第五劇 遭遇
(う〜ん。見つからないねぇ )
夜道を歩くのは、アクセサリーと化粧で身を彩る赤髪の女性だった。
彼女の印象は柔らかい。
体を動かす度にふんわりと揺れる髪は可愛げを。
うっすらと浮かぶ笑みは妖艶さと儚げを。
それが暗殺者ヴィアラだと言うことも知らずに、道行く人々が彼女に目を奪われていた、
(ルース・リヴィエンタ……偽名じゃない事は確認とったんだけどねぇ。まさか裏で全く情報がないとは )
ヴィアラはルースの素性を調べていた。
が、裏での成果はなし。
残された場所は、表向きの場所しかなかった。
(表を隠れ蓑にする犯罪者は多いけど……普通偽名を使うよね? 協力者が居ても最近騎士の捜索が激しいらしいし……う〜ん。顔写真使うのも、仕事に影響出そうで微妙だなぁ〜 )
「探し物ですか? 」
「えっ? 」
目の前には、フードを被った少年が居た。
目の前に居たのに、声をかけられるまで気が付かなかった。
(誰っこの距離で気づかな殺し屋違う )
渦巻く思考の本流。
ヴィアラは酷く動揺していた。
彼女は裏で生き残った猛者。
仕事に気を取られている程度ならばこの世に生きていない。
彼女は油断していない。
なのに気がつかなかった。
それ程までに、目の前にいるものは異質。
「殺し屋さんですか。仕事帰りだったりします? 」
(バレたァ〜。なんで一発で? 手のひら見せてないよ? というかこの目……ハハッ )
ヴィアラを見る闇夜のような果てなき瞳。
彼女はその目を見たことがあった。
昼間。気まぐれに街を監視している時に、はるか遠くの自分を睨んだ目。
その黒い鎧の騎士と同じ存在。
言語化できないただの死。
格の違う捕食者。
(円卓だコイツ )
逃げようものなら、攻撃しようものなら。
すぐさま彼女は死んでいた。
けれど彼女は生き残り。
死ぬくらいならと口を回した。
「いいや? 人探しだよ〜 」
「殺すために? 」
「ち……違うよ〜。ただ、妙な人が居てね。ヒヒッ……ルース……リヴィエンタって人……知らないかなぁ? 」
言葉を紡げたことすら奇跡。
いつ首が飛び去ってもおかしくない状況。
そんな気が狂いそうな中で、必死にヴィアラは情報を探った。
そして円卓の騎士は。
顎に手を当て首をひねった。
「ふむ、リヴィエンタという人なら知ってますよ。着いてきてください 」
その提案に声すら出せず、ヴィアラは顔を隠す少年について行く。
「その人が何かしたんですか? 」
「なんて……言うのかな……あなたみたいに……異質で……探してる…… 」
「僕ってそんなに変人ですか? 」
「だって……格が違う。あなたが怖くない。だから怖い。気まぐれで、気付かず、殺されそう 」
「深呼吸したらどうです? 死にますよ 」
(無茶……言うよ…… )
気道を何度も詰まらせながら、ヴィアラはかろうじて呼吸する。
その行動しか彼女には許されていない。
そして連れて行かれた場所。
そこはただの空き家だった。
辺りには家が並び立っているのに、そこだけは空き家。
本棚に一箇所だけ本が詰まっていないように不自然な間。
そこはある騎士の墓場となった場所だった。
「数年前。ここで……とある円卓の騎士と、一人の女性が死にました。この家を保有していた人がリヴィエンタという姓を名乗っています 」
「……名は? 」
「リーズ。リーズ・リヴィエンタ。それがこの家で死んでいた一般人の名でした 」
(ルースじゃない……同姓? それとも家族? )
「ちなみに、彼女に親族や家族は居ません。犯罪に巻き込まれ、保護された過去のある人でした 」
(偶然? それとも何か関わりが? )
やけに協力的な円卓の少年。
それは強者の余裕であると、ヴィアラは理解していた。
「で? それを知ったあなたはどうします? 」
「帰らせて貰えたら……嬉しいな…… 」
「では一つ、質問をしましょう 」
フードで顔を隠す少年は、白い義手をチラつかせる。
それだけでヴィアラは死に近づいた。
「なんのために、人を殺します? 」
「生きるために。じゃなきゃ私が殺されてた 」
ヴィアラは即答した。
死の恐怖。それを乗り越えて。
「……そうですか。では、さようなら 」
その言葉がどちらを意味するか。
それは少年が消えてから明らかになった。
ただの、別れ際の挨拶だった。
「はぁ……ハハッ。ムリムリ……あんなの勝てるわけないじゃん 」
いつも無表情であるヴィアラでも、我が身を抱いて笑ってしまった。
ヨダレを垂らし、涙を零し、過呼吸になり、生きた喜びと拭えぬ死の恐怖が脳を快楽を掻き回している。
そのせいで、彼女は笑うことしかできない。
「生きてる……あ〜ははっ。アレに比べたらさ 」
そして隠れていた一人の男に目を向ける。
「ヒヒッ。お前なんか怖くないよ? 」
「勘弁してくれよ。俺もチビってんだからさ 」
物陰から出てきた男。
彼もまた半泣きで、肩を震わせていた。
二人はあの少年にとってはアリ。
地を這うことは許されても、目障りになればいつでも踏み潰されるだけの存在だった。
「とりあえず着替えたいからさ、要件だけ伝えるな。ケウラノスのボスに、ヘルヘイムからの招待状だ 」
(ヘルヘイム……あの自警団から? )
「応じるメリットは〜? 」
「フォルセダー、そして新型武器の提供だ。ちなみに俺は伝言役だからな? 殺さないでくれると助かる 」
「まぁお互い、ボスに聞いてからだね〜 」
「だな……じゃあ失礼する 」
男は両手を上げ、無抵抗を示したまま闇に消えた。
そして残された手紙。
それを手にとったヴィアラは、すぐさま自分のペンダントを手紙に近づけた。
(発信機、盗聴器の類はなし。金属反応もないし、この厚さならフォルセダーも入らないだろうねぇ。警戒するなら毒かウイルスくらいかな? )
これを持ち帰るべきかと彼女は迷っていた。
だが、今の自警団は満足が行く装備を手に入れられていない。
(まぁ。リシュアの判断に任せよう )
街灯の光を当て、手紙の中に何も入っていないことを確認したヴィアラ。
彼女もまた、闇の中へと消えていった。
カチッ
『久しぶり! 元気にしてる? 』
「うん……ちょっと疲れたけど元気。姉ちゃんの方は? 」
カチッ
『私は元気だよ。その……急に連絡してごめんね。帰りづらいんじゃないかと思ってて 』
「心配しなくて大丈夫だよ。僕は姉ちゃんを怨んでないし……あれは僕がした事だから 」
カチッ
『……そっか、無理しないでね。あっ。それとさ、最近噂とか聞いてなかった? 女の子が行方不明になったとか? 』
「……ねぇ。その子供って金髪だったりする? いやぁまさか……ハハッ 」
カチッ
『……うん。ごめんね、急に変なこと聞いて。それと……本当に、いつでも帰ってきていいからね。私はずっと待ってるから 』
「………………うん、待っててよ。ちゃんと帰るから 」
カチッ
『うん、またね 』
『ピッ 』
ルースは録音機の電源切った。




