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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
14/48

第四劇 正しき苦悩



 金属(かね)が擦れ、不協な音を奏でる。

 ここは明かりすらない廊下。


 そんな心もとない闇の中を歩くのは、一人の女性だった。

 いや、全身をまとう黒金の鎧は彼女がただの人ではないと示している。


 彼女は血濡れの汚名を背負う騎士。

 そんな穢れが今、とある扉に手をかけた。

 そして、


「あっ! それ押し戸で」


 思いっきり引いた。

 とうぜん扉は弾け飛び、落ちる木片はカラカラと音を奏でた。


「……もっと早く言ってください 」


「無茶言わないでくださいよアグラヴェイン卿!! 」


 金髪をなびかせる黒い鎧の騎士、アグラヴェイン。

 対して叫んだのはその部下。


 ランスロット隊所属 カナギ・レルタだ。


「それで、調査はどうだった? 」


「シッポは掴めず。けれど存在は把握しました 」


 青髪の騎士(カナギ)はメモと写真を、古びた机の上に広げた。

 汚い字。内容もそれ相応に雑。

 けれど要点はまとめられている。


「把握した自警団は三つ。そのどれに元騎士が居るかは分かりませんが、繰り返し調査すれば自ずと見つかると思います 」


「カナギ 」


 泥のような影が差す。

 アグラヴェインは近付いただけだが、ただの騎士であるカナギにとっては、それだけで息苦しい。


 アグラヴェイン。円卓の騎士。

 ただの騎士からすれば、存在としての格が違う。

 その機嫌一つで首が飛ぶ。


「な、なんですか? 」


「どうして自警団が問題になっているんでしたっけ? 」


「……円卓の会議で聞いてないんですか? 」


「会議は貴重な睡眠時間です。ところでこれ、なんて読むんですか? 」


 テーブルに手を置き、まるで何も分かっていないように首を傾げるアグラヴェイン。

 そしてカナギはこう思っていた。


(真面目ならカッコイイ人なんだけどなぁ…… )


「えっと、じゃあ問題になった事件の話をしましょう 」


 思考でトリプルアクセルをキメるカナギは、とりあえずあの事件。

 自警団が問題となり始めた事件について語る。


「問題は20年前。ある騎士が自殺したことから始まりました 」


 嫌な感情を押し殺すように、カナギは拳を握りしめる。


「彼は生前の任務で盗人を処刑したのです。その相手は八歳ほどの少女。今日食べなければ死ぬという程に、やせ細った子だったそうです 」


「その罪悪感で自殺したの? 」


「えぇ、遺書にはこう書かれていましたよ。

 『正義として、命乞いをする少女を斬った。隠れ家には彼女より小さな弟の死体があった。細かった。臭かった。人はこうなるのかと思った。正義とはなんなのか分からなくなった』と。それを提出したところ、騎士たちへこう問いかけました。正義とは何かと 」


「それで? 」


「その問いに迷うように、百人単位で騎士は辞職。新たな正義と称して自警団を築き上げました。個人的にいえば、そこまでは良かったんですがね 」


「あぁ。思い出しました 」


 声をあげるアグラヴェイン。

 それに頷くカナギ。


 二人の脳内には、共通した映像が浮かび上がった。


「コントロールを失った自警団は犯罪の温床と成り果てました。元が騎士ですからね、調査をかいくぐる術は十二分に持っていた。そして行為は大胆に、はてには無差別に人を襲う、ただの悪へと堕ちた。暴走した正義は歯止めが効かない 」


「確か、その事件から自警団への取り締まりが強くなって……その暴走が起こらないようにするため 」


「はい。俺たちの任務は、裏に蔓延る自警団を潰すことです 」


 カナギは写真に目を移す。

 そこには先日起こった、小さな火災についてまとめられていた。


「この火災場所、廃倉庫の癖に生活物資が残っていました。そして兵器を仕様した形跡もある。なのに、派手な爆発も抗争もなく、一夜で燃えてしまった。ここが怪しいんです。証拠隠滅で燃やすのなら、証拠が残るようになんてしないでしょう 」


「ふむ。この写真の傷は、間違いなく戦った後ですね 」


「そして自警団と言えど、情報がなければいけません。独自の情報網もあると思いますが、あまりに複雑にすると外に漏れるリスクがある 」


「なら単純な聞き込み……いや、人が集まる場所。酒場や店ですね 」


「えぇ。確定ではないですが、捜査する価値はある 」


 立ち上がった二人は、すぐさま二手に別れた。

 アグラヴェインは危険が積もる裏の奥へ。


 カナギはただの騎士らしく酒場へ向かう。

 その途中、彼はすれ違う人々をため息混じりに見ていた。


(コイツらの中に、犯罪者は隠れてるんだろな )


