身勝手の行く末
『円卓都市を襲った正体不明の火災。謎の兵器による侵略行為。確認されているだけでも2453の怪我人を出しました。けれど死者はゼロでした。心に傷を負った方は多いですが、命は失われておりません。どうか皆様、復興の気持ちを見失わないでください。この街は騎士が守ります。それでは次のニュースです 』
あれから三日後。
アジトに戻り治療を受けているロクスは、ぼんやりとニュースを聞いていた。
その傍らではハウとユフナが食事を貪り尽くしている。
「なぁ。死者ゼロって有り得るか? 結構燃やしたぞ? 」
「でもロクス。民家への直撃避けてたじゃないですか。焼け跡を見ただけですけど、家の壁とかは黒焦げだったのに、家の中はほぼほぼ焼けてませんでした。というかロクスの本気はあんな物じゃないでしょう 」
「無意識のブレーキってやつかァ? まぁフォルセダーは意志によって効力を増すとかいうし、有り得なくはねぇか……はぁ 」
フォルセダー。
その言葉を呟いたロクスは露骨に暗い顔をした。
いやむしろ、笑顔をとり繕えるだけマシとも言えるだろうか。
彼は守りたかった者を失ったのだから。
「そういやハウ、お前どこに居たんだ? アジトで休んでたんじゃないのか? 」
「そ」
気を紛らわせるように聞くロクス。
それにユフナが答えようとしたが、その足の小指を思いっきりハウに踏まれた。
「なんか落としたか? 」
テーブルの下に顔を入れるロクス。
その間にハウは鼻に指先を当て、黙っててくれと言いたげな表情をする。
すぐさまユフナはOKとジェスチャーをした。
「……ロクス? 」
けれどロクスは顔をあげない。
心配になった二人が顔を覗かせると、ポタポタと落ちる雫が見えた。
ロクスは泣いていた。
当然だ。そう簡単に、しかも自分の家族と似たような境遇の子供を亡くした悲しみを飲み込める訳がない。
「……ロク」
「スの兄貴ぃぃぃぃ!!!! 」
扉を蹴破り現れたのは両義手の少年。
ソルだった。
固まったロクス。
死んだと聞いた少年が目の前にいる。
その現実に動けなかった。
「…………はぁ!!? 」
「なんだよロクスの兄貴! 帰ってきたなら言ってくれたら良いのに!! 」
「生きてません? 」
「生きてるね 」
「はぁ!!!??? 」
理解が追いつかないロクスの脳。
それをさらに困惑させるように連れてこられたのは、泣きべそをかいているハレ。
それを引っ張るエプロン姿のユキだった。
「えぇぇぇんごめんなさぁぁぁい!!! 」
「もう! 大人なんでさから自分で説明してください!! 」
「なんっ……待て! 死んだってつってたよなお前!!? 」
「あれ嘘なんですよぉぉぉ!!! 」
「はぁぁぁ!!????? 」
「ちょ、落ち着いてくださいロクス。とりあえずこの手紙読んでください 」
脳みそパンク寸前のロクスは、差し出された手紙を読み始めた。
そこにはこう書いている。
『ごめんなさいロクスさん、ハレさんを脅しました。フォルセダー欲しい? ならロクスさんに子供死んだって連絡してくださいねぇ〜って。それで貴方を都市に攻め込むように誘導しました。まぁフォルセダー足りたし、ロクスさんも生き残るでしょうし、僕も目的を果たすでしょうし。まぁ万々歳で手を打ちましょう!! それでは失礼!!
