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天使が落ちた町  作者: ゆっくりゆきねこ
第一章 天使が降りた町
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天使が降りた町

どうも皆さんこんにちはこんばんは。

3週間・・・いや1か月よな・・・ぶりに新作出したゆっくりゆきねこです。

いやもうほんと・・・めっちゃ申し訳ございませんでした・・・。

これからは毎週末配信執筆を目標に着実に書き進めていきたいと思っています。

それはさておき、今回は前から書き溜めていたオリジナル作品2作目を公開しちゃうわよ!

1作目と打って変わって現代ファンタジー全年齢(オタク向け)です。

GIN☆TAMAとは違う意味で露骨なパロディどんどん入れていくわよ!

すみません今絶賛深夜テンションです後から多分書いたの後悔するので許して下さい(

因みにタイトルは誤字じゃないですあと舞台地元モチーフ(地名は仮の物だけど福島にある設定)です。

むかーしむかし。大体百年くらい昔・・・え?もっと前?五百年?もっと?・・・兎に角凄い昔!この町にかわいーくてやさしーい天使様が舞い降りたそうな。

・・・天使ってうつくしーいとか神々しーいの方が似合うんじゃないの?ごほん、脱線失礼。えーと、天使様はそれはそれは笑顔が可愛らしい方で、あっという間にこの町・・・というかこの時代くらいなら村だよね?えっと、村の人と仲良くなったんだとさ!

おっとっと、なんか終わった感じになってしまった!えーとえーと、天使様と共に楽しく暮らしてきた村の人でしたが、ある時村を災いが襲います!するとあら大変!村の作物や建物はずぶずぶの濡れ濡れ!橋はバキバキのバキ!食べ物もぐちゃ&ぐちゃ・・・え、長い?巻きで!?と、兎に角!大変な事になっちゃったの!・・・真面目にやれ?注文多いなあもう!うーん、シリアスっぽく言うの苦手なんだよねえ。まあ頑張るよ。

ごほん。優しい優しい天使様は、苦しい思いをしている村人達を見て悲しみます。何とかしてやりたいと思い悩みます。その末にある事を思いつきます。名案だ!と天使様、すぐ村人達に話をしに行きます。

――わたしの命を、天に在す我が主へ捧げます。そして永遠のキセキを、この村に与えます。さすればこの地は災いが避けて通り、幸福が溢れる理想郷となるでしょう――と。

この言葉に村人達は反対します。皆天使様が大好きだったからです。でもでも、天使様の意思は揺らぎません。天使様も皆が大好きだったからです。結局、天使様は皆の反対を押し切りまして、天の主様に命をお返ししてしまいました。

お陰で災いは終わりましたが、村は悲しみに包まれました。もういない天使様を想って、皆何日も何日も泣きました。雨はもう降っていないのに、心の雨は止む気配がありません。そんな日々の中、誰かが言いました。

――もう泣くのは止めよう。あの方は我々の幸福を望んで下さったのだぞ。いつまでも泣いていては、いつか我々が同じ天の国へ還る時、顔向け出来ぬであろう?——

その言葉に、皆は泣くのを止めました。代わりに、村を挙げて天使様を盛大に祀り上げる事としました。そんなこんなで、この村――もとい町は、天使が落ちてきたこの伝説に準えて、天降町と名付けられたのであります!


ーーーーーーーーーー


「うーん。前も読んだけど、これ日本の伝説にしては珍しいよねえ。何か西洋っぽいっていうか」

図書室で少女が一人、本を片手に呟く。本来高校には滅多に置いてないような、子供向けの絵本だ。この地域の学校や施設の本棚と言える場所には、大抵これがある。その位、この土地では有名な逸話らしい。彼女は一度全く同じ物を読んでいるから思い出すのも難しくない。

「って!もうすぐHR始まる!は、早く教室行かなきゃ!」

少女は絵本を本棚に戻し、図書室から出て廊下を走った。HR直前だからか人気は無く、走っても怒って来る人はいない。お陰で何とか予鈴までに教室へ辿り着いた少女は、閉まっている前方の扉の傍に立って深呼吸する。緊張のあまりに心臓が悲鳴を上げるのを、ぐっと堪えるように。

少女は真智神奈。本日高校二年生になったばかりの16歳。そしてほんの数日前に、ここ天降町へと越してきた真智一家の長女だ。

彼女達一家が住み始めた天降町とは、今日本で最も幸福指数値が高いと有名な町の事である。事実、ここ十年は町民の定住率が高く、毎年居住者も増加傾向にある。田舎の為遊び場が少なく、人口も多くない事からあまり信用されてないが。

そんな辺鄙な所にどうして彼女達が住もうと思ったのか。大元の理由は、彼女らの祖父がこの町に住んでいたからだ。この町の神社で神主をやっていた祖父は、十年と少し前から病魔に侵され、それきり一度も会えないまま亡くなってしまった。

彼女達はその葬式の為にここへ一度訪れた。そして折角遠路はるばる来たのにお葬式だけじゃなんだから、と町を探索したところ家族全員で気に入り、彼女の進級に合わせてそのまま越してきたのだ。祖父が住んでいた家を取り壊させたくなかったのもあったが。

そんなこんなで、カンナは今日この町唯一の高校、天降高校に転校してきた。生まれも育ちも神奈川県横浜市の彼女。当然転校なんて人生で初めてで、顔馴染みというコミュニティーに自分が増えると思うと、否が応でも緊張してしまうのだ。

(でも、友達欲しいもん!頑張って皆と仲良くするぞ!)

