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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
19/48

第九劇 原石を磨く者



「……始めるか 」


 木製の引き出しが動き、机からは木の擦れる音がひびく。


 そこには辞表と書かれた紙が一枚。

 裏面にはカナギ・レルタと書かれている。


 彼は騎士を辞めるつもりだ。



「どうも、初めまして 」


 カナギは裏の街へと向かい、路地裏に蹲る小汚い老人に声をかけた。


 老人は肩を震わせる。

 が、それは演技であるとカナギは見抜いていた。


「な、なんじゃお前は。こんな老人を襲っても金にもならんわ 」


「鎖をちぎるは角の音にあらず。我らを自由にするは虹の橋なり 」


「……そうか 」


 老人は青い目を見開き、じっくりとカナギを吟味した。

 そして老人には似合わない、小綺麗な紫色の布を取り出した。


 その中には何かが包まれている。


「二番通り。二階建ての宿へ迎え 」


「了解 」


(さて……これで騎士だとバレたかな? )


 先日、ケウラノスという自警団がアグラヴェインの裁きによって崩壊した。


 それまでは良かった。

 が、ケウラノスのアジトは爆発により焼失。


 裏の繋がりとなる証拠が灰に。

 残った自警団を追うことが困難となった。


 だからこそ、カナギは自身を餌とした。


(さぁ食い付けよ? )


 言うなれば潜入捜査。

 カナギら元騎士という立ち位置を利用し、自警団に侵入する腹積もりだ。


 この街では、潜入捜査は犯罪である。

 つまり彼は、成果をあげるためだけに死ぬ覚悟を決めた。


(……意外に普通だなここ )


 老人の指示通りに動いたカナギは、目的の家にたどり着いた。

 そこは普通すぎる家。

 この通りを何度散歩しようが印象に残らないほど普通。


(まぁ、アジトにするなら持ってこいだな )


 階段をあがり、目の前にある扉をカナギは押した。

 その先には狭苦しい廊下が広がっている。

 問題はその奥。


 風呂上がりですと言わんばかりに髪を濡らした若い男が、タオルを首にかけパスタを食べていた。

 その顔は子供が美味しそうにご飯を食べる姿を連想させるほど幼い。


 彼の名はクロウ。

 自警団ヘルヘイムのリーダーだ。


「うめ〜……あっ? あぁ悪ぃ、客人か。入っていいぞ 」


(一瞬、家間違えたかと思った…… )


 カナギが案内されたのは普通のリビング。

 そこにはテーブルだけしかない、床座り前提の場所だった。


 まるで一人で暮らして居ますと言わんばかり。

 その裏にある物にカナギは気がついていない。


「まぁ座れよ。元騎士のカナギさん 」


「……情報が速いな 」


 パスタを食べるクロウの前に座るカナギ。

 彼らが行うのは戦闘ではない。

 言葉での探り合いだ。


「で? なんで合言葉知ってたんだ? 」


「騎士だったからな、捜査する過程でいくらでも知る機会はある 」


「ハハッ。犯罪を追う騎士ほど犯罪者に近づいていくなんて……皮肉な世の中だな 」


 その言葉は正論。と言うより事実だった。

 数々の事件を追い、数多もの犯罪者を処刑する騎士ほど、犯罪を熟知していく。


 どう追跡するか、それをまくにはどうすればいいか。

 騎士はそれを知っている。


 だからこそ、カナギは自分の価値を示す事ができる。


「名を知ってるということは、俺の立ち位置を知っているな? 」


「ランスロット隊二番隊隊長。言いづらい名だよな 」


「それは………………関係ないだろう。俺は色んな捜査方法を知ってる、お前らに価値があるハズだ 」


「あ〜、なんか勘違いしてると思うが 」


 クロウは皿を抱え、下品にもパスタを口の中にかき込んだ。

 ソースを舐め、指についたそれすらも飢えたカラスのように卑しくしゃぶる。


「優秀な人材は歓迎だ。だが、俺は人を見る 」


「裏切らない者という事か? 」


「いいや? 自分を持ってるかだ 」


 眉を傾けるカナギ。

 対してクロウは口角を傾けた。


「自分を持ってないヤツはすぐ言い訳する。失敗すれば正義だ悪人だ正しさだと喚き、自分の失敗を何かのせいにしようとする。そいつらが悪いとは言わねぇ、だが自警団には邪魔だ。どれだけ失敗したとしても自らで受け止める芯のあるもの、俺はそれが欲しい 」


