表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
正義の咎人≒罪喰らう虫  作者: エマ
正義の咎人
1/48

第一演 平和な街



『今日処刑される物はこちらでございます 』


 人がまばらに集まる店内に、こぽこぽとリズミカルな抽出音がひびき渡る。

 ここはこの王なき国で一番平和だとうたわれる、円卓都市 一番通りで営業される喫茶店だ。


『終戦より八年。皆さま今日は平音記念(へいおんきねん)の日です。どうか無理なく悪を滅ぼし、私たちの正義を実行しましょう 』


 アナウンサーの声。

 犯罪者の許しを乞うような鳴き声。


 いつも通り、絞首台は三人の首をぶら下げた。

 そして店の中にはのどかなバイオリンの音が響き渡る。


 戦争が終わった国。

 ここは平和な場所だった。


「今日で平和は店じまいだオラァ!! 強盗だ金出せぇ!!! 」


 扉は凄まじい勢いで蹴破られた。


 布を張りつけたような幽霊の覆面を被った二人組は、店に入るやいなや赤い義手を店員に向ける。

 それは戦争で使われていた旧式兵器だ。


「はい金! レジ金ぜんぶ寄越せ!! さもなくばこう……殺るぞオラ!! 」


「考えてたセリフ忘れてるじゃん……ん? 」


 兵器を向けられている店員。

 その表情は光り輝くように笑顔だった。


「やったバイトが速く終わる〜!! はいどうぞ!!! 」


「えぇ…… 」


 脅されるのを待っていたように、店員はレジ台をひっくり返して金を袋に詰めた。

 その手際の良さに若干引く赤い義手の男。


 けれど強盗であるがゆえに、彼は袋に手を伸ばした。


「はい、現行犯だ 」


 声と逆巻く空気。

 銃より放たれた高圧の熱風が、男をかすめて後ろの壁を消し飛ばした。


「ランスロット隊だ。俺が仕事の日に強盗に来たのは不運だったな 」


 鎧と軍服を織り交ぜた隊服を着る騎士。

 ネズミ相手に手榴弾を使うような、過剰すぎる威力の銃。


 その二つを装備した高圧的な男は、店内の奥より身を乗り出した。


「銃の威力は見たな? 投降しろ。処刑部隊が来ないうちに判断してくれれば助かる 」


「「……… 」」


 慈悲を向けられた強盗はニカッと笑いあうと、入り口でコーヒーを飲んでいた客をとっ捕まえた。

 そう、彼は盾である。


「おらぁ人質ぃ!! 撃つなよ!? 」


「おまっ、ふざけんな!! 慈悲を仇で返しやがって!! 」


「慈悲でメシが食えるかってのバーカバーカ!! 」


「ばーかばーか 」


「忘れもんないな!? よし、じゃあなアバよっ!! 」


 金を持った強盗たちは煙幕を放ち、店前に用意してた車で逃亡をはじめた。

 もちろん人質も込みである。


「あいつ危ねぇな! 死ぬとこだった!! 」


 焼けた覆面を剥ぎ、赤髪の男は窓からそれを投げ捨てた。


「うん。外してくれて助かったね 」


 同じく覆面を脱いだオッドアイと白髪の女は、男の無事を安心しながら車のスイッチを入れた。

 それと同時に、車の外装の色が変わる。


 彼の名前はロクス。彼女の名前はハウ。

 『幽霊ふわふわ強盗団』として義賊をしている。


 彼らはこの都市で捕まったことは無い。


 情報も容姿も確実に明かされているが、追っても必ず消えてしまう。

 ゆえに幽霊義賊として名を上げている二人組みだ。


「う〜ん、そういやあの円卓の騎士は出てこなかったな 」


 逃走中、ふとロクスは退屈そうに天井を見上げた。


「あの左遷されてきた人? 」


「そうそう! 正義感がつえーって噂だからさ、すぐに来ると思ったけど来てねぇな。なんか追加の情報あるか? 」


「さぁ? ここに来たばかりで情報が少ないから。分かってるのは珍しい空色の髪と黒い目と、身長が低いってことらしいよ 」


「少ねぇなぁ。これじゃあすれ違っても分かんねぇぞ? 」


「くしゅん……失礼。噂をされたみたいでね 」


 後部座席から伸ばされた白い義手。

 それは二人の首をガッチリと掴んだ。


 バックミラーに映った人質。

 それを見た二人は目を丸くさせた。


「空色の髪…… 」


「黒い目…… 」


「あぁそれと、身長は言わないで欲しいですね。気にしてますので 」


「ハンドルを右へぇぇ!!! 」