 カナギは騎士という在り方に、数々の不満を抱いていた。


 証拠の集め方。事件後の調査の手薄さ。殺すべき対象。

 そして、人を救えないことへの歯がゆさ。


(罪を犯した者はみな処刑……逆を言えば、事件が起こらないと俺たちは動けない )


 そう、対応の遅さ。

 巡回はしているものの、人が傷付けられなければ騎士は対応できない。


 もちろん巡回は抑止力にはなっている。

 だが犯罪そのものが無くなる訳じゃない。


(犯罪を無くすだけでいいなら、コイツら全員殺せばいいのにな )


 極端ではあるがそれは正論である。

 人が居なければ犯罪は起きないし、少なくとも犯罪が蔓延る場を焼き払わないのは、些か合理性にかける。


(まぁ。徹底はしても、恐怖による支配は独裁だよな )


 だが彼は分別が着いている。


 例えるなら手荷物検査である。

 男女問わず丸裸に、そして隅々まで検査。

 そして違反者は殺す。

 誰もが死を恐れ、裁きを恐れ、みな規律を守るようになる。


 これが恐怖による支配。


 手荷物を調査する機械を作り、危険性物質を見分ける設備を作る。

 規律を守る者には寛容に、危険物を持ち込もうとするものは厳しく、それでもなお罪を犯そうとすれば殺す。


 これが徹底。


 善人を演じる市民にすれば、徹底的に犯罪者を殺してもらう方が有難いだろう。

 けれど円卓都市の現在は、その両方にもなり切れていない半端な状態である。


(けど時間が足らねぇし、今できる事をやってても限界が来る。現にこの国の行方不明者は増えてるし、でもって、現行犯か犯罪だと証明しなければ悪を殺せない……このままで本当に良いのか? )


「危ないですよ? 」


「んっ? 」


 思考の本流から引き上げられたカナギ。

 彼はぶら下げられた看板の目の前で立ち止まっていた。


 誰かが止めてくれなければ頭をぶつけていただろう。


「あぁ、ありがとうございます。考え事をしてました 」


「いえいえ、頭をぶつけると痛いてすからねぇ 」


 えへへと笑う、首元を隠した使用人のような女性。

 その可愛らしい笑顔を見てか、カナギは毒気を抜かれてしまった。


「大丈夫ですか? 凄く悩んでたように見えましたけど? 」


「……少し仕事について悩んでましてね。でも大丈夫です。いつもの癖で、考えすぎてるだけですから 」


「癖で悩むって辛いですね…… 」


「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、本当にいつもの事ですから……では、お気を付けてお嬢さん 」


「はい! お兄さんもお気を付けて!! 」


 礼儀正しく頭を下げるカナギ。

 それにつられるように使用人の女性もお辞儀し、二人はそれぞれの道を進み始めた。


 カナギは酒場へ。

 そして使用人は目立たないように路地裏へ向かった。

 