 クロウの話術は巧みなものだった。


「さぁ、お前は何を理由に騎士をやめた? そして、何を目指しここに来た? 」


 正論で動揺させ、自然な流れで目的を問う。

 その態度にカナギは戸惑ってしまう。


「俺は…… 」


 言い訳の方法はいくつも用意していたが、クロウの目は見慣れた犯罪者とは違う。

 どこまでも幼い子供のようで、大人の悪意を瞬時に見抜けるほどに鋭い。


 だからこそ彼は本音を話そうと思った。

 そちらの方が合理的だと判断した。


「円卓の騎士に、申し訳がないと思った 」


「申し訳ない? 」


 話の主導権を握っていたクロウは、面白いものを見るように首を傾げた。


「いくら円卓の騎士が優秀だからと言っても、彼らは人だ。あの人たちも命を懸け、日々重圧の中で生きている。そんな人達ばかりに重荷も背負わせる自分が、あの人たちに追いつけないことが、悔しいと思った 」


「だから自警団の情報を盗もうってか? 」


「いいや。円卓では解決できず、自警団でしか解決できない事をしたい。それが俺の目的だ 」


 嘘はあった。

 クロウはそれを見抜いている。


 けれど、けれども。

 クロウは目の前にある、真面目すぎる宝石から目を離せないでいた。


「珍しいな。騎士といえば円卓の賛美しか歌えねぇ鳥かと思ってたのによ 」


「俺も最初はあの人たちを憧れとしていた。希望としていた。あの人たちがする事に間違いは無いとすら思ってた……でも気がついたんだ 」


 カナギは日が差す部屋の影になる部分を見つめた。

 そこにはあの日の円卓の姿が写っている。


 異臭がするとして通報があり、カナギはとある家に赴いた。

 そこは死者というゴミが散乱するゴミ屋敷。

 そうとしか例えられないほど、死体と血に満ちていた。


 そして家の中央には、当時(とうじ)円卓の騎士であったリル・コルテの遺体が存在していた。


 円卓が死ぬという異例。

 すぐさま円卓の責任者であるモルガンがその遺体と立ち会った。


 彼女の死体は周りと比べれば綺麗な方だった。


 腐敗も進まず、目すら虫に喰われていない。

 その血の通わぬ彼女に触れたモルガンは、ただ涙を流した。


『バカ野郎……なんでお前だけ、いつも不幸なんだ 』


 震える声を、抱きしめる腕を、こぼれる涙を。

 そのすべてを体感して、カナギは思ったのだ。


「どんなに優秀であっても、心は人の形をしてるんだ。なら辛いものは辛いし、重いものは重いんだ。だから俺は、あの人たちの心を少しでも軽くしたい 」


 円卓は数多くの犯罪者を殺している。

 正義であれ、悪であれ、殺すという行為は人の心を変えてゆく。


 その重荷を、少しでもカナギは支えたかった。

 それがここに来た理由である。


「ハハッ……いいぜ、お前を招待しよう 」


「……あっさりだな 」


「武器も仲間も居ないことも確認済み。つーかお前、なんか持たされたろ? 」


「あっ、はい 」


 気圧され動いてしまったカナギは、渡された紫色の布を取り出した。

 中には小さな機械と紙がある。

 紙にはこう記されていた。


 『自分は裏切り者だ 』と。


「っ!! 」


 瞬間、空を裂いた一撃がその中身を破壊。

 地面に落ちた破片は赤色をしていた。


 一方カナギは、斬撃から逃れるように部屋の隅へと逃げている。


「おぉ、今の目で追えたのか。すげぇな 」


「円卓をよく見てるからな……今のはなんだ? 」


「まぁフォルセダーを改良したヤツ。ほらあれ、人の脳波を感知して動くだろ? それを改良すりゃ、持ってる人の思考を書き写すことが出来る 」


「……っ!! 」


「まぁ安心しろ、見ての通り壊した。お前の目的じゃなく、お前の生き様に興味が出た。だからこそ仲良くやろうぜ 」


 うぇ〜いとカナギと肩を組むクロウ。

 それを警戒しながらも、カナギはもう一方に目をやっていた。


 それは落ちたフォルセダーだった。


(義手の改良……裏の武器か。その加工場も探さなきゃな )


