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正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
罪喰らう虫
11/48

第一劇 毒虫



「チェック 」


 血と人の醜さが染み付いた酒場は、熱狂に包まれていた。


 チェスを打つのは、サングラスの屈強な男。

 対するは見るからに気弱そうな、パーカーを被る青髪の男だった。


 その顔は幼さと大人から板挟みを受ける表情は彼を20代だと示している。


 彼らは互いの全財産を賭けている。


「え、えぇっと…… 」


「焦るな。だが忘れるなよ? 」


 言葉とは裏腹に、サングラスの男は契約書を差し出した。

 そこにはしっかりと名前が記されている。


 ルース・リヴィエンタ。

 その下に、『このゲームに負けた者は全財産を受け渡す』とも書いてある。


 この紙には強制力はない。

 だが違反者を犯罪者にする効果はある。


「全財産を受け渡さなかった場合、お前は犯罪者だ。そしてこの都市は犯罪者は即刻処刑……つまりだ、やっぱり無し。なんて事はできねぇぞ? 」


「分かってますよそんなことぉ!! ナイトってどう動かすんでしたっけ!!? 」


「ははっ 」


 犯罪者を全員処刑にする法が適応された街。

 だが犯罪は消えなかった。


 むしろ残った犯罪は狡猾で、あまりにも醜いものばかり。

 犯罪をすべて規制したところで、残るのは規制を利用する犯罪だけだ。


 人が生きている限り、犯罪は無くならない。


「一分切ったぞ? 大丈夫か? 」


「どうしようどうしようどうしよう。水! 水! ……うぇ 」


 飲み込んだ水を戻したがらも、ルースは迷っている。

 フラフラと次の一手を探している。

 その間にも無情に。時計は進んでいく。


 チェスには持ち時間という、思考する時間が互いに与えられる。

 それがゼロになるとどうなるか?

 そう、敗北である。


「30秒……死ぬ訳じゃねぇんだ。全財産を投げ売った方が楽だぞ? 」


 優しく、けれど残酷な囁き。

 それに突き飛ばされるように、ルースはナイトを置いた。


 けれど悪手。

 騎士は王の逃げ先を阻む、無能なコマと成り下がった。


「チェック 」


 すぐさまサングラスの男はコマを動かす。

 そしてニヤリと口角を上げ、サングラスをテーブルに置いた。


(どう足掻いても残り一手。俺の勝ちだ )


 勝ちを確信した男。

 対してルースは無関係なボーンを持ち上げ、敵の王をコトリと突き落とす。


 その顔には、仮面のような左右対称。

 作られた笑みが浮かんでいた。


「チェックメイト……あなたの負けです 」


「……はっ? 」


 ルール違反。それを咎める前に酒場を蹴破ったのは、三人の白い騎士だった。

 瞬間、酒場を包む熱は冷めきった。


「全員動くな。盗人の通報があった、この場の全員を確認する 」


(っ!! 居ない!? )


 男は消えたルースを探すために立ち上がる。

 そして懐から落としてしまった。

 周りの客が持っていた財布を。


「俺の財布……テメェらグルか!! 」


「違う!! 俺じゃない!!! あいつが」


 そして気がついた。

 契約書の名が書かれたインクが消えている事に。


「あいつが…… 」


「……犯罪者を確認。処刑する 」


 犯罪者には弁明の機会は与えられない。

 そして一人。意地汚い盗人は、酒場に新たなシミを作り出した。



・・・ーーー・・・



 ここは犯罪者が隠れ潜んでいる『裏』と呼ばれる街。

 行方不明者は数しれず、騎士の介入があってもすべての事件は解決しない、人の悪意が作り出した魔境。


 汚れを落とすのは雨粒だけ。

 ゴミを処理するにも汚物が多すぎる。


 人は減り、虫が増える地獄。


 その道を重々しい足取りで進む、一人の少年がいた。


「うぇぇ……胃に隠すのやめよ。気持ち悪い 」


 酒場から逃げたルースはインク消しをゴミ箱に。

 そして戦利品となったサングラスをかけた。


 そう、彼は盗人である。


 ルースは人からナメられる才能があった。


 弱そうに見える。

 ゆえに油断を生みやすく、天性的な器用さはスリに持ってこいだった。


 自身が容疑者と疑われぬよう、誰かに罪を着せる。

 罪を着せられた者は騎士に処刑される。

 

