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バレンタイン当日。机の上にあるのは果たし状。

作者: 天辻 睡蓮


 どうも、僕は桜葉(さくらは)汐里(しおり)だ。

 実に女の子っぽい名前であるが全然男であり公立校に通う普通の一般高校生だ。

 赤ん坊の頃の僕はそれはもう大層可愛らしかったらしく両親は「汐里」なんて名前を付けたらしいが、今ではすっかり捻くれた僕を見て「育て方を間違ったのかしら……」と後悔している。まったく失礼な話だ。


 閑話休題。


 そんな捻くれ者な僕でも今日――2月14日がバレンタインであることは知っている。とはいえこの僕は暇な時間はほとんどずっと勉強しているせいでガリ勉を通り越して「座る二宮金次郎」とまで言われている男だ。

 そんな僕だから当然異性との縁が皆無で、今年もまた母親がスーパーで買ったチョコを(かじ)るだけだろうと半ば確信していた。


 だが心のどこかで女子にチョコを渡されることを期待していたのも否定できない。やはり人生一度はそういう経験をしてみたいものなのだ。

 

 さて、前置きが長くなってしまった。

 本題に戻ろう。放課後の文芸部の教室、その隅の僕の定位置の机には『あるもの』が置かれていた。

 遠目から見ておや?と思ったよ。もしかしたらこれは直接僕にチョコを渡せない少しシャイな女の子の仕業……なんて考えていた時期が僕にもあった。


 『果たし状』。


 …………。

 もうね、訳が分からないよ。

 やたら高そうな紙には筆ででかでかと『果たし状』と書かれている。

 見間違えじゃない。これは正真正銘の果たし状だ。女の子のチョコを期待していただけに、これには流石の僕もフリーズしてしまう。


 ただただ困惑してその場に立ち尽していると、不意に背後から聞き馴染んだ声が飛んできた。


「おー、どうしたのさ汐里。そんな間抜けな顔して」

「いや、なんか机にこんなんが置いてたんだけど……」

「あ、それは私のだよ」

「君のかよ!?」


 悪びれなく自白されて開いた口が塞がらない。

 あっけらかんと己の犯行であると認めたのは僕の幼馴染である季楽星(きらぼし)彩音(あやね)だ。初対面の時に絶対困惑するようなキラキラネームで、それに引けを取らない整った容姿をしている。

 加えて愛嬌もよく実に可愛らしい。

 こうして羅列(られつ)すると彩音は文句の付けようがない美少女で、こんな子が幼馴染で羨ましいとよく言われるがそれは何も知らない第三者からの意見だ。


「またいつものかい? 何度も言うが僕は勉強で忙しんだ。暇ならたくさんいるお友達に構ってもらえよ」

「ノンノン。乙女心を分かってないな~。他の人じゃダメなんだよ。湊をからかうから楽しんだよ。言っとくけどキミは特別なんだからね?」

「……それを聞いて僕はどんな顔をすればいいんだ?」

「そりゃもう、赤面して照れ照れボウズになるしかないじゃんね!」

「照れ照れボウズって何だよ」


 素っ頓狂な物言いに僕は呆れ顔を作る。


 こんな調子で幼馴染である彩音は毎日のように僕にちょっかいをかけてくる。

 たとえば意味もなく通学中に腕を組んできたり勉強している時に「だーれだ?」と視界を手で隠したり……。おかげでクラスメートからは「あいつら付き合ってるんじゃね?」と疑われる始末だ。

 この意味不明な果たし状もその一環だろう。


「そんな嫌そうな顔しないでよ~。今回は汐里も楽しめそうな余興を用意してるからさ!」

「余興? 罰ゲームの間違いなんじゃないか?」

「それは始まってからのお楽しみ!」


 はぁ……また始まった。


 今までの経験則から拒否しても無駄だと分かっていたので、僕は大人しく彩音に付き合ってあげることにした。

 さっさと終わらせて勉強しよう。


「で? その余興ってなんだ? この謎の果たし状との関係は……」

「ヒント! 汐里が大好きなものだよ! 当てられたらハグしてあげる!」

「さっさと言え」

「も~。つれないなぁ」


 口をへの字に曲げて彩音は不貞腐れる。


「正解はね――〝テスト〟だよ!」


 テスト? 彩音が、僕に?

