表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
12/48

第二劇 重なる仮面



「仕事です 」


「えっもう!? 」


 自衛団に飼われて一時間後。

 ルースはさっそく仕事に駆り出されていた。


 雑音一つ通さない防音室の中に閉じ込められた。


「で……これは? 」


「麻薬組織のリストです。あなたにはこれをすべて覚え、彼らの組織図を予想してもらいます 」


 ノアの護衛であり、メイドでもあるルブフェルムは、ぽつんと置かれた机に資料をばらまいた。


 その一枚一枚には顔写真と細かな仕草まで書かれている。


「ここ最近、この街では麻薬が横行しています。ですが、騎士たちは密売人の確保に手間取っています 」


「えっ、なんで? 」


「未知の薬物ですので、それが有罪だと証明する証拠にならないのです。あまりにも強い規制をしてしまえば、民間の薬ですら販売不能になってしまう。そのような事から、満足に逮捕できない状況。ですが中毒者は増える一方。なので私たちケウ…………自衛団が排除するという感じですね 」


(やっぱダサいと思ってるんだ…… )


「……他に質問はありますか? 」


「はい! 僕、文字が読めません!! 」


「……はい? 」


 ルースの首輪には、心拍数を測る機能が着いている。

 つまり、嘘や動揺を瞬時に見抜くことができる。


 ボスのメイドである彼女もそれを確認する術を持っているが、結果は反応なし。

 ルースは嘘をついていない。


「……あれ! これ僕始末されません!? 使えねぇゴミだ的な感じで!!? 」


「まぁ……されますね 」


「終わったァァァ!! 死にたくなぁァい!! あ待ってこうしてください!! 」


 ルブフェルムへと縋り付き、ルースは泣きつくように頭を下げた。


「この人たち観察させてくれませんか!? 見れば僕、分かりますので!! 」


「つまり……ここから出せと? ダメです、脱獄する可能性があります 」


「ぶっちゃけこの爆弾なければ逃げますけどねぇ! でもこのままここに居ても死ぬだけじゃないですか! だからお願いします! 」


「……分かりました。ですが忘れないでください? 」


 ルースはひょいと防音室の壁へと投げ飛ばされ、ルブフェルムの足はその股下を蹴り抜いた。


 そして、どこからか現れた極細の長いナイフ。

 髪の毛のように透き通る刃物が、ルースの左目に突きつけられた。


「私は監視ではなく、裏切り者を殺す命を受けています。あなたが裏切り者だと判断した場合には……分かりますね? 」


「も、もちっす! てか怖いんですけど!? 」


「では行きましょうか。あぁそれと、首輪が目立つのでこちらに着替えてください 」


 そうしてルースたちは街に降りた。

 人が作り出した魔境と呼ばれる裏の街へ。



「あの……マジでこの格好なんですか?? 」


 その街の端にポツンと立っていたのは、白と黒が点滅するようなメイド服を着た少女だった。


 白いタイツはきっちりと太ももを引き締め、その足を見た者は、言葉よりも先に衝動が込み上げるほど魅力的。


 その可愛らしくも魅力を含んだ少女は、女装したルースだった。


「えぇ。体格も細いですし、お似合い……ふふっ、ですよ 」


「笑ってんじゃないですか!! 」


 頭飾り(ブリム)を揺らしながら起こるルースの首からは、鈴付きのチョーカーがチリンチリンと音を鳴らしていた。


 ちなみにルブフェルムは、目立たない男性もののスーツを着ている。


「もっとこう……他に無かったんすか!? 」


「目立つ格好の方が、逃亡した時に分かりやすいでしょう? あと、私は女装した男性が好きです 」


「趣味じゃん!! 趣味じゃんおばか!! 」


「それでは監視を始めましょうか 」


「おいこらァ! マジで無視してんじゃな」



 チリンチリンと鈴を鳴らすルース達は、一人の男を観察に向かった。

 そこは街のど真ん中。魔境の中心の闇市場。


 その更に中央に立つのは、怪しげな長身の男。

 黒ずくめ。その言葉が似合うのは彼しか居ないほど、ローブも帽子もサングラスも髪すらも黒い。


「彼のコードネームはホワイト。彼から薬を買ったという報告が多数あり、事件現場にも彼を見たという情報もあります。私たちが追おうとしても簡単に姿をくらませるほどのやり手。予想ではかなり上の地位だと思われます 」


