第二話 転職
荘厳な神殿の中にオリバーはいた。
白い柱が林立するなかに一本の絨毯が引かれている。
その最奥、玉のごとく座っている女神を見つける。
「あんたか……」
「えぇ、お久しぶりですね。オリバー」
そう微笑んだのは絶世の美女だ。
ひらひらした神衣をまとう白髪の女に、オリバーはげんなりする。
「俺は死んだはずなんだが……わざわざ神域に呼んだ理由はなんだ? 最高神イルディス」
くすくすと、イルディスは笑った。
「まぁ。聖剣を与えた女神に対してその物言い。人族でもあなたくらいでしょうね。言っておきますが、この聖域は神々にも立ち入りを許していない、私だけのプライベートルームなのですよ?」
オリバーは舌打ちした。
「いいから本題を話せ。戦神になる件なら断ったはずだ」
「ご褒美を、あげようと思いましてね」
イルディスは玉座に深く腰掛けた。
艶めかしく膝を組み、男を誘う悪魔のように彼女は言う。
「あなた達が魔王を惹きつけてくれていたおかげで、魔神の討伐に成功しました。ありがとうございます」
「そもそもあんたら神々が魔神なんて生まなきゃいい話だったんだがな」
「あれは創世神が遺した負の遺産。定期的に復活し、因果律を破壊する滅亡因子。私たちに抑えるなんて無理な話です。ぶっちゃけ、あなた達が魔王を討伐できたことも奇跡だと思ってます。ダメ元だったのに。最後はあなた達が勝つか負けるかを賭けて神々が大盛り上がりでしたよ」
「くたばれ」
吐き捨てるように言うと最高神イルディスはくすくすと笑う。
人のいい笑顔を浮かべているがこの女も神々の一人。
その気になれば権能を使って世界がめちゃくちゃになる人族にとっての厄災だ。
(まったく……こんなものを崇める奴の気が知れるぜ)
「まぁ私はあなた達が勝つ方に手持ちの金銀財宝を全部賭けたわけですが」
「お前ら魔神と戦ってたんだよな!?」
「だいぶ懐が潤いました。あと賭けに負けた神々に貸しが出来たので私はご機嫌なのです」
「で、ご褒美ってわけか」
「そうです……オリバー。第三の人生を生きたくありませんか?」
「なに?」
思いもよらぬ言葉を受けてオリバーは目を瞬いた。
てっきり神々にだけ都合の善意の押し付けをされるかと思っていたのだ。
イルディスは頬杖をつき、愉快そうに言う。
「思い出したのでしょう。前世の記憶を」
「……」
相手は神々だ。知っていることに驚きはない。
ただ、世界を隔てた情報を受けて神々がどういう反応をするかと思った。
探るような目つきになるオリバーにイルディスは頬を緩める。
「別に、世界はあなた達だけの世界だけではありませんからね。我々が管理しているのは無数の並行世界。それこそ世界なんて星の数ほどあります。今回、たまたま魔神因子を受け継いだのがあなた達の世界であっただけで……その本質、世界全体の魂総数は一定なので、異なる世界の魂が来ることは珍しいことでもなんでもない」
「……それで?」
「望みを叶えてあげようというのです。女神特権で生き返らせてあげます」
得意げにそう言われてもオリバーは頷かなかった。
死に際、もう少し生きていたいと思ったことは確かだ。
前世と今世、その生き方を改めなかったことも後悔しているけれど。
「悪いが、断る」
「なぜ?」
「生き返ったとしても『剣聖』のままなんだろう? 俺はもう戦うのは飽き飽きしてるんだ」
オリバーは嘆息して頭を掻いた。
「このまま生き返ったとしても、『剣聖』として祭り上げられて面倒なことに巻き込まれるに決まってる。戦争とか権力闘争とかな。世界を脅かす魔王が居なくなったんだ。次に争うのは元々いがみあっていた四大種族だろ」
「よく分かりましたね」
「ガキでも分かる理屈だ……というわけで、俺はもう休みたい。さっさと死なせてくれ」
「なら、転職してみてはどうでしょう?」
「ん?」
投げやりだったオリバーは顔を上げた。
イルディスは両手を叩き、悪戯を思いついた子供のように言う。
「今、あなたは『剣聖』という天職を得ています。それは元々『剣士』だったあなたが力を高めた結果、得られたもの。そうですね?」
「まぁ、そうだな」
天職は最高神イルディスが人族に授けた弱者救済システムだ。
生まれながらに強大な魔力を有する他種族と比べて貧弱な肉体しか持たない人類を哀れみ、作ったシステムだと言われている。
天職はその者の肉体・精神・魂に最も適した職を選び、授ける。