 こいつ何言ってんだ?って顔で僕はまじまじと彩音を眺める。


「おやおや、天下の汐里さんも驚きのあまり声も出ない様子だよ? でも安心して! ルールは単純、今から私が出す三つの問題で二つ以上正解できたら汐里の勝ち! つまり私と汐里の命を懸けたデスマッチ――決闘だよ!」

「だから果たし状か……いや、だとしてもわざわざあんな仰々しいものを用意する必要はあるのか?」

「細かいことは気にしない! ほら、ゴボウに入ったらゴボウに従えっていうでしょ?」

(ごう)に入っては郷に従えだ馬鹿」

「そうだっけ! そうだったかも!」


 さすが期末テスト平均23点の女だ。面構えが違う。


「で、僕が勝ったらなにか恩恵でもあるのかい? 現状僕にこのふざけたゲームに付き合うメリットがないけど」


 その質問に彩音は少し頬を赤らめながら、


「な、なんでもいいよ……」

「?」

「だから、その……。私に何でも命令していいよ。一つだけ聞くから」


 蚊の鳴くような声でそう言われる。

 何でもか……多くの男子高校生が憧れる、しかも相手が彩音ほどの別嬪ともなれば喉から手が出るほど価値のある権利だ。


「いいだろう。この勝負乗った」

「……え?」

「なんだよその意外そうな顔は」

「いや、汐里のことだから「そんな曖昧なものよりも割引クーポンが欲しい」とか返されると思ってって……」


 僕を何だと思ってるんだ。まあ一瞬そう考えたのは否定しないけど。


「勘違いするなよ。君がそんなリスクのある勝負を僕に挑んでくるってことは、それだけ僕に勝つ自信があるってことだ。日頃散々振り回されてるからね。ここでお前に一矢報いてやろうと思ったまでさ」