 つまりは、彼を追うものは誰もいない。

 彼もこの都市で生き残った側の犯罪者だ。

 

「あっ 」


 そんな彼にも支えはあった。


「姉ちゃん!? 」


 ルースの腕に付けられた腕輪型の装置は、他人の声を届けるというものだった。


『久しぶり! 元気にしてる? 』


「うん、元気元気。姉ちゃんの方は? 」


『私は元気だよ。その……急に連絡してごめんね。帰りづらいんじゃないかと思ってて 』


「大丈夫だよ。もうすぐ帰るから 」


『……そっか、無理しないでね。あっ。それとさ、最近噂とか聞いてなかった? 女の子が行方不明になったとか? 』


「…………知らないよ 」


『……うん。ごめんね、急に変なこと聞いて。それと……本当に、いつでも帰ってきていいからね。私はずっと待ってるから 』


「……ありがとう。それじゃあ」


『うん、またね 』


 別れを言う前に電話は切られた。

 ルースは憂鬱の染み込んだため息を漏らし、心にも似た曇り空を見上げた。


「……帰りたいな 」


 足を止めたルース。

 その顔には麻袋が被せられた。

 当然手足も一瞬のうちに縛られている。


(……ハァ!!?? )


 ルースは焦り散らかしていた。

 そしてその混乱が落ち着く頃には、檻の中にぶち込まれ麻袋を脱がされる。


 ルースの目に飛び込んできたのは、異様としか言えない場所だった。


 心もとない蝋燭が闇を照らす地下。

 壁に刻まれた謎の魔法陣。

 祭壇のような場所に置かれるミイラ化した何かの肉片。


(おぉ、怪しげな宗教そのもの……ん? )


 そして気がついた。

 檻の中にも魔法陣が描かれていることを。


(あ〜……生贄ってこと。僕が!!? 嫌だぁぁ死にたくなァい!!! )

 

「さぁ皆の者!! かの者は罪を世に残し、清き魂だけを主へと捧ぐ!! 祈れ! かの犠牲を持って、私たちは天国へと近づく!!! 」


(ガバガバ過ぎんでしょその宗教!? 犠牲出しといて何が天国なんだよ!! )


 テンパるルースの元へ、筋肉モリモリマッチョマンの男が近付いていく。


 鉄のマスク。血のついたずさんな斧。

 しかもそのサイズは2mはくだらない。


 この見た目で料理人であれば笑えていたが、彼はれっきとした処刑人である。

 つまり……ルースの死は確定していた。


 放たれた弾丸が処刑人の頭を貫くまでは。


「……はっ? 」


「撃て 」


 重々しくも軽快な銃声。

 それが雨音のようにバラバラと奏でられ、辺りは血と肉片の海と変わり果てた。


(……実銃? そんな時代遅れな兵器、久しぶりに見たなぁ )


