第26話 「がっかりとは何よ。」
「遅かったのね」
そこには美少女が待っていた。但し、僕がよく知っている美少女だったが。
「お前だったのかー!がっかりだー!」
なんだか僕の初めてを穢されてしまったような、そんな気分で答えた。
「がっかりとは何よ。」
「何か期待してた僕が馬鹿だったー!」
変に浮かれてしまったのできっと天罰が下ったんだろう。
「ああいう風にすればきっと阿保面下げて来ると思ったけれど、やっぱりね……呆れるのを通り越して、可哀想に思えてきたわ」
そうして哀れむような目を僕に向けるのであった。
「ぼ、僕、穢れちゃったよー!」
古典的な罠に、無警戒に引っ掛かってしまった愚かな自分の頭を戒めるようにポカポカと両手で殴りつけた。一通り暴れてスッキリしたところで、何事もなかったように僕は訊ねた。
「それで、今日は一体何の用だよ」
「ああ、そうね……ちょっと着いてきてもらえる?」
若干、ユリアが引いてるのが見受けられたが、あの女を引かせる事など神業に近い事だろう。そんな訳のわからない事で悦に入りながら、ユリアの後を付いていった。しかし、ちょっととは言うもののいつまで経っても目的に着く様子はなく、30分は悠に歩かされた。
「一体何なんだよ。どこに行くつもりなんだ?」
このあたりはどう見ても田んぼを耕すのを放棄した荒れ地。そこには人の背丈よりも高い枯れたススキが鬱蒼と茂り、風は重く冷たく、空には黒く低い雲が充満していた。そのせいであたりは春とは思えない景色を作っていた。昼間はあんなに気持ちの良い天気だったのに酷い変わりようだった。獣道のような道をかき分けていくと少し開けたところに出た。
「もうここら辺でいいかしら」
そう言って、ユリアはくるりと回って僕の方に向き、手を後ろに組んで顔を近づけてきた。そして大きな瞳でじいっと僕を見つめてきた。その仕草にドキッとしてしまった。また何か良からぬ事を企んでいるのだろうか。ユリアはそんな事を思って顔をしかめているだろう僕を見てクスリと笑った。
「もう少しだけ待ってもらえるかしら」
突然、僕の目の前が真っ暗になった。と、言っても別に気絶した訳でもないし、絶望に襲われたわけでもない。まぁ今回は後者の方が近いけれど。暗くなった訳は、ユリアが長い筒のようなものを僕の顔の目の前に向けてきたからだ。なんでこんなものをと思ってよく見てみると、それはとんでもないものであった。
「ちょ、ちょっと!これ何なんだよ!」
「知らないの?対戦車ロケット発射機。あなたたちの知っている言葉で言うとバズーカね」
「そんな事分かってるよ!なんでそれが今ここにある!」
「決まってるじゃない。あなたに撃つためよ」
笑えない冗談は是非やめていただきたい。
「最近、私たちマンネリしてきたと思わない?」
「長年付き合ってきた恋人達の悩みと一緒にするな!」
「それで考えたのよ、私。どうせなら得意なことを生かしたかったから。それで私、重火器の扱いが得意なのよね」
「銃火器じゃないのがミソです!」
「それでこのチョイスだったのだけれども」
「僕は戦車か何かですか!」
もはやツッコむべき所はそこではない。
「第一、こんなところでそんなもの撃ったら、シャレにならないぞ!」
「大丈夫よ。ここはすでにうちの敷地内だから存分に暴れても構わないわ」
やる事のスケールでけー。アホらしさを通り越して、尊敬すら覚えてしまった。
「さぁ礼、逃げなさい!さもないと、このバーズカが火を噴くわよ!逃げても噴くけれど!」
まさに外道!