「やっ。フェルムっちが言う通り、演技が上手だね〜 」


「なんで毎度、女装なんですか…… 」


 頬を指先であげるヴィアラ。

 それに涙目で文句を言うのはルースだった。


「似合ってるからね〜。タイプじゃないけど好きになりそう 」


「この職場セクハラばっかだよぉぉ 」


「ちなみになんか盗んだ? 」


「何も? 盗めるほど物を持ってませんでした。ただ……あの騎士は利用できそうですね 」


 その吉報を前に、ヴィアラは肩頬を嬉しそうに持ちあげた。




ーーー



 とある地下。

 人が数十人は踊れるであろう二階建ての会場は、カーテンのように透ける闇に包まれていた。


頭領(ボス)!! ここまでする必要はあるんですか!!? 」


 その中央。檻の中で怯える女性と子供。

 それを庇うように、黒服の男は銃を構えるボスへと立ち向かった。


 とある地下。

 けれど人数十人は入れるほどのパーティー会場に近い広さをしている。


「彼女は情報を話しました!! 殺す必要はないじゃないですか!! 」


「あぁ……そうだな 」


 銃を構えるは黒髪を雑に染めた男。

 彼の名はリルカマル。

 この自警団のボスだ。


「お前の言う通りだ……殺す必要などない 」


「そ、そうですよね。なボッ? 」


 黒服の男は血涙を流し、そのまま力なく倒れた。

 リルカマルが放った銃による効力だ。


 放つのは弾丸ではなくマイクロ波。

 言うなれば、脳のみを電子レンジの中に入れられたようなもの。

 沸騰した脳は穴という穴から止めどなく溢れている。


 それと同様に、リルカマルは涙を流していた。


「正義とは理解されないものだ……救われた者は正義を当たり前だといい、救われぬ者は正義を呪う。だからこそ、この孤独は私を正義だと示してくれる 」


 何気なく。

 ドアノブに手を伸ばすように、リルカマルは銃口を女性へと向けた。


 女性は怯えながらも子供を抱きしめる。

 けれど銃弾は放たれた。


「っ!? 」


 そう、銃弾だ。

 放たれたそれは、リルカルムの銃をはじき飛ばした。


「酒場が怪しいと思ってたら、まさか地下に本部があるとはな 」


「銃……どこの者だ? 」


「これでも騎士だ。汚名を背負ってるがな 」


 2階から飛び降りたカナギ。その両手には、銃身のついていない銃が握られていた。


「ランスロット隊所属……いや、お前らは覚えなくていい 」


「やれ 」


『『『フォルセダー 起動 』』』


 闇から現れたローブの三人組は、義手をカナギへと向ける。

 赤き炎。紫電。毒の霧。

 同時に放たれた三色の死。


 対してカナギはトリガーを引く。

 それだけで空気は逆巻き、毒の霧と一人の顔を消し飛ばした。

 けれど残った炎たちはカナギに炸裂。


 闇の中に光を撒き散らした。


「チャージ 」


 けれど一言。

 それだけで炎たちは、カナギの銃へと引き寄せられる。


 そして炎雷(えんらい)は、赤黄(せきおう)の銃身へと変わり果てた。


「お返しだ 」


「っ!! 」


 はね回る雷は二人の眉間。そしてリルカマルの両足を貫く。

 空気を混ざり暴れ狂う業火は、的確に檻だけを呑み込んだ。


「騎士であるのに、銃を使うんだな 」


「こっちの方が人を救えるんでね 」


 倒れたリルカマル。

 その眉間へと銃口が向けられる。


「テメェは確保する。色々と聞きたいことがあるからな 」


「正義は理解されぬ 」


 カナギの優勢。だが誤算。

 目を焼かれた執行者(リルカマル)は既に、死を恐れていない。


「ゆえに私は絶対だ 」


 ガチャガチャと辺りを取り囲む音。

 二階部分に敷きつめられるように現れたローブの者たちは、無数の銃を構えていた。


 その銃口は一階に居るカナギへ。

 ではなく、人質にされた女性へと向けられた。


「クソっ 」


 カナギが走り出した瞬間、数多もの死が降り注ぐ。


(思考を絶やすな。必ず救え!! )


 カナギは駆ける紫電をチャージ。

 雷を放ち跳弾で全ての敵を貫く。


 炎と空気をチャージ。氷結と毒は、熱風で吹き飛ばす。


 鉛の雨。

 それは体で受ける。


 リルカマルは全身を鉛で貫かれ死んだ。

 けれどカナギは、人質二人を守りきった。


「撃て! 」


 無情にも追撃。先よりも密度の濃い弾幕。

 けれど床に倒れたカナギは焦っていなかった。


「俺は凡人だ 」


 死色の雨の中。

 カナギはタバコに火をつける。


「だからこそ、思考の限りを尽くす 」


 タバコに付いた火は弾道をなぞるように引火。

 そして爆ぜた雷は、爆発と共に二階すべてを吹き飛ばした。


「な……何が 」


「飛ばした空気の酸素濃度を操作。火による導火、その中へと放電。まぁ、科学を学んでおくべきだったな 」


 カナギは一発の炎弾を打ち上げる。

 それは降り進むにつれ小さく分裂。つぶては生き残った敵の頭を同タイミングで貫いた。

 

「……ふぅ。大丈夫ですがっ? 」


 カナギの腹を穿いたのは、小さなナイフだった。

 その手を握るのは子供。

 人質として捕まっていた少女だった。


(あ〜……子供が人質にしてた方が得だもんな。助けに来た奴が、こうして油断する )


