表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
16/48

第六劇 狂奏



「昨日の夜。て事があったんだけどさ〜 」


「ふむ 」


 廊下を歩く暗殺者(ヴィアラ)老兵(リシュア)

 ここはケウラノスのアジトだ。


「手紙自体に仕掛けはありません。内容も透かして確認しました。しかし……これは私たちが決めていい事ではありません 」


「まぁそうだよね〜 」


「食事も終えた時間でしょうし……ボスに持っていきますか 」


「りょ〜か〜い 」


 ヴィアラとリシュア。

 二人は先代のボスからの付き合いである。


 互いの実力を認め、堅物であるリシュアも仕事外でなら軽口を咎めないほどの仲。

 だからこそ、お互いの気遣いも言わずとも理解していた。


「ボス。お話が」


 リシュアがボスの部屋を開ける。

 するとそこには、ネコ耳を付けたメイド姿のルース。

 それに覆い被さるルブフェルムの姿。

 その奥には、怒りで震えている少女(ノア)が見えた。


「あの! ちょっ!! どっちでもいいんで助けてください!!! 」


「意外に力強いですね……ふふっ、そそります 」


「リシュア……この馬鹿をなんとかしてくれ…… 」


「かしこまりました 」


 一瞬でルブフェルムを無力化し、顔を真っ赤にするルースに上着をかけるリシュア。

 それにより見えた筋肉。

 シャツのボタンが弾け飛びそうなほどパツンパツンな胸筋は、リシュアが熟練の猛者であることを強調していた。


 ちなみにルースは、白馬の王子様を見たような乙女の顔をしている。


「ボス。こちら例の自警団、ヘルヘイムからの招待状です。武器の提供を代価に、話し合いの場を設けたいとの事でした 」


「見せてみろ 」


 手紙を受け取るノアは、なれない手つきで封を開ける。

 そして手紙を読んでいる間に、ルースはヴィアラに質問をしていた。


「あの。自警団ってなんか問題なんです? 」


「まぁね〜。裏には三つデカい自警団があるんだけど、その全部の仲がバチバチに悪いの。こことヘルヘイムは特にね 」


「なのに招待状ってことは、なんかあったんでしょうね 」


「たぶんラグナロクとかいう自警団の崩壊が原因だろうね〜。最近騎士の介入が激しいし、今裏には円卓まで来てる。向こうも大変なんじゃな〜い? 」


「……指定人数は私を含め四人か 」


 手紙を読み終えたノアは、チラリとリシュアの方を見た。


「招待をお受けになるのですね 」


「あぁ。向こうも裏で殺し合うリスクは知っているだろうし、武器の提供が本当なら無視はできない 」


 会議を続けるノア達。

 一方ルースはひかれた絨毯を触っていた。


(そういえばこの団、旧式武器ばっかだし金ないのか? でも内装は豪華。裏でこんないい絨毯なんてそうそう手に入らない。元は大きな組織だったとか? というか今のボスが子供……先代が居た感じかな? )


「今回私は同行致しません。ルースの方が適任だと思います 」


「はァ!? 」


「拒否権はありません 」


 有無を言わせず参加決定にされたルース。

 けれど一番驚いていたのは、ルースよりもボスであるノアだった。


「リシュア。なぜお前は行かない 」


「私は顔が割れています。変に警戒心を高めるよりは、新参であるルースの方がよろしいかと。それに 」


 リシュアは一息つくような優しい笑顔をうかべた。

 それを見たルースはすぐさま身構え、壁の端まで飛び退いた。


「警戒心の強さは、この中で誰よりも強いですので 」


(この爺さん怖っ。殺気感じなかった…… )


