第四話 銀狼はいじられたい
ごとごと、ごとごと。
鍋が煮えるのを待つ時間というのはどの世界でも楽しい。
焚き火の上に用意した鍋を見ながら、オリバーは満足げに頷いていた。
罠にかけた猪の成れの果てが食欲をかきたてる。
「うん、良い匂いだな~」
山菜の緑と獲れたてのイノシシ肉の赤色が鍋のなかで食欲をそそる曲を奏でてていた。
「そろそろいいかと思います」
シェスタはかき混ぜていた手を止め、椀にスープをよそう。
「はい、ご主人様。お先にどうぞ」
「ありがとう」
「…………って、ちょっと待て」
早速いただこうとしていたオリバーは手を止めた。
シェスタは不思議そうに首を傾げている。
「何かありましたか?」
「その、ご主人様ってのなんだ」
「今の私はご主人様の犬。主に対する言葉遣いとしては正しいと思いますが」
「まったく正しくない。オリバーでいい」
「そういうわけにはいきません。犬には犬の矜持があります」
シェスタは頑として譲らない。
ああだこうだと言い合った結果、オリバーは折れた。
「……あとで話そう。飯が冷める」
「あとで……はうっ、こ、これが放置プレイ……!」
「違うからな」
妙な納得の仕方をしてくねくねと身体を動かすシェスタである。
先ほど射殺すような目でこちらを見ていた少女とは別人のようだ。
「さて」
お椀のなかに肉と山菜をスプーンですくいだす。
ほのかに立ち上る湯気が食欲を限界まであおってくるようだ。
「いただきます」
手を合わせると、シェスタが首を傾げた。
「ご主人様、それはどこの国の祈りですか?」
そういえばここは異世界だったなとオリバーは苦笑する。
前世のニホンで繰り返したこの祈りも、他人から見れば見慣れない仕草だ。
「俺の故郷の祈りだ。命をいただきありがとう、ってな」
「神に祈らないのですね」
「それはそれ、これはこれだ。俺は神官じゃないからな」
「なるほど」
シェスタは納得したように頷くと、両手を合わせた。
「いただきます」
オリバーは口元を緩め、スープに口をつける。
(…………)
(……………………)
(……………………………………う、まぁああああい!)
ぎゅっと目をつぶってスープの味を噛みしめる。
イノシシ肉の暴力的な旨味が凝縮されたスープは、噛めるくらいに濃厚だ。
そのままだと脂っぽいところを山菜の爽やかな苦みがほどよくしてくれる。
恐らく、イノシシ肉自体も脂質がいいんだろうな。
「そんで、肝心の肉はっと」
はむ。はむはむ。
「あっつ、あっつ」
舌の上でころがる角肉。
噛めるくらいの温度になるまで下がってから、オリバーはイノシシ肉を咀嚼した。
「……っ、濃厚! 豚骨スープを飲んでるみたいだ!」
ぶっちゃけかなり癖はある。野性味あふれるジビエって感じ。
でも、山菜を一緒に入れてあるから臭みはだいぶマシになっていた。
弾力のあるしっとりとした猪の甘みが、口のなかでほどけていく。
「はぁ~~~~~~~……」
「生き返りますね……」
「そだなぁ」
シェスタはほう、と息をつく。
ほぼ塩だけのスープだが、自分で作るよりも遥かに高品質だ。
「シェスタが作るって言った時はどうなるかと思ったけど……」
シェスタに言わせればオリバーの肉の処理は『なっていないらしい』
元々シェスタの両親は村で料亭を営んでおり、その娘であるシェスタは料理の技術を磨いていたようだ。
「ありがたいことだ」
呟いたオリバーがステータスカードを取り出すと、またステータスが上がっていた。
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レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
体力:S
魔力:E+
敏捷:F+→E
幸運:F
《技能》
林檎連弾:魔力で林檎の種を生成し、矢のように飛ばして敵を攻撃する。
塩の導き:塩を舐めると一定時間、方角が分かるようになる。
山に幸あれLv1:山に生きる者達の情報を閲覧することが出来る。
《転職者特典》
大いなる心眼:あらゆる欺瞞を見破り、対象のステータスを看破する。
不可視の拒絶:日に一度、不意打ちによるダメージを無効化する。
イルディスの加護:ステータスの成長速度が上昇する。
在りし日の剣聖:月に一度だけ聖剣を呼び出し、剣聖の力を使うことが出来る。
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(お、スキルも発現してる)
こんなにポンポンと発現するものだっけ? と思いながらオリバーはスキルを発動。すると、口の中に入れた猪肉の情報が脳裏に浮かび上がってきた。
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種族:山猪
アドアステラ帝国および他国の山間部に生息。
本来は森の奥地に生息するが、食糧不足により人間を襲うようになった。
巨体だが素早く、野兎や野鹿を好んで食べる。発達した顎に要注意。
※これ以上の情報閲覧はスキル権限が不足しています。
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(なるほど。これは便利だ)
今後の狩りの参考になりそうである。
満足げに息をついたオリバーは顔を上げた。
「まだまだあるからおかわりしていいぞ」
「ありがとうございます。であれば、遠慮なく」
シェスタは髪をかきあげ、大きく口を開けた。
親鳥が与えるエサを待つ雛のような仕草にオリバーは首を傾げる。
「なにしてんだお前」
「? 『あーん』を待っているのですか……」
「しねぇからな!?」
「なんです、って……!?」
シェスタは慄然とした。
「いまの流れは完全に『あーん』の流れだったでしょう!?」
「どこがだよ!? 普通にお玉を使って注ぐ流れだろ!」
「犬にエサを上げるのはご主人様の役目ではありませんか!」
「犬にした覚えはねぇ! 勝手に食ってろ!」
「はぅ、犬のように食えと……!? も、申し訳ありませんオリバー様、そこまで高度なサドを発揮されるとは、このシェスタ、一生の不覚……!」
「あ、馬鹿おまっ、鍋に直接口付けるアホがいるか! やめろ馬鹿!」




