第2話 「おはよう、礼!」
四月のはじめ。
憧れの相備いずみと同じ高校に入り、気合いで望んだクラス発表。彼女とは違うクラスで落胆した。
しかし、中学からつるんでいる仲間と一緒のクラスになり(これはホントにラッキーだった)高校生活もすぐに慣れそうな、そんなある日。
「おはよう、礼!」
そう言って、僕は頭をどつかれる。
僕は口を開けてボーッとしながら頬杖をついていたので、不意を突かれて上の歯と下の歯が衝突し、骨に響く痛みが妙に新鮮な感覚であった。
「礼とあろうものが隙だらけだぞ」
そう言うと、何か思い当たったようにニヤリと笑い「またあの子のこと考えていたな」と言った。
「確かにそれは間違いないが、もし僕が舌を出していたら間違いなく死んでいたな」
「どんな状況で妄想に耽ってるのよ」
朝から教室で、頬杖をついて舌を出しながら物思いに耽る男子高校生を想像してみた。
「確かに気持ち悪いな」
いきなりどついてきた彼女の名は里桜。名字は弁望。彼女の外見を簡単に説明するとショートヘヤーでバスケ部で鍛えた健康的な肉体を持っている。活発でサバサバした性格のいわゆるボーイッシュと言う奴で、男女分け隔てなく人気を集めている。運動神経も良く、頭もいい方なので中学の時にはクラスの中でもリーダー的存在であった。ここの高校でも早速ファンクラブが出来ているという噂を聞く。
そして、僕の幼なじみである。
おっと、ここで誤解していただいては困る。
僕は、決して幼なじみ萌えではない。
朝、起こしに来てもらったことなど一度もないし、一緒にお風呂に入ったじゃないかとか、大きくなったらお嫁さんになる的なフラグやイベントなど発生したことはない。もちろん家もお隣さんということも決してない。
さらに付け加えると、どこかの研究で、幼なじみと恋仲になる確率は少ないということも聞いたことがある。
ただ、あまりに仲がいいので中学の時に付き合っているのではないかという噂が案の定立ち、火を消すのに大変な目にあったことがある。さらに里桜とじゃれ合うことが多いので、ファンから恨まれることもしばしばあった。しかし、お互い良い友達としており、一切恋愛感情は持ち合わせてはいない。
一応、念には念を入れて誤解を解いておくことにする。
彼女には、ちゃんと想い人がいる。もちろん僕ではない。
僕はというと、相備いずみという永遠の片思いに殉じているので言うまでもない。
これでよろしいか。
「どのみち、朝から妄想している時点で気持ち悪いよ」
「いいじゃないか、誰かに迷惑掛けているわけでもなし」
「へいへい。」
そうやっていつものようにじゃれ合っていると、もう一人のつるんでいる仲間が教室に入ってきた。
「おはよう」
僕がそう言うと、
「今日もお二人さんお似合いですね」と言ってくる。
「そう言うこというとまた誤解されるだろ。前の時も大変だったのに高校でも噂立たれちゃ困る」
「ハッハッハ。今日も元気がいいね。」と彼はシニカルに言った。「君が困る姿もなかなか趣があっていいんだけど」
彼の名は潮。名字は真弓。髪はいつも長めで、しょっちゅう頭髪検査に引っかかる。体型はひょろっとしているが意外と運動が得意。顔色は少し良くないが、それが逆に影のある男のように作用している。成績は本気を出せばいいらしく、中学の先生は何故この高校に受かったのか分からないという様子だった。根はいい奴なのだが(多分)何かよく分からない奴で、いまいちつかみ所がないというか、裏工作やら根回しが得意ですと言われても違和感がない。将来政治家になれそうだ。
「潮くん、今日は早いのね」と意外そうな顔で里桜が言った。
「今日は、空が曇っていてどんよりしているからね。不快指数が高くていいね。趣深いよ」
なんだかよく分からない理屈で早く来てしまったらしい。いつもは遅刻か、ギリギリアウトなのに。
「それにちょっとおもしろい情報も手に入れたしね」
意味深な表情で潮が僕に話しかける。
「君は今度ある赤渡家のパーティーには出るのかい?」
「うーん、本当はあまり出たくないんだけど……最初一時間ほどだけ出たら抜け出そうと思っているよ」
「そうなのかい。それじゃあ僕もそのパーティーにお邪魔してもいいかい?」
「なんで?」
「おいしいものがタダで食べられるから」
「……」
くだらない理由に思わず閉口していても、潮は構わず話し続ける。
「もちろんタダとは言わないよ。情報と引き替えってことで、どう?」
「どうせくだらない情報だろ」
そう吐き捨てると、潮は残念そうな顔しながら言った。
「相備さん関係の情報ですが、そうですかいらないですか……」
「是非出てください」
潮の情報によると、相備いずみがパーティーに出席すると言うことだった。しかも遅れてやってくると言うことだったので入れ違いになる可能性もあったのだ。このまま知らなかったら、とても勿体ないことをするところだった。
「ねぇ、礼」
僕が浮かれていると、里桜がまた頭をどつく。
「あたしも連れて行ってよね」
そして、少し不機嫌そうに「あたしだけ仲間はずれなんて許さないんだから」と言った。
「わかったよ。分かっていますから」
僕はニヤニヤしながら答えた。
ツンデレみたいな言い方になっていたが、彼女はツンデレではない。そして僕がニヤニヤしているのは助平だからではない。いや、訂正しよう。助平だがこんなにあからさまではない。
先ほどの里桜の想い人というのは潮だからである。
あっさり言ってしまっているが、どうせこの先嫌でもわかることなので、言っておくことにした。
とにかく里桜は、パーティーに行きたいのではなくて潮と一緒にいたいのである。よって僕と里桜の二人は不自然な態度になったのだ。当の潮本人は、分かっているのか分かってないのか知らないが、恋愛ごとは疎いようなので分かってない方に500ペセタ。
「それじゃ、パーティーには三人で行くと言うことで!」
そう里桜が手を叩いてこれで話はおしまいという感じで言った。
ちょうどそのときチャイムがなり、朝のSHが始まった。