 金切り声をあげたタイヤ。

 二人は横転する車から飛び出し、一目散に走り出した。


「なんでなんでなんで!? なんで居んのキッショ!! 」


「張られてた!? 情報は散らしてたのに!? 」


「男女二人が通う店。昨日の祭りで賑わった通り。そこら辺を絞って待ち伏せてたんですよ。人質にされたのはビックリしましたけど 」


 逆さ空に立つ人質。

 だった男は、空から地面を見上げていた。


 幼さが残る笑みは照れくさそうに。

 けれど黒点のような目は、裁くべき罪人をしっかりと見つめている。


「知ってると思いますけど自己紹介。名はユフナ。仕事名は……円卓の騎士 ランスロット 」


 そう、彼は都を守る者。

 地に這い蹲る者が罪人なのなら、彼はその首を落とす断罪である。


「いいの? ここで戦ったら巻き込まれる人多そうだけど 」


「犠牲者を出す者が、円卓の名を名乗れるとでも? 」


 ただ一度の問答。

 ロクス達の額には、確実に冷や汗が増えていく。

 

「投降します? それともやりますか? 」


「……やって野郎じゃねぇかコノヤロウ!!! 」


「や、やるぞー 」


 駆動音。ロクスの赤の義手に浮かんだ青い筋。

 そして無機質な声が呟いた。


『『義欠旧体(フォルセダー) 起動します 』』


「ん? 」


 空が揺れる。

 生み出された熱はカゲロウを生み、炎の剣はユフナの八方を塞ぐ。


 獲物を口の中に閉じ込めるような熱気。

 だがユフナはひらりひらりと炎を躱した。


(旧式兵器……ここにも流れてたか )


 義欠旧体(フォルセダー)

 それは長い長い戦争で使われた血塗れの兵器。


 現実に存在する自然現象。

 それを科学力によって再現させる、効率よく人を殺す武器である。


「まぁ旧式とはいえ、兵器は兵器。被害が出る前に潰させてもらいましょう 」


 空中は目を覆いたくなるような熱気で満ちている。

 にも関わらず、ユフナは礼儀をわきまえるようにそっと袖を捲りあげた。


 服の下から現れた義手。

 義欠旧体(フォルセダー)が血を表す赤であれば、それは正義と同じ純白の兵器。


理想幻体(アイディアル)


 それが起動された瞬間、ユフナの手には美しい指揮剣が現れた。


 かつての英雄を模した剣。

 鱗粉を振られたように輝く透明な剣。


 名を、『水境断香(アロクト)』。


「ねぇこれ逃げた方がよくない? 」


「やっぱり? 俺も同じこと思ってたァ!!? 」


 ロクスが立つ地面は切り抜かれ、小さな体は広大な空へと弾き飛ばされた。

 そして感じた。吐き出してしまいそうなほどの、濃厚な殺意を。


人体機能停止(ピリオド)


「っう!! 」


 閉じた拳と共に現れた千本の剣。

 贈り物をお返しするように、丁寧に逃げ場を塞いだ剣の檻。


 人を殺すには過剰な殺意。それが今、放たれた。


『リミッター解除 冷却残数4 』


 対して、ロクスはリミッターを解除。

 義手より吹き荒れた白炎(びゃくえん)が右腕に収縮。


遺体無き葬儀(ヴァニタス)


 突きによって放たれた炎は、剣の檻を跡形もなく蒸発させた。


「……ふむ 」


 熱波すら躱したユフナは顎に手を当てていた。

 それは彼が考えている時の癖だ。


「逃げる気が無いのですか? 」


「あっ? 」


 義手を冷却するロクスは苛立つように声を上げる。


「あなた達が本当に逃げたいのなら、今のを街に向けて撃つべきだ。街が壊れれば対応に回る。そうすれば逃げやすいでしょう? 」


「バーか! 街壊れたら盗めねぇだろ!! 」


「仲間がバカですみません…… 」


(うーん )


 ユフナは迷っていた。


 この街で犯罪を起こしたものは、確実に()()である。

 かといって目の前にいる二人は死刑になるほどの犯罪者でもない。


 だが野放しも許されない。


「……仕方ない 」


 騎士でありながら迷った挙げ句、ユフナは剣を犯罪者へ向けた。


 彼は決めたのだ。

 この罪人をどうするかを。


「……危な」


 ハウの言葉。

 それは建物を吹き飛ばす無数の爆音によって途切れた。


 これはユフナの攻撃ではない。

 ロクス達の策でもない。


 ただの正体不明の攻撃だ。


(……他国の進行? )


