第28話 「門田君、ちょっと」
とある土曜の昼下がり。
とんでもない事になっていた。
ここは、この町で数少ないオシャレなカフェ。
そこでテーブルを挟んで僕と向かい合っている女性。
相備いずみであった。
それはついさっきの事。部活が午前中で終わり、さて帰ろうかと思っていたときだった。
「門田君、ちょっと」
相備いずみが僕に話しかけてきた。途端に硬直してしまう僕。
僕は未だに相備いずみに慣れていない。彼女がそばに近寄るだけで、血圧が上昇し、なぜか血糖値も上昇し、3大疾病(がん・急性心筋梗塞・脳卒中)に罹りそうな勢いになる。相備いずみを遠巻きに見ているだけで幸せを感じ、それで満足している自分が情けないと思うが、疾病になるリスクと比べたらその方がいいのかもしれない。
「ど、どうしたんですか?」
頭がクラクラしてきた。脳卒中の危機にさらされているのだろうか?
「今日、ユリアちゃん部活休んでるけど、何か聞いてないかと思いまして」
「いや、僕は何も……」
「最近部活休みがちだし、気になっているんですが……それに最近二人が喧嘩しているように見えますし」
「そうですか?」
あの戦いから数日が経っていたのだが、あれ以来ユリアとはほとんど口を利いていない。
ただ単純に気まずいと言う事もあったが、ユリアは僕と顔を合わせる度にそっぽを向いて無視を決め込んでいた。襲撃も一切なくなり、安心安全の日々を過ごせてはいるのだが、誰かとこういう状態というのは何となくストレスが溜まるものである。それはそれで嫌な日々であった。
「差し支えなかったら教えていただけませんか?」
どう返事していいものかわからなかったので、色々な意味で戸惑いの表情を作りながら黙っていると、相備いずみが「それじゃ」と小さく手を合わせて言った。
「もしかして話しにくい事なんですね?ここで話にくいなら、どこか場所を変えましょうか?以前のお礼もしていなかったことですし」
と、現在に至る。
僕たちが今居る場所は和風カフェ。この町には古い町並みや蔵が残っており、ここはそれを改装したオシャレな店だ。テーブルなどの調度品などすべて店内の雰囲気にマッチしており、マック斉藤の店と比べたら雲泥の差だ。あそこはファーストフード店のくせに、『漢の巣窟』のような感じであるからだ。
ここは相備いずみの愛用の店らしい。確かに雰囲気が相備いずみと似合っている。
そんな所に男女二人が向かい合って座っていればデートしてるようにしか見えない。さらに、「何か緊張しますね。殿方と二人でって言うのは初めてなんです」と照れながら答える相備いずみに内心は藤田スケール(※10)で言うとF6クラスの竜巻が起きているかのように穏やかではなかった。
ちょっと待て、初めてと言う事は僕が相備いずみの初めての男なんだよな。やほーい。
しかも今、この時間は相備いずみを独り占めしている!なんてことだ!
デートなんて夢にまで見たシチュエーション!
今この時だけは僕の事だけを見ていてくれる!
ああ、なんて幸せなんだ!
こんな日が来ようとは!
こんな日が来ようとは!
もう死んでもいいかも!
「……田君?門田君?どうしたの?」
そんな声でハッと我に返った。こんな時にまで妄想に入ってしまっていた。ああ、僕のバカ。
「何かに取り憑かれたようになってましたけど大丈夫ですか?」
本気で心配しているようだったが、頭を心配されているならいっそここで死んでしまおうかと思った。でも、そうじゃなさそうなので僕は一命を取り留めた。そのおかげかどうかは解らないが、少し緊張が解けてきたような気がした。
とりあえず、体制を整えるため、軽くジャブを撃っておこう。
「あるは、はたたかいですねぇ~」
ジャブ失敗。固まる二人。
「あ、あつは夏いですねみたいなノリです…よね?」
「いえ、噛みました」
「わざとみたいでしたが」
「かみまみた」
「わざとじゃないのね!」
「あいあいさー」
「合っているのは母音だけですよ?」
優雅なツッコミを期待したが、そう言うのは慣れしていないようで何となくぎこちない。相備いずみにも苦手なものあるんだなと思った。まぁ、そんなスキルを求めてもどうしようもないが。ユリアだったらどうツッコんだんだろう?
「それで、ユリアちゃんの事なんですけど……」
世間話もそこそこに、本題に突入した。
僕は正直どう話したらいいかわからなかった。
ユリアと日常的に戦っていて(一方的だが)僕が一向に本気で戦わないから、愛想を尽かされたと答えるのがいいのだろうか。それとも些細な喧嘩をしたと誤魔化した方がいいのだろうか。
一応、相備家は赤渡一族と繋がりがあるのだから、能力の事などある程度の事は知っているはずだ。 そう考えるとこんな事を話せるのは、逆に相備いずみぐらいかもしれない。
「……実は、数日前ユリアと戦ったんです」
「えっ?喧嘩じゃなくてですか?」
その綺麗な目を丸くしながら答えた。
「はい、戦ったんです。だから別に喧嘩とかじゃないんです。戦う事はよくある事ですし。少なくとも僕はユリアに対して何も怒っていないし、恨みも無いです。ユリアはどう思っているか知らないですけど」
そう言うと、相備いずみは微笑みながら言った。
「ユリアちゃんも多分そんな事は無いと思いますよ。いつも私に楽しそうに門田君の事を話してくれるんですもの」
そう言われると、何となく安堵する気持ちになったのは何故なんだろう。その気持ちは、目の前にいる相備いずみに対して何だか申し訳ないような気持ちになった。
そんな複雑な気持ちでいると、
「恋人同士なんだからシャキッとした方がいいと思います」
その言葉に今度は僕の方が目を丸くした。
「いやいやいや!ユリアとはそんな関係じゃないよ!誤解しないで!」
全力で身振り手振りを入れながら否定した。
「え、そうだったの?てっきりそう言う事だと……ごめんなさい。二人はいつもいい雰囲気でしたから……様子を見ていると何だかうらやましかったぐらいです」
そんな風に見えていたのか。しかし、ちゃんと誤解を解いておかないと、僕は相備いずみと結ばれる確率が0になってしまう。少しでも望みは繋げておきたい。
「そう見えるかもしれないけど、ユリアにはいつも酷い目に遭わされているし、無理矢理付き合わされてるだけで好きとかそういうのは……」
「じゃあ、あの娘のこと嫌いですか?」
相備いずみの言葉は、鋭く僕の心に刺さったような気がした。
※10 藤田スケール
竜巻を強度に応じてつける等級のこと。F6が最大級で未曾有の災害をもたらすと言われている。しかし、F6級の竜巻は公式には観測された事が無いと言われている。