 カナギにとって、リーダーであるクロウに気に入られたのは都合のいい事だった。


 彼の目的は二つ。

 自警団の存在を露わにすること。

 そして円卓内の裏切り者を見つけること。


(今朝、俺が辞表を出したことを既に知ってた。俺の部屋に簡単に出入りできるなんて、少なくとも隊長ほどの地位には居る。こいつらに情報を流してる奴を炙り出す )


「あぁそうそう 」


 振り向いたクロウ。

 カナギはピタリと動きを止めた。


「俺の自警団、抜けたきゃ抜けていいからな 」


「……はっ? 」


「それに嫌な仕事はしなくていい。融通を効かせてやる。ただ俺は偏見を許さない……だからまっ、職場体験してから決めてくれ 」


 飄々とカナギの心を乱すクロウ。

 彼は自警団のリーダー。


 犯罪を日常とする荒くれ者の頂点に立ち続けた男。 ゆえに知っている。


 いつでも抜けれるという安心感が、何物にも勝る支配の鎖になることを。




「ほい着いたぞ〜 」


「ここは? 」


 カナギが連れてこられた場所だった。

 ここは地下。にも関わらずにゴウンゴウンと動き巨大な歯車は、人の目に着くことを恐れているようにも見える。


「裏の暗殺道具を製造してる 」


「……お前 」


「護身用武器は大事だろ? 奪うか奪われるか。自衛のために、裏じゃ殺さなきゃいけない時があるんだよ 」


 危険物の量産工場と聞けば、とうぜん騎士であったカナギは嫌な顔をした。

 けれどクロウはその反応を見て笑う。


 そして見せつけるように、一人の働く男に声をかけた。

 それは少し小汚い老人だった。


「よぉリナガ。仕事はどうだ? 」


「ぼ、ボス…… 」


 肩をふるわせる老人。

 その手元には砕けた金属片が転がっていた。


 素人目であるカナギでも分かる。

 それは失敗作の残骸だ。


「失敗か? 」


「ひっ……いえ、なんとか」


「無理すんな。誰にでも向き不向きはある 」


 クロウは優しく笑いながら、老人の肩を叩く。


「お前、金属の鑑定できたよな? 」


「えっ、まぁ……人よりかは 」


「なら鑑定側に移動だ。すまんな、向かない仕事をさせちまって 」


「い、いえ! ボスには感謝してるんです。職を頂けたし、食事も寝床まで……えへへ、犯罪をしなくても生きてけるなんて、夢みたいです 」


 クロウは犯罪者たちの社会を作っていた。

 罪を犯しても、人は生きたいと願う生物だ。


 そんな者たちを、クロウは裏社会の一部として引き入れていた。


「……… 」


 ギリリと拳を軋ませるカナギ。

 彼には思うところがあった。


 様々な事情はあるだろうが、この街には犯罪をしなければ生きていけない人が居る。

 その人たちを助ける動きはある。が、支援などで助けられるのはせいぜい数百人。


 助かった人はラッキーで、生きるために悪事を働いた人は処刑される。

 カナギはその平等とはかけ離れた在り方を疑問視していた。


「おっ、なぁカナギ。少し仕事の手伝いをしてくれ 」


 頭を悩ますカナギの肩。

 クロウは馴れ馴れしく手を置いた。


「これから犯罪団体を潰す。自警団らしくな? 」


 とある普通の民家に連れてこられたカナギ。

 そこは屋根の赤い一軒家だった。


「ここも……普通だな 」


「普通であるほどバレにくいからな。まぁ、こいつらは人の出入りが頻繁すぎる。バレバレだ 」


 クロウは手首につけたブレスレットから、極小の針と糸を取り出した。

 それはとある手術道具を改造したものだ。


「ちなみに言っとくが、俺は守らなくていいからな。自分だけを守れ 」


「正面突破する気か? というかそもそも……仲間はどうした? 」


「ンなもん要らねぇよ 」


 ここが自分の家である。

 そう言いたげにクロウは扉を開け、土足で玄関を乗り越える。


 指先でこちらに来いと示すクロウに従い、カナギは靴を脱いで家の中に入った。


(敵はどこだ? そもそもこれは何かの罠じゃないのか? )


