第二演 救いは考えなしに
「さぁようこそ俺たちのアジトへ!! 」
チリチリに髪を焼いたロクスが指した先。
そこには車が突っ込んだ一件のボロ小屋があった。
「……ここが? 」
「うん。お先にどうぞ 」
色々と言いたそうなユフナを置いて、ハウは地面を踏み付けた。
ゴウンと重々しい駆動音がひびく。
すると地面から扉がせり上がり、三人を招き入れるように地下へ続く階段が現れた。
「おぉ……広いですね 」
ユフナは関心の声を漏らす。
案内された場所は思いのほか広く、ここには地下特有の土臭はない。
むしろそこには、山頂のような心地の良い空気が充満している。
「水生成に空気清浄!! 畑も水槽も大量にある!! 生き埋めにされても5年は生きられるぜ!! 」
「凄いですけど……ここを二人で? 」
「うんん。たくさん仲間が居るんだ 」
「あー!! いつ帰ってきたんですか!? 」
そんなハウの声に釣られてきたのは、エプロンを巻いた少女だった。
手にはオタマ。長い紫髪は邪魔にならないようにツインテールに。
今にも料理中でしたと言いたげな少女は、プンプンと頬を膨らませてロクスに詰め寄った。
「ロクス! みんな待ってたんですよ!! 」
彼女の名はユキ。
幽霊ふわふわ強盗団の料理人である。
「わっ、悪ぃ。子供たちは寝た感じか? 」
「はい! 撃たれても起きないくらいぐっすりですよ!! 」
「ごめっ、ごめんって!! 」
お玉で頬をぺちぺち殴られるロクス。
それを見ているユフナはボソリと呟いた。
「凄く綺麗な奥さんですね 」
「……なっ 」
ユキは絞り出すように声を出したかと思えば、その手はユフナの胸ぐらを掴んだ。
「私14歳ですよ!? チューもした事ないんですよ!?? それなの奥さんになれる訳ないじゃないですか!! 」
「あっ、そうなんですね 」
耳を赤くして声を裏返すユキ。
察したユフナは一歩引くが、その声はどんどんヒートアップしていく。
「しかもコイツと夫婦なんて考えられませんよ! コイツ26ですよ!? 私と12歳も離れてるんですよ!!? というかなんで子供がいるですか!! 」
「このナリですけど僕も26です 」
「嘘つきはロクスみたいになりますよ!! 」
「26です…… 」
半泣きになるユフナ。
彼は信じて貰えなくて泣いているのでは無い。
年齢が疑われることは日常茶飯事なユフナ。
酒すら一人で買えない彼が一番苦しんでいる理由。 それは歳下、しかも14歳に胸ぐらを掴まれて嘘つき呼ばわりされていること。
それは26歳の心を抉るのには十分だったのである。
「ユキ、落ち着いて 」
混乱に満ちた場を収めたのはハウだった。
「ちょっと奥の部屋借りるよ。それと彼は新人さんだから離してあげて 」
「あっ、そうなんですね……すみません 」
「26です…… 」
子供のようにグズりながらも、ユフナは奥の部屋に案内される。
そこはロクス達のサボり部屋でもあり仕事場でもある会議室だ。
壁には騎士たちの目撃情報や事件をまとめた資料、絵心もない絵まで張り付けられている。
「さて本題 」
だだっ広いテーブルにグラフが広げられる。
そこには5978と書かれていた。
「この数字、なんだと思う? 」
「……行方不明者数ですか 」
「そっ。終戦後のな 」
不機嫌そうな顔のロクスは、指先でグラフを叩いた。
「大陸の主権を決める戦争から八年。円卓都市は隻眼の狙撃手による法で守られてきた 」
「正義は正しさであり、悪は悪である 」
「まぁつまり、犯罪者はみんな死刑って決めたんだ。だが犯罪は無くならなかった。その法は抑止力としては十分過ぎる。おかげで戦後なのに餓死する人も少ねぇし、なんなら復興スピードが速すぎるくらいだ。でもまぁそのせいで……逆に犠牲者が増えちまってる 」
「……増えた? 」
ユフナは首をひねる。
少し考え、辺りを見渡し、手元のグラフを見て事の重大さをハッキリと理解した。
「証拠を隠滅する技術が発展してしまった……あぁなるほど、だから行方不明者数が 」
「抑止力があっても、結局生き残るのはそれを乗り越える犯罪だけだ。それに、事件として認識されなきゃ騎士は動けねぇ。今スゲェぞ、裏じゃ死体処理装置や夜逃げを偽装する企業が流行ってる 」
