第8話 「お前も隅に置けんな」
「許嫁だよ」
ある朝、門田礼がなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変っているのを発見した。
そんな気分だ。
いくら何でも不条理すぎる。
赤渡ユリアの襲撃の後、騒ぎを聞きつけた親父にそう言われた。
「今なんと?」
「だから、ユリアはお前の許嫁だ」
許嫁?
許嫁ってなんだ?
許嫁 名詞 <動詞「いいなづく」の連用形から>
1.双方の親が、子供が幼いうちから結婚させる約束をしておくこと。
2.結婚の約束をした相手。婚約者。フィアンセ。
3.アニメ、漫画などで使われる都合のいい設定。
用例「――って漬け物なの?」
いやいや、辞書的な意味でなくて。っていうか後半おかしくないか?
「ちょっと待て!なんで勝手にそんなこと決まってるんだよ!」
「それが一族の掟なのだ」
親父がここぞとばかりに威厳に満ちた様子で言う。
「今まではそれで我慢してきたけど、これは納得できねぇ!」
「お前の気持ちもよくわかるが、ユリアは見目美しいではないか。お前はラッキーだよ。中には家畜なのか嫁なのかわからんようなのを貰った奴もいたからなぁ」
そう言って、同士のために涙を浮かべる親父。
いやそうでなくて。
「こんなの今すぐ解消してくれ!あの女には殴られるわ、殺されかけるわで、全くというほど仲良くなれる自信がない!」
「何言ってるんだ!男は度胸だ!どーんと砕けてこい!」
ああ、今すぐこの場でどーんと砕けてしまいたい。
「というか、夜中に襲ってくるなんて夜這いじゃないか?積極的だなぁ」
あれはどう見ても夜襲だと思います。
「お前も隅に置けんな」
そのまま僕を押し入れにでも入れておいてください。
「赤渡家には跡継ぎがいるのは知っていたけれど、女だったなんて知らなかったぞ!しかも、ほとんど初めてあったばかりの人間が許嫁なんて!」
「そうだな。私もユリアを見ることはあまりなかったから、赤渡家に娘がいると言うこと自体都市伝説なんじゃないかと疑っていたよ。ハッハッハッ」
「問題はそこじゃない!」
それからしばらく親父と押し問答してみたが、のれんに腕押しで解消する気など全くないようだ。
そのうち親父は「眠いから寝る」と駄々をこね、しかるのちにさっさと寝室に戻っていってしまった。
ああ、困ったことになった。
許嫁なんて物語の世界のものだと思っていた。しかも相手は凶暴女。
しかも、僕には心に決めた人がいるのに!
気がつくと、放心状態のまま僕は自分の部屋から朝日が昇るのを見ていた。