 疑心。不安。けれど呼吸を乱すことも許されない敵地の中で、


「ちなみに俺はボスだ 」


 クロウはベラベラと話し始めた。

 空気を読まず、早朝に騒ぐカラスのように。


「おまっ 」


 家の中での声。

 敵はもちろん気がつく。

 だがその動きで、発した音で、人数も武装状態もすべてクロウにバレた。


「だから俺が一番強いのさ 」


『リミッター解除を確認 残弾数 7 』


 指先から弾かれた針は一瞬で壁を貫通。

 次の瞬間にはドタバタと人が倒れる音がした。


「さっ、行くぞ 」


 クロウが扉を開けた先には、六つの死体が存在していた。

 はなから死んでいたように。

 ただ倒れている。


(痙攣すらしてない……脳幹を的確に貫いたのか? 壁越しで? どんな腕してるんだコイツは )


「さぁて 」


 ソファを蹴飛ばしたクロウ。

 その下には一人がギリギリ入れるような穴が広がっていた。


「地下工場とご対面 」


 降りた二人が目の辺りにしたのは、腐った油が充満する部屋だった。


 換気すら行き届かず、目すら刺激する激臭も徘徊している。

 歩くたび靴にへばりつく油は、ここがどれほど劣悪で穢れているかを現していた。


「臭い平気か? 」


「……平気だ 」


「ははっ、辛かったら吐いていいからな 」


 異臭漂う穢れの密室。

 クロウはケラケラと笑っているが、普段から清潔な空気を吸っているカナギにとってはキツイものがあった。


「さて、じゃあ」


「待て 」


 顔を顰めながらも、カナギはクロウを睨みつける。


「何故ここには敵が居ない 」


「答え合わせはまだ先だ 」


 問いを躱し、クロウはぺたぺたと汚れた道を進む。


 カナギも進む。

 その度に濃くなる異臭。


 奥に何かがあるようだ。


「……死体か 」


「それよりもっと酷いものだ 」


 クロウが曲がり角に差し掛かる寸前。

 二つの影が飛び出した。


「死 」


 二つの脳は飛ばされた針によって瞬時に破壊。

 けれどクロウの真上。

 天井からは黒い筒状の狂気が顔を出した。


「死ね 」


 放たれた青炎(せいえん)

 だがその炎は、クロウを庇うカナギの銃身に吸収される。


『チャージ 』


「ショット 」


 そして放たれた青い炎は、天井に隠れた人間を黒い炭へと変えた。


「助けいらねぇって言ったのに 」


「……自分を守っただけだ 」


「そうかよ 」


 素っ気なく言葉を返したが、クロウはかなりカナギの事を気に入っている。


 避ければいいだけの攻撃を、殺されるべき犯罪者を庇った真面目な騎士を。

 だからこそ見せたかった。


 この先の地獄を。

 このゴミ溜めの底で腐った、綺麗だった命を。


「なんの音だ? 」


 先に気がついたのはカナギだ。

 それはゴリゴリと割れる、軟骨を噛み潰すような音だった。

 

 その先に開いていない扉がある。

 何かが居る。


「開けるぞ〜 」


 扉を蹴飛ばしたクロウ。

 その奥は死体置き場だった。


「っ!? 」


 ただの死体置き場ならカナギは動揺すらしない。


 そこは腐敗した子供がウジにより貪られる、悪夢すら生易しい現実が広がっていた。

 しかもその中央では何かが蠢いている。


 それは子供だった。

 口元で薄汚れた肉を喰らう、獣に近しい人だった。


「おっ」


 カナギはすぐ駆け寄ろうとした。

 が、不意を突くように子供は跳ね上がり、持ってきたナイフでカナギの首を狙う。

 けれど高速の斬撃がそれを破壊。


 加減し、クロウは子供を押し飛ばした。


「気にすんな。さっきのお礼だ 」


 カナギを守ったクロウは、すぐさまポケットに手を入れた。

 子供は警戒する。

 けれど差し出されたのは、携帯食のクッキーだった。


「ほら、そんなもん喰わなくてもいい 」


 袋を開けたクロウは、優しく子供にそれを差し出した。


 当然警戒される。

 けれどほのかに匂う小麦の香りは、それが『たべもの』であると子供は感じ取った。


 だがクロウ達を信用してはいない。


「おまえ……おとなは……敵 」


「そーそー、大人はみんな敵だ。でも俺は知ってる 」


 クロウは蛆の沸く大人の死体を持ち上げ、その腐りかけの肉を口に入れた。


 ボチュボチュと虫の卵が潰れる。

 人が食べるものでは無いそれを飲み込んだクロウは、蛆這う口をゆったりと拭った。


 彼は子供から目を逸らしていない。


「お前くらいの頃、俺も飢えていた。まぁ死体はその辺にあったからな、それを食べて生きていた。いつの間にか死喰いだのオウルだのクロウだの言われたが関係ねぇ。俺は飢えを知っている 」


