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三頭犬と魔物使い

三頭犬と魔物使い 002-ミラナ

作者: 花車

『三頭犬と魔物使い』本編の第二話をミラナ視点に変えて書き直したものです。四章を読み終わる前に読むと、ネタバレになりますのでご注意下さい。

場所:イコロ村

語り:ミラナ・レニーウェイン

*************



 放課後の教室に残り、私はいま、飼育日誌をつけている。


 イコロ村の魔法中等学校で、私は生徒会長と飼育委員長を兼任していた。


 受検が終わり結果も出たいま、どちらの仕事も引き継ぎは既に済んでいる。


 それなのに私がいまだに飼育委員の仕事をしているのは、後任の子に「お願い!」と、頼まれたからだ。


 私は動物好きだから、手伝うのはかまわないけど、生き物の世話は、もっと責任を持ってやってほしい。


 だから私は、今後後任の子がサボらないように、あらためて飼育委員の指針を作っているのだ。


 動物たちの食事の量や時間、清掃の頻度や緊急時の対応などについて説明を書き込み、さらにチェックリストを作って、仕事漏れを防ぐ。


 動物たちと触れ合いながら、後輩たちが楽しく飼育を学べるよう感想欄を儲け、達成感も得られるように、動物の成長を記録するための、さまざまな表も作っておこう。



「なぁなぁ、ミラナ。あとどれくらいかかりそう?」



 そんな忙しい私を、幼馴染のオルフェルは今日もじっと待っている。


 いや、いつもはじっと待っているけど、今日はなんだか、いつもよりソワソワしているようだ。


 いまも彼は、私の前の席に座り、完全に体をこちらに向けて、私の顔を覗き込もうとしていた。


 彼はまた、私に告白しようとしている。オルフェルの真っ赤な髪が揺れるたび胸がドキドキ飛び跳ねた。


 今日はいつもより距離が近い。私を見詰めるその顔は、まるで芸術品のようだ。


 うっかり至近距離で見てしまうと、失神するくらいの破壊力がある。


 彼はまるで太陽のように、周りに元気を与えていた。才能とユーモアで人を惹きつけ、いつも笑顔の中にいる人。それがいま、私の前にいるオルフェルだ。


 みんな彼をお調子者だなんて言うけれど、彼はどんな時も明るくて優しくて、本当に魅力的な人だった。


 対して私は、友達なんかほとんどいない。昔から真面目なだけが取り柄のつまらない女だ。



ーーまったく、オルフェルはどうして私なんかが好きなのかな。



 オルフェルには何度か告白されたけど、私はその度に理由をつけて断っている。


 それなのに彼は、私が落ちてきた横髪を耳にかける様子を、食い入るように見ているのだ。


 私の髪色は少し特殊で、普段は薄茶色だけど、陽の光をあびるとピンクがかって見える。


 いまは窓から差し込む夕日のせいで、髪がピンクに染まっていた。



ーー前に、この髪の色が綺麗だって言ってくれたよね。そんなに見つめられると、恥ずかしくて顔があげられないよ。


ーー真顔をつくって誤魔化そう。



 私はいま、彼がカタ学に合格したことで、内心すごく落ち込んでいるのだ。


 彼が、本気を出していたことに気付いたのは、彼が試験会場に現れたときだった。


 本来自信家で楽観的な彼が、緊張で顔を強張らせている。勉強嫌いでだらしなかった彼はそこにはいなくて。


 彼がカタ学に挑んだ理由は、私がそこに行くからだろう。


 自分に自信がない私でも、そうだとしか思えない。いまもオルフェルは、目の前で私を見詰めているから。


 その燃えるように赤い瞳は、夕焼け空のように綺麗で、甘くて、熱くて。



ーー勉強だけは負けないつもりだったのに、まさかカタ学に合格しちゃうなんて。


ーー勉強しかできない自分が、ますますつまらなく感じてきたよ……。



 私がこんな残念な理由で、結構落ち込んでしまっているなんて、彼に悟られるわけにはいかない。


 こんなときに告白されたら、ますます不安になってしまうから。