「ごめんなさいごめんなさい 」


 それだけで動けなくなるならば、カナギは騎士になれていない。

 けれど彼は子供を殺せる人間ではなかった。


「あっ、どうしたら……どうしたら!! 」


 泣きながら腹を何度も差す子供を受け止めるように、無抵抗のままカナギは刺され続ける。

 けれど次の瞬間、


「……クソ 」


 カナギは子供を後ろに突き飛ばした。


「……えっ? 」


 瞬間、カナギの腹を新たな剣が貫通する。

 彼が動かなければ、子供ごと腹を貫かれていただろう。


「庇ったか……見事な精神だな 」


「うるせぇ死ね 」


 腹を穿いた伏兵は、すぐさま剣を振りあげようとする。

 だがその体は、赤い霧となって霧散した。


「……遅いっすよ 」

 

「すみません。その傷は縫うか焼くかしてください 」


「凡人がやれる事はしました。後は頼みましたよ、アグラヴェイン卿 」

 

 カナギを庇うように現れた黒い鎧の騎士。

 未だ闇に紛れる伏兵たちは、動けないでいた。


 理由は単純、異様だからだ。

 人が霧となって死ぬ。なぜ? 何をして?


 その答えを、伏兵たちは見い出せなかった。

 その遅れが命取り。


「……? 」


 伏兵の体は霧散し、鼓膜が破れるほどの炸裂音を響かせた。

 投げられた死体によって。


「……!! 」


 異様。

 伏兵たちはすぐさま逃亡を選ぶ。


 けれど動かした足は地面に着くことは無い。

 その前に体は霧散するのだから。


「なんっ」


 引きちぎられ投げられた手足。

 それは音速を越え、人を赤い霧へと変えていく。


 その騎士は人を好んで使う。

 なぜか? 腕力が強すぎるからだ。


 石を投げれば家を貫いてしまう。

 ナイフを投げれば都市を。

 剣を投げれば国を。


 その点、人は脆い。

 壁にぶつかれば潰れてくれる。

 そこで止まってくれる。


「この」


 無謀にも、天井から一人の奇襲。

 アグラヴェインはその足を掴み、手加減しながらも振りかぶる。


 鞭は、先端に一番負荷がかかる。

 彼女はそれを人でやる。


「おっ!? 」


 弾け飛んだ人。手に残った足は投げられ、新たな死体が手に入る。


 次元が違う。

 格が違う。

 強さが違う。


 これが血濡れ。

 これが円卓。

 その騎士の名はアグラヴェイン。


 彼女は強すぎる。

 彼女が本気を出せるのは、国が滅んだ後であろう。



「終わりました 」


 戦いの後に、死体はなかった。

 壁に染み付いた赤だけが人が居たと示し、生き残った騎士を血濡れとする。


 そこに善悪など無く、被害者と殺戮者という二つの結果のみが残った。


(当たり前だけど……次元がちげぇ )


 腹を焼いたカナギは、自らの無力さを痛感した。

 けれどそんな事はつゆ知らず。


 アグラヴェインは手を差し出した。


「大丈夫ですか? 」


 それを掴んでカナギは立ち上がる。


「えぇ。失血はそこまでしてません……まぁ内蔵はマズイですけど。というか今までどこ居たんですか? 」


「裏をぶらぶらと。なぜか騎士だとバレて、話すら聞けませんでしたが 」


「……鎧着てるからじゃないですかね 」


「……なるほど 」


 納得したように頷くアグラヴェイン。

 対してカナギは、その天然さにドン引きしていた。


(ほんとこの人ぉ…… )