 もう一度。膝を着いたクロウは子供にクッキーを差し出した。


「理解してくれ。飢えを知る似たもの同士として。そして俺は、お前に満たされるという感覚を知って欲しい 」


 子供は話を半分すら理解できていない。

 けれど目の前にいる者が同族なのだと、本能で理解した。


「あぐっぎゃぐ 」


 子供が食べるクッキーにはほとんど味付けはされていない。

 バターもミルク入っていない、超保存特化の食料。


 けれども散らされたほんのひとつまみの砂糖は、飢えた者にとっては極上の甘みだった。

 

「うまい…… 」


 ただの食事を涙ながらに行う子供を前に、カナギは何も言えなかった。


 この惨状。彼の武器を見るに、子供は大人を殺していた。


 騎士であるのなら殺さなければならない。

 それを隠して引き取ろうにも、クロウと同じ説得をできる人物など、騎士の中には一人しかいない。


 もし他の騎士としてここに立ち入っていれば、きっと子供は殺されていただろう。


「カナギ、こいつを地上まで送り届けてくれ 」


 クロウは小さな水筒と追加のクッキーをカナギに渡した。


「…………あぁ 」


 カナギの目的はこの自警団の情報を持ち帰ることだ。


 ならばボスであるクロウから目を離すことは、合理的では無い。

 けれども見捨てられなかった。


 目の前の子供。

 運良く救いにあり付けた、弱く脆く。

 そして未来ある命を。



「お前は……騎士じゃないのか? 」


「あっ……あぁ 」


 子供を保護したカナギは、穢れた地下を歩いていた。

 彼は異臭にもすっかり慣れてしまっている。

 

「なら……良かった。あえば……殺される 」


(……まぁ、そういう認識になるよな。社会に触れられない子供は人道も法も学べない。社会性というのはある意味一般人を守るためにあるものだ。抑止力もそうだ。でもこんな子供たちはどうやって学べるんだ、どうやって知れるんだ。ろくな指導者もいないこの裏で何を学べばいいんだ。そんな子供を裁く騎士は…………本当に正しいのだろうか )


「それ……で? 」


「おい? 」


 その場に倒れた子供。

 カナギの支えが速かったおかげで、子供は頭を打たずに済んだ。

 けれど膝を打ってしまった。


「あ……えっ? 胸が……ドクドク……する 」


(毒か? あのクッキーに何か入ってたのか? それとも空気か? それとも )


 カナギはふらつく少年を見て、やっと原因にたどり着いた。

 乾いた唇。速すぎる脈。


 ただの脱水だ。


「……あっ 」


 初めてカナギは気がついた。

 自分が目の前に居るはずの子供を見ていなかった事に。


「おい……しい 」

 

 小さな水筒に入った水は、この場に似つかわしくないほど透明だった。


 静かに注がれる水に味はない。

 けれど飢えた子供にとっては、この先どのような料理でも越えられない程の旨みと救いだった。


(俺は……何も成長できていないな )


 彼は後悔した。


 アグラヴェイン卿が殺した少女を見ていなかった自分を。

 そのせいで円卓に新しい重荷を背負わせてしまった自分を。

 少年を見ていなかった自分を。

 怪我をさせてしまった自分を。


 目の前で人が死にかけているのに……自分を呪っている呑気な自分を。


 怨んだ。


(そんな場合か!!! )


 カナギは自らの顔に、穢れ纏わる油汚れを塗り付けた。

 刺激臭。目に入れば失明の恐れもある汚物。

 それを顔に塗るという奇行。


 だからこそカナギは、今の状況をやっと冷静に見れた。


(足の裏の怪我……破傷風の可能性。栄養失調、脈も弱い。そもそもこんな空気の場所じゃ身が持たねぇ。直ぐに地上に連れていかねぇと!! )