 持っていたペンを置いたリシュア。


 そう、彼はルースを殺す気だった。

 けれど殺気は微塵も出していない。


 ただ気付かれず、誤って虫を踏んでしまったように人を殺す。

 彼は老いぼれとなるまで裏で生き延びた、強者なのだ。


「私はこの団をお守り致します。ボス、あなたが無事に帰ってくる事を願っております 」


「……あぁ 」


 老兵であるにも関わらず、リシュアは伸びた背筋でキッチリとお辞儀をした。

 歳が70も下である、少女に向けて。



 そうしてノアは三人の使用人を連れ、犬猿の仲である自警団。

 ヘルヘイムのアジトへとたどり着いた。


 そこは何気ない一軒家だった。

 街中のように寂れ、屋根もよくある色に。


 何も目立ったところは無いボロ屋。

 ゆえにここがアジトだとバレたことは、今まで一度しか無かった。


「なんでこの格好のままなんですか…… 」


 もちろんルースはメイド服を着ている。

 外用のため露出こそ少ないが、女装であることには変わりない。


「女の子ってだけで油断する人は多いからね〜 」


「もう少しスカートは短い方がいいのでは? 」


「ボスさん! このセクハラ姉さんクビにしてください!! 」


「……はぁ 」


 正直ノアは不安でしか無かった。

 長年自分に連れ添ってくれた、一番信用できるリシュアが居ないことが。


 ヴィアラはあまり信用していない。

 仕事はこなすがお調子者だからだ。


 ルブフェルムは論外。


 当然、新人であるルースも信用していない。

 けれど信用していない男こそ、この話の場で一番使えるコマなのだ。


 それがノアにとって、一番の不安である。


「ルース、私が死ねばその首輪は爆破される 」


「何そのオーバーテクノロジー!? 」


「黙って聞け。つまり、私の死がお前の死だ。死にたくなければ私を守れ。存分にその二人を利用しろ 」


「私は命令されるよりする方が」


「フェルムっち? さすがに空気読も? 」


「お待ちしておりました 」


 ガチャりと開かれた玄関。

 その奥には金髪の女が立っていた。


 ルースとヴィアラ以外、その人物を一般人だと見間違えた。

 その佇まいは、彼女の偽装技術の高さを示している。


「では、ご案内しましょう 」


 ルース達が案内された場所はなんの変哲もないリビングだった。

 その中心に置かれたテーブルでは、一人の若い男が美味しそうにステーキを頬張っていた。


「あっ? もう来たのか? ちょっと待ってくれすぐ食事を終わらせる 」


「招いておいてその態度はなんだ? クロウ 」


 クロウと呼ばれる黒髪の20代ほどの男。

 彼こそが自警団のボス、ヘルヘイムのリーダー。

 けれどその男からは威厳というものを感じない。


「よォお嬢。久しぶりだな 」


「ボスだ。口を慎め 」


「ハハハッ、悪い悪い。それとこれは前払いだ 」


 子供の威圧など、大人にとっては気にもならない。


 クロウが手を叩くと、金髪の女がフラフラと箱を持ってきた。

 その中にはたんまりと義手や武器が詰まっている。


「確認してくれ、フォルセダーと新型武器。話が終わればこの倍は出す 」


「……… 」


 ノアはヴィアラを見る。

 そしてヴィアラは頷いた。


「本物のようだな 」


 そうしてノアは、クロウの対角線上の椅子に腰を下ろす。

 けれどクロウはノアに興味を持っていない。

 ルースの方をじっと見ていた。


「ところで、新人か? なんで女装してんだよ…… 」


「無理やりさせられました…… 」


「あぁ〜……大変だな。んで、リシュア爺さんは何処だ? 来ると思ったんだが」


「世間話はいい。さっさと本題に入れ 」


「ういうい、じゃあ本題 」


 薄っぺらい誠実さを持って、クロウはテーブルの上に顎を乗せた。


「お前らの自警団を畳み、優秀な人材を全員くれ。そうすりゃノア、お前は何処か安全な国に飛ばしてやろう 」


「……はっ? 」


 あまりにも理不尽な提案に、ノアは腑抜けた言葉しか出なかった。

 けれどクロウの顔は至って真面目だ。


「何をふざけたことを 」


「いい提案だと思うぜ? お前の部下たちにとってもな 」


 品定めするようなクロウの瞳には、ヴィアラたちが映る。


「予言しよう、お前らの団は遅かれ早かれ衰退する。資金不足でも武力不足でもなく、求心力の問題でな? 」


「っ…… 」


「なぁ新人、分かんねぇだろうから教えてやろう 」


 テーブルの上に足を置いたクロウは皿を手に取り、残ったソースの中をじっとのぞきこんだ。


「昔のお前らの団は裏一番の自警団だった。穢れてなお秩序のために戦う姿は、俺でも尊敬するくらいだ。が、闇に蝋燭を灯したところで目立つだけだった。だから裏勢力すべてから狙われた。部下はほぼ皆殺し、本人も家族も。まぁ娘は無事だったみたいだが 」