「俺、ミラナに言いたいことがあんだけどな。まだ仕事、終わんねーの?」


「まだまだ。いろいろとまとめなきゃいけないことがあるんだよ。急かすなら先に帰ってよ」



 私はできる限り真顔のまま、冷たい声でそう返した。


 友達もろくにいない私が、こんな眩しい人と恋人になるなんて、あまりに難易度が高すぎるのだ。


 もし彼と恋人になったら、私はつまらないうえに不器用だから、焦って失敗を繰り返すだろう。


 そしてあっという間に飽きられて、振られてしまうに決まっているのだ。そうなればもう、オルフェルが私に話しかけてくれる事は二度とない。



「大変なら手伝うぜ?」


「あー、ありがとうー大丈夫ー」


「お手伝いいたしますよ? お嬢様」


「いいのいいのー」



 オルフェルは声色を変えたり、変な顔をしたりして、あの手この手で私の真顔を崩そうとする。


 私は日誌に目を向けたまま、いつもどおりの真顔で、棒読みの返事を返しつづけた。



「ミラナ? ミラナさん? ミラナちゃーん? ミーラちゃん♪」


「もう、忙しいんだから、邪魔しないで」



 私は大好きな彼に、これ以上告白されたくないのだ。私は必死に下を向いて、なんとかいまをやり過ごそうとした。


 だけどオルフェルは諦めるどころか、ますます顔を近づけてくる。もう息がかかりそうなほど近い。


 彼はカタ学への進学を決めたいまこそ、告白のタイミングだと思っているのだろう。


 顔をあげようとしない私に向かって、告白を開始してしまった。



「なぁミラナ? 俺さ、ミラナに比べればそりゃ、不真面目かもしんねーけどさ……。結構俺、真剣っていうか、本気だからさ……」


「へー? オルフェル、カタレア学園に進学が決まって、勉強やる気満々なんだね」


「いや、そ、それは、そうなんだけど、そうじゃなくてさ。わかってんだろ?」


「知らないよ」



 話を逸らそうとしてみたけど、今日のオルフェルは真剣のようだ。彼との距離が近すぎて、心臓が爆発しそうに鳴っている。胸が苦しくてたまらない。



ーーだめだめ。真顔、真顔。



「ミラナ……。さっきから、眉間に皺ができてるぜ?」


「えっ? うそ、やだ」



 思わず顔をあげると、無邪気すぎる笑顔がそこにあった。ドキドキしすぎて固まった私に、オルフェルがとんでもないことを言ってきた。



「なぁ、ミラナ、キスしていい?」


「えっ? なっ、なんで!?」


「なんでって、好きだから」


「ダッ、ダメッ」



 思わず日誌で、オルフェルの頭を叩く私。真っ赤になった顔を日誌で隠す。こんな大胆な攻め方をされては、気持ちを隠し切るのは不可能だ。



「オルフェルのバカッ。もうあっちいって」


「そんなこと言わずに一回だけ。ほっぺでいいからさ。合格の祝いに」



 オルフェルは意地になって、叩かれてもまだ迫ってくる。さらにバシバシと叩く私。



ーーバカバカ! キスなんか恥ずかしすぎてとても無理だよっっ。


ーーもうっ、なんでいきなりそうなるの!? だから、難易度高いんだっては。



 焦りすぎて真顔が崩れた私は、もうお淑やかな優等生ではいられない。


 気がつくと私は、真っ赤な顔で立ち上がって、オルフェルに向かって怒鳴っていた。



「ほんとにバカッ! そういうのは、恋人同士でするものだよ。お祝いとかでしないんだよ!?」


「だってミラナ、何回告っても恋人になってくれねーからさ……。俺のこと好きじゃねーの?」


「だっ、だって、オルフェルは、授業中に寝るし、お弁当食べるし、遅刻するし、真面目な話してるときにふざけるし、それに、スケベなことばっかり考えてるもん!」


「ぐ……ミラナ、そこをなんとか……」


「ダーメッ! それに私、忙しくて、それどころじゃないって言ってるでしょ」



 早口でまくし立てると、オルフェルがしょんぼりしてしまった。しまったと思うけど手遅れだ。


 ちなみに授業中に見られる彼の寝顔は、びっくりするくらい可愛くて、私の至福のひと時だった。