「皆さん、おはようございます。朝のHRを始めます」

(ウ、ウワー!ははは、始まってしまった!深呼吸深呼吸!大丈夫挨拶はちゃんと考えて来たんだからその通りに言えば大丈夫だっておばあちゃんが言ってたっておばあちゃん物心ついた時からいないじゃん助けておばあちゃん。と、兎に角呼吸をしっかり、吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー・・・)

「マチさん?どうかしました?」

「ひゃいっ!?」

いきなり声をかけられて(正確には教室で声をかけてくれたのを彼女が聞いてなかっただけだが)、カンナは思わず飛び上がってしまった。声の主もとい担任のコモリは扉を開けて顔を覗かせていたから、その声がしっかりと今から入る予定の教室に届いてしまったようで、教室からはどっと笑い声が上がった。羞恥にカンナの顔面が赤く染まる。

「こら、緊張してるんだから皆笑わない。さ、マチさん。どうぞ」

「はいぃ・・・」

コモリが生徒達を窘めつつ、カンナに入るよう促した。教室じゃなくて校庭に穴でも掘ってそこに入りたい気持ちだが、促すと言いつつ実質の拒否権は無い。教壇に引き返していったコモリ先生の後ろについて、カンナは教室に足を踏み入れた。

ホワイトボードに名前が書きこまれていく音を背に、わたしは恐る恐る教室を見渡す。先生の注意が効いたのか、他人の失敗をずっと笑う程性格の悪い人がいないのか、教室は少し雰囲気が緩い位でカンナを笑う気配はない。その事に安堵しつつ、カンナは再三深呼吸をした。

「さ、自己紹介を」

「は、はい!神奈川県から来ました、真智神奈です!えっと、アニメとか漫画とか好きなので、好きな作品の話沢山出来たらいいなって思ってます。よろしくお願いします」

前日から考えていた台詞を口にしつつ頭を下げる。教室の雰囲気に大きな変化はなく、拍手だけが起こった。変な自己紹介になってないか心配だったが、この反応なら大丈夫そうだ、と胸を撫でおろす。

「じゃあ、マチさんはあっちの後ろの方の席ね」

「はい、わかりました」

コモリが指さした、教室の後ろから2番目・窓から2列目の席へ、カンナは周囲にぺこぺこ頭を下げながら歩く。本人に自覚は無いが、見目がかなりよく都会育ちというレッテル付の彼女に、多くの人の視線が向いていた。注目に慣れない彼女はたじろぎつつ足を進めた。

その最中、カンナの瞳が一瞬ある人物を捉えた。カンナより廊下側の斜めひとつ前。彼女に注目する周囲と反対に、一切の視線を向けず突っ伏す少年。立てば170と少しはあるであろう、150前半のカンナにとっては見上げる程になる大きな背中が、不意にびくんと揺れた。

俗にジャーキングと呼ばれるそれに、突っ伏していた少年がノロノロと顔を上げる。HRにも関わらずさっきまで寝ていた様子のとろんとした目が、ゆっくりとこちらに向けられ――そして見開かれた。

「てんっ・・・」

少し低いテノールが、教室の喧騒に溶ける。他の人には聞こえなかった短いそれは、しかしその対象だったと思われるカンナにはしっかりと届いていて。勘違いかと思いつつも、逸らしかけていた目を彼の方へと向け直す。一つの美しい蒼と、視線が合った。

(あ、きれい・・・)

思わず一瞬、その美しさに見惚れる。その一瞬で向こうははっと気を取り直し、顔を背けてしまった。長い前髪に蒼い光が隠れる。初対面の人をじろじろ見過ぎた。その事に気付いたカンナは急に恥ずかしくなって、慌てたように視線を席に戻して足を速めた。その様子を遠くから一人の少女が興味深そうに見ていた事にも、彼女は終ぞ気付かなかった。


ーーーーーーーーーー


「カ・ン・ナ・ちゃーん!」

朝のHRが終わってすぐの自由時間。挨拶の直後に響いた自分を呼ぶ高い声に、カンナは大げさなくらい肩を揺らした。彼女はビビりな方ではないが、それでもそこまで驚いてしまうくらい声が大きかった。

「ごめんごめん、声大きかったね。こいつら群がる前にと思ったらつい」

言いながら、声の元凶である少女がカンナの方へ歩み寄ってきた。女子としては平均的な体格のカンナが少し見上げるくらいの彼女は、言葉の調子に違わず勝気な笑みを浮かべていた。落ち着いた感じだった先程の彼と比べると、瞳が力強く輝いている。

「こいつらって?」

「男子よ男子。カンナちゃん、まさか気付いてないの?アイツ等のフラチな視線!」

少女が態と声を張り上げつつ、こちらに視線を寄越している男子の団体の方をじろりと睨みつけた。途端、彼等はあからさまに嫌そうな顔をする。

「うわ、出たよ小姑」

「誰が小姑よ誰が!」

その内の一人が小声で呟いた言葉にも、少女は大越で返した。その男子は辟易したような顔をして、ふいと顔を逸らす。少女はふんと気に入らなさそうに鼻を鳴らして、カンナの方に向き直った。

「カンナちゃん可愛いし、都会っ子じゃん?田舎っぺの地味ィ~な男共からしたら、もうそれだけで格好の注目の的な訳!」

「そ、そうなの?」

「そうなの!うーん、天然で小動物チックなのも魅力的!でもそれは男共にとってもなんだよなあ・・・」

親指の爪を噛みながら、少女は不機嫌さを隠そうともせずにブツブツと呟く。カンナはよくわかっていないらしく首を傾げるしかない。彼女が困っている事に気付いたのだろう、少女はそれを止めて申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

「あはは、カンナちゃんには関係ないよね今の。あ、自己紹介!あたし斑目笑舞。気軽にエマって呼んで頂戴な」

「うん、エマちゃん」

素直に自分の名前を呼んでくれるカンナに、エマは喜びから満面の笑みを浮かべる。男性に対しては意地、と言うより敵意が勝つようだが、女性に対する態度は至って普通だ。先程は少し驚いたカンナだが、元より細かい事は気にしない性質なので、あぁいい人だ良かったくらいにしか思っていない。

「あはは、さっきは見苦しいとこ見せてごめんねえ。あたし男子が苦手ってか勝手に嫌いでさ。友達の彼氏とかについつい威嚇しちゃって、それで小姑なんて言われてんのよ。悪い癖なの」

「でもね~、そのおかげでクズ彼氏と別れられた人もいるし、悪いことばかりじゃないんだよぉ~?」

「ちょ、スズ!今そのフォローいいから!わざとらしくなっちゃうし、いやそうじゃないんだけど恥ずかしい!」

いつの間にか隣に立っていた友達らしき少女の言葉に、エマは顔を赤くし慌てて反論する。その様子がさっきまでと違い何だか面白く思えて、カンナはくすりと笑った。そんな様子には色々慣れっこらしく、スズと呼ばれたその少女はスルーを決め込んでカンナの方を向いた。

