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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
13/48

第三劇 腹黒の虫



(あー……疲れました )


 作戦を終えたルブフェルムは、ボスの部屋でくつろいでいた。


 勝手に飲み物を出し、勝手にボスの椅子に座り、風呂上がりのびしょ濡れの髪で、カーペットにシミを作っていた。


(高い椅子って良いですね〜。これも借りパクしましょうか )


「おい 」


 怒り声とともに扉が開く。

 そこには部屋の(ボス)である少女(ノア)が、血管を浮かべて笑っていた。


「何してるクソメイド? 」


「掃除をしていました 」


「……はぁぁ 」


 悪びれなく嘘をつくルブフェルム。

 ノアは髪をぐしゃぐしゃにし、怒りを抑えながらも部屋の隅へと愚痴を吐いた。


「お前らもどうして止めない? 」


 パカりと空いた隅の天井。

 そこから落ちてきたのは、赤い髪に黒い裏染め(メッシュ)を施した物静かそうな糸目の女性。

 彼女の名はヴィアラ。

 ボス直属の暗殺者だ。


「だって〜? フェルムっちはゆうこと聞かないじゃないですかァ!! というか私もサボりたいです〜、ジュース飲みたいです〜 」


 ヴィアラは無表情のまま頬に手を当てる。

 彼女は笑っているつもりなのだ。


「はぁぁ……ちなみにリシュア。お前は? 」


 部屋の影から無音で現れた白髪の老兵。

 彼は軽蔑するような目を、冷蔵庫を漁る二人に向けた。


「バカは死ななけらば治りませんので…… 」


「………… 」


 イライラが有頂天にまで駆け上がったノアは、自分の上着を地面に叩きつける。

 そして深呼吸をし、平常心をなんとか保った。


「……今日の会議を始めるぞ 」


 その重々しい言葉に、ふざけていた二人。そして老兵は席へと付いた。


 ノアが言う会議。

 それは毎日行われている日課のようなもの。


 彼女らにとって会議とは、組織という脆い体を検査するようなものだ。


「リシュア。新人たちはどうだ? 」


 ノアの言葉を待っていたように、リシュアは紙束を差し出した。

 紙には目が痛くなるほどの密集した文字。

 それが68枚も重ねられている。


「正直に申しあげますが、あまりにも弱いですね。力量に優れた者は多いですが、みな身の安全に執着してばかり……まぁ、待遇目当てで入った者が多い印象です 」


「誰も死地へ向かいたがらないのは当然だ。自分の命……惜しいものだから。だが裏切り者は許さない 」


「えぇ。横領に加担した六人は既に始末しております 」


「分かった。ではヴィアラ 」


ジュース飲んでるので(ふーすほっふぇるほへ)待ってください(ふぁっふぇくふぁさい)


 ストローを噛み、呑気にくつろいでいるヴィアラ。

 もちろんノアはキレているが、彼女を簡単に殺せない理由がある。


 それは単純、彼女は有能なのである。


「けふっ……麻薬組織、フェルムっちの襲撃から生き残った残党を見つけました。で、一人を除いてみんな殺しときました 」


「……その残りの一人は? 」


「女性の科学者ですね。調査段階では役職不明でしたが、たぶんあの子がボスですね。だって偶然じゃ私から逃げられませんも〜ん 」


「お前が生きてるのは、取り逃したと伝えるためか? 」


「いいえ? 」


 ヴィアラは無表情なまま、写真を机にばらまいた。

 その写真には細かな役職。そしてどの派閥かを示すマークが記されている。


「麻薬組織壊滅後、動いた組織をすべて把握しときました。深く調べれば分かると思いますけど、たぶん麻薬の金で色々していた組織ですね〜。次のターゲットにでもしてください 」