「警戒しろ。私は最終確認に入る 」


「はい!! 」


 いつからか闇の中に紛れていた集団。

 一人一人は黒と同化する漆黒の拳銃を握り、カーテンのように透ける硝煙の中で規律的に並んでいた。


 その中で一人、あからさまに異様な男がいた。


 老人というには背筋は伸び、シワが寄る顔すらも威厳に満ちている。

 そんなリーダーのような男は倒れた死体一つ一つを、時代遅れの剣で切り裂いていく。


 生き残りが居ないかの確認である。


「あの〜……すみませんッ!? 」


 放たれた弾丸。

 ルースは倒れた処刑人の斧を盾に、それを弾いた。


「……誰だお前は? 」


「この宗教団体に攫われた被害者ですが……出して貰えません? あと目撃者ですけど生きて帰らしてくれません? 」


「……気の毒だが、それは出来ない相談だ 」


「ですよね〜、あはは……マジかぁ 」


「撃て 」


 鉛の雨。

 それから逃げるように巨大な斧に隠れるルース。

 だが血溜まりに反射する光景を観察し、その頭は思考を熟成させていた。


(こいつらあんまり訓練されてないなぁ。命中精度がカスだ。んであの爺さんが一番上? いや、すぐに判断しなかったから、この隊を任せられた重役みたいなもの。んで……あの端っこだけ装備がいいな。下っ端よりも確実に偉い人、もしくは……よし、博打だ )


「うぇっ 」


 ルースは腹に力を入れて胃から装置を吐き出した。

 それを斧の影から投げ、耳を塞いだ。


 瞬間、閃光と熱風が爆ぜた。

 一瞬ではあるが銃弾の雨は勢いは弱まった。


「よっこいせぇ!! 」


 その隙。壊れた檻から飛び出したルースは2mはある斧を放り投げた。

 銃を持つ集団、その後ろの壁へ向けて。


「うぉぉお!!! 」


 視線が動く。銃の嵐が止まる。

 だが老兵はルースから目線をずらして居ない。


 その首へと放たれる剣。

 それをルースは片腕を犠牲に受け止め、老兵の隣を通り過ぎた。


 背後から放たれる弾丸もルースは空中に飛んで躱す。

 そして、


「すみません!! 」


 着地同時に土下座した。


 そう、ジャンピング土下座である。

 

「僕を仲間に入れてください!! 」


 ルースが頭を下げる先。

 そこには誰も見えないが、その場に居る皆が凍りついた。


「……話は聞いてやろう 」


 静寂の中に、機械的な青い火花が散る。

 透明な布を脱ぎ捨て現れたのは、金髪の長い髪をした少女だった。


 歳で言えば16歳ほどの少女。

 だが黒のスーツと皮の手袋に身を包む姿は、少女とは呼べない威圧的な雰囲気を漂わせていた。


 そしてルースは確信した。


「私はノア・ロリューレ。この自衛団のボスだ。で? どうやってこの場所が分かった? 」


「装備の偏りですかね。今僕に銃口を向けてる人たちは、みんな防弾装備をしてる。でも端の方はしていない……後は熟練度の差ですかね。この周りの人だけ、殺しに慣れてる 」


