第十二劇 楽勝
「私の失態です、責任を取りに行きます 」
「……そうか。お前の忠誠心は本物だもんな……今までありがとな、お前には何度も助けられた 」
最後の通信を終えたナガラは、ここにあるデータをすべて転送。
そして削除した。
失態を犯した部下は一人。
呑み込まれるように施設の奥へと進む。
(私は……騎士が嫌いだ )
ナガラは昔、街中で殴られたことがある。
集団から連れ込まれ、腹を刺され足を折られ内蔵のひとつを破裂させられた。
金は愚か服すら剥がされ、土の一粒すら感じる姿で路地に放置された。
誰も助けてくれなかった。
(助けてくれなかった騎士が嫌いだ )
だから自分で復讐した。
素性を調べ、そいつの大切なものを調べ、脅し、孤立させ、自らの手で、殺した。
それを偶然見た騎士は、ナガラを犯罪者として殺そうとした。
(不平等な、騎士が嫌いだ )
ナガラのそれは、誰しもが持つ感情だった。
困っている自分を見捨てた人を、好きになることはない。
助けてくれなかった親を愛すことも、助けてくれなかった騎士を尊敬することも無い。
救ってくれなかった者なんて、救われなかった者にとっては憎悪の対象でしかない。
だからこそナガラは、救ってくれたクロウを好きになった。
言葉通り、なんでも出来るほどに。
すべてを捨てられるほどに。
『ありがとな、お前には何度も助けられた 』
「私の方こそ、あの時助けて頂きありがとうございました 」
起動されたイージス。
ナガラはその細長い針を手に取り、耳の中に入れ、鼓膜を貫いた。
イージスにはフォルセダーの技術が使われている。
義手を腕と同じように動かす、人の脳波を読み取る技術が。
それを応用したイージスは、人の脳波をコントロール。
そして記憶を削除できる。
ナガラは忠誠を貫くと決めたのだ。
情報を渡さぬために、自らの意思を捨てると。
忠誠を貫くために、忠誠心を捨てると。
決めたのだ。
ーーー
「それで〜アグラヴェイン 」
夜の荒野に立つのは一人の騎士。
それに話しかけるのは、枯れ木に止まる歯車のフクロウだった。
これは円卓の騎士、マーリンが作った『通信用超高性能フクロウ型二式ノ零』という機械だ。
「どうしてここに来たの? 」
「殺すために 」
「OK質問の仕方が悪かったね。なんで国境沿いに来たの? ここは僕の仕事範囲だよ? 通報があったからってさ、わざわざキミが来る理由が分からないんだ。何か急ぎの用事? 」
発想を過度に飛躍させるアグラヴェインのために、マーリンは丁寧に疑問を説明。
それを聞いたアグラヴェインは納得したように頷いた。
「先日、ある自警団を潰したんです。そこに騎士のような老兵が居ました 」
「自警団に騎士、しかも老兵。それは早めに潰しておいて正解だったね、騎士の情報を持ってる犯罪者だなんて恐ろしいよ。それで? 」
「この通報先に、騎士らしき人が居ると匿名の情報がありました 」
「それ嘘の情報じゃないの? 」
「ですが本当であれば無視できません。なので私が来ました 」
「あはは〜、相変わらず真面目だねぇ 」
笑い声をあげるマーリン。
歯車のフクロウはバサリ、機械仕掛けの翼で羽ばたいた。
「いいよ、サポートしよう 」
「助かります……むっ? 」
「早速お出ましだね 」
夜の荒野で蠢く物。
それは月光を反射し、赤い体を冷たく輝かせていた。
人型の機械の群れ。
その中央では、金髪の女が操られるように動いていた。
当然、その者の名前を彼女らは知らない。
「あれは? 」
「あ〜、見た限りだと人を捕まえて盾にする感じの機械だね。うわぁ脳みそ壊せるように作ってる……怖ぁ 」
「つまり? 」
「あれはもう助からない。壊していいよ 」
マーリンの判断に呼応するように、血の通わぬ機械たちはいっせいに走り出す。
四方八方、捕まらぬようバラバラに。
相手が人であればそれで逃げれたであろう。
人であればだ。
「マーリン。辺りに人は? 」
「居ない、被害も抑える。でもさすがに加減してね〜 」
「了解 」
円卓は人に在らず。
その気となった円卓から逃れられる者などいない。
「理想幻体 起動 」
広がる無音。
血濡れの騎士の鎧は、罪を流すように純白へ変わる。
瞬間、逃げ惑う機械たちはいっせいに地面へ倒れ込んだ。
