第24話 「彼は私の獲物よ。勝手に獲らないでほしいわ」
次の日の朝。
学校に着くなり、大きな固まりが僕に向かって突進してきた。その固まりは大勢の男達が主成分で、妙に殺気立っていた。僕はその固まりを「怒りのスイミー」と呼ぶ事にした。
そんな悠長な事を考えていると、そのスイミーが僕に衝突した。大きな固まりとはいえ、隙間がありただ直進してくるだけなので、僕はその間をスルスルと避けることができた。そしてスイミーは通り過ぎると、Uターンをしてまた僕と対峙した。
「お前達は…」
そう、ユリア親衛隊の皆さんであった。
ああ、やはりそうなのだなと思った。リーダー格の林がこちらに勇ましくズカズカと歩み寄り、僕に指さして言った。
「我が主、ユリア様を貴様は無理矢理許嫁にしたそうだな!しかも、なんだかんだ言ってユリア様を連れ回して破廉恥な事をしていると言うではないか!夜な夜なユリア様にあんな事やこんな事や、あまつさえそんな事まで!嗚呼、お労しやユリア様!この鬼畜が!許せん!」
言いたい事を一気に述べると林は怒りのためか握り拳を作った。その拳はワナワナと震えていた。色々と情報が捏造されている気がしたが、こういう連中に言い訳してもきっと通じないだろう。巴先輩、恨みます。
「囚われの主を救うために我らは貴様を倒す!」
そう言うと、親衛隊の皆さんは一斉に雄叫びを挙げた。そして、再び戦闘態勢にはいるとこちらに大きな猪の如く突進してきた。今度は、すり抜けられぬよう固まって押し寄せてきた。どうしようかと思っていると、スイミーはすぐそばまで迫ってきていた。僕とスイミー衝突するまさにその時だった。
「待ちなさい貴方たち!」
ベタであるが絶妙なタイミングで待ったが掛かった。声の方向には凜とした姿でユリアが立っていた。男達は、その声を聞くと同時にぴたりと動きを止めたが、戸惑いの表情を隠せないでいた。しかしよく訓練された連中だ。
「彼は私の獲物よ。勝手に獲らないでほしいわ」
「し、しかし、主よ」
「貴方も判を押したような口答えを慎みなさい」
斬新な口答えなら慎まなくてもいいともとれる。
「わかったのなら下がりなさい。キャプテン・マッコイ」
キャプテン・マッコイってなんだよ。林じゃなかったのか?
男達は納得のいかない表情であったが、主の命なら仕方がないという様子で、僕の方を殺気120%で睨み付けた。その殺気からは「怨」「恨」の字がゆらゆらと見えるようであった。
「礼、今日は貴方に朗報を持ってきたわ」
ユリアはそんな事お構いなしに僕に話しかけてきた。
「朗報?」
「貴方、私と勝負しなさい!」
「『いいニュースと悪いニュースがあるんだが』とアメリカンな感じで言われて、これを聞いたら確実に悪いニュースの方だと思うよ!」
「いつになくツッコミが長いわね」
「第一、勝負っていつもの事じゃないか」
僕がそう言うとユリアは鼻で笑った。
「今までとはちょっと違うわよ」
「違うって?」
「私に勝てたら、何でも言う事聞くわ!」
ユリアはどーんと胸を張って言った。
何でも言う事聞くわ――女子に言われたい言葉ランキング上位間違いなしの言葉だが、この女に言われると恐怖を感じてしまうのは何故だろう。
「いい条件でしょ?」
僕はため息を吐いた。確かに聞こえはいいが、戦う事が前提という事が何とも気が進まない。
「何よ、気に入らないの?思春期の熱いリビドーにも応えてあげるわよ」
「へいへい」
どうせいつものからかいだろうと御座なりな返事をした。その返事に少しムッとしたような顔になったが、すぐに元の顔に戻り、鼻で笑った。
「まぁ別にいいわ、それでも」
そう言うとユリアは親衛隊のほうにも向き言い放った。
「これは彼だけの話ではないわ。私に勝てる者がいたら何でも言う事を聞いてあげる!ルールは格闘!参ったと言わせた方が勝ち!以上!」
ユリアはそう宣言してしまったのである。掟の事なんてオール無視の発言である。
このことは、あっという間に学校中に広まっていった。それはそうだ。学校で1,2を争う美女が勝負に勝ったら何でもしてくれるというのだから。そのおかげかどうか知らないが、許嫁の噂は有耶無耶となり、ほとんど広がらなかったようであった。不幸中の幸いと言えるだろう。
考え過ぎなのかもしれないが、もしかしたらユリアは僕を助けてくれてのかもしれない。