「いやあの人、下っ端ですね 」


 ルースはすぐさまルブフェルムの考えをぶった切った。


「なぜそう思うのです? 」


「まず目線が露骨。見てください、あのマッチョの男に声掛けますよ 」


 ルースの言葉通り、闇市場を歩く露出の激しいマッチョは黒ずくめの男に声をかけられ、ほの暗い路地裏へと消えていった。


「……未来予知でもできるんですか? 」


「いいえ? でも予想はできます。あぁいう強さを見せびらかす人ほど、自分は大丈夫だっていう自信を持ってるんです。だから一発で中毒にできる薬物とかに依存させやすいんですよ 」


「……なるほど。ちなみに密売の経験は? 」


「ありませんね。スリしかやったこと無いです 」


 細かな会話でも、ルブフェルムはルースを警戒していた。

 だが心拍数の変化はなく、ルースの言葉が嘘ではないと示している。

 けれどそれが、逆にルブフェルムの警戒心を研ぎ澄ました。


(ただのスリが、ここまで人を見る目が育つものてすかね? )


「あっ、商売が終わったみたいですよ 」


 足取りが浮つくマッチョの男。それを笑顔で見送る黒ずくめの男。

 何やら二人の間ではいい事があったようだ。


「それと、向こう側で何か大きな音だせます? 」


「出せますが……なぜ? 」


「あいつの逃走ルートを確かめたい。それと、麻薬組織を排除するならもっと簡単な方法があるんですよ 」


「……良いでしょう。ちなみに失敗すれば殺しますからね? 」


「やっぱ願う時間くれません? 」


「行きますよ 」


 有無も言わせず投げられた小石。

 それは闇市場の看板にぶつかり、銃声にも似た金属音を響かせた。


 それに対し、ある者は反射的に胸元の武器を取り出そうとした。

 ある者は腰へ手を。

 ある者はしゃがむ逃避行動を。


 黒ずくめの男は、音へ反応しながらも体はある路地へと傾けていた。


「見つけた 」


 静寂の中で、(つけ狙う者)は呟いた。


「おいなんだ今の? 」

「武器の音か? いや……なんだ今の? 」

「まぁ大丈夫だろう。騎士が出た訳でもあるまいし 」




「で、分かりましたか? 」


「えぇ、逃走ルートはなんとなく。あと騎士が居ますね、今の音で剣を抜こうとした人が居た 」


 その答えに、ルブフェルムは恐怖にも似た感情を抱いた。

 視野の広さ。一瞬で情報を救いとる判断能力。

 そして違和感。


 自分が必死に走る道が、誰かによってループさせられるような違和感。

 それが脳裏にチラついた。


「あの……どうします? 」


「っ!? 」


 気弱さそうなルースの声に、ルブフェルムは気を取り直した。


「騎士が居るのでしたら引きます。円卓の騎士を呼ばれれば終わりですから。彼の逃走ルートが分かったのでしたらここで」


「いえ、それだと僕が困るんです 」


 怯えるルース。

 その言葉に、彼女は困惑した。


「例えばほら、アイツの逃走ルートが4つ5つだとするじゃないですか。それを毎日変えてると。そうなったら……僕が嘘ついてる事になるし、事実確認をしてる間に、信用なくなったらその場でボンッですし……なので、僕に賭けさせて貰えませんか? 」


 言いくるめるように、まるで害など無いように。

 油断という致死毒を含んだ手は、そっとルブフェルムの手を包み込んだ。


「一芝居打たせてください。そうすればヤツらのアジトがわかる 」


 


ーーー



(はやく仕事終わんねぇかなぁ )


 疲労を含むため息を吐きながら、黒ずくめの男はポケットの中にある金をイジる。

 彼の名はシルフ・ガーリナ。


 彼は怪しげな雰囲気と逃げ足の良さを買われ、密売人として働いていた。


 役職にいえばアルバイトに近い。

 薬屋から麻薬を受け取り、それを規定の場所で売り、異変があれば逃げるという仕事。


 危険はあるが給料がよく、賢い薬屋の策は彼を裏切ったことは無い。

 シルフにとっては天職だった。


(さて。薬も売れたことだし、そろそろ)