何かから押し付けられるように。
何か重たいものを乗せられたように。
アグラヴェインの能力。それは質量の付与。
厳密に言えば、自分が感じている罪悪感や責任の重さを、他の何かに背負わせる事ができる。
「結界生成 」
マーリンの呼び掛けと共に、アグラヴェインはゆったりと右腕をあげる。
それはジャブを打つような構えだった。
アグラヴェインは空間に質量を付与している。
質量を持つ空間には実態が生まれるという事。
実態があるということは、殴れるという事だ。
「ぶっぱなせ〜!! 」
音速を超えた拳。揺らされた空間。
水槽を殴りつけるに等しいそれは、空間の中に波を起こした。
波。
つまりこの空間では、アグラヴェインの力が伝播する。
必中の衝撃が、空間すべてに響き渡る。
「道外れ 」
嵐、雷鳴、噴火。
自然界の言葉ですら表しきれない音が炸裂した。
衝撃を受けた荒地は砂漠へ。
生物は土クズへ。
吹き荒れる無音の風は、生き残ったものへ安堵を与える。
神業にも等しいそれは、たった一つの拳によって引き起こされた。
たった一人によって巻き起こされた。
これが円卓の騎士。
アグラヴェインの力の一端。
彼女が全力を出すには、世界は脆すぎる。
「……帰ります 」
「うん、おつかれ様。でも急がなくていいよ、裏の騒動はもう終わるから 」
「なぜ? 」
「もう円卓の騎士が向かったから 」
ーーー
一方街の中。
普通の家に偽装したアジト。
そこでは銃を構えるカナギがクロウと対面していた。
「俺はお前を止めるために来た。勝てなくてもいい、ここで騒ぎを起こせば本物の騎士が来る 」
カナギは覚悟を決めていた。
本気のクロウに勝てるわけが無いと分かっていたから。
「あ〜そこはどうでもいい。俺はもう詰んでる 」
だがクロウは諦めたように椅子にもたれかかった。
「……はっ? 」
「お前がここに来た時点で詰んでんだよ。カナギ……誰かと会ったか? 」
問い。動揺しながらもカナギは頷く。
「あぁ、女性と 」
「何かされたか? 」
「……あっ、あぁ 」
少し気まずそうに頷くカナギ。
終わりを察したクロウはやれやれと肩を落とした。
「なるほど。カナギ、お前機械を飲まされたな 」
「……はっ? 」
「発信機か別のもんか。そういやあの時の弾丸、なんかでかかったな……ははっ、何処までがお前のシナリオだ? ルース 」
自らの詰みを何度も実感するクロウだが、カナギにとっては何を言っているか分からない。
そもそもルースという名すら知らない。
「さっきから何を」
「衝撃に備えろ。どデカい花火が来るぞ 」
『ピッ 』
起動音、続く爆音。
割れた窓ガラスは室内に飛び散る。
ヴィアラによって仕掛けられた爆弾は、アジトの地盤を破壊。
地下室が壊れたことにより陥落。
クロウたちは地下深くへと落ちた。
「……てめぇは真面目すぎだ、こんくらい躱せたのによ 」
クロウを庇ったカナギの背。
飛び散ったらガラス片たちは、すべてカナギの背に突き刺さっていた。
「うるせぇ、聞きたいことがあるだけだ 」
「あぁ、蒸し焼きになる前に聞いておけ。時間もねぇしな 」
クロウ達の周辺には、激しい炎が燃え上がっていた。
「今の爆発はなんだ? 」
「怨みを買いすぎったってとこだ。奪ったのなら怨まれる、当たり前のことだろ? 」
血を口からこぼすカナギ。
それは内蔵が傷付いた証である。
だがカナギはずっと、クロウを見ている。
「……お前は悪人だ。なのにどうして、お前は人を助ける 」
「……ハハッ 」
狂人だから、イカれているから、犯罪者だから。
クロウを決めつける言葉は大量にあるにも関わらず、カナギはずっと問い続ける。
ずっと本人の答えを待っていた。
「悪いな、俺にも分からねぇんだ 」
だが幕引きの時間が来た。
幕を下ろす者が来た。
「よぉ 」
認知すら及ばぬ斬撃。
道を開けるように崩れた壁からは、赤の騎士が姿を現した。
その姿を知らぬ者など居ない。
「円卓の騎士 モルガン。登場だ 」
ヘラヘラと笑うモルガン。
だがその目は二人をじっと見ている。
下手な真似をすれば殺すと脅している。
「クソ円卓がよォ、潜入捜査までさせるとか卑怯だろ 」
「犯罪者に卑怯な手を使って何が悪い? 」