「……そ」


「ちなみに騎士も動いてました 」


 今度は丁寧に置かれた写真。

 そこには茶色い帽子をかぶる、銃を使う騎士が写し出されていた。


「ランスロット隊所属 カナギ・レルタ。彼が自衛団について調査してるのも確認済みです。このまま行けば必ず、円卓が来ますよ 」


 忠告するように写真を差し出すヴィアラ。

 その報告をノアは重々しく受け止った。


「……分かった。報告感謝する 」


「い〜え〜。あっ、フェルムっち私もお代わり! 」


 重々しい態度から一変。

 ヴィアラはケラケラと笑いながら、2本目を飲むメイドへグラスを掲げた。

 その態度に誰も文句は言えない。


「ボスも入りますか? 」


「……りんごのを頼む 」


 やっとメイドらしい事をしたルブフェルムは、手馴れた手つきでジュースを注いだ。


 グラスに注がれた半透明なりんごの果汁。

 それを一飲みし、ノアは気になっていた本題に入った。


「それで? あの新人はどうだった? 」


「まぁ……使えますね。けれど」


 ルブフェルムはメイドであり掃除屋でもある。


 裏切り者に死を。邪魔者に死を。

 その仕事を続け、五体満足で生き延びた。

 それ程までの実力派。


「なんと言いますか……不気味? 異質? 何を考えてるか分からない? 」


 そんな彼女ですら、ルースの本性にたどり着けていない。


「何か余計なことをしたのか? 」


「いいえ。任務には意欲的そのもの。そして人を観察する能力は、私が見てきた中で随一です 」


「う〜ん? 優秀ならいいんじゃない? 」


 ヴィアラの言うことは最もだ。

 組織であるのなら、優秀な人材ほど貴重なものは無い。

 けれどルブフェルムにとっては、それが逆に異質。


「優秀過ぎるんです。まるで彼の都合のいいように転がっているような……そんな違和感がずっと背中に感じるんです。彼は何者なんですか? 」


「……フェルムっちがそんなに言うなんて珍しいね〜。私が調べよっか? 」


「えぇ、お願いします 」


 ルブフェルムとヴィアラは、ルースを警戒することを決意した。

 けれどノアはその逆を考えていた。


「……そこまで警戒する必要はあるか? あの首輪がある時点で、主導権を握っているような物だぞ? 」


 ノアはチラリと老兵(リシュア)を見た。

 その意図を察するようにリシュアは代弁する。


「えぇ、彼の首輪には盗聴器と心拍確認機能が付いております。嘘があれば分かりますし、何か怪しげな事をするものなら、すぐさま爆発が可能でございます 」


「それ聞いて考え変えるけどさ、私は彼を殺した方がいい気がする 」


「何故ですかな? 」


「だってさ、いつ爆発するかも分からない爆弾だよ? それを首に付けられたんだよ? なのにいつも通り動けて優秀だなんて、それこそ異様じゃん 」


「……ふむ 」


 ヴィアラの言葉は確信をついていた。

 が、やはりルースの正体を見破る決め手にはならない。


 ただただ異様。

 そして有能。


 そんな違和感のような疑心だけが積もっていく。


「私は彼を捨てる気は無い 」


 けれどノアだけは覚悟していた。

 ルースという毒を飲むという覚悟を。


「ただでさえ組織の質が落ちているんだ。このままではほか勢力に狙われる……いや、最悪すべての罪を背負わされ、ただの悪党として粛清されるだろう。そんなことは許されない。どのような危険があれど、私はこれ以上組織の力を弱めたくはない 」


 ノアの言葉には重みがなかった。

 様々な経験をした上でことを成す、大人としての重みが。


 けれど、熱く焼け爛れるような決意はしっかりと言葉に乗っていた。


「ボスの命令です。逆らうことは許しません 」


 それを支えるように、リシュアは付け加える。

 それに二人も頷いた。


「ボスの命令なら仕方ないね〜。でも、私は警戒するよ? フェルムっちもそれでいい? 」


「えぇ、彼の裸は凄く好みですから。殺さないだけ嬉しいです 」


「出た〜、フェルムっちの性癖〜。手術痕とかなかった? 」


「えぇ。傷一つない綺麗なものでしたよ 」


「私も見たい〜 」


 変態共の悪ノリトークに、リシュアは頭痛に耐えるような顔を。

 ノアは大きなため息をついた。


「とりあえずヴィアラはルースの身辺調査を始めてくれ。ルブフェルムは引き続きヤツの手網をにぎれ。リシュアは次の任務の準備を 」


「「「了解 」」」


 そうして大人たちは、自らの責務のために行動を始めた。

 そして一人。

 少女(ノア)は用意されただけの椅子へと座る。


 背中に感じる父の面影。

 少女は目を閉じ、誰にも聞こえないように呟いた。


「父さん。母さん。私は……上手くやれてるのかな? 」


 それは助けを求めるような声だった。

 けれど誰にも聞こえない。


 彼女を助ける者は誰もいなかった。



ーーー



 一方で、


「すげぇお湯! お湯出てる!? 」


 ルースは案内された風呂場ではしゃいでいた。

 何も身につけない丸裸で。

 誰もが油断するように子供らしく。


(盗聴器はある。カメラは無いかな? まぁあっても、天井くらいだろうなぁ )