怪しげな黒パーカーより』
「はぁぁぁ!!!??? 」
「まぁ全員同時に死にましたなんて有り得ないよね普通。嘘だと思ってた 」
覗き見ていたハウは、興味無さそうにまたパンを食べ始めた。
だがロクスは冷静じゃない。
居られるはずがない。
「おまっ!! 嘘なら俺!!! ふざけんなぁぁぁぁ!!!!! 」
「まぁ……怒りを爆発できたと思いましょう。あのままじゃいつかは爆発してましたし 」
「そうだけどよぉぉぉぉぉぉ!!!! はぁぁぁぁ!?????? 」
割り切れない感情のせいでただ叫ぶことしか出来ないロクス。
だが子供であるソルは、ロクスが怒っていないという事しか分からなかった。
「それよりロクスの兄貴! みんな会いたいって言ってたぞ!! はやく行こうぜ!!! 」
「いやまぁ……行くけど……はぁぁぁぁぁ 」
「もう。子供たちの前でその顔しないでくださいね 」
そうしてロクス達は、ハレ達に連れられてアジトの奥へと向かった。
部屋に残ったのは、ユフナ、ハウ、ハレ。
秘密を知る者だけが残った場で、最初に問いを投げたのはユフナだった。
「で、ハレさん。なんで内通者してたんです? 」
ハレはすぐさま部屋の扉を閉め、へなへなと座り込んだ。
「な、なんで知ってるんです? 」
「脅しって、失うイメージが浮かばないと効果がないんですよ。世界の裏にある場所に爆弾を仕掛けた。その人たちを殺されたくなかったら、言うことを聞けと言われても怖くないでしょう? 」
「物理的脅されたとかあるんじゃないの? あと秘密をバラすとか 」
「いやハレさん、そんなにヤワじゃ無いでしょう。簡単に秘密を握られるくらいバカなら、ここまで生きられてない 」
「うん、確かに。ハレは凄く頭いいよ、よく勉強教えてくれるし 」
「なら、協力してロクスを騙したと考えた方が辻褄が合う。なんでそんな事をしたんです? 」
「ロクスさんを助けたかったからです 」
今にも泣きそうな顔から一変。
ハレは真顔でそう言い切った。
「あの人は簡単に犠牲になる。まるで自分はいつ死んでも大丈夫みたいに。だからフォルセダーがオークションにかけられると聞いた時に直感しましたよ。あぁこの人、自分が死んでも奪うつもりだって。だから無謀よりも、少しでもいいからロクスさんが生き残る確率がある方を選んだ。それだけです 」
「ちなみに、失敗した時のことは考えてますか? 」
「はい! もちろん裏切られたらちゃんと殺すようにしました!! あとアジトからみんなを脱出させる設備もしっかり!! でもまぁ、あのパーカーさんは裏切りませんでしたよ。私と同じで。ロクスさんに、返しきれない恩があっただけでした 」
「……? 」
感動を思い返すようなハレ。
話についていけないユフナ。
そのチグハグな会話を見かねたハウはため息を吐いた。
「ハレはフォルセダーの研究者だったんだけどね、旧兵器の価値が下がるにつれて研究費用が少なくなっていって 」
「それに反論したらクビになっちゃいました〜!
で、職がないところを拾われて、むしろフォルセダーの研究までさせてくれたんですよ!! 都合良すぎて夢かと思いましたよ!!! そんなのもう!!! 人生かけて恩を返すしかないじゃないですか 」
ハレの晴れのような青い瞳。
それは嘘という名の雲を一つとして写していない。
「……すいません。だいぶ疑ってました 」
「いえいえ! 内通者を疑うのは当然ですよ!! ちなみにユフナさんはどうして裏切らなかったんですか? 」
「……裏切る? どうしてです? 」
心底不思議そうに首を傾げるユフナ。
彼に、裏切る必要性などなかった。
ロクスは人を救うために動いていた。
自分も人を救いたかった。
だからこそ、ユフナの頭は裏切るという発想すら思い浮かばなかった。
「あの……ハウさん。この子何歳ですか? 絶対26じゃないですよね? 無垢すぎますよ? 」
「さぁ? 」
「ちなみにハウは、なんであんなタイミング良くあそこに居たんです? 」
「ん〜 」
なぜ? そう聞かれたハウは困り、子供のように足をパタパタさせた。
「オークションにはさ、色んな兵器が出品されるらしくって。もしも円卓を滅ぼせる兵器があって、それをロクスが使える時が来たら。目の前にその偶然が落ちてきたら。絶対使うと思った。ロクスは見た目より繊細だからねぇ 」
長い付き合いを思わさるように、ヘラヘラとハウは笑った。
けれどそれを聞いて青ざめていたのはユフナだった。
「だから殴り込みに行ったんですか? アグラヴェイン相手に? 他の円卓だったら即死でしたよ? 」