 子供の傷を水で洗うカナギ。

 彼はすぐさま服を脱ぎ、ここよりも清潔な布で子供を包んだ。


 彼はずっとこの言葉を言いたくなかった。


 もしかしたら助からないかもしれない。

 変に期待を与え、後悔の中で死を待たせるかもしれない。

 そう思っていたから。


 けれどそれは優しさではなく。

 ただ後悔を受け止められない自分の弱さだった。


 だから彼は誓いと共に、子供に優しく微笑んだ。


「必ず助ける 」


「……うん 」


 カナギは全力を越えて走った。

 腕の中に収まってしまうほど痩せた子供を。

 助けるために。




ーーー



「ハハッ、やっぱ真面目だわアイツ 」


 カナギの決起を聞いていたクロウは大笑いしていた。


 カナギの肩に馴れ馴れしく手を置いた時、クロウは盗聴器を付けていた。

 それはボタン大の物だったが、カナギにはバレていない。

 鏡などなければ、自分の肩を見る人間は滅多に居ないのだ。


「後悔する人間は多いが、後悔しながらも動ける人間は少ない。ほんとアイツ、側近にしたいくらい気に入った……まぁ少し、頭が足りてねぇかな 」


 クロウは壁に付いた血をべろりと剥がした。

 死体はほぼ偽物。


 この部屋で子供が大量に殺された悲惨など起きていない。


 カナギを味方に引き入れるための金のかかる芝居だった。


「クロウ様 」


 大笑いするクロウの後ろ。

 いつからかそこに居たのは、もの腰やわらかな金髪の女性だった。


 彼はクロウの側近である。


「よぉナガラ。ここで保護した子供はどうなった? 」


「20人中16人が死亡しました。残った二人は破傷風の治療中、もう二人は健康状態もよく食事を取れていますが……幻聴や大人に対する恐怖感が強いです 」


「そっか……じゃあ生き残りはいつも通りに頼む 」


「えぇ。しっかりと勉学を学ばせ、金を持たせ後に外の街に移動させます 」


 ここの惨状は造ったものだが、ここは子供が捕まっていた場所である。


 心無き者にとって、子供とは説得に金のかからないものだ。

 ただ殴り、恐怖を植え付け、支配する。


 恐怖で従順となった子供たちは、わずか半切れのパンのために来る日も来る日も働かされていた。


(まぁ……助けるのが遅すぎたもんな )


 クロウは乾いた笑いで自傷する。

 そしてポケットに入った燃料を死体に巻き、取り出したライターの回転機構を地面につけた。


 クロウはじっと、拾ってきた死体を見ている。


「魂なんて物があるかは知らん。だが、眠りたい者は眠れ。怨みたい者は俺に着いてこい。苦痛も怨嗟も後悔も、ぜんぶ俺が背負ってやる……今からお前らは自由だ。さぁ、ゆっくり決めてくれ 」


 歪な送り言葉と共に、クロウはライターを地面で擦り、火をつけた。


 火は瞬く間に燃え広がり、水分を含んだ肉はバチバチと爆ぜる。

 燃えて引っ張られる筋肉は意思無き体を起き上がらせ、助けを求めるように死体は蠢く。


 そこは地獄だったが、クロウは目を逸らしていない。


 彼はずっと地獄を見てる。


「ボス。油に引火しますので離れましょう 」


「もう少し居させてくれ。見送り人が居ねぇのは寂しいだろ 」


「……では。お隣で待たせて頂きますね 」


 側近である女は火の粉から彼を守るように傘をさした。


「ほんとお前はいい部下だ 」



 葬送の終わり。

 彼らは地上のアジトに帰った。


 ここは普通の家。

 ノア達と交渉をした場所には、十色(といろ)の兵器を持った男たちがボスの帰還を待っていた。


「さて……長々しい演説はナシだ。円卓が気に入らねぇってヤツは手を上げろ 」


 その場には28人の男がおり、その場には28の手が上がった。


 答えは賛成。

 ならばやる事は決まった。


「じゃあ、円卓を潰すぞ 」


 彼はクロウ。

 ずる賢く、無垢なる黒を持った犯罪者。

 そして薄汚れた白を持つ救済者。


 彼は誰も救わない平等な円卓を許せないのだ。


 だからこそ彼は、悪を維持する社会を作った。





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