しかし、僕は逃げなかった。それは僕が勇敢であったからと言いたいところだが、残念ながらそれは違う。
「もし、僕が逃げなくてここで撃ったら、ユリアも吹っ飛ばないか?」
「……」
至極全うな意見であった。
「こんな事もあろうかと、次の手は打ってあるわ!」
おもむろにバズーカを捨て、今度はサブマシンガンを構えた。
「銃火器も使えるじゃないか!」
だからツッコむべき所が違う。
だが、こっちの方がバーズカよりも数段質が悪い気がする。
「いくわよ!」
僕は、咄嗟に横に飛んだ。
その後、無数の弾が僕の居たところに着弾を繰り返した。
銃を撃つときもやはり躊躇がなかった。
そして息つく暇もなく、次の射撃が始まった。
「ずっと私のターン!」
僕は、ただ避ける事に必死だった。
一瞬でも気を抜いたら殺られる。
これだけ避けていても、何発か擦っているのだから。徐々に体力が削られていくのが感じられた。
僕は逃げながらもどうしたものかと考えた。
弾切れを狙うのが得策だが、一抹の不安を覚えた。
ユリアが次の攻撃手段を用意しているかもしれないという可能性。
しかし、リスクを負わなければこの戦いは終わりそうにない。それにこのままではジリ貧状態である。
僕は弾切れの一瞬の隙に賭ける事にした。
逃げながら距離を詰めていき、好機を伺った。
その時だった。
僕の右肩に激痛が走った。
衝撃と痛みに僕は、その場に倒されてしまった。
「どうしたの?ただ逃げているだけじゃ私は倒せないわよ」
ユリアは僕が立ち上がるのを待っていた。その間に、銃弾をリロードした。
最悪である。
ユリアはどんどん射撃精度を上げてきている。このままでは本当にまずい。僕の蜂の巣エンドなんて誰も期待していないはずだ。(と信じたい)
仕方がない。少し血の力を借りなければ。
「もうそろそろ終わりにしたいわね!」
相変わらず銃撃は、僕をめがけて襲いかかってくる。
それを素早く躱す。
「動きが変わったわね。少しは本気になったって事かしら?」
そう言いながらも攻撃の手は緩めるつもりはないらしい。僕は銃撃をくぐり抜けながら徐々に間合いを詰めていった。
「カチン!」
ついにこの時が来た。弾切れである。
その瞬間、僕は素早くユリアの懐に飛び込んだ。
ゴリッ
「チェックメイト」
賭けは僕の負けだった。ユリアは、弾が切れた時点で僕の動きを読んで次の攻撃に入っていた。僕の額には黒光りするモノ――拳銃が押しつけられていた。
「貴方、いい加減本気出したらどうなの?このまま私が引き金を引いたら流石に貴方でもアウトよ」
「嫌だ」
僕のその言葉に、ユリアは驚いた表情になった。
「何を言ってるのかしら?私にはよくわからなかったのだけれども」
「ここで本気で戦って何になる?」
「別に何にもならないわ」
それがさも当然かのような表情で答えた。
「いい加減こんな事やめないか?」
その言葉が、意外だったのか少しムッとした顔になった。
「私の気も知らずによくそんな事言えたものね」
そう言われて、僕は一瞬ドキッとしてしまった。
「今、何か大きく勘違いしているような気がしたけれど」
図星だった。
「私が言いたいのは、貴方は私たち両家の宿命を忘れていないかということよ」
「それはわかっているけど、もうそれは先の大戦で終わった事だろう?僕らにはもう関係ない話だよ」
「わかってないわ。奴らがそう簡単にくたばるわけないもの。そんなに簡単なものならばあの戦いは千四百年近くも続かなかったわ」
そう言って鋭い目で僕を睨み付けた。ユリアの殺気がヒシヒシと伝わってくる。
「本気を出さないのならば、もれなく撃つわよ」
そう言って、銃口を押しつけた。
「僕は戦う気など毛頭ない。諦めてくれ」
「このわからずや!」
そう言うと、銃の引き金を引いた。しかし、それは僕には当たらなかった。それよりも疾く動き、クルッと身体を回転させた。そして、ユリアの銃を奪い取り、あっという間に解体した。
「実戦経験のない僕でもこれくらいの事は出来る。別にそれでいいじゃないか」
そう僕が言うと、ユリアは無言で俯き、スカートの裾をギュッと握ってわなわなと震えだした。そして、こちらには一瞥もせずに走り去ってしまった。
僕は悪い事をしてしまったような後味の悪さを感じながらも、戦わない自分の手を見ながら呟いた。
「……戦いはとうに終わったんだよ」