「あぶねぇ!! 」


 困惑するユフナ。

 それを無視してロクスは走り出し、飛んできた瓦礫から通行人の少女を守った。


「大丈夫か? 」


「う……うん。ありが」


「っ!? 」


 ロクスの背に赤い機械が迫る。


 炎を使えば少女も巻き込む。

 それを恐れ、ロクスは少女に覆いかぶさった。


「……ん? 」


 少なくとも背骨はやるだろうと思っていた。

 だが痛みはなく、ロクスと少女はいつからか空中に浮かんでいた。


「隊員に告ぐ。正体不明の襲撃アリ、民間人の避難を優先せよ。繰り返す、これは戦争ではない。民間人の避難を優先せよ 」


 二人を助けたのは他でもない、罪人を裁くはずのユフナだ。

 その目は、突如現れた四足歩行の赤い兵器たちに向けられている。


「街を守るのを手伝ってください。代わりにあなた達を街の外に逃がします。もちろん盗んだお金も付けますよ 」


 突然の提案に、ロクスはハウの顔色をうかがった。


「いいの? そんなことしたら立場が危ういんじゃない? 」


「構いません。お金は円卓で保証できますが、命と思い出は壊れれば最期です。だから、お願いします 」


 ハウは少し迷っていた。


 言うことを聞いたからといって、外に逃がしてもらえる保証は無い。

 この騒ぎのうちに逃亡を測ることが、どう考えても最善だった。

 だが、


「よっしゃ乗ったァ!! 」


 ロクスの心は最初から決まっていた。

 その愚直で純粋な言葉に、ハウも嬉しそうな笑みをこぼした。


「私の能力は氷。ひとまとめにしてくれたのなら、被害を抑えられる。ロクスは」


「焼き尽くす!! 」


「だってさ 」


「了解。あっ、大丈夫ですよ。絶対に守りますから 」


 震える少女に、ユフナは優しく声をかける。

 そして静かに剣を振るった。


近つ終幕(クレシェンド)


 瞬きで起こる僅かな暗転。

 ただそれだけの間で、地にはびこる機械たちは空中にひとまとめにされていた。


 まるでこれから捨てられるゴミのように。

 いや、ようでは無い。


 これから燃やされる鉄くずども、ゴミと言わずになんと表現するべきか。


臓器失血(グレイプニル)


死者無き納棺(フューネロル)!! 」


 薄氷の檻がゴミを包み、火花を散らす白炎はロクスの手のひらに。

 そして静かに、その手は合わせられる。


 その姿はまるで、死者を弔うようだった。


遺骨無き墓(ノーム)