「……汐里ってさぁ、性格悪いよね!」

「うるさい。んなことお前に言われなくても知ってる」


 おかげで友人もほとんどいないからな。

 まあ別に気にしてないけど。


「あとすごく鈍感だし……」

「なにか言ったか?」

「そういう所だよ」


 謎にジト目で溜息を吐かれる。解せない。


「ほら、さっさと問題を出せ。全部正解してやるから」

「……ほんとにいいの? 難しさのあまり泣いちゃうかもよ? 言っとくけど私がそれなりのリスクを被るんだから、汐里も負けたら私の命令何でも一つ聞いてもらうよ?」

「そんな未来は万が一にもありえない。早くしろ」


 深呼吸し、僕は意識を研ぎ澄ませる。


 これでも僕は学年成績1位。模試も県内でトップの優等生だ。

 彩音の態度からしてそこそこ難しい問題を用意してきたんだろう。だが僕には関係ない。どんな難問も一瞬で解いてやる。

 そう意気込んでいたからこそ彩音が出した問題は予想外だった。


「それじゃあいくよ。問一! 私の誕生日はいつでしょう!」


 提示された問題に僕は虚を突かれた。


「……それってテストになるのか? もっとこう、学術的な問題を想定してたんだけど」

「でも私、学校のテストみたいな問題出すなんて一言も言ってないし、汐里も問題の内容について質問したりしてこなかったよね?」

「うっ」


 確かにそういう確認を怠った僕にも問題がある。

 それにそもそも万年赤点の彩音が真っ向勝負で僕に挑んでくるはずがない。こういう絡め手を用意してくるはずだと考えるべきだったな。


 それにしても彩音の誕生日か……誕生日かぁ。


「うーん……………………」

「あれれ? あれれれれれ? さっきまでの威勢はどうしたのかな?」

「君こそなんで涙目なんだよ」

「い、いやぁ。汐里なら覚えてないんだろうなぁって分かってたんだけど、実際そうだったらちょっと胸にくるものがあって……」


 何故か落ち込む彩音に困惑して、僕は捻り出した解答を口にした。


「三月四日」

「惜しい! 三月九日でした!」


 マジか……三月であることと月の前半であることは覚えてたんだけど、微妙にズレてたか。


「ふふ、焦りなよ? あと一つ間違えたら汐里は私の言いなりなんだから」

「ちなみに参考程度に聞くけど、君はその命令権を使って僕に何をさせるつもりなのかい?」

「ナニって……言わせないでよ恥ずかしい!」

「君は何を想像してるんだ」


 下着でも見られたような態度で彩音は顔を真っ赤にする。それを見て僕は絶対に負けてはならないと決意と固くした。


 おそらく流れからして彩音が用意した問題は他ならぬ彩音自身についてだろう。これでも僕は彩音と六年以上一緒に過ごしてきた。彩音のことなら大体分かる。

 さっきの問題も後一歩だった。

 次は絶対に当ててやる。僕は椅子から降りて彩音と対峙した。


「よし、次だ」

「おっ、気合十分だね! それじゃあその心意気に免じてボーナス問題を進呈しちゃいます! これなら汐里も絶対に分かるからさ!」

「そう言ってまたヘンテコな問題出すんじゃないだろうな?」

「ふふ。さぁどうかな?」


 ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべる彩音は問題を告げた。


「第二問! 私が一番好きな映画は?」

「…………ヒトデ人間3」

「おー、やるじゃん正解!」


 よし。今度はちゃんと当たったな。

 これに関しては結構印象的だったのでよく覚えている。

 ヒトデ人間3は体内にヒトデ型寄生虫を埋め込まれた被験者の悲惨な物語だ。

 昔彩音の家で一緒に見て、僕としてはグロすぎてあまり思い出したくないんかけど、なにが琴線に触れたのか彩音は「この映画最高!」としばらく連呼としていた。その後三回くらい一緒に見た(強制)から忘れるわけがない。


「そういえばあれは君の姉さんのコレクションだったね。最近あんまり顔を見ないけど収集癖は相変わらずかい?」

「うん。この前お姉ちゃんからヒトデ人間の最新作貸してもらったから一緒に見よ!」

「い、いつか……気が向いたらね」


 グロいんだよあれ……なんで肛門からヒトデが這い出てくるんだよ。

 いまだにあのシーンはトラウマである。


 ちなみに彩音のお姉さんは妹に負けず劣らずの美人で、今は大学生らしい。

 

「そういえば昔「ぼくお姉さんと結婚する!」なんて言ってたねぇ」

「!? それは、その……。若気の至りというかっ」

「ううん、別にいいんだよ。だってねぇ? 男の子なんだから大きいのが好きだよね? 私みたいなまな板には興味もないんだよね?」

「そ、そんなことはない! ほら、多様性だ! 慎ましいほうが好きな人だってこの世にはごまんといるんだ! そういう人たちがきっと君を好きになってくれるさ!」

「別に赤の他人に好かれても意味ないんだけどね……」

「? なら誰に好かれたいのさ」

「……それ本気で言ってるの?」


 信じられないものを見るような眼差しだ。解せぬ。


「まぁいいよ。どっちにしろ次の問題で分かるからさ」

「……どういう意味だ?」

「にしし。それは――」


 何かを企んでいるような笑みを浮かべて彩音は問題を告げた。


「最終問題! このチョコは誰のために作ったでしょう?」


 そういって彩音はバックからそれを、丁寧に包装された小さな箱を取り出す。口振りからしてあの中にチョコが入っているんだろう。

 一目見て分かる。本命だ。これが彩音の本命チョコなんだ。


「……マジか」


 ちなみに僕はめちゃくちゃ動揺していた。


 まぁ、そりゃ彩音だって華の女子高校生なんだからね。恋の一つや二つするくらいするわな。うん、これは普通のことなんだ。だからおおおおおお落ち着け僕。

 