「うち猪川鈴鹿~。スズでいいよぉ」

「スズちゃん!宜しくね」

「よろしゅ~。カンちゃん、慣れない事一杯で大変でしょ~。聞きたい事なんでも言いな~?誰か答えてくれっから多分」

「相変わらず適当だよねスズ・・・。んまあ言う事には一理あるか。聞きたい事今のうちに聞いて!」

二人にそう言われ、カンナは暫し考え込んだ。クラスの誰にも言っていないが引っ越しからは少し経っているし、街の構造も穴場でない限りは大まかには把握している。今更態々聞くような事も無い。であれば町の事ではなくこの学校の事、特に彼女達の事を聞くべきだ。そう直感した。

「あそこに座ってる人の事、教えて欲しいな」

その思考を完全に無駄にする形で、カンナの口から殆ど無意識に言葉が出た。あれ、と思った時には意外な疑問を食らった眼前の二人は固まっていた。間違えたと思い撤回しにかかろうとしたカンナだったが、それよりも先に盛大な椅子の倒れる音が教室に響き渡った。

「今ハナフサ君のお話した!?」

倒れた椅子をそのままに、かなり離れた場所にいたその元凶が凄い勢いでこちらに近付いてきて、カンナに詰め寄った。詰め寄ったと言うには彼女の瞳は爛々と輝きすぎていたのだが、詰め寄ったとしか言いようがないくらい顔が近い。カンナはビビりつつも首を傾げる。その仕草で冷静になったのか、少女が少し距離を取った。

「そーりー!推しの話とあってつい!私嵐山新菜、ニーナでOKヨ☆ハナフサ君を陰からじっくりじっとり眺めるだけのヘンタ・・・ファン兼オタクです☆」

「あーもう始まったよこの最悪にも程がある自己紹介」

ニーナのあんまり過ぎる自己紹介に、エマは呆れたように突っ込む。ニーナはスズと同様それをガンスルーし、話を続けた。

「あの人は英葵。2月9日生まれ水瓶座A型のクール無口型メカクレイケメンなの!」

「い、いけ・・・?」

カンナが戸惑った様子でオウム返しする。確かに、一瞬見えた顔は前髪越しでも解るくらいには整っていた。そこは認めるがニーナの勢いが強すぎてついつい戸惑ってしまう。

「SO!でも無口だからね、私生活の事は全然わかんなくて、色々噂も立ってるの。不良と仲良くしてるとか」

「ヨネダと仲良いだけよ、それは」

「それも少し話してる姿しか目撃されないくらいドライな間柄だしぃ、ま~デマだわさ」

ニーナの情報にエマとスズとがフォローを付け加える。先程男子は嫌いだと言ったエマだが、アオイにはあまり悪感情を抱いていないらしい。

「ま、そこがミステリアスでいいんだけどね!」

「出たよ。ホントわかんないな~その感覚」

「こら~、アオ君が影で女子に人気あるのが気に入らないからってぐちぐち言わないのぉ」

「わかってるわよもう」

スズの怒る気の微塵も無さそうな窘めに、エマは頬を膨らませつつも従った。先程の言動からしてもこの態度自体は改めたいと思っているのだろう、とカンナは解釈する。

「しかし、入学早々彼に目を付けるとはお目が高いですなカンナ氏!どうどう?一緒にファンクラブ作らない?」

「お金ないからいいかな!」

「断る理由それ?ってかまだできてなかったんかい」

二人の天然な台詞に対し、エマが素早く突っ込みを入れる。しかし二人、特にカンナは何が可笑しいのかあんまりわかっていない様子で、首を傾げるばかりだ。そんな所も可愛く思えてしまうのだから本当にエマとしては面倒くさい。

「まあでも、アイツ人との接し方はあたし同様難ありだけど顔はいいからね。初見の人が興味持つのもまあ・・・よくあるし」

「不服そうで草。まあ顔いい人が起こす当然の事象ですよねわかります」

「あーもううるさい!あたしで遊ぶのやめて!?」

ぎゃいぎゃいと盛り上がる三人(スズは途中からフェードアウトしているが)を微笑ましく思いつつ、カンナはその三人の後ろ、先程指した彼の方に再度視線を向けた。彼女達のみならず教室中かなり騒がしいのに、彼は我関せずといった様子で静かに眠っている。

規則正しく上下する背中から、余程深く寝入っているようだ。硬い机というどう見ても眠り辛いだろう状態なのに、少し揺すったくらいでは目を覚ましそうにない。

(ミステリアスって言うには、ちょっと可愛すぎるような・・・)

そのギャップも段々面白くなってきて、ついつい笑ってしまいそうになるのをカンナは堪えた。どんちゃん騒ぎを一端落ち着かせたエマがそれを横目に見て、同じようにアオイに視線を寄越す。

「アイツ、いつも寝てんのよね。一体夜中何してんだか・・・」

「あーっ!そうだ、夜!エマ、教えとかないといけない事もう一個あったじゃん!」

「そうだった!わーっどうしよう、あとちょっとで始業式・・・。ええいとりあえず大事なとこだけでも!」

エマがバン、とカンナの机を強く叩いた。またカンナがびくーっと肩を跳ねさせたが、それを謝る余裕も無いらしい。そんなに重大な事なのか、とカンナは生唾を飲む。

「カンナちゃん、猫鬼に気を付けて」

「み、ミョウキ・・・?」

「この町の都市伝説!病魔を振りまき人を襲い心臓を抜く――猫の鬼よ!」


ーーーーーーーーーー


猫鬼。それは病を引き起こすとされる鬼の名。猫の頭と人の身体を持ち、大日如来を左手に病人を襲うとされる――正直よくわからない妖怪である。

それもその筈、猫鬼は鎌倉時代の書物にほんの少し残っているレベルの超マイナー妖怪なのだ。それなのに、今何故かその猫鬼がこの天降町で都市伝説と化していた。その理由の仔細を、カンナは始業式後にエマ達から教わった。

