第17話 「あら、いいじゃない減るもんじゃなし」
次の日の朝、目覚めとともに目に入ってきたもの。
それは刀とパンツ。
刀については僕の目と鼻の先に。
次の瞬間、それが僕をめがけてくるのは予想の範囲内なわけで。
その刃は音もなく、枕とベッドを貫通した。
跨られていたので、身体ごと逃げることは出来なかった。顔だけを必死に仰け反らせ、間一髪避けることが出来た。
そして、突き刺したまま前屈みになっている襲撃者を僕は被ったままの掛け布団ごと、抱きすくめそのままベッドで反転した。「きゃっ」という小さな悲鳴のあと、僕がそいつに覆い被さる形となり形勢逆転となった。
「一体お前は朝から何を……!」
そう言いかけて僕はギョッとした。
そこには顔を上気させ甘い吐息を漏らしているユリアがいたからだ。
「そんな……朝から……」
「朝からって、それはこっちの台詞だ!」
「えっ?こっから何もしないの?良くあるじゃない、こういうイベント」
「は?」
「『おしおきだ!』とか言いながら性的ないたずらに及んだりとか」
「それなんてエロゲ!?」
「何もしないならさっさとどいて欲しいのだけれども」
そう言われて美少女を押し倒しているように見える今の状況が恥ずかしくなってユリアから飛び退いた。
布団越しではあったが手にはまだ柔らかい感触が残っていた。
「そもそもどこから入ってきたんだ!」
感触の余韻に浸るのを振り切るように僕は言った。ユリアは「スカートにしわが寄ってしまうわ」と文句を言ってベッドから起き上がった。そして、乱れてしまった髪を整え、一つため息を吐くとこう答えた。
「玄関から普通によ」
「なんだって?」
意外な答えだった。ユリアはぽかんとしているだろう僕の顔を見ると、鼻で笑った。
「答えは至ってシンプルよ。玄関先で自己紹介をすれば済むもの」
「その手があったとは!」
門田家と赤渡家は仲がいいのだ。しかも彼女は一応許嫁。もう何も言うまい。
「聞けばまだ惰眠を貪っているというので、起こしに来たのだけれども」
「で、日本刀なんだ!?」
「この刀は、古備前の『正恒』という由緒正しき刀で赤渡家の家宝なの」
「いや聞いてない、そんなこと。第一家宝をそんなことに使うな」
「イヤねぇ。これが本来の使い方じゃない。飾るなんて勿体ない切れ味よ」
そう言ってベッドから刀を引き抜き、僕の目の前で構えた。
「てぇいやぁぁああ!」
突然、雄叫びと同時に縦横無尽に刀を振った。一瞬の事だったので、僕は呆然と立ちつくしていた。
ユリアはそのまま刀を鞘に流れるように入れ、パチンと納めた瞬間だった。
「うわぁぁああ!」
僕の着ていたパジャマが無惨にも切り裂かれ、僕はパンツ一丁に。
「またつまらぬものを斬ってしまった」
「石川五ェ門か!」
「あら、良かったじゃない。脱ぐ手間が省けて」
「僕は一年に三百六十五着のパジャマを消費する羽目になるのか!?」
「あらやだ。毎日来るつもりはないわよ。たまにの方が緊張感があっていいでしょう?」
「そんな緊張感いらない!」
「というわけで、今日は頼んだわよ」
「へ?何を?」
「もう忘れたの?昨日街中を案内してくれるって言ったじゃない」
「ああ、そうですね。そうでしたね」
「嫌なら嫌と言ってくれればいいのよ」
そう言ってにこやかに刀を僕の喉元に。
「是非案内させてください!」
「あっそう。それならよろしくね」
そう言って、部屋を出て行こうとした。
「どこへ?」
「どこって学校でしょ?」
「そうだけど……結局何しに来たんですか?」
僕がそういうと、美しい花が咲いたような笑顔で答えた。
「ただの日課よ」
「その笑顔はこんなところで使うものじゃないと思うのだけど」
「あら、いいじゃない減るもんじゃなし」
「なんなら朝も少しなら案内できますよ。いつもより早く起きることになってしまったので」
「お気遣いありがとう。しかし、やめといた方がいいわね」
「なぜ?」
出て行こうとするユリアはこちらを見ずに「経験上よ」と呟いて出て行ってしまった。
その理由がわかったのは、登校してからのことであった。
学校の玄関に入ると、今日は妙に騒がしかった。その方向を見やると血気盛んな男たちが集まっていて、ユリアを取り囲んでいたからだ。
「絡まれているのか……助けないと駄目かな。やっぱり」
掟では、あまり目立つ行為は控えるようにとなっている。しかし、この場合は仕方ないのかもしれない。そう思って近づいていくと、何か様子が変だった。絡んでいるのは所謂不良の方々ではなく、運動部の実力者や真面目な者がほとんどであったからだ。
そして、それは予想を大きく外れたものだった。
「是非、貴女の下僕にさせてください!」
そう言って、大勢の男達がユリアの前で跪いた。
当のユリアも満更ではない様子で、「仕方ないわね、よろしく頼むわ」などと言っている。
「ここにユリア特戦隊誕生せり!」
そうリーダー格の男が叫ぶと他の男達も拳を天に突き上げて雄叫びを上げた。
ある意味不良の輩より厄介な人種の誕生を目の当たりにしてしまった。
ユリアは僕がいることに気付き、こちらに微笑むとむさ苦しい取り巻きを率いて行ってしまった。
「なんだったんだ?」
もしかして僕は命拾いをしたのかもしれないと思った。