 今日までは。


「動けば殺します 」


 シルフの首の中に、痛みのない冷たさが差し込まれた。


「っ!! 」


「裏の住人ですから分かりますよね? この殺し方。極小の針を首に刺し、上へ突き上げ脳幹を掻き回す 」


「説明どうも……とりあえず目立つから路地に行こうぜ。お互い騎士にあったらまずいだろ 」


 焦ってはいたが、シルフは冷静さを失ってはいない。


(目的は? すぐ殺されないってことは情報が目的か? いや、とにかく時間を稼げ。隙を見てこれを撃ち込む )


 彼も裏の住人。

 この程度で冷静さをかくようでは、生き残りにはなれていない。

 たが、


「ゴボッ 」


「あっ!? 」


 後ろにいる男が血を吐いたのには、困惑してしまった。

 その横腹を刺したのが、この場似つかわしくないメイド服を着た少女であるなら尚更。


「逃げて!! 」


「っ!! 」


 突き飛ばされるような逃走。


 シルフは半開きのシャッターへと滑り込み、そのまま窓を割りながら逃走。

 そしてカーペットで隠していた地下水路の入り口へと飛び込んだ。


 ゴムでの細工により、ズラしたカーペットは元通りに。

 窓が割れているため、どこから逃げたのかという惑わせ。

 その時間に地下水路で、遠くへと逃げる。


 単純。だが時間稼ぎには十分な逃走経路。

 シルフはいつも通り逃げ延びた。


(……なんだったんだあの女? )


 だがシルフの頭を悩ませていたのは、あの女。


 シルフな密売人を請け負ってから、命を狙われることは多い。

 だが助けられたことは初めてだ。


(あの女……誰だ? つーかなんでメイド? この都市にメイドとか居ねぇぞ? 変態? そういう店から逃げてきた? )


「っ!? 」


 足音が。

 腐れた肉が汚染した下水路に響く。


(誰だ? 騎士? 同業者? )


 頭に沸きあがる可能性を考慮し、シルフは注射針を取り出す。

 その同時タイミング。

 足音の主が姿を現す。


「あれ、あの時のお兄さんじゃないですか 」


 それは血まみれのメイドだった。

 左肩にはバッサリと斬られた跡があり、ドクドクとちぎれたホースのように赤を漏らしている。

 誰がどう見ても致命傷だ。


「逃げられて良かったですね。いや、血のせいで場所丸分かりですねあははっ……逃げてください。たぶん私が追われるので、反対側に 」


 死にかけ。

 にも関わらず、柔らかな声でシルフに話しかけるメイド。


 異様な雰囲気。けれど迷子の子供のような、放っておけない弱さも感じられるせいか。

 シルフは動けなかった。


「お前……誰だ? 」


「えっ、えっと…… 」


 躊躇うように、恥ずかしがるように、メイドはチョーカーをズラす。

 その下には、首輪型の爆弾がチラリと顔をのぞかせた。


「っ!! 」


「奴隷ですよ。両親から売られたんです……たった一本の酒目当てに。あっ、離れてた方がいいですよ。いつ吹き飛ぶか分からないので 」


 一歩下がるルース。

 それにシルフは一歩近付いた。


「じゃあなんで俺を助けた…… 」


「私の時は誰も助けてくれなかったですから。ふふっ、死ぬ前に誰かを救いたかったんです 」


 手を合わせるメイド。

 血まみれで祈る姿。

 それはまるで、いたいけな天使の様。

 少なくともシルフにはそう見えてしまった。


「だから助かってください。お願いです。私の願いを叶えてください 」


 子鳥のさえずりにも、悪魔の囁きにも聞こえる甘い言葉。

 シルフはもどかしさを噛み潰し、迷い、そして結局、メイドの手を取った。


「……えっ? 」


「知り合いに機械好きの女が居るんだよ。そいつに見てもらえば外せる 」


「いや、いつ爆発するか」


「うるせぇなァ!! 」


 黒ずくめの男は自分の襟をつかみ、そして見せつけた。

 痛々しい傷跡。ミミズが貼り付けられたような手術痕を。


「俺も親に肺を売られた。だから助けさせろ!! ……密売人なんかしてる犯罪者だが、金を巻き上げ、何人も中毒者にしたクソ野郎だが……俺にも、救わせてくれ。俺も見捨てたくない 」