曰く、この町に猫鬼が出現し始めたのは数年前からだという。猫鬼は必ず夜に姿を現し、人を襲うらしい。暗闇の中瞳を怪しく光らせ、全身や凶器の如き長い爪の殆どを真新しい返り血に染めて、にたりと笑いながら人間を殺すべく迫って来る。追いつかれたら最後、心臓を抜かれて死んでしまうのだとか。

普通ならただの安い怪談だと笑われるものだが、この町でその存在を疑う者はほとんどいない。何しろ、目撃証言が余りにも多いのだ。夜間に外出した者の7割が目撃すると言われてしまう程、猫鬼はこの町に出現していた。実際、数日前にも彼女らの友人が襲われている。幸い怪我も無く逃げ帰る事が出来たが、あまりの恐怖から学校にも来れず引き籠っているという。

――だから、この町で夜中に出歩かないでね!絶対!——

エマはもしかすると、都会っ子は皆夜遊びしている、という認識をしているのかもしれない。そう薄々感じつつも特に何も突っ込まないまま、カンナは一人17時の明るい帰路を歩いていた。

あの後、カンナは彼女達3人を含む女子数名とカラオケに行っていた。無論男子禁制。まさにエマが言った通りの理由でカンナに群がろうとした男子達は悉く撃退された訳だがそれはさておき。始業式後だったので3時間くらいカラオケをした事になるのだが、彼女達は幾ら田舎でも高校生には早いのでは、となる17時には解散した。この態度が噂に更なる現実味を齎す。

だが、カンナには不思議に思う事があった。彼女達の話を疑っている訳ではないのだが、一方で矛盾を感じていたのだ。

それは、目撃情報が多い割に噂が曖昧な事だ。目撃情報が多いという事は、当然ながらそれだけ多くの人が猫鬼を目撃している事になる。目撃者が増えれば増える程、それの正体や行動ははっきりする筈なのだ。——本来なら。それなのに曖昧なのだ。

理由として考えられるものは二つ。一つは目撃した者が犠牲になっている可能性だが、目撃情報が多いとわかっている以上これは無い。死人には口など無いのだから。であればもう一つ。——実体の伴わない噂だけが独り歩きしている可能性。これしか考えられない。

「本当に猫鬼さんは悪い妖怪なのかなあ」

とはいえ、カンナは別に猫鬼の目撃者ではない。多少思う所はあっても指摘できる程の根拠など持ち合わせて居なかった。それでも、彼女の感情としては信じたいと思ってしまう。その理由は、彼女の家の中にあった。

少し古びた祖父の家——今は自分達の家だが——の前に立つ。慣れた場所ではないのに、何だか懐かしい香りがした。心地の良いその香りを軽く吸い込んで、玄関をがらりと開く。

「ただいまー!」

廊下の奥の方に届くように、カンナが声を張り上げた。すると声が消えた先、廊下の先に見える扉がゆっくりと開かれる。靴を脱いで揃えてからカンナが振り向くと、扉を開けた者がその視線の先へと姿を現した。

「にゃー」

それは、左目に傷のある猫であった。雄のアメリカンショートヘア推定2歳。子猫時代に瀕死の所をカンナに救われた元野生の個体である。名はスカー。二度と消えない傷をそれでも受け入れ、誇りとして名乗れるくらい強く生きて欲しいという願いからカンナがつけたものだ。

尻尾をゆるく揺らしながら、スカーがカンナを出迎えるように近付いてくる。それを追いかけるように、半開きの扉からスカーより大きな何かが飛び出してきた。

「おねーちゃ!」

その速度はまさに弾丸。先に出てきたスカーを歩幅の差もあってあっという間に追い越し、カンナの腕の中に思いっきりダイブした。慣れっこだったカンナがちゃんと受け止める態勢を取っていたからいいが、そうでなかったら転んだり玄関にぶつかったりで怪我必至の勢いである。

弾丸はカンナの実妹である真智神楽だ。カンナとは10歳離れており、今年小学生になったばかりである。10年ぶりに真智家へ舞い降りた天使だけあり、この年になっても家族中からベッタベタに甘やかされまくっている。

「こらカグラ、危ないよ」

「だって、おねーちゃおそいんだもん!」

「ふふ、ごめんね。スカーも待たせちゃったね」

「にゃお」

スカーが気にするな、という風に短く鳴き、くるりと踵を返して元居た方へ戻って行く。カンナもそれに続いてリビングに入るべく、カグラを放して先に戻るように伝えた。カグラは元気よく頷き、奥の方へとたとたとかけていく。それを見守ってから、カンナはくるりと後ろを振り返った。

「おいで」

カンナの優しい声に応えるように、玄関の扉の中央辺りが突然円形に白く染まった。——否、違う。扉をすり抜けて来たのだ。先程のスカーより少し小さい子猫のようなものが。白い布から黒い耳と尻尾を生やし、丸く愛らしい目をカンナに向けている”ナニカ”が。

「おかえり、てるちゃん」

カンナが声をかけるが、”それ”は特に何も反応を返さなかった。カンナはそれを気に留める事無く、リビングの方へ歩き出す。”それ”は廊下の床の高さまで猫のように飛んで、カンナの後を静かについて行った。


ーーーーーーーーーー


てるちゃんは、所謂オバケである。誰かにそうと明言された訳ではないが、カンナとカグラは少なくともそう認識している。引っ越しの少し前にどこからかふらりと現れた”それ”を、二人は可愛いからという理由で家に招き入れた。

オバケであるとわかったのもその時だ。スカー同様飼いたいとカグラが両親に言った所、両親がその姿を認識できなかったのである。カンナはこの時既に、自分と妹がオバケを見る事が出来る人間であると知っていた。その為、てるちゃんの正体を察する事ができたのだ。

こういう経緯の為、両親にはてるちゃんは「カグラのイマジナリーフレンド」として認識されている。まるでそこにいるかのように振る舞うカンナについては、それに付き合っているのだろうと考えているようだ。カグラはそれが不満らしく何度もてるちゃんの実在を訴えていたが、それが猶の事その認識を強めていた。