「……… 」


 ノアは彼を睨んでいる。

 クロウは彼女を無視している。


「だがその娘は逃げれたハズなのに、わざわざ親父と同じ末路を辿ろうとしてる。せっかく助かった命を犠牲にし、優秀な人材すらも心中に巻き込もうとしてるんだ。あぁまったく嘆かわしい!! だから俺たちが引き抜きたい。未来ないお前らを、未来ある場所にな 」


 ひとしきり語り終えたクロウは、レロリと皿のソースを舐めとった。


 それには品性も無く、見るものすべてが嫌悪するであろう行為。

 けれどノアはクロウから少したりとも目をそらさなかった。


「父の話をすれば、私が動揺するとでも? それに、裏で暗躍を続けるお前らの団に未来があるとは思えない。麻薬組織の肥大、にも関わらず裏への騎士の介入の激しさは増している。お前らが操っていたんだろ? 」


「あぁ、大正解 」


「透かし面しているところ悪いが、目立ったから父は死んだと言ったな? そういう割に、お前の方が目立ってるんじゃないのか? そんな団に未来があるとでも言うのか? 」


 少女(ノア)の返しは完璧だった。

 萎縮する訳でもなくて、感情的でもなく、相手の言った言葉を使って理屈で詰める。

 けれど相手は大人。


 大人はいつだって、ずるいカードを隠し持っている。


「騎士の中に協力者がいる 」


「……はっ? 」


「この街の法に不満を抱くのは悪人だけじゃねぇよ。例えば身内が犯罪者になった場合、そいつを殺したくない騎士が現れる。そういうヤツらにビジネスしてたんだ。その犯罪者を安全に街外まで送り届けるってな 」

 

 皿を置いたクロウはニヤリと笑い、今度は足をテーブルの上に乗せた。


「結果、騎士内部に仲間を忍ばせれた。そして情報は筒抜け。そしてこうすればどうだ? 円卓の騎士さ〜ん、ここで危ないこと考えてるヤツらが居ますよ〜って叫んでみる。どうなるかな? あぁ違う、どうなったかな? 」


「お前…… 」


「コントロールはできてない。だが、強大な爆弾のスイッチを俺は持っている……もう一度質問しよう。俺の提案を飲むのと、それを断るの。どちらの方が未来があると思う? 」