十五歳の時に授けられる天職で人族は人生を全うする。
しかし、
「例外があります。授かった天職を最高位まで極めた者は転職が可能となるのです」
「へぇぇええ、そんなのあるのかっ」
オリバーは声を弾ませた。
「俺は知らなかったけど」
「最高位の天職に達した者には教える規則ですが、あなたは四英雄の『剣聖』ですからね。そんなものを知ったら真っ先に利用すると思って情報統制をしていました」
「おいコラ」
「まぁまぁ、今教えたらからいいじゃないですか」
「適当だなこの女神……」
「しかし、転職したら今持っている力とはおさらばです。山を斬り飛ばすような剣聖の力を使うことは、もうできません。ステータスも最初からになりますが、それでもいいですか?」
「いいぞ」
オリバーは即答した。
元より家族を守るために培った力だ。家族亡きいま、この力に意味はない。
魔王を倒したことだし、あとは仲間の四英雄がなんとかしてくれるだろう。
「くす。私、あなたのそういうところ結構好きですよ」
「はいはい。褒め言葉として受け取っておくよ」
イルディスはきょとんとして、首を傾げた。
「あ、あれ? 結構勇気を出したのに……おかしいですね、人間なんて私がこの言葉をかけたら一撃で堕ちるはずなのに……」
「何ぶつぶつ言ってんだ。さっさと始めろ」
「わ、分かりましたよもう……!」
イルディスが指を鳴らした。
オリバーの足元から魔法陣がせり上がり、胴体を通って頭へ突き抜けていく。
魂の奥から力が抜けていき、魔法陣に吸い込まれていくような感覚。
宙に描かれた文字が次々と消え、書き換えられていく。
大陸公用語で書かれたスキル表が宙に浮かんだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル:5310
名前:オリバー・ハロック
天職:剣聖(英雄級)
種族:人族
《技能》
体術Lv10:身体能力を大幅に向上させる。
剣術Lv10:あらゆる剣の流派をすばやく学ぶことが出来る。
剛剣Lv10:武器の耐久度を上げる。スキル獲得時点で効果が発動する。
疾風斬Lv10:魔力の青き斬撃を飛ばす。
金剛身Lv10:肉体を強化し、速度と膂力を大幅に引き上げる。
滅陣結界Lv10:斬撃で剣の結界を作り、あらゆるものを切り裂く檻とする。
降魔招来Lv10:神話時代の英雄を憑依させ、おのれの力と化す。
狂戦士化Lv10:痛覚麻痺、認識能力低下。一定時間身体能力十倍。
《神技》
天魔Lv10:全身のチャクラを開き剣神の力の一端を授かる。効果時間は十秒。
体力:SSS
魔力:SSS
敏捷:SSS
幸運:SSS
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル:5310→1
名前:オリバー・ハロック
天職:なし
種族:人族
技能:なし
体力:F
魔力:F
敏捷:F
幸運:F
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どっと、身体が重くなったような気がした。
肩を押さえつけられているような感覚を覚えながら、オリバーは拳を握ったり開いたりする。
(ずいぶん変わるな……天職の力に頼ってた証拠か)
自嘲気に口元を緩めると、スキルを表示していた文字が変わった。
玉座のほうからイルディスが言う。
「好きなのを選んでいいですよ」
「じゃあ遠慮なく。どれどれ……」
オリバーは順番に文字を追っていく。
********************************
【適性値:最上】
・竜騎士:ワイバーンに騎乗して圧倒的な破壊力で敵陣を突破する人族の尖兵。
・魔剣士:闇の力が宿った剣を使いこなす。徐々に自我が崩壊する恐れがある。
・侍:刀を扱う不倒不屈の戦士。極めれば刀で切れぬものはない。
【適性値:上位】
・弓兵:弓術が巧みになる。エルフに多い。最上位である『弓匠』では一キロ離れた場所に矢を立てる。
・盗賊:斥候やトラップの解除を得意とする。大怪盗になればこの世に盗めないものはない。
【適性値:中位】
・魔具師:魔法を道具に込めることが出来る。熟達には時間が必要。
・商人:交渉術に秀でている。金運が上昇するものの、破滅することもある。
・鍛冶師:製鉄・精錬・鍛鉄などを行うことが出来る。熟達には時間が必要。