「つまりあなた達がやってる事は…… 」
「そっ。表向きにならない事件を処理してるって感じだ 」
「一応補足するけど、犯罪は色々とやってる。だから綺麗な活動では無いよ 」
「なるほど。分かりました 」
ロクスとハウの言葉に頷き、ユフナは机に転がっている鉛筆を取った。
ゆっくりと立ち上がったユフナは笑っている。
花にでも話しかけるように優しく、子供を見下すように残酷に。
そして、目だけで二人を威圧した。
「質問に答えてください。断れば三人殺します 」
「あぁ、好きに聞け 」
「そこまで裏を知っているのなら、なぜ騎士に報告しないんです? 僕からすれば、自分たちの悪事を正当化してるようにしか聞こえますけど 」
「別に正当化はしてねぇよ。それと報告してたら俺たちが殺される、一応犯罪者だからな 」
その短い一言だけで、ユフナの眉間にはシワが寄った。
それはある種のジレンマ。
深い情報を知ろうとすれば、犯罪者にならなければいけない。
犯罪者になり処刑されるのなら、誰も情報を話さない。
悪事は秘匿され、その闇は濃くなる一方。
ユフナはその歯がゆさを改めて理解した。
「つーか悪党共は逃げ足が速いんだよ、じゃなきゃ今日まで悪事を働けねぇ 」
「ではもう一つ。あなた達は今の法に不満はありますか? 」
それは見定めるようなさっきの質問とは違った。
法の外で人を助けるために動く犯罪者たちへ、半端な騎士からの純粋な問いだった。
「ある! だが文句はねぇ!! 」
「……はい? 」
「えぇっと、たぶんこう言いたいんだと思う。犠牲者が出ることに不満はある。でも、この法のおかげで助かってる人たちも大勢居るから、軽々しく否定や文句を言えないよねってこと……かなぁ 」
自信なさげに通訳したハウに対して、ロクスは自信満々な笑みを返した。
「言語化助かるぜ!! 」
「ちなみに私も考えは同じ。納得できないことは沢山あるけど、それを理由に戦っても意味がないから。不満は所詮、個人の感情でしかないからね 」
ゲラゲラ笑うロクスも静かに目を閉じるハウの姿は、苦しみを呑み込んだように大人びて居た。
少なくともユフナにはそう見えた。
「じゃあ……あなた達はなんのために戦ってるんです? 」
問い。
それにロクス達はこう答えた。
「「目の前にいる人を救う。それだけだ 」
「よ 」
危うくも純粋な答え。
それは半端なユフナにとって、何よりも胸に突き刺さる言葉だった。
彼は平和を求めてはいない。
けれど救いたい人を救えない現実は認めてたくなかった。
だから彼らのその意思が、その愚直さが、ユフナにとっては眩しかったのだ。
「気に入るはずだって……そういう事ですか 」
「あぁ。あの戦争で敵味方すべて守った、裏切りの騎士様にはな……あっ、皮肉じゃねぇぞ!? 」
「実際そう呼ばれてますから、気にしてませんよ 」
ため息を吐き、ユフナは鉛筆を机に置いた。
もう殺す気はない、むしろ不満があるのなら殺してもいい。
そう示すように。
「それと、脅してすみません 」
「いいさ、急に連れてきたのは俺だ。んでどうだ!? 仲間になるか!? 」
ユフナの申し訳なさなど気にもとめずに、ロクスは無邪気な笑顔を近づける。
それは純粋で、ユフナの心を射止めるのには十分過ぎる物だった。
「えぇ。もう能力のない元騎士ですが、よろしくお願いします 」
諦めたように笑いながら、ユフナは手を差し出した。
それにロクスも笑みを返し、義手同士の固い握手が結ばれた。
「よし、こき使お 」
ポンと肩を叩くハウ。
「じゃあ初任務でもさせるか! てか新人なら武器いるよな!! 」
欲しいものが手に入ったようにはしゃぐロクスは、ユフナを掴んだまま別の部屋に飛んで行った。
そこは武器庫。
表では存在すら認知できない、裏の武器たちが並ぶ場所だ。
「好きに選んでくれ。あっ、こういうのどうだ? このペンは毒針が仕込んであって骨を溶かせるんだ。んで残った皮とかをそのまま魚の餌にできる。あとはこのブレスレットとかいいぞ。変形して銃になるし、マイクロ波飛ばして内臓破裂させるから人を殺すならオススメだぞ 」