両親のその認識は別に間違っていない。ただ、自分達と違ってオバケが見えないというだけなのだ。見えないものを何とか納得いく形に処理しようとして、娘を信じていないかのような結論になってしまっただけなのだ。それにほんの少しも不満が無いかと言われると、まあ少し答えに困ってしまうのだけれど。

猫鬼を悪く思えないのもこのてるちゃんが理由だ。彼女とて、16年の人生の中で一度も悪いオバケに会っていないなんて事は残念ながらない。だが、オバケの大半は無害な者だという事も知っていた。無論、てるちゃんも例外では無い。寧ろカンナにとってはいいオバケですらあった。

新生活で友達が出来るか不安だったカンナにとって、ずっと後ろをついて回り寄り添ってくれるてるちゃんの存在は救いだった。こうやって無事に友達も出来た訳だが、それでも尽きる事のない不安を思う度、励ますように目の前に現れてくれた。正直意図はほんの少しも読めなかったが、それだけでカンナには十分すぎた。

だからこそ容易に疑いたくない。本当はオバケが怖いだけの存在では無いと皆に伝えたいけれども、それは見えない人にとっては酷な事だから。だからせめて、自分だけは信じていたいのだ。

――とはいえ。

前述の通り無実の証拠はない。今日話を聞いたばかりだから、自分を納得させる為の情報すら足りない状態だ。遭遇率が高いなら夜中に出かければいいだけなのだが、生憎と具体的な時間を聞いていない。張り込むにしても女子高生一人で出歩いていい時間は限られている。詰み。

「まあ、こういう時はまず手軽にネットからだよね」

夕食を終えたカンナは、思い立ったが吉日とばかりに調査を開始した。自前のパソコンを開き、検索ボックスに「猫鬼 天降町」と試しに打ってみる。すると出るわ出るわ、噂の猫鬼の情報がわんさかと結果に出力された。

一先ず適当に一番上の「あまふり怪奇スレ」というサイトを覗いてみる。その如何にもなタイトルに違わず、天降町の怪談話や都市伝説の数々がスレッド形式で投稿されているサイトだ。猫鬼の情報も多数ある。

ーーが、どれもこれもさっき聞いたような話ばかりで、カンナは落胆した。収穫は精々実物を見たらしい信憑性のある投稿が幾つかあった事くらい。結局の所間接的な目撃証言が増えただけだ。

他のサイトも幾つか当たってみたが、それらも外れ。寧ろ「あまふり怪奇スレ」が一番情報を持っていたまである。カンナは深く溜息をついて、諦めたようにパソコンを閉じて部屋を出た。


ーーーーーーーーーー


リビングに降りると、テレビから流れてくる誰かの絶叫——にしては異様に嬉しそうだが——が聞こえてきた。カンナの父が愛聴しているドッキリ番組だろう。今日は木曜だからモニタリングかなとカンナは当たりをつける。正解。

「・・・あれ?」

そこでカンナははたと異変に気付く。笑いのセンスを父から受け継いだ天使の声がしない。父が大笑いする中に妹の声が無い。まさか。

「にゃっ」

足元でスカーが大きめの声を上げる。かと思えば、忙しなくカンナの足元をぐるぐる回り始めた。嫌な予感がほぼ確信に変わったが、カンナは念の為台所の母に声をかける。

「お母さん、カグラは?」

「え?・・・あら、さっきまでいたのに。どこ行っちゃったのかしら」

またも正解。勿論悪い意味で。カンナはその返事を全部聞き終えるより先に玄関へと走り、スニーカーを履いた。内心で親切にも忠告してくれた新しい友達に、その言葉を無下にする事を謝りながら。

「私外探してくる!入れ違ったら怖いから、二人は家にいて!」

両親に止める暇も与えないまま、カンナは素早く家を飛び出した。スカーもその後に続き、すぐさまカンナを追い越して先導する。その後を追いかけ走るカンナの後ろを、更にてるちゃんが浮遊してついて行く。

カンナにはカグラの行方はわからない。ただ、いなくなった理由には心当たりがあった。カグラはまだ幼い。オバケと普通の生き物との区別がつかないし、近づいてはいけないオバケの見分け方もわからない。結果、度々オバケの善悪関係なく着いて行っては行方を眩ませてしまう。

この状態の妹を、カンナは4年近く前から探してはオバケを追い払ったり逆に逃げたりしつつ、毎度無事に連れ帰ってきていた。両親は頼れなかった。見えない二人ではオバケの対処が出来ないし、見えるカンナとしてもやり辛いからだ。

そんなカンナにとって最強の助っ人——もとい助猫がスカーだった。猫には人に見えないものが見えるとよく言われるが、少なくともスカーはそれに当てはまっているらしい。しかも恐らくだが、精度がカンナの何倍も高い。カグラの居場所が分からなくても、彼について行くだけで容易に辿り着ける。

しかも、スカーは猫にしてはかなり頭が良かった。現に今も、彼自身慣れない町且つ急ぎだと言うのに、自身が早く行ける”猫用の道”を完全に避けた最短ルートを通っている。そんな道とも呼べぬ道は主人が通れないという事を理解しているのだ。

結果としてスカーが真智家に来て以降、カグラを探すのは殆ど彼の役割になった。連れ戻す時はカンナが行かないといけないのだが、町中走り回る必要が無くなっただけで大分有難い。こうした信頼を2年に満たない月日で積み上げたからこそ、カンナは今こうして後先考えずに家を飛び出して行けるのだ。


ーーーーーーーーーー


「にゃー!」

前方を走るスカーが声を上げ、曲がり角を曲がる。これは脅威が近付いた時の合図だ。偶々通り道で遭遇したものでなければ、先に同じスタート地点から誘われているカグラも必然的に傍にいる。カンナは覚悟を決めつつ、スカーに続いて角を曲がった。