 温かなシャワーを浴びながら、ルースは喉に隠していた小さな袋を吐き出した。

 その中に入っていたのは録音機。

 自分の心音を記録したものである。


「あったけ〜……気持ち〜 」


(電源はまだある。まさか証拠取りのための録音機が、こんな役に立つなんてなぁ )


 また袋を飲み込むルース。

 その姿は天井のカメラからは見えていないし、飲み込む異音もシャワーの雑音に紛れている。


「というかあのメイドさん……怖い 」


 こう独り言を呟いているのも、本性を悟られないためだ。

 上辺を弱くみせ、演技する。

 自分は弱く、清く、何者にでも染められるように無垢であると。


 彼はそうやって生き延びてきた。


(いやマジであの人怖い……なんであんな性的な目で見てくるの? )


 けれど今回に限っては、ルースは本気で恐怖していた。


「なんで女装させられたんだろ…… 」


(あっ、裸見て手術痕ないか確認するためか。体の中に何も隠してないかの確認……いやメイドにする必要なくない?? )


「というかあれ、タイミング悪かったら襲われてたよね…… 」


(なんで? 確かに女装したら襲おうとしてきた男居たけどさ!? 女性から襲われるの初めてだよ!!? いや何か裏が……裏が…… )


 彼の優れた観察眼は既に答えを見出していた。

 彼女のアレが性欲由来であると。


 足元に感じる妙な寒気。

 目蓋の闇にすら映る捕食者の笑み。

 そして裸である自分。


 彼の今の状況は、魚が自らを鯖いて塩をふりかけたようなものだ。


「……出よ 」


 怖くなったルースはすぐさま風呂場から出た。


「おやおやカワイイパンツ履いてるね〜 」


「いやぁぁぁ!!!? 」


 そこにはルースのパンツを覗き見る変態。

 もとい無表情のヴィアラがいた。


(あの暗殺者!? なんでパンツ見てんの!? )


「フェルムっちが言ってた通り、綺麗な体してるね〜。女の子みたい 」


「えっ、いや……どう……も? それ返してくれません? 」


「ダメだよ〜。持ち物検査しなきゃだからね〜。サイズは小さいな 」


「たぶん小さくないですから!? 」


「今見たね 」


 ヴィアラは袖の下から銃を見せていた。

 ほんの一瞬。一般人が見れば、それが銃だと気付かないほどの時間。


 けれどルースは目で追っていた。

 それがヴィアラにバレた。


「そりゃあスリしてましたからね。一瞬で金目のものを探さないと 」


「私も裏で生きて長いからさ〜、人を見る目はあるんだよ? 指先、体の傾き方、表情の動かし方。それはキミを盗っ人だと示してる。でもさ 」


 ヴィアラは体を押し付け、ルースの薄い腹へと銃口を押し付けた。

 けれど彼は反応しない。

 じっとヴィアラを観察してる。


「キミの目は死を見慣れ過ぎてる。殺し屋でもやってた? 」


「いいえ。()()()と違って、僕には向いてない 」


 この状況でも自分の観察眼をアピールするルース。

 対してヴィアラは、指先で自分の頬を持ち上げ、普通では無い笑顔を浮かべた。

 

「フェルムっちの言う通り、キミの観察眼はほんとに優秀だね〜。どこ見たの? 」


「手の形ですね。人差し指を常に立てている……日頃から銃を使ってないとそうはなりませんよ 」


「ちゃんと意識して隠さないとね〜。参考にさせてもらうよ 」


 ヴィアラは銃をしまい、丸裸のルースから体を離す。

 そして無表情のまま、ヒラヒラと手を振った。


「優秀な人材が入って嬉しいよ〜。でも、裏切りは許さない……そこは理解しといてね? 」


「もちろんです 」


 肩頬を指で持ち上げるヴィアラ。

 それは別れの笑顔だった。


 彼女は洗面所から消え、素っ裸で仁王立ちをしている変態男子ルースだけが残った。


「……おっかな!!? 」


(でもこのくらい警戒されてるってことは、少なくとも用無しで切り捨てられることは無いね )


 ルースの目的。自分の価値を証明するという試みは成功した。

 ボスが相当な馬鹿でなければ、彼はかなりの高待遇を受けられるだろう。


 有能な駒は奪われないようにするべきなのだから。

 

(さぁて、着替えるか )


「んっ!? 」


 一安心したルースは着替えに手を伸ばす。

 だが無い。


 自分の肌着が。そして下着も。


「えっ! これからノーパン!? 」


 何もできないルースは、下着を付けずに一夜を明かした。

 そしてこう誓ったのだ。


 次からは下着は肌身離さず持っていようと。



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