第29話 「じゃあ、あの娘のこと嫌いですか?」
「じゃあ、あの娘のこと嫌いですか?」
そう聞かれて、ドクンと心臓が大きく脈打ったのを感じた。いつも酷い目には遭わされてはいるが、ユリアを不愉快に思った事が無かったと気付いたからだ。
「……嫌いじゃ……ない、と思う」
僕はどう答えていいかわからず、しどろもどろで答えた。なぜだか解らないが、自分の顔が熱くなってきているのがわかった。そんな様子の僕を見たのか知らないが、相備いずみは小さくため息を吐いて言った。
「だったら尚のこと。一度本気でぶつかり合った方がいいと思いますよ」
「え、でも……」
「私、あの娘がすごく門田君の事心配しているのだと思っています。いつまた、あの戦いが起きるかわからないのですから……」
「でも、あの戦いは……」
あの戦いは第二次世界大戦の時に終わりを告げたはずだ。今更その話を持ってくるなんておかしいことなのだ。みんなで僕にドッキリでも仕掛けているのかと思うくらいだ。僕はそう思い反論しようとしたが、相備いずみは僕の言葉を遮った。
「私からも、お願いします。」
真剣な眼差しで僕に目を合わせ、ゆっくり頭を下げた。僕は冗談ではないのだと悟った。
「もしかして、奴らは……?」
「正直なところ私にはわかりません。しかし私も……」
相備いずみはそう言いかけたところハッとしたような顔になり、そのまま黙って俯いてしまった。何を言いたかったのかは僕にはわからなかったが、ただ単に沈黙が怖かったので無理矢理話を繋いだ。
「だからと言って、ユリアと全力で戦えば解決するような事なんですか?」
「……私にはわからないけれど、あの娘の性格からして、今の貴方の態度が嫌なんだと思います」
相備いずみは、俯いたままだった。
「態度?」
「巻き込まれたから戦うとか、付き合わされているからとかそう言う態度です」
そう言って、やっと顔を上げ僕の目を真っ直ぐ見た。
「奴らとの戦いでは、そんな中途半端な気持ちでは必ず命を落とす事になります。その覚悟の無さが……多分嫌なんだと思います」
好きな人に言われると思いのほかショックであった。
その指摘は正解だったからである。
今まで、何かのせいにして受け身になっていたのは自覚していたが、改めて言われると堪えるものがあった。
僕は今までなるべく目立たないよう生きてきた。そう生きてきたのはもしかしたら掟のせいにしていただけかもしれない。戦いにしても、すべてユリアのせいにしていた。
正直、掟に縛られず自由に振る舞っているユリアを見ていて、うらやましいと思っていた。しかしその振る舞いも裏を返せば、大変なプレッシャーとの戦いだったのかもしれない。掟を破る事は、一歩間違えると一族を敵に回してしまう危険性がある。そうでないとしても、色々なところから苦言を呈されていたかもしれない。でもユリアは、そんな事おくびにも出さず自分の信じる方へと向かっていたようにみえる。そんな人間にとって、すべてを何かのせいにしている受け身の僕を見ていて、相当歯痒かったのかもしれない。
「私の気も知らずによくそんな事言えたものね」
あの時言われた言葉が、重く僕にのし掛かってくる。それがすべてを物語っているような気がしたからだ。クールな顔したあのお姫様は、何もかもお見通しだったのかもしれない。
相備いずみは、ジッと僕が話すのを待っていた。
「覚悟しろって事なんですよね?」
そう言うと相備いずみはゆっくり縦に首を振った。
「僕は今まで、受け身の生き方をしていた。それをすぐに直す事は出来ないと思う。でも、ユリアと本気で戦う事で少しでも変われるのならそうしようと思います」
そういうと、相備いずみは慈しみを持った笑顔を向けた。
「よくできました。門田家の後を継ぐ者として一歩前に進めましたね」
そう言って頭を撫でてくれそうな優しい笑顔だった。
その後僕らは、それぞれの帰路についた。別れ際に何となく寂しそうな様子の相備いずみの顔が気になったが、僕は新たな決意を胸に前に進んだのであった。