「え・・・」

その先で見た光景に、カンナは思わず足を止めて呆然とした。人気のない深夜の天降小学校、その校門にある異様な二つの物体。全身を駆け巡る本能的恐怖にカンナは震えた。

そこにあった――否いたのは、デフォルメされたユニコーンらしきものの見目をした”ナニカ”だった。ピンクと黄色の二ついるそれらは、オバケという点を鑑みたとしても余るくらい可愛い。だがこういうのに慣れていたカンナには理解出来た。——あれはヤバい。

「カグラは・・・!?」

周囲を見渡すが妹の姿は見えない。いなくなった正確な時間は分からないが、恐らくは先に辿り着いている筈なのに。——まさか。

「あれ?まぁた子供が増えてる」

後方から飛んできた声にカンナは肩を跳ねさせた。生きている人間の声。そう直ぐに勘づいたが、安心はこれっぽっちも出来なかった。声が異様にねっとりしている。

(今まで会った、悪いオバケと一緒・・・)

スカーも異様な空気感に気付いてか、声の方に向かって威嚇していた。カンナが恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはパーカーを着た男が一人立っていた。歳は30過ぎくらいで、別にこの時間出掛けていても不思議では無い。

だが、彼が不自然に見えないのは見えない”人だけだ。見えるカンナと、そのカンナより強く感じられるスカーには分かる。彼が普通では無いと。

「さっきの子とそっくりだねえ・・・ひょっとしてお姉さんかな?」

「・・・妹はどこ?」

「どこって、そこにいるじゃあないか。ああでも、僕好みの可愛い格好にしちゃったから、素人には分かんないかあ」

またまた嫌な予感が的中してしまった。カグラはどういう訳か、あの妙に可愛い人形にされてしまったのだ。それは分かったが、どちらが本物なのかカンナには分からない。スカーも動かないという事は、彼にも判別できないようだ。

「元に戻して」

「それは出来ないなあ。あの子はこれから僕の大事なお友達として、一緒に暮らしていくんだから」

「そんなの許される訳ないでしょ!?」

「大丈夫だよ、君もちゃあんと仲間に入れてあげるから」

カンナの背筋が凍りつく。生きている人間なのに、オバケ以上に話が通じない。と言うより、こちらの言葉を聞いていても把握していても、受容するつもりが無いのだろう。

男が懐から何かを取り出す。街頭を反射し赤く光るそれはどうやら飴玉らしい。それを見た瞬間理解する。カグラは何も疑うことなくお菓子としてそれを口に含み、そしてあの姿になったのだと。

飴玉を片手に、男がゆっくりとカンナの方に近付く。カンナは思わず後退るが、後方から殺気を感じて振り向いた。後ろにあるのはユニコーン擬き。一方は妹だとして、だったらもう一方は――?

カタリ、とユニコーン擬きの両方がカンナに向かって動く。どうやらどちらも男の意思に従って動いているらしい。カンナの身体が恐怖にカチカチと震え、固まった。完全に囲まれている。終わった。

「ふふふ。ふふふふふ。怖がらなくていいんだよぉ、ちゃあんと二人とも可愛がってあげる・・・」

気色悪い笑みを浮かべて、男がカンナに手を伸ばす。もうダメかもしれない。そんな絶望にカンナは涙を零した。男の手がカンナに触れるまで、あと数センチ。

――その瞬間、男の身体が飛んだ。

「——え」

それはまさに一瞬の出来事だった。カンナが事態を把握し、数瞬後に零せたのがそれだけだったというくらい、刹那的だった。男が悲鳴を上げ、同時に背後の殺意が和らぐ。そのおかげか、カンナの身体に自由が戻った。

だが、その事を喜ぶ余裕はカンナに無かった。その一瞬の間に起きた事が、男が吹っ飛んだ事だけではなかったからだ。夜闇に溶けるような黒色が視界で揺れている。

「やっと姿を見せたな。変態野郎」

カンナを背に庇うように立つ影が、苛立たし気に呟く。一応は人の形をしているそれの、腰辺りから伸びる黒い物が大きく揺れた。猫に慣れているカンナがぼうっと、ああ相当イライラしているんだなと理解する。——いや、そうじゃなくて。

「ミョウ、キ・・・」

呆然と呟いて、それと同時に全身の力が抜け、カンナはその場に座り込んだ。影はカンナより20と少しくらい背の高い、人間の男性らしき姿をしていた。だが、その頭部には髪より黒い猫の耳が、腰にはそれと同色の尾が生えている。話に聞いていた姿と少々違う気もしたが、手首辺りから生えている爪らしきものからは真新しい血が滴り落ちている。

「痛えなあ、くそ!またお前かよ・・・!」

猫鬼に蹴り飛ばされた男がゆらりと立ち上がる。その瞳は最早正気でなく、現れた部外者への殺意に満ちていた。それはカンナの後方にいたユニコーン擬きも同様で、カタカタと不気味に振動しながらカンナたちの正面の方に回り、男の盾になる。

「男の癖に、僕の高尚な趣味を邪魔してんじゃねえよぉ!ぶっ殺すぞ!」

男が殺意たっぷりに叫ぶと、ユニコーン擬き達の周囲に星型の”ナニカ”が出現した。それはピニャータ――メキシコの祭りでよく使われるくす玉人形——のような姿をしており、出現から間もなく爆発を起こして弾けた。中からビー玉くらいの何かが幾つも発射される。

「危ない・・・!」

爆発の寸前、攻撃の気配を感じたカンナが思わず叫んだ。至近距離である為着弾まで2秒も無い。言われるまでも無いという様子で猫鬼が防御姿勢を取る。あと1秒。刹那、着弾より早く小さな影が動いた。

1秒が消費されるまでのほんの一瞬で、カンナ達の視界が白く染まった。正確には少し違う。その白の視界には、幾つかだけ黒い部分があった。耳と尻尾を通し視界を確保するための、5つの穴が。

「・・・!」

猫鬼が目を見開く。それはカンナについてきていたてるちゃんであった。布状の身体を限界まで拡張し、猫鬼とカンナとそれからスカーを弾丸から守っていた。だが代償にかなりのダメージを受けたようで、てるちゃんはすぐ元のサイズに戻り猫鬼の足元に落ちた。

