第7話 「貴方がどんなものかを量りにきただけよ」
痛くて眠れなかった。
殴られた箇所は腫れていたが最初痛みはあまりなかった。うちに帰ってホッとしたのか、ベッドに入る頃になって急に痛みが押し寄せてきた。
怪しい秘孔でも突かれたのだろうか。
さらにKOされ、3時間ほど眠っていたせいもあって、僕の二つの目は爛々としている。
他に理由があるとすれば、相備いずみ(和服バージョン)と長く話してしまったことで興奮していると言うこともある。
そう考えると痛くて眠れなかった訳ではないかもしれない。
はじめは電気を消した自分の部屋で輾転反側していたが、どうにも先述の通り眠れないので気分転換をしようと思いベッドを出た。
カーテンの隙間からは、月明かりが漏れていた。
なんだか外が気になったので、新鮮な空気を吸うつもりでベランダに出てみた。
見上げるともう2,3日すれば満月になろう月が出ていた。深夜なので街も暗くなっており、いくら春の大三角が頑張っていても、もはや月の独壇場になっていた。
4月とはいえ北陸の夜はまだまだ寒い。
僕は冷えて圧縮された空気を肺の中に詰め込んだ。
月をぼんやり見ながら、そう言えばあの凶暴女も今の月のように輝いていたなと考えていた。
とにかくあの女のことは忘れられなかった。(インパクトの面で)
あの容姿に暴言と凶暴性。
ギャップ萌えにも限度がある。
僕にはハードルが高すぎる。
それにしても相備いずみの従姉妹とは信じがたい。
「そういえばあの女なんて言う名前なんだろ」
そう呟いた瞬間だった。
ヒュン。
右耳の近くを何かが通り過ぎた。
右の頬が熱くなってきたので触ってみると手が赤く染まった。
ビィン
次は、自分の目の前の柵から音がした。
見てみると、刃渡り5センチくらいの小さなダガーナイフが柵に刺さっていた。
角度的に見て、下方向。
下を覗こうとしたら、第三撃が来た。
「やべっ!」
それをすれすれで躱すと柵からすばやく離れ、しゃがみ込んだ。
ここなら、下から攻撃することは不可能だ。
強盗か?
それならば、わざわざ先制攻撃などしなくてもいいはずだ。
では、敵襲か?
僕は命を狙われる覚えがないので、一族に対しての恨みか何かか?
そう考えていると、ふと月明かりが暗くなった気がした。
月が雲に隠れたのだろうか。
これだと犯人が見づらくなる。
そう思って月を見よう顔を上げた。
人が立っていた。
僕は驚いた。
急に人が現れたことにではない。
そいつの顔は見覚えがあった。
月明かりは長い髪をキラキラと輝かせ、白い肌をぼんやりと光らせていた。ブーツにオーバーニーのソックスはダーク系。黒のハーフコートは襟を立て綺麗に着こなされており、皮の手袋を着用している。紺色のプリーツのスカートはこんな襲撃するときに着るものではないが、そこは鉄壁のスカート仕様なので問題ない。闇に紛れるための格好なのだが、洗練された着こなしだった。
そう、この女は僕を殴り倒した女。
「私の名前はユリア。赤渡ユリアよ。良く覚えておきなさい」
「!?」
赤渡って言った。
こいつ赤渡って。
何かを言おうとしたが、僕はとっさに横に飛んだ。
次の瞬間、先ほどからお馴染みのダガーナイフが、ベランダの床に小気味良く突き刺った。
ナイフを投げることに全く躊躇いがない。
「私、投げナイフは得意じゃないのよ」
そういってナイフを手品師のように出してきた。一体どこにそんなに隠し持ってるんだ。
赤渡ユリアは、両手に三本ずつナイフを持ち構えた。
ちょうど月明かりが逆光になり、ナイフだけが不気味に鈍く光っていた。
「ああ、礼。どうして貴方は礼なの?」
そう言って、ナイフを投げてきた。計六本。僕は咄嗟に身を翻した。
「こんな状況で言われても全くっ!」
カカッ!
「嬉しくっ!」
カカッ!
「ないっ!」
カカカッ!
ん?一本多い気がしたが気のせいだろう。
しかしこの程度の攻撃ならば、まず当たることはない。大丈夫。
それにしても今日はイレギュラーなことが多すぎて何が何だか分からん。
「お前、一人でこの家のセキュリティをかいくぐってきたのか?」
「それがどうしたのよ。私にしてみればこんなセキュリティなんてザルね」
よく考えれば赤渡家の人間だ。そうであっても全くおかしくはない。
「だったらお前、僕にこんな攻撃をしても無駄なことはよく知っているはずだ」
「知っているわ。闇討ちには音が出ないからこのチョイスだったのだけれども」さっきから表情一つ変わらずに言う。「選択ミスね」
ただ単に僕を見くびっていただけなのかもしれないが、はじめの2発が当たっていたら、僕はやられていた。殺気をあそこまで消せるのは、彼女には実力があるからだ。
「目的は何だ!」
「特にないわ。貴方がどんなものかを量りにきただけよ」
「量りに?」
そのとき、ようやくセキュリティがおかしいことに気付いたのか、家が騒がしくなってきた。それを察して、赤渡ユリアは一つため息を吐いた。
「もう少し遊びたかったのだけれど、仕方ないわね」
そう言って、ベランダからフワッと飛び降りていった。彼女を追って、ベランダの下を覗き込んだが、すでにその姿はなかった。