「こういうのもオススメ。服に着けても違和感ないアクセサリーで、極細の針を出せる。コツはいるけど簡単に失明とか呼吸困難とかにさせれるから強いよ 」
「いや、僕はこれでいいてす 」
武器の特徴を得意げに話す二人を止め、ユフナは静かに武器を手に取った。
旧式の赤い刀。
それは昔、義欠旧体を付けた者のために造られた武器である。
かつては様々な機能が着いていたが、今ではそのほとんどは失われ、中身のない軽いだけの武器となっていた。
そんな欠陥品を、あえてユフナは選んだ。
「いいのか? それ、特別な機能なんてねぇぞ? それ使うならこの空間把握能力あげてくれるメガネとか 」
「ほんとに大丈夫ですよ。あの義手が無ければ、僕は剣を振ることしか出来ない凡人ですから 」
「凡人は鉛筆で三人を殺そうとしないよ 」
「そうですかね? 」
殺せることは否定しないユフナ。
何処かズレているその殺意を感じたハウは身を引いたが、そのせいで後ろにいる誰かを押してしまった。
「リョボラッシャ!!!!!! 」
「あっ、ごめん。大丈夫ハレ? 」
倒れたのはメガネをかけた、ハレと呼ばれる科学者だった。
目の下のクマは濃く、日光に当たっていない肌は異様なほど白い。
不健康そのものを体現したようなハレ。
彼女に手を差し伸べたのは、心配そうな表情をするユフナだ。
「……大丈夫ですか? 」
「あっ 」
ハレの顔は硬直した。
かと思えばその頬は赤く染まり、目どころか瞳孔すらも大きく見開いた。
「ランスロット様じゃないですか! あなたの腕好きなんですよ私はあなたのあの能力に憧れてましてというかあんなの普通人間で出来ませんからねリアルタイムで空間を把握してげほっ!! 」
「大丈夫ですか? 」
「すぅぅ……しかも視野の広さまで人外レベルですよ! あんなのミスすれば人を地面でくるみ割りみたいなことになるんですからというかあの義手!! 純白の理想幻体はどこに!!? 」
「追放処分の時に押収されましたよ。次のランスロットが使うことでしょう 」
「………………… 」
ハレは悩んだ。
右を見て、左を見て、首をひねって骨を鳴らして、興味をなくしたように空を見て、仇を見つけたように胸ぐらを掴んだ。
「でもあなたの目は唯一無二ですよ!!! さぁ私の実験場へ〜〜 」
ハレの目は電源が切れたように裏返り、そのままぶらりと倒れ込む。
それを受け止めたユフナは少し間を置いて、苦笑いのロクスに困った表情を向けた。
「誰ですこの人? 」
「えっと、この義手とか車とかを調整してくれる整備士だ。子供たちの薬とかも作ってくれるから、一応科学者でもあるぞ 」
「……この人がですか? 」
「いつもはもっと大人しいからな! ちょっと徹夜続けててテンションおかしいだけだから!! 」
「ロクス。情報が入った 」
ハウの目配せと短い言葉。
その一瞬で、ロクスの目は鋭いものに変わった。
「悪いユフナ、俺は単独で出る。ハウ、新人を頼んだぞ 」
「うん、じゃあ初任務。先輩の言うことは聞くこと、分かった? 」
「えぇ 」
「じゃあ行こうか 」
そう言って連れていかれたユフナの初任務。
それは円卓都市から離れた、小さな街の中での事だった。
ここは幸福の街と呼ばれている肉欲が蠢く場所。
数多もの規制を掻い潜り、知っている者はあの部屋へこの宿へと足を運ぶ、血と性に満ちた街だ。
「夜目は効く方? 」
「えぇ、夜間任務は得意です。それで任務の目的は? 」
「あの店の常連に、義欠旧体の素材を横流ししてる人が居るの。その工場を特定、そして素材を盗む 」
「なぜ? 」
「新しい義手を作るのに必要。知ってる? 元々義欠旧体は兵器じゃなくて体の欠損を補うために造られたんだよ 」
「初耳ですが……まぁ納得いきますね。兵器にしたいのなら、義手じゃなくて銃の方が都合いいですから 」
「あっ、情報が入った 」
耳を抑えて片目を閉じるハウには、確かに聞こえていた。
それを見ていたユフナは納得するように顎へ手を当てた。
「鼓膜にフォルセダーですか 」
「不正解。うずまき管だよ。情報収集がしやすくて凄く便利だよこれ。あぁそれと、今からあの宿に入るよ 」