モルガンは話を合わせるようにカナギを見た。
「潜入任務ご苦労さん。後は俺がやる 」
二人はカナギを助けるために、今この場でそういう事にした。
そうすれば罪に問われることは無い。
だがカナギは空気に押されず食い下がる。
「待ってください。俺は……いや、こいつは人を救っていたんです。まだ殺すには速い。こいつを利用すれば多くの人を助けられます 」
「犯罪者に耳を貸す必要はどこにある? 」
カナギの訴え。
それは無情にも切り捨てられた。
けれどもカナギは反論に牙を立てる。
「あります!! 悪を利用できれば救える人が増えっ!!? 」
だが黙らせるような蹴りが、その体を打ち上げた。
それはクロウの蹴りだった。
「あばよ 」
吹き飛ぶカナギは地下から地上へと飛んでゆく。
死にはしないが、すぐには動けない重たい一撃だ。
「さて、初めましてモルガン。あんた結構優しいな 」
クロウは椅子に座りなおす。
処刑台に上げられるのを待つ、犯罪者のように。
「裏で生きてたから分かる。騎士が躊躇えば、犯罪者は必ず騎士を殺す。だって隙だらけだからな!! だからこそ犯罪者だとレッテルを貼る……じゃなきゃ、弱い騎士はどんどん死んでくからな 」
「……お前は何者だ? 」
「ただ真面目が大好きなカラスだ。あぁ、タバコ吸っていいか? 最後の一服はどんな味か興味がある 」
「好きにしろ 」
モルガンの背後。
そこから人影が現れた。
それの肌は破けていた。
垂れる赤は人の境界線を隠し、焼けた足はペタリペタリと溶けた皮膚で地面を踏む。
辛うじて残った頭皮。それに植え付けられた金髪。
彼女は亡霊のような足取りでモルガンを通り過ぎ、大事に抱えたライターで、クロウのタバコに火をつけた。
「ありがとなナガラ。手間が省けた 」
「……… 」
彼女の鼓膜は壊れていた。
笑うほどの表情筋すら顔に残っていない。
だがその目は安心したように細められ、そのまま倒れた。
クロウはそれを静かに支えた。
「……ふぅ 」
タバコの煙が宙を漂う。
それはクロウの人生を表すようだった。
「昔、俺は偏見を無くしたかった。金持ちは悪、犯罪者は死ぬまで犯罪者、罪人の息子も罪人……そういう考えを無くしたかった。無くしたかったんだけどなぁ 」
だがクロウは自傷するように高笑いを上げた。
「まぁ結果は散々!! どこかの金持ちが問題を起こせばやはり金持ちは悪! 犯罪者は死ぬべきだってな。犯罪者の息子がいくら努力してもレッテルは剥がれず……少しムカついて喧嘩をすれば、あぁやっぱり犯罪者の息子だなと言われる。偏見は無くならない、ならせめて……自分が救える人間を救おうとした 」
吐かれたタバコの煙。
最初は濃いが、広がるにつれ煙は薄くなる。
「犯罪者になるしかなかった者。レッテルを貼られ殺されそうになった者。平和から救いの手を伸ばされなかった者。真面目すぎて死んじまった者……俺は犯罪者だからな、犯罪者の気持ちがよくわかる。だから手当り次第助けたさ……まぁ歳でも、歳をとるにつれて、段々と納得がいくようになっちまった 」
タバコの灰は涙のように落ちていく。
「犯罪者はこの世に必要ない。だって不安じゃねぇか。人を殺した過去のある人間の隣に居たいか? 物を盗んだ過去のある人間に店を任せたいか? そんな事はねぇ!! 人は不安を無くしたい生き物だからなぁ!! ……だが、犯罪者も人だ。死にたくないんだよ。少なくとも俺はそうだった。だから奪って殺して、汚く穢れながらも生きた。終わりが決まっている地獄で、世界の不要としてな 」
クロウは真っ当な生きた方を知らない。
だから人を救おうとする度に人を殺す。
無知で矛盾で無垢なカラス。
彼はこの世に必要ない存在だ。
「まぁでも……こんな世界でも良い奴はいるよ。犯罪者であろうと理解しようとする、優しすぎる馬鹿がな 」
「……あぁ 」
「そいつらはだいたい早死にする。だからモルガン、あんたの考えは間違ってねぇよ。それに人殺しの罪を背負う覚悟も持ってるお前は……俺にとっちゃ眩しすぎる。ハハッ、クソみたいな世界で、目を焼くほど真面目なヤツらに出会えた。美味い飯もたくさん食えた 」
クロウはまだ残っているタバコを火の中に放り投げた。
「遺言は? 」
「満足だ 」