「ところで 」


 血濡れの目は少女に向けられた。

 自分と同様、同じく血まみれの子供へ。


「その子は罪人ですよね? 」


「っ!! 」


 すぐさま立ち塞がったカナギ。

 そして人質だった女性。


 けれどその女性の背中には、少女のナイフが突き刺さった。


「っぐ!? 」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい 」


 涙を流しながらもう一度背中を刺そうとする少女。

 そのナイフは、アグラヴェインが弾いた石ころによって消し飛ばされた。


「私は加減が下手です。どいてください 」


「……いいえ 」


「ま、待ってください 」


 刺された緑髪の女性は、痛みを食いしばりながらも立ち塞がる。


「まだ……子供です、更生できるハズです。見逃してください……お願いします 」


「お断りします 」


 その必至なお願いを、アグラヴェインは跳ね除けた。

 すぐさまカナギは円卓の肩を掴んだ。

 もう片方の手は女性をしっかりと支えている。


「何故です? 今ならまだ、保護した子供だと偽れる。なのに」


「更生とは価値観の否定です 」


 カナギたちは情を見ていた。

 けれどアグラヴェインだけはずっと、目の前の謝り続ける子供を見ていた。


「あなた達が犯罪者としか生きられなくなったら、それは救いと言えるのでしょうか? 今までの人生が間違いだと突きつけられることが幸せなのでしょうか? 」


「でも更生できれば」


「それは結果が出てからの話でしょう 」


 それは誰しもが理解できる言葉ではなかった。

 けれど迷い続けるカナギだからこそ、その言葉は重くのしかかってしまった。


「出来なかった。犠牲者が出た。失敗した。その結果出てからじゃ手遅れです 」


「……っ 」


「で、でも」


 二度目はなかった。

 アグラヴェインは女性をカナギへと託し、そして少女の前に立った。


「ご、ごめんなさい 」


「大丈夫ですよ。怒ってなんていません 」


 アグラヴェインは鎧を落とし、古傷だらけの体で少女を抱きしめた。

 少しでもこの体温が伝わるように。

 凍えた少女の心が、少しでも温まるように。


「うそ……おこってる…… 」


「痛いことなんてしません。大丈夫、胸の音だけ聞いててください 」


 アグラヴェインの声に、言葉に、体温に。

 少女は身を委ねた。


 そして二人は見た。

 アグラヴェインに抱きつく少女の口の中を。


 舌は焼き切られ、歯すらも抜かれていた。


「……!! 」

 

「おやすみなさい。いい夢が見れますように 」


「……うん 」


 少女の額にキスをしたアグラヴェイン。

 そして静かな暗闇に、骨の砕ける音がした。










 




 円卓都市。

 月光が反射するほどの白花が乱れる墓場に、血濡れの騎士は静かに黙祷を捧げていた。


「アグラヴェイン卿 」


 その背に声をかけたのはカナギだった。


「身体の方は大丈夫ですか? 」


「はい……俺も祈りを捧げていいですか? 」


「……どうぞ 」


 膝を付き、手を合わせるカナギ。

 その墓はあの少女の物だった。


 通常、犯罪者に墓は用意されない。

 徹底的に焼かれ、灰は捨てられ、名も知らぬ草木の栄養となって忘れられる。


 だがアグラヴェインの配慮によって、この地区のみに墓を建てる事が許された。


「……アグラヴェイン卿 」


 祈りを終えたカナギは、迷いながらも頭を下げた。


「今日はすみませんでした。目の前の少女を、俺は見ていませんでした 」


 彼はこの謝罪が形だけだと思っていた。

 なぜなら失敗したのは事実だから。


 けれど自刃するのも違う。

 アグラヴェインに命を委ねるのも、罪滅ぼしにはならない。

 だからこそ、彼は迷っていた。


 カナギは真面目すぎている。


「あなたは……あの少女を殺すべきだと思いましたか? 」


「……いいえ 」


「私も殺さないべきだと思いました 」


 その言葉に、カナギはさらに迷った。

 どういう表情をすれば分からなくなったからだ。


 けれどアグラヴェインは静かに、墓に埋まる彼女を見ていた。


「けれど、分かりませんでした。舌を焼かれ、歯を抜かれた彼女が、今さら正しい道を歩めるのかどうか。苦痛の炎を揉み消したところで、心の痛みは消せるのだろうかと……今も迷っています 」


「……結局どうしたら、良かったんでしょうね 」


「分かりません。だからこそ私は迷い続けます 」


 アグラヴェインはもう一度目を閉じ、そして少女の生前の姿を思い浮かべた。

 そして殺した自分を、今一度呪った。


「正義に正しさはありません。けれど、それを背負うと決めたのは自分ですから。誰を殺し、誰を救うかを永久に悩み続ける。それが血濡れである私の責任です 」


 結果論で言えばどうとでもなる。

 けれど人の生死は結果が出てからでは遅い。


 だからこそ、彼女は自分の選択を疑い続ける。

 その覚悟があった。

 責任を自ら背負った。


 その自罰的な高潔さが、ただの騎士(カナギ)の心をえぐった。


「……… 」


「では私は巡回に行きます。あなたはゆっくり休んでください 」


「…………はい 」


 そうしてアグラヴェインは夜の街へと消えていった。


 一人になったただの騎士。

 彼は苦しんでいた。


 自らの無力を呪った。

 自らの浅はかさを呪った。

 目の前の少女すら見えていなかった自分を呪った。


 答えを出して、楽になろうとする自分を呪った。




 時に人は、答えを出して楽になろうとする。

 それは逆に、最も自分を苦しめる答えになることも知らずに。

 

 



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