第15話 「門田君、本当に心が広いお方なのですね!」
音楽室ではすでに練習が始まっていた。複数の生徒が、不本意ながらギコギコと鋸の擬音を練習していた。耳に耐え得る物ではないが、本人達は至って真剣なのだから文句は言えまい。かく言う僕も似たような物なのでどんぐりの背比べである。
そんな部活の様子を見てうんざりしているかと思ってユリアを見ると、あまり気にしていない様子で、僕は安心したようなしないような複雑な気分で音楽室の扉を開き、ユリアを音楽室の中に案内した。その瞬間、教室が色めいたのがわかった。
それもそうだ。性格は難ありだが、見た目はどうしようもない美女だから。もし赤渡ユリアがこの部活に入ったら、この学校の二大美女(暫定)がオケ部に居ることになる。これはいろんな意味で部員が増えそうである。
「ユリアちゃん!?」
驚きの表情でそう言ったのは、練習をしていた相備いずみだった。未だに信じられないが、相備いずみと赤渡ユリアは従姉妹同士なのだ。
「どうしてここに?」
「いずみ?あなたこそ、どうしてここに?」
そして傍らにいる僕にも驚いたようで、
「門田君もどうしてユリアちゃんと一緒に?」
「えっと…それには、色々と事情がありまして……」
しどろもどろしていると、ユリアは僕に関係なしに相備いずみに話しかけた。
「私は今日からここに転校してきたのよ。いずみがここの学校にいるなんて知らなかったわ。なんで言ってくれなかったの?」
「ユリアちゃんも教えてくれれば良かったのにー!」
そう言いながらプリプリふくれる相備いずみの表情はいつもと違って子供っぽい。これはこれで有りだ!と、心の中でサムズアップをした。
「わたし、この部に入ろうと思うのだけれども」
「そうなの!?うれしいな。ユリアちゃんと一緒に演奏できるなんて」
相備いずみにとって、ユリアはお姉さんのような存在なのだろうか、やはり少し子供っぽくなっている。
「入部の手続きは、どうしたらいいのかしら」
「隣の部屋に顧問の瀬鳥先生が居るから、聞いてみて」
「わかったわ」
そう言って、ユリアは一人で隣の部屋に行ってしまった。
残るのは僕と相備いずみ。
「門田君、本当に心が広いお方なのですね!」
心が広い方と言われたのはきっと殴り倒された人とすぐ仲良くなっているように見えるからだろう。相備いずみに褒められて嬉しいが、真実は違うわけで。
「ユリアちゃんは変だけどいい子だから、仲良くしてあげてくださいね」
「はい、わかりました」
キラキラ光る笑顔に溶けそうになりながら、無茶なお願いを平気で受け入れてしまう僕ってダメ人間ですかね?
「ところでなんで一緒にいたのですか?」
「ユリア先輩が学校の中を案内してくれって」
「そうだったんですか。わざわざありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げる。
大したことじゃないのにそんな事されるとこちらが恐縮してしまう。それに、すっかり元の口調に戻ってしまった。やはりあれはユリア専用の対応なんですかね。
「あの先生、なかなか味があるわね」
そう言いながらユリアが戻ってきた。
「そうでしょ、変わってるでしょ。この間なんて……」
相備いずみ妹モード(今命名)発動中。
変人瀬鳥と言われている先生だから当然変わっているのだが、「味がある」とは。変人同士何か通じるものが有るのだろうか。
「早速練習したいわ。礼、楽器を用意して。」そう言って肩をコキコキ鳴らした。「ああ、久しぶりだから下手になってるかも」
なんで僕が、と思いながら渋々用意する。器楽庫に余ったおんぼろヴァイオリンがあったのでそれを貸した。そして、弾いた。
その瞬間、部員はあまりの上手さに腰を抜かし、瀬鳥先生が部屋から飛んできたのであった。