 それなのに、こんな悪口になってしまうとは。私は決して、彼に嫌われたいわけではないのだ。


 ただ、恋人にはならずにいまのまま、ずっと一緒にいたかっただけ。


 我ながらあまりに不器用すぎて、思わず唇を噛んでしまう。そんな私に、オルフェルが恐る恐る聞いてきた。



「じゃ、じゃぁ、俺が、騎士になれたら……とかは? それならどう?」


「もう、オルフェルったら。最近ちょっとは真面目になったのかなって思ってたのに。騎士はさ、カタレア学園のなかでも、成績上位の人しかなれないんだよ? そんなことばっかり言ってて、ほんとになれるの?」


「なる、ぜったいなるから。なったら、俺の恋人になって?」


「はいはい。なったらね」



 また早口でまくし立てた私に、オルフェルがさらに懇願してきて、思わずそんな返事をしてしまった。


 まったく彼は、こんな私のどこがいいというのだろうか。



ーーん? でも待って? 騎士って、カタ学を卒業してからなるやつじゃない。卒業したら二十一歳だよ?


ーーそれまでは恋人にならずに、いままでどおり一緒にいられるってこと?



 そんな考えを彼に悟られないように、日誌をつけるフリで下を向いた。



「えっほんとに!? 恋人になってくれんの?」


「き、騎士になれたらだよ?」


「やったーーー! 俺、明日死ぬかもーーー!」



 オルフェルが全力で両手を突き上げて喜んでいる。六年も返事を先延ばしにしたというのに、こんなに喜ばれてしまうとは。



「俺、ぜっったい騎士になるから、ミラナ、約束、忘れんなよ!」



 爽やかな笑顔を浮かべて、私にそう言ってくれたオルフェル。


 彼が騎士になる頃までには、私も彼に相応しい、素敵な女性になっていたい。


 そう思ったあの日から、今日でどれくらい経つのだろう。


 オルフェルはいま子犬の姿で、私の膝の上に乗っている。


 丸い体に短い手足。赤い目や毛はあの頃と同じだけど、ずいぶん小さくなってしまった。


 人間だった頃のオルフェルは、背が高くて体格も良かったから、正直言って信じられない。


 だけどこれがオルフェルだと思うと、なんだかすごく可愛かった。



「オルフェル、ほら、あーん。ミルクだよ~?」


「きゃうっ!?」



 私は哺乳瓶を手に持って、オルフェルに口を開かせようとした。


 目覚めたばかりのオルフェルは、まだ少し混乱しているようだ。私の腕の中でひどく暴れて、牙を剥き出しにして抵抗している。


 やはり彼も少し凶暴化しているようだ。だからこのミルクは、なんとしても飲ませておきたい。


 これは闇の魔法をかけた、調教のためのミルクなのだ。



「オルフェル〜? ほ〜ら、これ飲んで、落ち着いてね?」



 怯えた顔で私を見上げたオルフェルの口に、私は哺乳瓶を差し込んだ。

本編の第二話を視点を変えて書き直したものです。

ミラナの気持ちは本編では4章の最後までわからないので、早めにわかる方がいいのか、謎の方がいいのか。

悩んだのですが、決められずとりあえず別で投稿してみました。

差し替えた方がいいか、ご意見いただけると嬉しいです。


挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
ミラナ視点はやっぱり面白いですね。 とは言え、やっぱり本編での積み重ねあっての面白さだと思いますから、番外編になっているのは良い判断だと思われます。 本編でミラナの本心が判明した後、リンクなどの誘…
イザケルさん見に来たら、意外なものを見つけました。 最初の頃、ミラナはちょっと冷たい謎の女の子だったのを思い出しました。もう、謎の闇スパイスまででてきているのですね! 4章で始めてミラナを知った時は…
[一言] 花車様いつもお疲れ様です! こちらの話は話でこうして別でも楽しめると思いますよ! 俺は花車様の話が大好きですので別でこうして話があると余計嬉しいだけなのですけれど(*´ ω`*)笑 ミラナの…
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