第11話 「放課後、暇かしら」
クラスメイトの羨望の眼差しとは対照的に、僕は血の気が引いた。
「あの人が呼んでるよ。あのものすごい美人と知り合いなの?」
興奮しているクラスメイトを尻目に、僕は仕方なく廊下に出て死に神と対面する。
「ユリア…先輩。どうしたんですか?」
「ユリアでいいわ。別に気にしないもの」
真実というのは残酷な物で、ユリアの美しさは本物であった。周りにいる人達は、男女分け隔てなく目がハートになっていると言っても大げさではない状況であった。
「用件は何ですか?いきなり暴れ出すのだけは勘弁してください」
「大して敬ってもいないのに敬語で話されても困るわね。」
そう言って長い髪を耳に掛けた。その仕草だけで、何故か歓声が起きた。
「放課後、暇かしら」
「私の猟奇的な趣味に付き合って欲しいのって言うのでしたらお断りしますよ」
「……いけずねぇ」
「色っぽく言ってもダメです。」
「冗談よ。別にそのためではないの。」
不意に顔を僕の耳に近づけ、ささやいた。
「私、今日転校したばかりだから……貴方しか知り合いがいないのよ……。」
吐息が耳に吹き掛かりくすぐったい。そういうことは衆人環視の中でしないでもらいたい。僕は何かに挫けそうになったが、気を持ち直して反撃した。
「あなたなら、適当な男がホイホイ付いて来るんじゃないですか?」
「殺らないか」
「字が違う!」
「うほっ、いい惨殺死体」
「語呂悪い上に趣味悪い!」
「とにかく、放課後空けておきなさい。もし、すっぽかしたら……貴方の名前をマジックで『門田』から『間男』に変えておくわ」
「しょぼ!だけど『間男』の意味がすごく嫌だ!」
「しかも、もれなく体操服もそうしておくわ」
間男と書かれた体操服を着た僕を想像してみた。
「わかりました。空けますので勘弁してください!」
その後、赤渡ユリアと知り合いだったということがクラスに知れ渡ることとなり、質問攻めに合う羽目になった。僕は昨日会っただけだから、素性はわからないの一点張りに徹した。証人喚問に立たされる政治家の気持ちが少しわかった気がした。僕の場合、やましいことは一切していないのだけれど。
「さっきの人って、昨日殴られた人よね?」
里桜が、気の毒そうに声を掛けてくる。
「そうみたいだ。何で学校まで来て僕に絡んでくるのやら」
「あの人と何かあったの?」
「色々とね……」
「ふうーん」
そこにはニヤニヤしている里桜がいた。僕は慌てて言い訳する。
「一応言っておくが、色恋沙汰など一切ないからな。第一あの女は……!」
そう言いかけて、ハッと気付く。
凶暴女も僕と許嫁関係なのを知っているかもしれない。
でも、そんなの嫌だから僕に攻撃を仕掛ける。
攻撃するから関係は悪化。
それを嫌う両家は諦め、破談。
めでたしめでたし。
それならば辻褄が合う。
そう思うとつくづく強かに思える。あの美貌だと恐らくほとんどの男は惚れてしまうだろう。それほどのものだ。だから破談の相談なんぞできっこない。だったらどうするか。
性格ブスになればいいのだ。
そうすれば、いくら美人でも嫌になる。
きっとそう考えたのだろう。
だとすると、今日の放課後はやはり今まで同様に攻撃を仕掛けてくるだろう。
もしそうならば、何とか話し合う方向に持って行こう。
僕は相備いずみ一筋だから大丈夫だと。
そうだ、そうし、ぐふっ!
「会話の途中で妄想に入るなー」
グーだった。脇を締め、内角を抉るように打ってきたパンチは僕の顎を的確に捉え綺麗に振り抜かれた。僕の頭蓋骨が首を軸にして美しい弧を描きながら回転し、完全に脳を揺らされ、僕は膝から崩れ落ち、前からそのまま倒れ込んだ。その間実に2秒!
「いや誤解だ……断じて相備いずみの妄想ではない……」
僕は這い蹲いながら言った。痛みより、身体の自由が利かないことに難儀しながらもきちんと収穫する。
今日は純白だ。
何がって?
それは察せ!
「思ったより綺麗に入ってしまってこっちがビックリよ」
「クリティカルヒットでしたね。これだけ綺麗にはいると暴力とはいえ趣がある」
そう言いながら、いつの間にかに現れて、うんうん頷いている潮。
「でもちょっと最近やり過ぎじゃないですか?いくら礼が頑丈だからとはいえ、構造は人間そのものですからね」
そう潮が言うと里桜がシュンとなった。
「ごめんなさい」
いや、謝る相手違う、違う。
「さぁ、君もそろそろ立ちたまえ。十分鑑賞できたでしょう?」
そう言うと、里桜が何かに気付いたようで、急に顔が赤くなった。そして次の瞬間には僕の顔に里桜の足が綺麗に入っていた。ロベカル(*2)も真っ青だ。
生まれ変わったらサッカーボールにはなりたくないな……。
そう思いながら、僕の意識は闇の中に墜ちていった。
まさかの2日連続のKOだった。
※2 ロベルト・カルロス
サッカー選手。「悪魔の左足」と言われているほど強烈なキックを持っている。そのキック力はゴールキーパーの指の骨を折るほど。