「つまり……その観察眼を売り込みたいと? 」


「はい! 死にたくないので!! 」


「良いだろう 」


 ボスらしき少女。ノアは、すんなりとルースの提案を受け入れた。


「すんなり受け入れられ意外か? 私たち自衛団は満員人手不足でね……少しでも人員が必要なんだよ 」


「それは嬉しい事ですね……あぁそれと、動きますけど撃たないでください 」


 ルースはそう言うと、指先を一人の団員へと向けた。


「あの人が横領してます。金か装備かな? 」


「……はっ? 」


 老兵はすぐさま男を拘束。

 そして首に剣を寄り添わせた。


「ま、待ってください!? そんなヤツの言い分なんて」


「確かめれば分かる……お前が横領した犯人か? 」


「い、いいえ!! 」


 破裂音。

 乾いた鉛は、鮮血によって赤くうるおった。


 かき集められた団員は息を呑んだ。

 老兵は静かに死体の処理を始めた。


 ノアとルースだけが、笑っていた。


「言っていなかったが、私は嘘が分かる……ただでさえ人手不足なんだ。お前らもこうはなるなよ? 」


 返り血を気にもとめない少女(ノア)の笑みに、その場の団員たちはみな気圧された。


 年の差など関係ない。

 圧倒的な狂気は、皆を平等に恐怖させる。


「そして、今一度聞こうか 」


 吊り上げられた笑みと共に、銃口はルースの方へと向けられる。


「なぜあれが横領者だと分かった? 他組織の一員か? 」


「いいえ? 貴方が出てきてから、一人だけ態度とか肩の震えがおかしかったんで、なんか隠してるな〜と 」


「間違えていたら撃たれていたのにか? 」


「自分が有能だと見せたかったのでね。雑な任務に運ばれて死にたくないですし 」


 嘘がわかる。

 それを逆手にとったルースは、自らの価値を示した。


 言ってしまえばルースは異様。

 この場で殺されてもおかしくは無い。

 だが、道端に落ちていた怪しげなダイヤモンドを見逃せるほど、この組織には余裕がなかった。


「……良いだろう 」


 この毒を飲むと、ノアは決断した。


(よかった〜、これですぐ殺されるって事はな)


「やれ 」


 安心したルース。

 次の瞬間、その首には注射針が撃ち込まれた。


(えぇぇ…… )


「連れて行け 」


 そのまま意識を失ったルース。


 そして一時間後。

 眠らされた彼にとっては一瞬の間に、ルースは目を覚ました。


 そこは葉巻の臭いが染み付き、赤い絨毯が引かれた部屋だった。

 イメージでいえば、


(なんかヤバそうなボスが居そうな部屋だァァァ!!? )


「目が覚めたか 」


 ルースの目の前には、ボスと自称する金髪の少女が高そうな椅子に腰掛けていた。


「おわっ!? 」


「そんなに焦るな。ただこの自衛団の目的を話すだけだ 」


「あ〜、なるほどぉ 」


 ルースの手足は椅子に拘束されている。

 後ろにある唯一の出入口は、あの老兵が固めている。


 ボスの後ろにはメイドが一人。

 銃で全身を武装した女が端っこに一人。


 その護衛すべては、ルースただ一人を見つめていた。


(焦るしかねぇだろこの状況ぉぉ!!! )


「そ、それでぇ……この団のお名前は? 」


 威圧するように足を組みなおす少女は、なんの恥ずかしげもなすこう言いきった。


「私たちの名は平穏焼き切る平和の雷(ケウラノス)。自衛団だ 」


(だっっっさ!!!? )


「お前も知ってるだろ? この街は犯罪者は処刑するという法が存在する。だが無くなった犯罪は表面ばかり。裏では今日も犯罪が広がっている 」


(いやよくよく考えてもダサいな )


「なのにだ。自衛することすら、この街では認められていない。おかしいだろそんな事……人が傷付けられてしか動かない癖に、騎士は自衛を許さない。武器を振るう者を許さない……そんなの、ふざけるなと言いたくならないか? 」


(誰も指摘しなかったのかな? )


「おい聞いてるのか? 」


「はい!! こんな法ふざけんなと思います!! 」

 

「……つまりだ 」


 少女は苛立ちを示すように眉を傾け、高くあげた足を机へと落とした。


「この法に護られなかった者。この法に不満を持つもの。そんなはみ出し者たちが、騎士の手を借りずにこの街の犯罪者を殺す。それがラグナロクだ 」


(やっぱダサいよなその名前…… )


「そんな私たちに飼われたんだ 」


『ピッ 』


 一瞬のうちに、ルースには赤い首輪がつけられた。


「お前には飼い殺されて貰うぞ? 」


「あのぉ……僕に人権はありますか? 」


「人権は無い。報酬はあるがな 」


(思ったよりヤバいヤツらだァァ!! )


「ちなみに言うが、その首輪には爆弾がついてる。お前の価値がなくなり次第爆破する。サボるなよ 」


(おわぉぉぁたぁぁぁ!! )


「ではお前の仕事ぶりに期待する 」


(あぁぁ帰れば良かったァァァ!!! )


 そうしてルースは自衛団という名の、犯罪組織の一員として働くことになった。

 文字通り、その命が尽きるまで。


(まぁいっか )


 けれどルースは冷静に、すべての人を観察していた。


(この組織を傾ければ、僕も逃げられる )


 彼女らは知らないのだ。

 自らが飲み込んだ、毒の正体を。


 分かっていないのだ。

 そのおぞましき致死性を。






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