「そんな……私が」


「頼む…… 」


「……はい 」


 そうしてシルフは、自らのアジトにメイドを連れていった。

 いつ爆発するかも分からない首輪から、死にかけのメイドから一度たりとも離れずに。


「ここ……は? 家ですか? 」


「逃げ場だ 」


 シルフが逃げ場と称す場所。

 ここは地下水路の隠し扉の中にある場所だ。


 シャワーも食べ物も。少しだけ冷えた飲み物もある小部屋。


 二人なら狭いが、一人で暮らすのには十分な部屋。

 そこの仮眠場に、シルフはボンヤリとするメイドを座らせた。


「服脱げ。止血してやる 」


「そ、それは…… 」


 顔を赤らめ目を逸らし、そっと胸を隠すメイド。

 それを前にシルフは顔を赤くさせた。


「悪い…………ほんとすまん 」


「い、いえ……お気持ちだけでも 」


「それと……頼みがある 」


 重々しい口を開くシルフは、グッと手を握りしめ、メイドの目を見つめた。

 空を思わせる、どこまでも青い瞳を。


「俺が仕事を終わらせ、機械屋の女を呼ぶのに……少なくとも30分はかかる 」


「……間に合わないかもしれませんね 」


「いいや間に合わせる。だから頼む……諦めないでくれ 」


「…………分かりました 」


 メイドは泣きながら。けれど嬉しそうに瞳を震わせ頷いた。

 それに頷き返したシルフ。


 すぐさま黒いコートを脱ぎ捨て、地面に隠されていた普通の茶色のコートへと袖を通した。


「……生きて会おう 」


「……はい。お気をつけて 」


 シルフは初めて出会ったメイドを想い、危ない橋を渡った。

 今日が、自分が代われる日だと信じて。



「出てきて良いですよ 」


「はい 」


 機械的な火花が散る。

 ルースの後ろ。ベットに現れたのは、赤いマントをなびかせるルブフェルムだった。


「そこ!? てっきり入り口に居るのかと!? 」


「急用でもない限り、ベットの上なんて見ませんから。ところで女性の声は辞めたんですか? 私はあちらの方が好きです 」


「よーし絶対男の声にしとこ! つーかそのマント、影すら誤魔化すのエグいっすね!! 」


「えぇ。あっ、それとボスから借りパクしたのは内緒にしてください。言ったら殺します 」


「ひぇッ 」


 ナイフを使って軽く脅しを入れるルブフェルム。

 けれど目線の先はルースでは無く、脱ぎ捨てられた黒いコートに向いていた。


「彼、見た目に合わずしっかりしてますね。仕事用と移動用の服を分けてる。そのせいで発信機の意味がありませんでした。この徹底ぶりなら、このあと靴や下着も着替えることでしょう 」


「だから後ろ髪(えりあし)に付けました。髪の後ろなんて、滅多に見ないでしょ? まぁしっかり見てたら終わりなんですけどねぇ! 見るな密売人さん!! 」


「……抜け目ないですね 」


 警戒心をよりいっそう強めたルブフェルムは、止血するルースから目を離さずに、作業を始めた。

 用意していた液体。それを部屋の隅にしっかりと染み込ませていく。


「……好奇心で聞くのですが 」


「はい!? 」

 

「なぜ彼があなたを保護すると読んでいたのですか? 密売人であるのなら何人も殺してるハズ。不審がられて殺される可能性の方が高いでしょう 」


「演技の仕方ですかね? 声色とか仕草とか。あと裏で生き残ってる人は、みんな優しいですよ。心を持ってる 」


 何故かそう言い切るルース。

 その口ぶりを疑わずには居られなかった。


「……どういう事です? 」


「裏は法が機能してないんですよ。つまり、嫌なやつを殺してもいい。むしろ目立てば袋叩きにあって死にますし、心無い犯罪者はやりすぎて騎士に殺される。だから生き残りほど臆病。そして心の底では、こんな日々が終わることを望んでる……だから変われるかもという理想をチラつかせれば……こうなる訳です 」