「……そうだね、たとえば陸上部の部長の竹梨さんとか?」

「誰その人」

「ふむ。ならサッカー部の央口くんは?」

「知らないねぇ」

「ぐっ……ならダークホースで探偵部の加藤さん!」

「なにその面白そうな部活。今度一緒に行こうよ」

「断る! クソ、これが駄目なら――」


 その後もひたすら思いつく限りの名前を挙げたがまるで当たらず時間だけがいたずらに過ぎていった。

 空が茜色に染まり出したころ、しびれを切らした彩音が冷酷に告げる。


「はーい。タイムアップ。このままやっても汐里が答えに辿り着けなさそうだし、時間切れってことで」

「待ってくれ! もう少し、もう少しで分かりそうな気が……」


 往生際悪くまだ足掻こうとする僕に彩音は近付く。

 なぜか頬を紅潮させ、恥ずかしそうに微笑みながら彩音は僕にそれを渡した。

 彩音が渡したのはさっきの本命チョコだった。


「…………え?」

「はい。あげるよ。結構苦労したんだから味わって食べてね」


 突然のことで硬直してしまう。

 彩音が僕に本命チョコ? ……ないない。有り得ないよ。これは僕の幻覚だ。そうに決まってる。


「ほんと汐里は自己評価低いんだから。私はずっと昔から汐里が好きだったよ」

「……ドッキリか?」

「私もそこまで性格悪くないよ。なんならほら、ここでキスでもする? 私は全然構わないしむしろご褒美なんだけど」

「いや僕がめちゃくちゃ構う……じゃなくて!」

「?」


 不思議そうな顔をする彩音。


「えぇ……マジで? 僕でいいの?」

「逆に他に誰がいるのさ」


 真正面からそう返される。もしかしたら僕より男前なのかもしれない。


「…………」


 予想だにしなかった事態に僕は思わず言葉を失ってしまう。いや、もしかしたらそうなんじゃないかって思う瞬間はいくつもあったさ。でもそういうのは大体勘違いだって相場が決まっている。だから今の今まで無視してきたのに……。

 こうしてはっきりといわれると、なんだか急に彩音を物凄く意識してしまう。心臓の音がうるさい。混乱で思考がうまくまとまらない。


「それとも……私じゃ、だめ?」


 そんな時に、上目遣いでそんなことを言われてしまったら……僕がそれを拒否できるわけがなかった。

 

「き、君さえよければ」


 少し震え気味なその返事を聞いて、安心したように彩音はほっと息を吐く。

 告白される側の僕でもこんなに緊張するんだから、告白する側の彩音の負担は言うまでもない。


「いやー、よかったよかった! もし失敗したらって考えるとちょっと眠れなくて。ほんと、汐里は鈍すぎるよ。私がどれだけアプローチしても全然気づかないんだからさ」

「そ、それは申し訳ない……」

「だ・か・ら」


 にこりと彩音ははにかんで、僕のそばに近付いた。

 そのまま彩音は猫が甘えるような仕草で僕を抱き寄せ、女の子特有のいい匂いが鼻腔をくすぐる。


「これからは、その分たくさんイチャイチャしようね?」


 そう耳元で囁く彩音が僕が知っている彼女よりもずっと大人びてて――。

 僕は口を噛んでなんとか理性が決壊しないように気を保つ。耐えろ! 耐えるんだ僕! クールな男はこんなところで……!


「あ、そういえばさっきの決闘私が勝ったんだよね? うーん、何を命令しよっか。……そうだ。私が満足するまでずっとこのまま一緒にいて」


 お父さん、お母さん……僕はもうダメかもしれません。


 このあと教室でどんなことが起こったのかは、まあ、知らぬが仏というものだろう。

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