第19話 「ありがとう、礼」
その日の放課後。
僕は、約束通り赤渡ユリアをつれて街を案内した。案内すると言っても田舎なので特に案内するところはないのだけれど。
「ああ、田舎っていいわね。息苦しくないもの」
よく言えばそうだろう。ただ今歩いている所は寂れた商店街で、人もほとんど歩いていない。多分車の方が多い。今日の曇天模様と共演を果たすとより一層この街に活性化は望めないような気がしてきた。ただ、一歩住宅街の中にはいると、旧き良き時代の町並みが残っており、それはそれでとても趣深い街でもあるのだが。とはいえ特に見所の無い小さい街ではすぐに案内が終わってしまうのは自明の理。徐々に手持ち無沙汰感が襲ってきた。次の目的地も特に決まらなかったので僕たちはとりあえず学校の方に歩いた。
「私、少し疲れたわ」
そういえばずっと歩きっぱなしであった。
「どこかで休む?」
僕がそういうと、ユリアは突然指を刺した。
「そうね。あそこなんかどうかしら?」
「!?」
ユリアの指を差す方向には「リヴァーサイドホテル」という所謂いかがわしいピンクな休憩所があった。
「ちょっと待て!お前分かってて言ってんのか!?」
「ええ、勿論。別に許嫁同士なのだから、特に問題はないわ」
うがあああぁぁぁぁぁああああああ!
どうする!どうする!どうする!どうする!どうする!どうする!どうする!どうする!
落ち着け僕!
これは罠だ!孔明だ!
絶対「今です!」とか言うんだろ!
いや、もしかしたら本気なのか?
本気だったらどうする!?
ユリアは性格さえ何とかなれば「超」が付くほど美人だし、我慢すればなんとか……。
イヤイヤイヤ、ないないない!
それに、僕には愛しの相備いずみ様がいるではないか!
逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!
「あんたバカァ?」
「やっぱり罠だったのか!」
「貴方の壊れていく様子を見るのはとても滑稽で素晴らしかったわ。けれど」
ユリアはツンとすました顔で長い髪を掻き上げた。
「冷静に考えてこんな所入る人の気が知れないわ。場所的にね」
そうだよな、そうだよ。だってこのいかがわしいピンクの休憩所は、学校から川を挟んだ所にあるんだもの。しかも、うちの学校の生徒がよく通る場所。こんな所入ろうものならば誰に見られるか分からない。(※7)
「おもしろかったわ。でも疲れたのは本当のことだから。礼、どこか案内してくれないかしら。」
思春期の乙男心はズタズタになりかけです。
多少の憤りを感じながらも、こんな見え見えの罠で動揺してしまった己の未熟さを心の中で戒めた。 そして、ひとつ深呼吸をして気を取り直した。この女はどうしてこんなにクールにとんでもない嘘がつけるのだろうかなどと思いつつ。
「そうだな、ここからなら割とマックが近いけど」
「マックねぇ……そんな庶民的な所行った事ないわね」
怪訝な顔をされてしまった。一応、ユリアはお嬢様なので当然かもしれない。
「一応って何かしら?」
「い、痛いです。首絞めないで!っていうか地の文を勝手に読まないで!」
「それで、マックに行くの?」
「マックはマックでも違うマックだよ!だからお願い!首から手を離して!」
若干、生死の狭間を旅したところで、ようやくユリアは手を離してくれた。
もうお気付きだろうと思うが僕が連れて行きたいのは、あのマック斉藤のハンバーガー店である。あそこならきっとユリアも満足してくれるだろう。
「それでマクドナルドでしたってオチは認めないわよ。ツッコミの代わりに抹殺してあげるわ」
僕の命はボケただけで抹殺さるような粗末な命ですか。ドラクエだったら是非「いのちだいじに」を選びたいところだ。道を案内している間も意味不明な殺気を背中に受け続けていた。
「ここだよ」
相変わらず、店は繁盛していた。マック斉藤さん(39)も相変わらずのむさ苦しさだ。
ふとユリアの方を見ると、ユリアは驚いた表情で固まっていた。もしかしてこぢんまりしたこの店がお気に召さなかったのだろうか。せめて遺書を書く時間くらいはくださいね。
「まぁ、店構えはこんなだけど、味は保証でき……」
突然、ユリアは店の方に駆けだした。そして、そのまま店に駆け込み、カウンターを飛び越えん勢いで乗り出し、叫びに近い声を挙げた。
「マック!あなたマックなの!?」
あまりに突然な事に僕は唖然としていた。マック斉藤さん(39)もビックリしていた。もちろんお客さんも。
「私よ!ユリアよ!赤渡家の!」
そう言うと、マック斉藤さん(39)は手に持っていた作りかけのハンバーガーを床に落とし、わなわなと震えだした。関係ないけど、マック斉藤さん(独身)がハンバーガーを持っているとお子様用サイズに見えるのは何故だろう。
「お嬢様!本当にお嬢様なんですか!?」
「そうよ!会いたかったわ!」
そう言うと、二人はヒシと抱き合うのだった。僕はその衝撃映像を口をぽかんと開けて見ていた。傍目から見たら、美少女とむさいおっさん(汗だく)が抱き合っているのである。何となく感動の再会が台無しに思える。
「お嬢様、こんなにお美しく成長されて……マックは本当に嬉しいです。」
「そういう貴方は変わってないわね」
そう言って、嬉しそうに笑うのだった。
「ところでお嬢様、どうしてこんな所に!?」
「私、こっちに引っ越ししてきたのよ。そしたらたまたまここを見つけて」
「そうなんですか!それは嬉しいです。それじゃあ今日は、このマックがごちそうします!」
「ええ、よろしく」
マック斉藤さん(1K住まい)は、ユリアが幼い頃に赤渡家で働いていたことがあったそうだ。それでなんやかんやでそこから独立し、なんやかんやでここに店を構えたそうな。
「ありがとう、礼」
「なんで僕が感謝されるんだ?ここに来たのはただの偶然だし……」
「偶然でも、あなたのおかげでマックに再会する事ができたわ。……ありがとう」
急に素直になるので、僕は逆になんとも気持ち悪い感覚に陥った。だけど、ここはその言葉を素直に受け取っておいた方がいいかもしれないと思った。
何故なら、ユリアはうっすら涙を浮かべていたから。
※7 嘘っぽいですが、ホントにこういうところあります。ええ、私の生まれ故郷のことですが何か?