「罪悪感は無いんですか? 」


「ありますよ? 彼はいい人ですし。でも、僕は自分の命が惜しい。死にたくないです 」


 ここまでは疑いだった。

 けれどルブフェルムはただ、興味本位で質問した。


「想い人でも居るような感じですね 」


「居ませんね。でもただ…… 」


 手当を終えたルースはベットへと倒れ込む。

 そして天井を見据えてこう言った。


「この世で生まれたんだ。だから来世とかじゃなくて、この世で幸せになって死にたい 」


「……ロマンチックですね。あぁちなみに、私は女装した若い男性。特にあなたのように細い人が特に好みです 」


「……なんの話しですか? 」


 鳥肌を立てながら後ずさるルース。

 けれどその姿は、捕食者の加虐心を激しく泡立てた。


「なんですその目? なんでそんな怖い目をしてるんですか? 」


「教えて差し上げますよ。もちろん体に 」


「きょ、拒否権は 」


「もちろんあります。聞こえないふりをしますが 」


 ルブフェルムの指先はルースの腕に絡みつき、細長くも引き締まった膝はスカートを抑える。

 ベットに押し倒されたルースはと言うと、怯えるように唇を震わせ、嫌悪を示すような涙目を浮かべている。

 それは捕食者の癖をバキバキに固くさせた。


『ルブフェルムに告ぐ。麻薬組織のアジトを補足、ただちに送られた座標へと移動せよ 』


 ルースの初めてが失われる寸前、鋭くも幼い、少女の声が首輪から鳴り響いた。

 声の主は自衛団のボス、ノアだ。


「……残念。もう少しでしたのに 」


「助かった……えっ、というかもうアジト見つけたんですね 」


「雷のように即行動。それがこの団のモットーですから。さっ、麻薬組織を潰しに行きますよ 」


「……帰っていいです? 」


 乗り気では無いルース。

 けれどその首は優しくもきっちりと掴まれていた。


「良いですよ。その首輪、私から離れすぎると爆発しますけど 」


「つ、ついて行かせて頂きます 」


「では 」


 ルブフェルムが取り出したはただのライター。

 回されたダイアルは黄色の火花を撒き散らし、炎に飢えた燃料は嬉々として燃え上がる。


 この部屋は一瞬のうちに炎に包まれた。


「行きましょうか 」





ーーー



「アッ 」


 取り壊されなかった古倉庫。

 そこには炎が放たれ、雑音のような音が響いている。


 それが人の残す、最後の言葉だとは誰も気付かない。


「クッソ! 何がどうなって」


 炎の中に残されたシルフは、ひと握りの金を握りしめ逃げていた。

 同業者も麻薬を作る薬剤師も。

 すべて撃ち殺され、倒れた死体を炎が喰らい尽くす。


「なんだ……あれ…… 」


 誰かがポツリと呟いた。


 炎の中央。

 そこには一人のメイドが立っていた。


這いずりの蛆(ライズ・ペイン)


 ゆったりとお辞儀をするメイド。

 そのスカートの下から何かが飛び出した。


 それは虫を模した赤い機械。

 ムカデのように蠢く、血の通わない赤い鉄。


 シルフは間一髪で身をかがめる。

 だが逃げ遅れた密売人たちは、ムカデの足によって顔を削がれた。


 パイ生地を噛むようにさっくりと。

 人の頭蓋が壊れていく。


「テメェ……あん時の」


「私は面喰いです 」


 シルフの首には蜘蛛の糸。

 巻きついたそれは人を吊り上げ、捕食者の口元へと餌を運ぶ。


「グッ!? 」


「あなたの顔は好みですよ 」


 大きく開けられた鉄の口。

 ムカデの顎。


 そしてバツリと、落ちた皿が割れるように。

 シルフの顔はかみ潰された。



(うわぁ……こわっ )


 蜘蛛に頭を喰われたような死体を見て、ルースはドン引きしていた。

 彼は炎の中に居る。

 ひっそりと、誰にも目立たないように。


 現に、密売人を殺し続けるルブフェルムはルースに気がついて居ない。


(バレたら殺されるし、ササッと用事を終わらせようかな )


 倉庫にすきま風が通る。

 炎は勢いを増し、天井はガラガラと崩れていく。

 けれどルースは呑気に歩き、自分の左手を炎で炙った。


「あっつ 」


 棒読みで叫ぶ。

 そして首輪の隙間に、溶けた皮膚を注ぎ込む。


 これで盗聴器は意味をなさなくなった。


「お金の中に手紙を入れた者です。出てきていいですよ? 」


 燃えている部屋の中。

 ルースの声と共に壁の隠し扉が開いた。


 そこにはアタッシュケースを抱きしめる、ポニーテールの女性がいた。

 身に纏う白衣は、彼女が科学者だと示していた。


「あなたは」


「あ〜……なるほど。あなたがボスか 」


「な、なんでそれを…… 」


「黒服の人の金が行き着く先、闇市場のど真ん中で商売する度胸。そして追っ手を過剰なまでに計画する臆病さ。そして怯えながらも、しっかり武器を隠してる……あなたは生き残った側の人間だ 」