「あ・・・!」

猫鬼より動体視力で劣る為今事態に気付いたカンナが、細く声を上げる。同胞がやられたと認識したのか、スカーもその横で怒りに吼えていた。猫鬼は足元に蹲るてるちゃんを抱き上げ、男を睨みつける。

「貴方の”それ”は処分する」

「うるせえッ!偉そうな口きくんじゃねえよォ!」

男が再び叫ぶと、ユニコーン擬き達は再度ピニャータを呼び出した。今度は防ぐ手段が無い、とカンナは焦る。だが猫鬼は見飽きたとばかりに地を蹴り、左の方へ駆けた。標的を完全に猫鬼としたらしいそれらは一斉に彼の方を見る。それを読んでいた猫鬼はすぐ傍の木の幹を更に蹴り、空中へと飛んだ。

「へっ!空中じゃ攻撃避けられねえのが定石だって知らねえのかぁ!?」

ピニャータが爆発し、空中にいる彼へと向かって弾丸を射出する。月光に照らされたそれらが先程の飴玉と同じ輝きを放つと、さっきそれを見ていたカンナはそれらが同じ物であるという事を理解した。だが原料が砂糖ではない事は明白で、そうであったとしてもあの速度で飛んで来ればただでは済まないのもまた確実だった。

だが猫鬼は凶器としか形容できないそれらにも慣れた様子で、空中で器用に体勢を変えて飛んで来た飴玉を寸での所で避けた。勿論それだけで全てを回避する事は不可能だったが、回避して足裏辺りまで飛んで来たそれを踏み台にし、右方向に大きく飛んで全弾を完全に避けきった。男がその妙技に驚いている暇も無く、爪を黄色い方のユニコーン擬きに向かって振り下ろす。

「待って!」

「!」

それに待ったをかけたのは、それまで呆然と目の前の光景を見ている事しか出来なかったカンナであった。猫鬼がそれらに攻撃を加える寸前で、「どちらかは自分の妹」という事実を思い出したのである。彼女の叫びに、猫鬼は思わずその動きを止めてしまった。

「死ねえ!」

その隙を男は逃さなかった。コンマ1秒と使わずピニャータを再出現させ、瞬時に爆破する。猫鬼は小さく舌打ちし、抱きかかえたままのてるちゃんを庇うように男へ背を向けた。

「ぐっ・・・!」

弾丸の内の幾つかが背中に着弾し、猫鬼が短く悲鳴を上げた。勢いが相当なものだったらしく、その体が10m程カンナの後方へと飛ぶ。攻撃を食らいながらも猫鬼は自分がカンナにぶつからず、尚且つてるちゃんが地面に衝突しないよう身体を捻り、両足で地面に着地した。

「ちっ・・・」

だがてるちゃんを庇った事で彼もダメージを負ってしまったらしく、痛みに顔を顰めて小さく舌打ちした。自分のせいで大変なことになってしまった。そう感じたカンナが恐怖に震える足を無理矢理立たせ、彼の元へと駆け寄る。

「ご、ごめんなさい!私のせいで・・・」

「・・・いや。どっちか君の身内?」

「え?う、うん。妹が・・・」

「そう」

涙目で謝るカンナに対し、猫鬼は淡白にそう問うた。その事に戸惑いつつもカンナが答えると、猫鬼はカンナにてるちゃんを渡して立ち上がった。

「んだよぉ、まだやる気か!?ええ!?」

「言った筈だ。あなたの”それ”は処分すると。どんな理由があろうと他人の家族を奪ってはいけない。だから――あなたの心、狩らせて貰う」

血に染まった爪が月光にぎらりと輝く。さながら威嚇しているかのようなそれは、しかしカンナにはどうしてか神秘的に見えて、腕の中のてるちゃんを抱き寄せつつ見惚れていた。男はカンナとは逆に一瞬恐怖したような顔をして、しかしすぐに嘲笑うような下卑た表情になった。

「ははっ、はははっ・・・!でもさあ、お前わかってるぅ?どっちかはその子の妹なんだよお?それでも攻撃するんだぁ。そんな酷い事するんだぁ!」

その言葉を聞いたカンナはどの口が、と憤った。カンナとカグラにこんな酷い事をしているのに、と。猫鬼はその煽りには応じず、逆に呆れたように溜息をつく。その態度が気に食わないのか、男は怒り狂った。

「んだよ、その馬鹿にしたような態度はぁ!ふざけてんじゃねえよ、ああ!?」

「・・・はあ」

もう付き合うのも面倒だという様子で、猫鬼は溜息をつく。その態度で更に苛立った男は再度ユニコーン擬き達にピニャータを出させ、攻撃してきた。猫鬼の後ろにカンナ達がいるというのに、もう完全にお構いなしだ。

「伏せろ!」

猫鬼が叫ぶと同時に弾幕へと突貫する。カンナは言われた通りに地面へ伏せつつ、顔だけ上げてその様子を見守っていた。態々聞いたという事は妹を助けてくれるつもりなのかもしれないと期待していた一方で、その方法が分からない事が不安だった。

猫鬼は弾丸を切り裂きながら黄色い方のユニコーン擬きに接近し、その頭部を右手で鷲掴みにした。そっちが敵なのかと一瞬思ったカンナだったが、猫鬼は掴むと同時に何かを確信したようで、指先で後頭部を押し自分の後方へと追いやった。

追いやられたそれが街灯の下へと飛び込むと、カンナは猫鬼の行動の理由に納得した。その顔面に張り付けられた札のような物に、文字が浮かび上がっている。3文字。自分と少しだけ似た、妹の名前が。

「つまり、こっちが本体だ」

猫鬼は先程の個体の後ろにいた、もう一方のピンクユニコーンの頭を左手で掴み、持ち上げた。ユニコーン擬きは抵抗するようにピニャータを幾つか出現させるが、距離の近さが今度は仇になった。銀の光が一閃する。ピニャータはユニコーン擬きの胴ごと切り裂かれ、消滅した。バラバラとユニコーン擬きの中から飴玉が零れ落ちる。

「や、やった・・・?」

カンナが恐る恐ると頭を上げ、成り行きを見守る。零れ落ちた飴玉とユニコーン擬きの残骸は、黒い粒子になって空中へと溶けて行った。その姿が完全に消え去ると同時に、糸が切れたように黄色い方がばたんと横倒しになる。