 大人は言い訳を得意とする。

 けれど子供は、崩れてしまえばすぐには立て直せない。


 現にノアは何も言い返せていない。

 そしてダメ押しの言葉が優しく投げられる。


「それによ、あの親父さんも望んじゃいねぇと思うぞ? 娘が自分と同じ末路を歩むなんて 」


「知ったようなことを!! 」


 クロウは初めて、ノアを見た。

 しかも彼は嘘をついていない。


 本音で本当に、彼女を心配しているのだ。

 胡散臭いことは誰が考えてもわかる。

 けれどこのタイミングだ。


「知ったようなことを…… 」


 これ以上、子供(ノア)は何も言えなかった。


「ねぇ 」


 けれどクロウには誤算があった。

 それは子供を言いくるめるために、怒りを買ってしまったこと。


「赤の他人がさ〜、知ったように語らないでくれるかな? 」


 重々しい銃声。

 と共に放たれた弾丸は、クロウの指で回したナイフで弾かれた。


 ノアを守るように銃を放ったのはヴィアラだった。

 けれどここは敵アジトの内側。

 気配なく潜んでいた組員たちは、過剰なほどの兵器を構えた。


「優しいなぁヴィアラ。だがお前も薄々思ってんだろ? その団に未来はないと 」


「そ〜だねぇ。でも死に場所は自分で選ぶよ 」


「……そうか。残念だ 」


 誰が撃ち殺されてもおかしくない空気の中、ルースは何気なく足を進めた。

 その先にはクロウがいる。


「おい動くな!! 」


「なるほど、ウチから横領してたのはあなた達だったんだ 」


「っ!? 」


 図星を突かれ、組員たちに動揺が走る。

 一秒にも満たない隙。

 その間にルースはクロウの側へと近付いた。


 その気になれば、お互いに殺せる距離だ。


「なんでそう思った? 」


「あの人とあの人が旧式武器持ってる、それだけの理由。まぁ合ってなくてもいい。話を聞くという隙で、僕はここまで来れた 」


 いつの間にか、ルースはフォークを持っている。

 その先端はクロウの首に半分突き刺さっていた。


「痛えな。撃たれるぞ? 」


「撃てませんよ。僕が躱す可能性もありますから 」


「いいや? 見りゃ分かる、お前の筋肉じゃ無理だ 」


「でもその判断を、一端の部下が決めれますかね? 」


 ルースの言うことは正論だ。

 もし仮に、仮にだが。

 部下の手が滑り、クロウを撃ち殺してしまう。


 そんな事が起これば、必ず部下は粛清される。

 その可能性を恐れない無謀者ならば、誰もここでは生きて行けない。


「ははっ、いいねぇ。やっぱうちに欲しいくらい優秀だ……で? これからどうする? 」


 クロウとルース。

 彼らは偽の仮面で微笑みあう。


「話してください、なぜ人員を募っているのかを。あぁ、同盟を蹴ったから言わないはナシですよ? ボスに無礼を働いた、その詫びが欲しいんですから 」


「じゃあまずは一言、円卓を壊す 」


 その言葉は有り得ないものだった。

 人を不死身にする。

 天を落とす。


 それ程までに、クロウの部下ですら動揺ほどに。

 有り得ない。そう誰もが思った。


 クロウとヴィアラ。

 そしてルース以外は


「なるほど、社会的に殺すのですね 」


「あぁ 」


 クロウは足を組み直し、この場にいる全員へ向けて演説を始めた。


「円卓はバケモノだ。裏すべての勢力が結託したとて、円卓一人殺せない。だが奴らも人だ。人らしい弱点はある 」


「家族、恋人。いや地位の可能性もありますね 」


「それに、円卓は強大であるにも関わらずみ〜んな秩序側の人間だからね〜。一般人を利用して追い込めば、処刑に持ってくこともできるかも。でもどうしてそんなリスクを背負うの? 」


「簡単だ。裏は不安定すぎる 」


 その言葉に、犯罪者である彼らはハッとした。


「犯罪者が生きれるよう、俺は社会を作っている。が、俺たちが生きてるのは円卓が乗り気じゃないからだ。無関係の人を巻き込むかもしれないという無意識のブレーキだ。だが逆を言えば、いつ殺されるか分からない。なぁ、お前らに聞こう。気まぐれで生かされ、気まぐれで殺される……そんな不自由、嫌じゃねぇか? 」


