第14話 「いい加減殺すわよ」
ここで、僕がオーケストラ部に入った経緯を話さねばなるまい。
僕がこの部に入ったきっかけは一族の掟のこともあったのだが、やはり相備いずみの存在が大きかったと言わざるを得ない。彼女はとてもヴァイオリンが上手で、部に入ったその日に将来のコンミス(*5)候補となった。田舎の高校にオーケストラ部が有るだけでも結構珍しいのだが、意外と部員もそれなりにいて現在は大体20名ほどいる。そのほとんどが弦楽器初心者であるが、希に経験者が入部する事があり、彼らが部を引っ張っていくことになる。だが、相備いずみは彼らとはまた別格であった。
とにかくこれを好機と見た僕は、特に掟にも反しない部活でもあったので、すんなりオケ部に入ることが出来た。音楽関係はまったくの素人であったが、初心者の多いこの部はその点でも都合がいい。(ちなみにさっきから掟、掟と言っているが、それは機会が有れば説明することにする。今は相備いずみが最優先事項なので。)
そう言うことで、僕は相備いずみに一歩近づくことができた。入部した際には「よろしくね、門田君」と、それはそれは優しい天使の笑顔で声を掛けられて、僕が天にも昇る思いをしたのは読者諸君も想像に難くはないだろう。
そして、本題に戻ろう。
今、赤渡ユリアがオーケストラ部に入ろうとしている。
僕とユリアは不本意ながら許嫁の関係である。
もし、同じ部に入った場合、相備いずみにこのことがバレる可能性が高まる。
しかも、ユリアは妙に僕に絡んできている。
これが間違った方向に誤解されたら、僕はもう切腹するしかない。
よもや相備いずみと一緒な部活であることが仇になろうとは!
ここで僕は一つの可能性にかけてみることにした。ユリアを違う部に入れるという可能性である。
「あのユリア…先輩?」
「だから、呼び捨てでいいと言っているわ」
「ユリア…さん」
「『さん』もいらないわ。いい加減殺すわよ」
本当にやりかねない勢いだった。一つしかない命、大切にしたい。
「ユリア、どれくらいヴァイオリンが弾けるんですか?」
「呼び捨てのなのに敬語って滑稽ね。まぁいいわ、今日はこれくらいで勘弁してあげる」
ユリアはずっと僕の後ろを付いてきていたが、急に僕の前に出てきて行く手を塞ぐと、両足を広げ、両手は腰に当て、胸を張った。そして、
「私、小さい頃からヴァイオリンを始めて、ドイツの大会で何回か優勝したことがあるわ」と、得意げな表情で言った。
「格が違いすぎる!」
しかし、これは好材料だ。ほとんど初心者の部活だからプロ級の腕を持っていると思われるユリアにはきっと物足りなくなるだろう。
「でも、そんなに上手なら、うちの部は初心者ばっかりでレヴェルが低すぎておもしろくないと思いますよ」
しかし、ユリアはずるい。
「私、今までほとんどソロばかりだったから、大勢で演奏するの楽しみなのよ。もちろんレヴェルの低さは承知しているわよ。むしろ私が入る事でレヴェルを上げてみせるわ」
そういう風にルンルン顔で言ってくるのだ。これまで見せたことのない本当にうれしそうな顔に、入らせないようにしている僕が罪深い気分になってきた。
よって、勝負は決した。
主に彼女の不戦勝だったが。
※5 コンミス
コンサートミストレスの略。オーケストラ団員全てをまとめて、指揮者の次に音楽を色づける責任と権限を持っている人。また、指揮者がいないときは代わりをする。大抵、第一ヴァイオリンの首席奏者が担い、ソロなども担当する。ちなみに男性の場合はコンサートマスターと言う。