クロウの顔は綺麗に消し飛んだ。
それは円卓の慈悲だった。
ーーー
今宵、裏を支配する王の首が落とされた。
空の玉座。
その上を土足で踊るのは道化。
彼は自らの脚本通り、この玉座を手に入れたのだ。
「ふふ〜ん 」
ダボダボのパーカーを被り、サングラスをかけたルース。
玉座に着いた彼が最初に向かった場所。
それはクロウの側近たちが居るアジトだ。
「こんばんは 」
ベットに横たわり、布団をかけようと両手が塞がった瞬間。
ルースは側近の顔を見下ろした。
「……はっ? 」
困惑するその顔からは赤い涙が流れ、彼はそのままベットに横たわった。
仕事に疲れていたのだろう。
数日もすれば虫にとってご馳走になる。
「この人で終わりですかね? ヴィアラさん 」
「そうだよ〜 」
暗闇から現れたヴィアラ。微笑み返すルース。
「さて、これでボスの素顔を知る人は居なくなった 」
「じゃあ、これからの話だね〜 」
過程はどうであれ、結果的にルースは大量の持ち金を手に入れた。
そして彼らは新たな賭けに出る。
「ねぇ、本当に国境を越えるの? 王の座が手に入ったなら、このままのんびりするのも手だと思うよ〜? 」
「ダメですね。犯罪者にとって円卓は、タイマーを隠された爆弾みたいな物。いつか爆発する、いつ爆発するか分からない。そんな街にノアさんを残せませんよ 」
「ふ〜ん、優しいね 」
ぼんやりと二人は、人が居なくなった狭い廊下を歩いていく。
「ところでヴィアラさんは、どうしてノアさんを助けるんです? 」
「前のボスに恩義があってね〜。恩人の娘なんて守らなきゃいけないでしょ? ちなみにそっちは? 」
「好きな人の面影があるから 」
「ハハッ、十分過ぎるね 」
生き残りには心がある。
だからこそ、単純な想いこそが原動力になる。
何をも犠牲にできる、悪魔すら畏怖させる人の感情が爆発するのだ。
「でもまだ手札が足りませんね。今のままだと……最悪円卓全員と戦うことになります 」
「最悪過ぎないそれ? 」
「だから待ちます。そして手札を増やす。まぁ最低でも、円卓一人と対峙しなければいけませんがね 」
「はぁ〜……勘弁して欲しいなぁ 」
「もう降りることはできませんよ。それと……ノアさんを任せましたよ 」
「そこは安心して。全力で守るよ 」
ルースが返した笑み。
それは悪魔のように優しい物だった。
「さぁて…… 」
ヴィアラと別れたルース。
彼は当たり前のように街中の家に入った。
ここはクロウがアジトの一つとして使っていた家だ。
「この部屋かな? 」
鍵を開けて入った部屋は、とても簡素な場所だった。
机が一つ、棚が一つ、寝返りをすれば落ちてしまうほど小さなベットが一つ。
アジトとは思えない普通の場所を見て、ルースは確信した。
「ここだな〜 」
ルースはクロウに癖があるのと思っていた。
習性にも近い、隠そうとしても隠しきれない癖が。
まず、普通に擬態する事を好む。
そうすれば騎士が来ないと知っているから。
そして孤独に弱い。
誰かと一緒に居なければ何かに押しつぶされそうな程に。
そんな人間が一人になってしまうアジトに、何も置いていない訳がない。
けれど腐っても裏の人間。
目立つ場所にはそんな大事なものを置くわけが無い。
(だからここにあると思うんだよなぁ )
ルースは先ほど開けた扉を触っていた。
机から良く見え、良く触り、他人に取られる心配がない場所。
壁やベットは構造上の問題で隠し場所が分かってしまう。
だが扉の中に大事な物を隠すなど、あまり人は考えない。
そうルースは読んでいた。
「おっ、みっけ 」
ルースの予想通り、扉の下側には爪が引っかかるくぼみがあった。
それを引く。
すると少しのお金と写真が落ちてきた。
写真の中では、クロウと赤髪の男。
そして白髪のオッドアイの女性が写っている。
その中では皆、心の底から笑っていた。
「あっ、この人街ですれ違った人じゃん 」
ルースはその写真を光に当てる。
そうすると裏側に何かが書かれていることに気がついた。
それは名前だった。
「ロクス……ハウ……なるほど 」
新しい手札を手に入れたルース。
彼は探し物がやっと見つかった時のような、優しい微笑みを浮かべた。
「使えそうだ 」




