助けたかった……あの人が救われるなら、なんだってしたかった。なんだって出来た 」
「……私は今、お前と同じ気持ちだ 」
過去に囚われるルースを起こすように、ノアはその首を力強く掴み、その口を口で塞いだ。
壊れている二人には善意などぬる過ぎる。
強烈な苦しみでないと、彼女らは生きていいと実感できない。
「命を救ってくれたお前のためなら、なんだってする 」
顔と手を離すノア。
苦しみでむせるルース。
常人では理解できないだろうが、それで彼らは前を向いた。
苦しみによって壊れた心が二度動き始めたのだ。
「なら、僕も死ぬ訳には行きませんね 」
心の部品を吐血のように撒き散らし、それでもなお進むルースは、準備の終わった舞台の上に立った。
ここは地下深く、隠された舞台である。
スポットライトの下には拡音器と台が一つ。
それ以外は足元すら見えない暗闇。
主役と脇役を明確に区別するそこには、様々な人間が疑心暗鬼の元集まっていた。
数にして786人。
彼らはクロウが雇っていた犯罪者たちである。
「なぁ何が起こるんだ? 」
「分からない。まさかここを解体するのか? 」
「金が貰えないのは困る。もう使ってしまった 」
「ボスはどうした? 」
「なぜ俺たちは集められた? 」
『どうも皆さんこんばんは〜!! 』
スポットライトの下に現れた道化。
彼は平然と、この裏に生きた犯罪者たちへフィクションだけの言葉を語る。
『僕は……なんと呼びましょうか? クロウ、カラス、ボス。まぁ貴方たちが働いている場所のトップです 』
誰もが疑問に思う。
自分たちが見てきたボスと顔が違うと。
『あぁ顔を変えただけです。ほら、この前事件があったでしょう? そこから辛うじて生き残り、別人に変装してるんです 』
ルースは顎に手を当て、ビリビリと自らの皮膚を半分剥がしてみせる。
そこで裏の住人は理解した。
それが裏で生き残り続ける術なのだと。
『さて、同時にこう思うだろう。なぜそれをキミたちにバラしたか? それはね、この裏に危機が迫ってるからだ 』
顔のない道化は脚本通りに嘘をつく。
『円卓の騎士がこの裏を壊すと決めました 』
ザワザワと会場がどよめく。
観客はまんまとその嘘に食い付いた。
『あぁ知らないのも無理はありません。円卓の中でもごく一部しか知らない情報ですから……で? 皆様はどうします? 』
投げやりな問い。
闇に紛れる犯罪者たちは、うっすらと見える他人の顔を見て回った。
逃げるべきか。
隠れるべきか。
誰を売るべきか。
生き残ることに特化した彼らは、すぐさま戦うことを放棄した。
『少し、話をしましょう 』
だが彼らは脚本の中の住人。
思い通りに動いてくれなければ、脚本家に不都合なのだ。
『あなた達が初めて罪を犯した時、何を思いましたか? 』
犯罪者たちは少しの間考えた。
そして皆、同じ答えを見つけた。
『生きたかった、でしょ? その境遇が不運であれ自業自得であれ、生きたかっただけだ。死にたくなくて生きた、だから犯罪を犯した……これは肯定されない答えだ。だが、知ったこっちゃない 』
ルースは拡音器を投げ捨てる。
落ちたそれからは人が潰れるような音を奏で、すべての目線はスポットライトに照らされる者へと注がれた。
対して道化は、その視線に真っ向からぶつかった。
『今はじまりを思い! 自分は罪を犯さず死ぬべきだったと思うものは帰れ!!! 』
喉を破るような叫び。
その声は誰もの心をつかみ、足を止めた。
『初めて人を殺した時! 善か悪だ語れたか!? 初めて良心の痛みを感じた時! 足を止めて死ぬべきだと思ったか!!? いいや違う!!! この場に生きているお前たちは!!! 死ぬことを最も恐れた弱者たちだ!!! ……そして僕が提案しよう 』
手を差し伸べるように、ルースは左手を前に出した。
『誰一人死なずに円卓を壊す方法を。僕たち弱者が、かの円卓たちと真正面から戦う方法を。さぁこの甘い救いを信じる者たちよ、一切の絶望を捨てよ……俺が救ってやる 』
感情の根元ごと惹かれるような甘い言葉。
中身が腐った見せかけだけのカリスマ性。
それにまんまと手を差し出した者たちは、誰もあの言葉を疑っていない。
『円卓の騎士が裏を壊す』
これが嘘だと気がついていない。
その時点で脚本通り。
道化を笑う者たちは、道化の駒へと成り下がった。
(さぁて、後は手筈通りに )
準備を終えたルースは、再び舞台を整えた。
明後日の午後、裏で大規模なオークションを開催すると。
目玉商品は旧兵器フォルセダー。
招待状は騎士と強盗団へ。
準備は整った。
あとはスイッチが押されるのを待つだけだ。
脇役である道化は裏方へ。
主役である怨嗟の炎は表舞台へ。
都市すべてを巻き込む事件。
その序章がようやく始まる。