「結果良ければだよ。みんな助かったし、ロクスは市民を殺してない。このままハッピーエンドでいいじゃん 」
ユフナの中には、色々と謎は残っていた。
ロクスが使っていた兵器の出処。
あの襲撃時、モルガンが居なかった理由。
突如現れたパーカー男の目的。彼は今どこにいるか。
けれど、
「そうですね 」
彼はハウの言葉に頷いた。
謎を追うよりも、今のユフナにはやる事があった。
「あっ、もうこんな時間ですか。ちょっと外に行ってきます 」
「どこ行くの? 」
「お墓参りです 」
そう言ってユフナはひっそりと円卓都市に出向いた。
今日は彼の恩人。
リルの命日だ。
「よぉ、ユフナ 」
赤いフードを被り、静かに祈るユフナ。
それに声をかけたのはカルマだった。
「モルガン…… 」
「今はオフだ。カルマでいい 」
カルマは墓石に酒をかけ、用意していた花束を供えた。
それは黄色いバラとアイレン。
その花言葉は、今でも貴方を愛しています。
「なぁユフナ。リルの事件の真相、知りたくないか? 」
ふと、カルマは問いかけた。
けれどユフナは動じず、静かに首を横にふった。
「いいえ、別に知りたくもありません 」
「どうして? 」
「犯人死んでるんでしょ? 生きていたのなら、カルマは呑気に墓参りに来ないでしょうし 」
「まぁ……な 」
「なら、素直に前に進みたい。過去に縛られずに、あの思い出を綺麗なままにしておきたいです 」
「……大人になっちまったなぁ 」
ユフナの頭をワシャワシャと撫でるカルマ。
その笑みは。その態度は。
まるであの日の思い出のようだった。
「……さて 」
祈りを終えたカルマは立ち上がる。
その目はユフナをまっすぐ見つめていた。
「現実の話をしようか 」
「えぇ 」
二人は街中を歩いていた。
それは家族のような距離感とは違う。
犯罪者と騎士。明確に溝のある空気が二人を包んでいた。
「これからどうする気だ? 」
「正義では救われない人を救うよう動きます 」
「具体的には? 」
「チームを作ります。幸い仲間には裏を知る人が多い。だから裏の情報を得て確認。その後、救助が必要な人を保護します 」
「表舞台には? 」
「出ませんよ。この社会の影に沈み、二度と顔を出さない予定です。そうすれば騎士たちにも悪影響は出ないでしょう? 」
ユフナはつまり、管理された自警団を作るというのだ。
彼らにはユフナの実力に加えて、裏の情報網が揃っている。
表舞台に立たないのであれば、カルマが不安視していた、円卓内での抑止力の崩壊も起こらない。
なおかつ、ユフナの高潔さは信頼できるものだ。
文字通り管理。暴走も腐敗も許さない、徹底された者たち。
それを作るには充分現実的だった。
だがカルマはそれだけでは足りないと知っていた。
「もし。その過程で騎士と戦い、騎士を殺したらどうする? 」
かもしれない。
もしかしたら。
その程度の疑問だが、これを答えられなければただの理想。
現実味があるだけの机上の空論だ。
だがユフナは迷いなく答えた。
「責任をもって償いますよ。まぁ、そうはならないように尽力しますが 」
「だろうな……お前は真面目だしなぁ 」
カルマはため息を吐き、またユフナの頭をワシャワシャと撫でた。
そこにはもう、先の張り詰めた空気はない。
空気は、父と息子のような信頼が感じるものに変わった。
「ところで、円卓は大丈夫ですか? 」
何気なくユフナは問う。
対してカルマは相当嫌な顔をした。
「全く大丈夫じゃねぇ!! 騎士への信頼がガタ落ち! 市民からの反発がエグすぎるし、騎士たちの間でも疑心が広がりまくってる!! 何も解決してねぇ!! 」
「だいぶヤバいじゃないですか……いや九割僕の責任ですけど 」
「まぁ。円卓は、この事件が起こる前からそんなもんだ 」
カルマはぼんやりと燃えた家の前で立ち止まった。
この家を焼かれた者は被害者だ。
けれど火を付けたのも被害者である。
「万人を救う法はねぇ。法は多くを助け、助けられない被害者を犠牲にする。そんな事をしてれば、不満はいつか爆発する。だが、この法は間違いだとは思ってねぇ 」
焼けた黒い灰を握りしめ、カルマは手を開いた。
灰は落ちる。
だが手に残った物の方が多い。
それはまるで、この街を守り蝕む法のようだった。
「不満の度に法を変えりゃ、一貫性がなく抑止力にならない。なら、最初から犠牲ありきで街を守ればいい。悪が無くならずとも、多くを守れる。それが社会……だが最善じゃないのも確かだ 」
「でも最悪でも無い。社会は最悪を避けて進んでいくものでしょう、カルマ 」
聞き覚えのある言葉に、すぐさまカルマは振り返る。