 街を呑む無音。

 それは広がった静寂とともに、集められた機械たちを消し飛ばし、街中(まちじゅう)の窓ガラスもぶち壊した。


 そう、街中(まちじゅう)である。


「……ロクス? 」


 ハウの目は冷ややかなものに変わっていく。


「いや……火力ミスったというか。物分りのいい騎士に会えてテンション上がったというか 」


「でも街を守ることが条件だったよね? 」


 ダラダラの汗がロクスの全身を冷やしていく。


 そう、絶体絶命である。

 街を守るということを破ったことによって、今。


 ランスロットの名を持つ円卓の騎士が敵となった。


 もはや逃亡できるかでは無い。

 死ぬか生きるかの瀬戸際だ。


「罪人を発見 」


 そのギリギリに立つ背を押すように、白の鎧を着た十六の兵士が現れた。


 彼らは処刑隊。

 対話などできない、罪人を殺すだけの騎士である。


「じゃあ 」


 白い義手が二人の首を掴んだ。

 死を覚悟する二人。それとは対照的に、ユフナは何かを託すような優しい笑みを浮かべた。


「さようなら 」


「「っ!? 」」


 ロクス達は一瞬で消滅。ユフナは少女を抱きかかえたまま地面に舞い降りた。


「どういうおつもりで? 」


 処刑隊であるにも関わらず、一人の兵士は問答する時間を与えた。


「見ての通り、逃がしました。あぁ抵抗はしませんよ……気をつけてね 」


「う……うん 」


 少女の背を優しく押し、ユフナは義手を名残惜しそうに手放した。

 それにどこか安堵するように、処刑隊たちは静かにユフナの両肩に拘束具をはめた。


 そこには騎士の姿はなく、ただ両腕のない少年が捕まっているだけだ。



「さて、ランスロット…………いや、ユフナ・コルテ。何か言い分は? 」


 あの義手も逃げる気もないユフナは軍法会議に掛けれていた。


 彼の前に広がるは、形だけの平等を示す円卓。

 十二の席に座るのは、円卓の名を関する騎士たちである。


「なにも。すべて処刑隊が見た通りです 」


「形だけでも悪びれることは出来ないのか? 」


 跪くユフナの首に、冷ややかな剣が乗せられる。

 そのドス黒い剣を握るのは、無数の傷跡を持つ、金髪の女性であった。


 彼女はアグラヴェインと呼ばれる一人の騎士。

 悪名高く、彼女が出向いた任務には腐臭と血なまぐささしか残らない。


 そこまで言われるほど、彼女は異端の騎士であった。


「まぁまぁまぁまぁ、とりあえず剣下ろして茶でもしばこうぜ!! 死刑は良くても私刑は犯罪だからな!! とても宜しくない!!! 」


 やかましく。そしてベラベラと喋る赤いロン毛の騎士。

 彼の名はモルガン。

 王無き円卓にて、最強なだけの騎士である。


「そんでランスロット……いやユフナは追放しようぜ 」


「……はっ? 」


 わざとらしく顔を歪ませたのはアグラヴェインであった。


「追放? 処刑の間違いでは? 彼は穢らわしい盗人を逃がした。平等を掲げるのなら、平等に罪を裁くのが円卓でしょう 」


「あぁ平等だ! だが成果への優劣は存在する!! さっきの謎の襲撃もユフナが居たから街はほぼ壊されていない。というか前の戦争でも、ユフナが居なけりゃ騎士たちの半分は死んでた!! まぁつまり……雑魚に発言権はねぇ、黙って意見を受け入れろ 」


「……平等に反するのでは? 」


「意見を受け入れない者が平等を語るのか? とかいう俺も平等に反してんな!! 一緒に処刑されっか!? アグラヴェイン 」


「……チッ 」


 モルガンのうざ絡みに、アグラヴェインは舌打ちを返す。

 そして剣をおさめた。


「よーし異論無くなった! じゃあ多数決な〜。ランスロットの功績を踏まえて、ユフナの追放に賛成な者は? 」


 ほの暗い部屋に10の手が上げられた。


 最後までユフナの処刑を押していたのはアグラヴェインだったが、平等なる多数決の前ではその意見は無意味だった。


 そしてユフナにかせられた要求は二つ。


「夜明けまでにこの国を去る。それまでに問題を起こせば即刻死刑……ですか 」


 ただの義手をベットの上に落とし、ユフナは呟いた。


 ここはこの国で一番古いホテルである。


 円卓の慈悲か、または情けか。罪人であるハズのユフナは、監視の目もなく静かに夜を過ごせている。


「というかあれ、何が入ってるんだろ? 」


 ふとユフナが手を伸ばしたのは、円卓を去る際に渡された古いカバンだ。


 その中身は大量の金、質の高い衣類、護身用の小さな白銀のナイフ。

 そして、血で殴り書かれた手紙があった。


 それにはアグラヴェインと名が刻まれていた。


『私を怨め、私はお前の死を望む。罪人であるお前を私たちは許さない。必ず貴様の首を円卓の上に見せしめとしてやる。必ず殺す、私を怨め 』


「えぇっと? 」


 ユフナは首をひねる。

 そしてこう翻訳した。


『ごめんなさい。あなたを助けるにはこうするしか無かった。お金はみんなが出し合った物。あなたが決断したことは間違いではあるけど、私は否定しない。そして騎士として、再びあなたに会える日を待ち望んでいる。また会いましょう。その時があれば、私を殺してくれても構わない 』

 

 そう。アグラヴェインが処刑に賛成したのは、形だけでも不満があると示すためである。

 そうでなければ円卓上層部の秩序は機能しなくなる。


 だから最後までユフナを否定し、怨まれることを承知で一芝居打ったのだ。

 ユフナの罪を、追放処分にまで軽くするために。


 尊敬し、敬愛するランスロットを逃がすために。


「……ほんと、真面目な人だなぁ 」


 手紙を焼き、ユフナは足早にホテルから抜け出した。

 これ以上迷惑をかけたくなかった。その一心で。


(さて、どこに行きましょうかね……あっ )


 薄暗い道がつづく街。その脇道にユフナは逸れた。

 

