第10話 「あっ!あんたあの時の!」
家に一旦帰り、家族に騒がれると面倒なのでこっそり服を着替え、再び学校へ向かった。家を出る頃にはすでに出血は止まっていた。相変わらずの自然治癒力の強さに感心しつつ、朝の喧騒が過ぎた街をトボトボと歩いた。
交通量も幾分減り、サラリーマンや学生の代わりに年寄りがどことなく歩いていたり、フラフラと自転車をこいでいたりする。制服姿は今現在の景色には相応しくない。
この時間にこの姿で歩いていると、何となく悪いことをしているような気分になる。
そう言えばあの女、うちの学校の制服を着ていたな。
ということは。
最悪だ。
あの凶暴女が僕のクラスに転校してきて、
僕 「アッー!お前は!」
凶暴女「あっ!あんたあの時の!」
先 生「なんだお前ら、知り合いだったのかぁ。ハッハッハッ」
的なベタベタな展開が目に浮かぶ。
しかしこの場合、僕はこの通り完全に遅刻しているわけで、そんな展開はありえないだろう。大体それは遅刻しそうなときに起きるイベントだし。食パンも必須アイテムです。
時計を見ると、今は1時間目のちょうど真ん中ぐらいの時間。授業の途中に入るのは何だか気が引けるので、2時間目に間に合うように遠回りして学校に向かった。僕は、この街で一番大きな川の堤防を歩いていくことにした。
太陽は微笑むように光を照らしていた。さわやかな風は川岸の葦を揺らし、若草の香りを携えて僕の頬を撫でた。川沿いにある僕の高校が遠くに見えているものの、歩いても歩いても一向に近づいてこない。それくらいここは田舎。
田んぼでは、麦わら帽子をかぶったおじいちゃんが、トラクターに乗ってゆっくり耕している。その周りには、サギやらカラスやらが、ひっくり返された土に居る虫たちを喰らわんとばかりに群がり、「はよ耕せ」と急かしていた。
のどかな風景に癒されつつ、とうとう学校に着いてしまった。
登校拒否の気持ちってこういうものなのだろうか。あの女が居るかもしれないと思うと、気が重い。
指導部で入室許可証をもたもたと書き、牛歩で教室まで向かう。途中、用もないのに用を足し、そのうち授業の終わるチャイムが響いた。
教室に入ると、まず教室を見渡した。あの女はいない。僕はホッと胸を撫で下ろした。
次に噂を聞いてみた。情報集めは肝要だ。情報を制する者が戦争を制すのだ。
性格はああいう性格だが、あの美貌は目立つこと間違いない。よって噂が立たないことはあり得ないが、今のところ目立った噂はないようであった。
ところが、3時間目が終わる頃、すごい美人が転校してきたという噂が耳に入ってきた。どうやら噂は遅効性だったらしい。
話ではあの女は2年生のようだ。
学年が違うので伝わるのに時間が掛かったのだろう。
最悪の事態は避けられたが、この学校に居ることには間違いないらしい。
というかあの女、先輩だったのか。
「門田君」
僕の名を呼ばれた気がした。
……とても嫌な予感。