カンナが急いで駆け寄り抱き上げると、口らしき部分からぽろりと飴玉が零れ落ち、消滅した。するとその姿が白い光に包まれ、人の形と重量を取り戻していく。ああ、この重さは。作為の無い自然なこの甘い香りは。

「カグラ・・・!」

光の中から、数時間ぶりの天使の寝顔が姿を現す。見た所怪我もしていないようだし、先程感じた異常な気配もしない。良かった。完全に元通りだ。緊張からの解放と同時に安堵感が押し寄せて来て、感極まったカンナはカグラとてるちゃんをきつく抱きしめた。

「ん~、くるし~よ~おねーちゃ」

カグラは眠ったまま、もごもごと文句を言いつつ姉の顔を両手で押しのけた。緊張感もなにもないそんな態度にも何だか安心してしまって、カンナは涙を零す。

「ひ、ひぃいいいっ!」

安堵の最中、急に聞こえてきた悲鳴にカンナはばっと顔を上げた。その先には猫鬼と先程の男。悲鳴を上げたのは男のようだ。

「ミ、猫鬼・・・!ひ、ひいいい!た、助けてくれえ!」

男は叫びながら、一目散に町の外の方へ逃げだした。猫鬼はその姿を憐れむようにじっと見つめていたが、追いかける事はしなかった。そっち森しかないけど、あの人大丈夫かな。もうすっかり安心しきってしまった彼女はそんな呑気な事を考えつつ、猫鬼の方へ駆け寄った。

「あの人、警察に逮捕して貰った方がいいのかな」

言ってから、オバケに警察とか通じるのかとカンナは思う。勿論突っ込むべきポイントはそこではない。猫鬼はカンナの言葉に少し驚いてから、すぐ真顔になって答えた。

「無駄だと思う。あの人は君と違って見えないから、”あれ”の事は悪い夢だったって勘違いするだろうし、それに被害者その子だけだから」

猫鬼の言葉にカンナは納得した。言われてみれば、こんな奴が何日も町で悪行を重ねていたら同じ年位の子供が何人も行方不明になって話題になっていたはず。そうなっていないという事は、本当に被害者はカグラだけだったのだろう。

「ごめんね」

「えっ?」

猫鬼にいきなり謝られ、カンナは困惑した。謝らなければいけないのは、戦いの邪魔をして怪我をさせたこっちでは。そうは思うのだが、止めていなかったら今頃カグラが犠牲になっていたかもしれないと思うと何となく言えない。

「ううん。寧ろ助けられちゃった。ありがと」

代わりに礼の言葉を述べると、猫鬼はまた少し驚いたような顔をして、かと思えばふいと顔を逸らされた。顔の横にある人間の物と同じ耳が赤く染まっている。何だ、恐ろしい都市伝説の怪物と言う割には可愛いじゃないか。とカンナはほっこりしていた。——と言うか。

(なんか、オバケって感じじゃないよね?)

見た目こそ確かに怪異と形容するべきだが、それ以外の部分が酷く人間臭い。照れて赤くなる所も、他のオバケを態々庇う所も、その時の痛がる様子その他諸々。

同意を求めるようにスカーを見れば、スカーはすたすたと猫鬼の足元に歩いて行って、その足に感謝のスリスリを食らわせた。飼い主の自分にも滅多にしないのに、と心に湧いた微かなジェラシーはグーパンチで眠らせた。

何にせよ、やっぱりおかしい。人に全然懐かずてるちゃん以外のオバケにも警戒心MAXなスカーがここまで心を開いているのもおかしい。一人不審がるカンナを尻目に猫鬼はしゃがんで足元のスカーを軽く撫で、それから再度立ち上がりカンナの方を見て告げた。

「今日の事は忘れて」

その時、カンナは初めて猫鬼と視線が合った。降り注ぐ月の光、煌々と照る街灯の灯りと補色になるような蒼色の星が瞬いていた。その美しさにカンナは三度見惚れる。告げられた言葉すらどうでもよくなるくらい、美しい輝きだった。

「彼と一緒。悪い夢でも見たと思って、僕を忘れて」

星をふっと逸らされたかと思えば、その影が大きく空へと飛んで、夜闇へと溶けて行った。美しい満天の星空の下、消えてしまったそこにはない星を惜しく思う。カンナは腕の中のカグラとてるちゃんとしっかりと抱きしめて、彼の去った後をじっと見つめた。

「忘れないよ、絶対。悪い夢なんかじゃなかったもん。そうでしょ?——ハナフサ君」

田舎町の夜は異様に静かで、そう呟いた声を聴いていたのは愛猫のスカーだけだった。彼は主人を急かすようにその足へ尾を巻き付け、家の方へ軽く引く。そうだ、まずはこの我が家の天使を無事に家へ送り届けなければ。カンナは呑気に眠り続けるカグラをてるちゃんごとしっかり抱き直して、家路を急いだ。

おまけスキットその1「都会って・・・①」


カンナ「皆カラオケ好きなの?」

エマ「好きっていうか・・・田舎の高校生の遊び場ってカラオケかデパートかゲーセンしかないし・・・」

スズ「んで、公共交通機関で来られる場所がカラオケとデパートしかない」

カンナ「な、なるほど」

ニーナ「都会勢はいいよねえ!コミケとかオンリーも行きたい放題し放題!狡くないすか!?」

カンナ「ご、ごめん。同人はあんまり詳しくなくて・・・」

エマ「あはは、同人やらないタイプのアニメ好きだ。残念だったねニーナ」

ニーナ「ぐうううう」

エマ「いや唸り声こわ」

スズ「でもうちも都会の人羨ましいかも~。カンナはどこ遊びに行ってたん?」

カンナ「えーっと、少し前はカップヌードルミュージアム行ったかな・・・」

エマ「えーっいいなあ楽しそう!どんなとこ?」

カンナ「えーっと、カップラーメンモチーフのオブジェから文字探したかな・・・」

エマ「どういうこと?」

ニーナ「本当の本当にどういうこと?」

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