 犯罪者は秩序を嫌う。

 なぜか? 悪の自由を奪うからだ。


 だからこそ、クロウは問いを心に投げかけた。

 共感という波風を立てるために。


 少なくともこの場にいるクロウの部下たちは、全員腹を決めた。


「と、言う訳だ。これで満足か? 」


「えぇ、お話ありがとうございました。それと僕たちを無事に出さなければ殺します 」


「おう分かった。じゃあ帰ってくれ 」


 ルースはヴィアラに目配せをした。

 その意図を彼女は察した。


「ボス、行きますよ 」


「あ……あぁ 」


「フェルムっちも……えっ、寝てる?? マジ?? 」


 ヴィアラはボスたちを連れて部屋を出た。

 そして残されたルース。

 彼はフォークをスカートで吹き、ゆっくりとテーブルの上に置き直した。


「えぇっと……僕も逃がしてくれますか? 」


「あぁ。エスコートはしないがな? 」


「ははっ、ありがとうございます 」


 ルースは軽く頭を下げ、そのまま出口に向かった。

 瞬間、地面に落ちた。


 ルースの首。

 そこに付けられた爆弾が。


「さて……どうする? それがない以上、帰る必要はないんじゃないか? 」


「えぇ、ありませんね 」


 けれど焦る素振りすらせず、ルースは首輪を拾い直した。


「でも、僕たち生き残りには心がある。あなたが本気でノアさんを心配しているように、必ず巻き込まないよう()()()()()ように。僕も……彼女が心配なんですよ 」


「そりゃ残念だ。あぁ、じゃあこうしよう。あの団が無くなればうちに来い。いい待遇させてやるよ 」


「えぇ。ではその前に、この団を潰しませんように……それでは 」


 扉を閉めたルース。

 残された部屋の中は静寂で満ちていた。

 けれどクロウだけは笑っていた。


「……ははっ。面白いヤツだ!! あ〜……あんな毒虫、悪魔すら喰わねぇぞ? 」


 ひとしきり笑ったクロウは、スっとタバコを取り出した。

 その後ろにいる金髪の女は、言われずとも火を用意。


 タバコには火がつけられた。


「ボス。本当に帰していいのですか? 」


 その側近の問いに、クロウは笑顔で回答した。


「あぁ。もっとも、帰る場所はねぇだろうがな 」


 いつからかテーブルに置かれている装置。

 それには『COOL』の文字が浮かび上がっていた。





 一方。

 ケウラノスのアジトでは。


「なぁお前ら……ここの団に未来があると思うか? 」


 アジトの食堂の隅で、五人ほどが密談に勤しんでいた。


「いや……難しいだろうな 」

「ボスが幼いからか? 」

「いや、そもそも上に立つことに向いていない。資金不足も武器不足も解決せず、けれど任務の危険度は上がる一方。そのうち誇りのために死ねと言い出すかもしれない 」

「それは困るな。俺たちが自警団に入ったのも、食う寝る場所が保証されるからなのに 」

「そもそも、裏で騎士の真似事なんてして意味はあるのか?


「いやぁ無いねぇ 」


 六人目の声。

 その違和感に気がつく暇もなく、五人のこめかみを針が貫いた。


「お……ご? 」


 運動神経をつかさどる小脳の破壊。

 即死はせず、けれど抵抗できず、五人は腐るように息絶える。


 彼らの脳には、細い糸が通されていた。


「さて…… 」


 一人となったショートカットの若い女性は、血の付いた糸を拭い、赤い指先を鳴らした。


「侵略開始 」


 影からゆったりと現れた、66人の刺客。

 影は音もなく進行。


 今際の(こと)すら残させず、人が倒れる鈍い音のみが足跡のように続く。

 それは死の進行のようだった。


「申し訳ございません、お客様方 」


 けれども、影たちがたどり着いたエントランスホール。

 そこには一人の老兵(リシュア)がお辞儀をして待っていた。


「急な来客な上に人手不足。ここには80を越える老兵しか居りませぬゆえ、満足なおもてなしすら出来ない始末でございます。けれどももてなしを受けたい、というなれば 」


 腰にたずさえた二本の剣を抜き、リシュアは静かに歩む。


「この老いぼれが……相手になりましょう 」


 影たちは動けない。


 予感していたのだ。この隙だらけの老兵に攻め込めば死ぬと。

 けれどリシュアの歩みは止まらず、影たちの間合いに入る。

 