そこには当然、ユフナが居る。
だがその裏には面影があった。
「世界平和は実現しない。人に欲がある以上、平等なんて訪れない。社会を変えたって、救われる人と苦しむ人が変わるだけだ 」
それは確かにリルの言葉だった。
けれどその言葉はユフナの言葉へと、確かに受け継がれた。
「でも平和に近付くことはできる。そのために僕は、行動する 」
「……その言葉を、罪を犯す免罪符にするなよ 」
「えぇ……もちろんです 」
そうして二人は場所を移した。
誰もいない高台。夕焼けが見える場所に。
「それとカルマ。これ、返します 」
ユフナは白銀の義手を外し、カルマにそれを差し出した。
「なんでだよ? 黙ってたら見逃してやろうと思ったのに 」
「この義手をこの街の外……というより、カルマの傍に置いておきたいんですよ。僕が持っていていい物じゃない 」
「……んな事はねぇよ。アイツはお前を愛してた。たぶん、俺よりもな 」
「本気で言ってます? 」
「いいや全く? 俺の方が愛してたし愛してました〜 」
「「ハハハッ 」」
冗談を言い合い、笑い合う二人。
その寂しさを含んだ笑いが落ち着くと、カルマは静かに義手を受け取った。
そしてずっと手に持っていたケースから、新しい義手を取り出した。
「それは? 」
「リルが円卓に選ばれる前に使ってたものだ。このまま倉庫で眠るのは、アイツも嫌だろ 」
「……そうですね 」
託すように。けれど重みにはならないように。
カルマはユフナに義手をはめた。
それは彼女の瞳を思わせる、黒くツヤのあるものだった。
「ユフナ 」
「なんです? カルマ 」
「……あばよ 」
「えぇ……お元気で 」
風が吹き、枯葉が舞う。
そしてユフナは姿を消した。
一人残ったカルマは静かに義手を撫で、二人分の涙を零した。
彼らは今日。
巣立つ子供を見送った。
「えっ、僕がボスですか? 」
幽霊ふわふわ強盗団のアジトに帰ったユフナは会議室に案内された。
そこにはハウとハレ、ロクスが居た。
「あぁ。俺はお前に負けたし、ハウも異論はねぇってさ 」
「予想はしてましたけど……なんかすんなりですね 」
「ロクスに異論がないならそれでいいよ。議論なんてめんどくさいし 」
「ハウさんに同意です!! 」
「んじゃボス。これから何をする? 」
「……なら 」
ユフナは顎に手を当て考え、この部屋で一番高そうな椅子に腰を下ろした。
「じゃあまず、この強盗団の名前を変えます 」
「えーーーヤダ!!!! 」
即刻それに反論したのはハウだった。
なぜか? そう、自分が命名したものを変えて欲しくないからである。
「とりあえず落ち着け? なっ? つーかもう強盗する必要ないんだし仕方ないだろ? 」
「そうだけどさぁ…… 」
「とりあえずユフナ。続きを頼む 」
「……はい 」
ユフナは咳払いをして気を取り直す。
そして静かに、反論を許さないほどの圧を漂わせ口を開いた。
「名はゴースト。僕たちは犯罪組織となります。方針は変わらず、救いたい人を……平和では救われない人達を可能なかぎり救うこと。そして平和に隠れる悪を公にすること。だが、殺しも死ぬことも許さない。それを破れば殺します 」
殺す。その言葉には確かな重みがあった。
誰であれ、その決まりを破れば自分ですら殺す。
それだけの覚悟もあった。
「反論は今のうちです 」
「ねぇ 」
「ないよ 」
「わ、私もないです!! 」
だが皆、その覚悟に気圧されるほど弱くはなかった。
「ではゴースト結成です。平和に近付くために悩み、守るために進みましょう 」
彼らはゴースト。
闇に隠れ、平和という光に呑まれる人を救い出す。
それは紛れもなく悪である。
法の外で戦い、国すら滅ぼせる力を持って暗躍しているのだから。
けれども救われる人は増えるだろう。
この変わることを恐れる社会。
そこからはみ出した被害者は目撃する。
彼らの高潔さを。
悪にまみれながらも平和を目指す孤高を。
彼らはゴースト。
平和の影。
それは確かに平和があると示す、犠牲者たちの道標だ。
ーーー
人は善悪という二文字では語りきれない。
皆なにかを見捨て、なにかを犠牲に生きている。
その者を私は悪人とは言わない。
けれど善人とも言えない。
人は難しく、追い求めれば追い求めるほどに矛盾を背負い。
苦しみながらに生きている。
楽に生きたいのなら無知であるべきなのだ。
だがその苦しみを自ら背負い。
その重さを突き詰め、自らの命すら犠牲にできる者を。
私はこう呼ぼう。
『正義の執行者』と
円卓都市設立者
隻眼の狙撃手より
次から罪喰らう虫が始まります