「こんばんは。今日はランタンが必要な夜ですね 」


「誰だ? 」


 血が散乱する路地裏には、ガタイのいい男三人が一人のやせ細った少年を囲っていた。


 靴に付いた血、拳を染める赤。

 リンチされていたのだろうとユフナは察した。


「まぁ……一般人です。ところで、こんな場所でリンチなんて度胸がありますね。犯罪者は処刑ですよ? 」


「何言ってる? コイツは俺たちの店から色んなもんを盗んだ犯罪者だ。俺らがやってるのは防衛だよ 」


「じゃあ通報すればいいでしょう。それだけで犯罪者は処刑されるし、盗まれた金品は国が返してくれる。まぁ、あなた方が犯罪者で無ければの話ですかね 」


 その一言を境に、空気はピリついた。


「……今なら無関係な人間と思ってやる。さっさと失せろ 」


 男たちはコートの下に手を入れた。

 これ以上関われば殺す。その警告を前に、


(……はぁ )


 ユフナはため息を吐いた。

 彼らにじゃない。この現状にだ。


 ここは路地裏だが人は居る。

 だが誰も殴られる彼から目を逸らした。


 それは悪いことでは無い。

 誰しもトラブルに関わりたいとは思わないだろう。


 だからこそ飽き飽きしていた。


 放っておかれた被害者は、その間に死ぬことを。

 死ねば何も残らないことを。


 彼は体験していたから。


「……大丈夫ですか? 」


 三人と迷惑をかけたくない気持ち。

 その両方を蹴り飛ばしたユフナは、蹲る少年に声をかけた。


「大丈夫……です。見逃してください……これ売らなきゃ……ご飯が 」


 少年の手には赤い兵器の破片が握られていた。

 少年にはそれが価値のあるものだと思っているのだろう。

 だがそれは旧式兵器の一部。

 殴られ血を吐くほどの価値は無い。


「……それ、買いましょう。お代はこのカバンに 」


「えっ? 」


 ユフナは半ば強引に、少年からその破片を買い取った。

 

「なんの騒ぎだ? 」


 けれど間の悪いことに、そこにやってきたのは一人の騎士だった。

 彼は喫茶店に居た男だ。


 手には銃が握られ、それはユフナに向けられている。


「……隊長 」


「元ですよ。伸びてる三人は殺す前に尋問しといてください。それと後ろの彼に救護を。あのカバンは僕が譲った物です 」


「……逃げないんですか? その返り血、あなたがやったんですよね? 」


「えぇ。殺してはいませんけど 」


 目を閉じ、いつ撃ち殺されても構わないと言いたげにユフナは両手をあげた。

 それを前に、銃を持つ騎士は迷った。


 シワを寄せ、歯ぎしりをし、銃を震わせても、その引き金を引けない。


「………………っ 」


 ためらう半端な騎士。

 沈黙の時間。

 そして轟速の黒い車が騎士の背を吹き飛ばす。


「おごぉっ!!? 」


 人を轢いて急ブレーキをかけた車。

 その中からロクスが身を乗り出した。


「どけどけお馬のお通りじゃい!!!! 」


「それ轢く前に言うべきだよ…… 」


「てめぇ……ら…… 」


 頭から壁に突っ込んだ騎士。

 ユフナはそれすら助けようとしたが、伸ばした腕は赤い義手に掴まれた。


「本日二度目の拉致だオラァ!! 」


「えちょっ 」


 ヒョイっと車に連れ込まれると、タイヤはギュルギュルとギアをあげて車を前へ押し出した。


 ユフナはもちろん困惑していた。

 その困惑に拍車をかけるように、前にいる二人はニカッと目を横に広げて笑った。


「「ようこそ幽霊ふわふわ強盗団へ!! 」」


「……なんで? 」


「団員不足! 強いヤツが居た! 以上!! 」


「あと頭も良さそうだしね。あっ、拒否権はないよ。新人は先輩の言うこと聞かなきゃね 」


「……はい? 」


「とりあえず俺たちのアジトに来いよ!! お前みたいなヤツなら絶対気にいるぞ〜!! 」


 黒い車はさらにスピードを上げたかと思えば、そのままタイヤが宙に浮いた。


『リミッター解除 冷却弾数 2 』


 そして爆音とともに、車は宙を走り出した。


「はぁぁ??? 」


「ハッハッハー!! 舌噛むなよ〜!!! 」




 ロクス。ハウ。そしてユフナ。

 この三人は(のち)に、街の平和を瓦解させる者たちである。


 不平等な正義を掲げ、平等なる正義を終わらせる犯罪者たちは、ここから始まった。



 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