ハウが指さした先には、一階が飲食店の宿があった。
一階は落ち着いた雰囲気のレストランのような場所。その入り口にはこう書かれていた。
『オススメは親子丼 』と。
「親子丼ですか。久しぶりに食べたいですねぇ 」
「ちなみに母親と娘、両方とえっちするみたいな意味もあるよ 」
「……なんでそんな業が深いことを。待ってください?? 」
何かを察したユフナは、毛を逆立て猫のように飛び上がる。
だがハウはにんまりと笑った。
「先輩命令だよ 」
「クッ!! 」
そうして二人は宿の中に入っていった。
「おや、お客様ですか? すみませんが今日はお食事が終わってしまいまして 」
ロビーにいるスーツの男性は、すぐさま二人に頭を下げた。
「いえ、シャワーを浴びに来ただけです。ここのシャンプーはとても良い匂いがしますから。ねっ? 」
「うん、ママ!! 」
「……了解致しました。では201号室へどうぞ 」
ハウの足に抱きつくユフナは、確かに子供と母親のように見えていた。
監視の目を誤魔化した二人はそのまま宿の階段を登っていく。
「いい演技だったね 」
「自刃します 」
「落ち着いて? 」
少し焦るハウ。
それをユフナの表情は、イタズラっぽい子供のような笑みに変わった。
「冗談です。ところで、なんで入り方知ってるんです? 」
「今日強盗した喫茶店の店長がここの常連だから。お金はついでに貰ったけど 」
「まぁ……僕も犯罪者ですからとやかく言えませんね 」
ユフナが言葉を飲み込んだ直後、声がした。
「タ ヶ 」
それは夜のそよ風にすら負けそうなほど弱々しい。
だが二人の耳には確かに聞こえた。
「行っていいよ。私がやっておくから 」
足を止めたユフナ。
その背中を押したのはハウだった。
「……いいんですか? 」
「幽霊ふわふわ強盗団の鉄則……救えるなら救っていい。これにはどんな任務違反も許される。だから構わない 」
「……名前、どうにかなりません? 」
「そう? カッコイイと思って名付けたんだけど 」
「名前付けたの貴方だったんですね…… 」
苦笑したユフナ。
次の瞬間には外に出ていた。
風よりも速く。音や影すらも迷い子にするような速度で。
そして声の居所にたどり着いたユフナは、放たれた弾丸を義手で弾いた。
「騎士か? 」
「元ですよ 」
銃を持ったスーツの男。
その銃を蹴り飛ばしたユフナは、怯える女性の方に目をやった。
彼女の手にはアタッシュケースが握られている。
『義欠旧体 起動します 』
目を離した明確な隙に、スーツの男は義眼を起動。
辺りの鉄くずやパイプが、ユフナの刀を中心に引き寄せられる。
強力な磁力による拘束。もはや刀を鞘から抜くことすらできない。
「おいおい困るなぁ。治安維持の邪魔をされちゃあ 」
余裕そうにタバコを吸うスーツの男は、のんびりと蹴飛ばされた銃を拾う。
「俺は自警団だ。正義のヒーローのつもりかもしれねぇが、その女は薬の密売人。うちの縄張りで散々やってくれて、何人も中毒者が出て死んじまった 」
「騎士に報告してはいかがですか? 」
「したよ。だが、違法な成分は出なかったらしい。そいつ特性未知の薬だからな……法が守ってくれなきゃ自衛するしかねぇのに、そいつを捕まえるのに何年もかけたのに。負けそうな方に正義のヒーロー登場だ?ふざけるなよ? 」
正論と共に、銃口はこの場で最も邪魔な者に向けられた。
そう、スーツの男の言い分は正しいものだ。
今のユフナは余計な存在。加害者と被害者の間に割って入る第三者であり、被害者の邪魔をするだけの悪党だ。
「あなたの言ってる事は正論だ。けれど、不満でしかない 」
「あっ? 」
「ここは法で守られた街です。法が助けないからと言って、法を破ったのなら犯罪者でしかない 」
正論に正論を返す。
とうぜんスーツの男の怒りは、煮えたぎる油のように爆発へと近づいて行く。
「じゃあなんだ? 仲間を殺したそいつを、法が裁かないそいつを、見逃せって言うのかよ!! 」
「えぇ。あなたのおかげで明るみに出た、これで裁かれる。それでも殺したいというのなら、あなたは不満をぶつけるだけの罪人だ 」