 優しく笑う血まみれのルースを前に、科学者の女はポケットから何かを取り出した。

 それは赤黒い液で腹を満たす注射器。


 彼女は近付くなと態度で訴える。


「なんで手紙に……隠れろだなんて…… 」


「ん? だって麻薬組織壊滅に、そのボスまで殺せた。そしてそれを計画したのは新人の奴隷です。でき過ぎに思われる。だから程よく失敗したいんですよ 」


 炎の中で弱そうに笑うルース。

 科学者は恐怖していた。


 今この現状を見ても、彼が弱そうに見えることに。

 今の言葉が空耳だと思うほど、油断してしまっている自分に。

 けれど、彼女も生き残った側の人間。


 一つだけ、許せない想いがあった。


「どうして……邪魔をするんですか? 」


 絞り出した言葉。けれど本心だった。


「裏で生きるということは、みんな犯罪者じゃないですか。どうして邪魔をするんですか、どうして足を引っ張るんですか……話し合ってくれたらいいのに。手を取り合ってくれたらいいのに。どうしていきなり、殺しにくるんですか 」


「人に理想を持ちすぎですね 」


 けれどその言葉は、バッサリと切り捨てられた。


「人は身勝手で、損得で動く生き物。話し合って戦争状態になるか、今日みたいに急襲するか。どちらかを天秤で計り、犠牲を出さない得の方を取った。それだけですよ 」


「そんな訳……人には友情が」


「愛も心もありますね。でも、優先すべきは自分。よくあるじゃないですか、自分よりも大切な何かを守りたいって。でも違う、あれはただ……守りたいという、自分の意思を優先してるだけ 」


 ルースは科学者の手を握りしめた。


「はなし」


「心があるのなら、どうしてお金持ちは僕たちを助けないんですか? ほら。心があるのなら心を痛めて、全財産投げ売って見知らぬ人を助けてくれるハズです 」


 プツリと、ルースの首に注射針が刺された。

 科学者が少しでも薬を注入すれば、彼は死ぬ。


 けれど彼は笑っていた。


「心が痛いなら、自分の手足を切って寄付をしてください。自らの目をくり抜いて、見えない誰かの助けになってください 」


「ひっ……」


「でも心があるのに誰もしない。なぜか? 自分にとって見返りがないから。自分にとって損でしかないから!! ねぇどうしてです? どうしてあなたは僕を殺さないんですか? 」


 ルースは顔を近づける。

 キスでもするように優しく。そして死ぬ時の顔が、彼女によく見えるように。


「どうして? 罪悪感を背負う損が怖いから? どうして? 恐怖するという損が怖いから? どうして? どうして? どうして? 答えないんですか? どうして? どうして? どうして? 聞いてますか? どうして? どうして? どうして? 」


 抑揚のない言葉の羅列。

 目を閉じてもこびり付く、おぞましい青の瞳。


 彼女は恐怖した。

 この生き物に。

 人の死体を被っているような、おぞましい生物に。


 何も考えれず、動けもできない恐怖の中。

 ルースは興味を無くしたようき笑みを浮かべた。


「どうして人は難しく考えるんですかね? 人は損得という習性を持った生き物なのに 」


「あっ……えっ…… 」


 彼女は殺されると思っていた。

 なのにルースは注射針を自分から抜き、優しく彼女を抱き締めた。


「あなたが死ねば損です。だからほら、僕に損をさせないでください 」


 ルースは口を軽く開け、彼女の瞳に口を近づけた。

 お前は喰われる側だと示すように。


「ねっ? 」


 科学者の女は何も言えずに逃げ出した。

 と同時、後ろの扉が蹴破られる。


 それはメイド、ルブフェルムだった。


「うぉびっくりしたァ!? 」


「どうしてここに居るんですか? 」


「隠れてたんですよ!! 敵どこに居るか分からなかったんですよぉぉ!! 銃声なっておっかないし!! でも離れすぎると爆発するし!! 」


「……まぁ、そうですね。ちなみに誰か見ましたか? 」


「見てません!! というか壊れますよこの建物!! 」


 ルブフェルムはルースが嘘をついていないか確認していた。

 戦いの途中で彼を見失ったため、警戒していたのだ。

 けれど装置の反応は嘘をついていないと示していた。


「……そうですね。では、脱出しましょう 」


「はい!! 」


 そうして麻薬組織は壊滅した。

 たった一夜。

 一人のメイドと。一人の異物によって。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