「老いぼれならさ、若者の道を開けてよ 」


 瞬間、リシュアの両剣には強大な重さが加わった。

 影たちの中には青いフォルセダーの光が放たれている。


 重力倍化、磁力拘束、感覚鈍化、筋力軟化。


「私たちは、全員殺す気でここに来たんだよ? 」


 不可避の死が迫る。

 けれど老兵(リシュア)は、そんなものは何度でも乗り越えてきた。


「……えっ? 」


 そよ風が吹く。


 ショートカットの女の顔は、バラバラに切り落とされていた。


 切り分けられた瞳も臓物も、ミキサーの中身のように混ざり合い、飛び上がった大粒の血はバラバラと飛沫を上げた。


 振られた剣は、老兵の体には少し重たいものだった。

 それを若々しい青い芽たちが受け止められないのは必然だ。


「土産言葉は……いりませんでしたかな? 」


 容赦なく飛び散った鮮血は、エントランスホールを芸術作品のように染め上げた。

 臓物も死体も、彼を中心にすれば意味を成す。


 それほどのまでの存在感。

 老兵は、戦いを勝ち抜いたからこそ年老いたのだ。


「……なるほど 」


 ふと、温もりの消えた血溜まりが震え上がる。


 それほどまでの、圧。

 世界は何かが来ることを警告していた。


 ハイエナを呼びたくば死体を作ればいい。

 つまり騎士を呼びたくば。


 事件を起こせばいい。


「円卓か 」


 蹴りにより吹き飛んだ扉。

 リシュアはそれを切り落としたが、その剣先は既に、黒い鉄塊に掴まれていた。


血濡れの騎士(アグラヴェイン)…… 」


「おや、老兵とは珍しい 」


 一瞬。掴まれた剣はリシュアの手首ごと消し飛んだ。

 その同時。もう一本の剣がアグラヴェインの首に迫るが、薄皮すら切り裂けず。


 老兵(リシュア)は燃え上がる炎をかき消すほどの雨。

 けれど円卓はすべてを呑む大海。


 文字通り格が違う。


「ふんっ!! 」


 リシュアはアグラヴェインの腹を蹴り、その反動で距離をとる。

 その勢いのまま加速。

 バッタのように屋敷の天井や壁をはね回る。


 リシュアの行動は騎士を抑制するための行動。

 もし攻撃が街中へ向かえば、一般人を巻き込むかもしれないという見えない脅迫。


 老兵の策。

 けれど所詮は虫。


 円卓にとってはか弱く目障りな存在に変わりない。


「っ!! 」


 アグラヴェインは地面を踏みつけた。

 波のように広がる衝撃。屋敷は大きく崩壊した。


(どこに )


 リシュアは目を離していない。けれどアグラヴェインを見失った。


「っ!! 」


 彼女は隣にいた。

 死をプレゼントするように、拳を振り上げて。


「ふん!!! 」


 しかし老兵。

 力だけの相手など飽きるほどに戦っている。


 手首の力を抜き、剣でいなした衝撃とともに回転。

 その勢いのまま放たれた剣先は、騎士の目を狙っていた。


 けれど鉄の刃は、アグラヴェインの牙によって噛み砕かれた。


(バケモノめ )


 人外の攻防に追いつくよう、瓦礫は落ちる。


 壊れ物が広がる跡地には、腕のない老兵と鎧を赤で彩る血濡れが残された。


「形式試合でしたら、私が敗れていましたね 」


 アグラヴェインは素直に負けを認め、目の前の男を殺すと決意した。


「ふっ。ならば地獄で自慢するとしましょうか 」


 老兵(リシュア)は片腕とは思えぬ所作で、丁寧に名乗りを上げた。

 それは()()()()()()()()


「リシュア・カタスラフィ。参りましょう 」

 

「円卓 サナ・カリナグラ 」


 凡人の体感では一瞬。

 人外から言えば、無限にも近いし圧縮された一瞬。


 振るわれた老兵の剣は、霧散した肉体と共に、空へ混じりあった。


 同時に、アジトに仕掛けられていた爆弾が起動。

 飢えた炎は追跡の証拠となるすべてを消し飛ばした。


「……覚悟の上か 」


 アグラヴェインは気がついていた。

 周辺に気配があることを。


(三人……いや四人でしょうか )


((気が付かれた…… ))


 隠れていたルースとヴィアラはすぐさま目を移した。

 舌を噛み、血をこぼし、鳴き声を噛み殺すノアを助けるために。


(……はぁ )


 けれど円卓は何もしなかった。

 口を拭いながら、散歩から帰るように元来た道を進んだ。


 ただの気まぐれ。

 けれども助かったことにルース達は安堵した。


 だがノアだけは、少女だけは、悲しみと不甲斐なさに苦しんでいた。


(また……私だけ、生き残った…… )


 助けられたという毒は、ノアの心を着実に蝕んでいた。





 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