「死ね 」
静かに爆発した憎悪。
それによって放たれた空気の弾丸は、高速の何かにかき消される。
「はっ? 」
銃も義眼も瞬きの間に砕けた。
見えない何か。
その正体は刀。
ユフナによって顕現した十数の複閃。
「やっぱり、重い武器は振りづらいですね 」
認知すら及ばない剣速は男の健を削ぎ、吹き出した血はようやく地面に落ちた。
それと同時に、磁力の消えた刀から無数の鉄クズもバラバラに飛び散った。
(何が……武器? 何をした? 暗器? ……殺される )
「……… 」
刀を収めたユフナを前に、密売人とスーツの男は動けなかった。
何がキッカケで殺されるかも分からない。
気を引けば殺されるような、爆弾を握りしめるような、そんな危うさの中で二人は怯えていた。
けれど、動けないのはユフナも同じだった。
迷っていた。
どちらを殺すべきかを。
(スーツの男……殺すのに馴れてるな。躊躇いがないし、殺した後のことを冷静に考えてる。密売人の女……放置したらまた中毒者を増やすだろうな。騎士に捕まっても法に適応された物じゃなければ言い訳できる……僕はどちらを殺すべきだ? )
どちらを生かしても人は死ぬ。殺される。
ならば両方殺してしまえばいい。
それこそが正義だ。
そう分かっているのに、ユフナは刀を抜けなかった。
騎士ならばもう選択していた。
肯定される大義があった。
だが騎士でない彼は、執行者にも一般人にもなれない半端者でしかなかった。
「……次見つけたら殺します。それでは 」
ユフナ逃げ去った。
その姿が完全に見えなくると、生き残った二人は一目散に逃亡した。
隣にいる敵を忘れ、等しく捕食者から逃げる被食者となって。
「救えた? 」
路地で立ち止まるユフナ。
それに声をかけたのは、宙吊りで蜘蛛のように髪を垂らすハウだった。
「えぇ……見逃しただけですね 」
「まぁ助けられたなら良かった 」
「助けた……あの、聞きたい事が 」
ストンと地面に落ちたハウは、子供と接するようにしゃがみこんでユフナを見つめる。
ユフナもハウを見つめ返した。
「どうしたの? 」
「……助けた人が犯罪者で、自分が助けたことによって人が殺される。そう考えたら、殺した方がいいんですかね? 」
「それって気にすること? 」
ハウはキョトンとした顔で答える。
対してユフナは納得いかなそうな顔をした。
「だってさ。目の前で助けてって言う人が、いちいち罪人かどうかなんて考えてたら、そのうち誰も救えなくなるよ。 」
「っ…… 」
「だから私は割り切ってる。助けて欲しいと思われたならどんな人でも助ける……自分のせいで間に合わなかったら、凄く辛いじゃん? 」
それは正論だ。
けれど無責任でもあると、ユフナは思っていた。
「納得いかなそうだね 」
「……えぇ。だって、それは正義とは言わないじゃないですか 」
ユフナの不満は当然のものだ。
無責任という言葉は、責任を強いられる世の中では許してはならない。
正義を語るのなら、必ず責任を負わなければいけないのだから。
「うん、正義じゃない。これはわたし個人の正しさだからね 」
言いきられた。
ユフナは反論できない。
けれどやはり、納得もいかなかった。
「……そういうのはロクスに聞いた方がいいよ。言いくるめるのが上手いから 」
「言いくるめられたらダメなんじゃないですか? 」
「それは」
「おーい二人とも〜!! 」
静かな街中、にも関わらずひびくクラクション。
それは路地の上から聞こえた。
「ロクス? なんでここに? 」
屋根の上。
そこには赤い車に乗るロクスが二人を見下ろしていた。
「あら、聞いてねぇの? 」
「言うの忘れてた。工場の場所は分かったんだけどね、ちょっと面倒な位置にあったからロクスを呼んだの 」
「そーそー。こりゃあ複数人で行かなきゃまずいって場所にな 」
「その場所は? 」
「森の中! んでもそこで事件があったらしくてな!! 円卓の騎士が居る 」
「っ!! 」
円卓の騎士。
それは都市を守る抑止力であり、すべてを処罰する権限を持った、絶対なる断罪。
犯罪者が円卓の騎士に挑もうなど、蟻が人の手を這い登るように無謀である。