・調教師:魔獣を使役し、おのれの手足のように操ることが出来る。魔獣に裏切られる危険あり。
【適性値:下位】
・神官:神の加護を授け、儀式を進行することが出来る。簡易的な加護で戦うことも可能。
・魔導師:エルフの使う魔法をスキルとして習得し、自在に使うことが出来る。
【適性値:最下位】
・召喚師:幽界からこの世ならざるものを召喚し、使役する。魔力が必要。
********************************
「色んな天職があるんだなぁ」
オリバーは感心したように呟いた。
最下位の召喚師は、戦場で出会ったことがある。
実体のない霊体で戦場を俯瞰、相手を呪い殺す事も出来る厄介なやつだった。
「そりゃあそうですよ。転職は人の数だけあるといってもいいです」
「さすがにそれは言いすぎだろ……」
茶々を入れてくる女神をあしらいながらオリバーは天職を見ていく。
さらに下へめくっていくと、何やら面白そうなものがあった。
********************************
【適性値:判定外】
・道化師:ピエロとなって民衆を楽しませる。サーカスによく生息している。
・吟遊詩人:人の世のうつろい、偉大な英雄たちや神を称えて世界を回る。
・気候士:天候を観察することで天気を読むことが出来る。
・按摩士:他人の身体をもみほぐして人々を癒して回る。
・美食家:未知なる美味を探し求めて世界を探索する変わり者。
********************************
変わった職業だ、とオリバーは思う。
さらに変わっていると思うのは、一番下に書かれた文言だ。
【これらの天職はレベルが上がりません】
魔族に劣ることを哀れんで神が作った天職システム。
その存在意義を問うような文言にオリバーは目を瞬かせた。
「レベルが上がらないのか……そうか……」
レベルは身体能力の向上と頑強さにつながるだけではない。
この世界においてレベルはそのまま格差につながる。
ある国ではレベル20以下の入国を禁止していたり、あるギルドではレベル50以上になると破格の優遇を受けられるようになったりするようだ。
「とはいえ、絶対じゃないんだよなぁ」
レベル5の者がレベル20の者に勝つこともある。
人間だから、首や目玉が弱いのは変わらないし、レベルが絶対の差というわけでもない。
完全に油断している状態なら、レベル100の男がレベル20の男に暗殺された事例も存在する。かくいうオリバーも、仲間と共に規格外のレベルを持つ魔王を倒したばかりだ。
オリバーはたっぷり五分ほど悩んでから、職業一覧の中から一つを選ぶことにした。
「これにしよう」
【この天職は二度と転職できません。本当によろしいですか?】
「うん」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
イルディスが慌てたように止めに入った。
「あなた、もしかして『美食家』を選ぼうとしています?」
「え? うん」
「いやそれ、レベルが──」
「分かってるし。戦わないんだからいいだろ別に」
「いやそうじゃなくて、その天職、ぶっちゃけ数が足りないから適当に追加したネタ天職なんですが……っ! ほんとのほんとに弱いですよ? 人族史上最弱の職業ですよ?」
「いいよ」
「いや待って。ちょっと待って、あなたは私の夫にするんだからもっと相応しい天職がいっぱい……」
「あ、わり。なんかぶつぶつ言ってる間に押しちゃった」
「あぁあああああああああああああ!?」
【転職が完了しました。よき人生を】
魔法陣が頭から足までを通過し、祝福するような光の粒が頭上に舞う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
技能:なし
体力:F
魔力:F
敏捷:F
幸運:F
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「よしよし。いい感じに弱くなったな」
オリバーが満足げに頷くと、イルディスが口をパクパクさせていた。
「あ、あなたは……なんてことを……」
「いいだろ俺の人生だし」
「やり直し! やり直しです! 最高神特権でやり直しを要求します!」
「最高位に達しないとシステム的に転職できないんだろ」
「だったら早く最高位に……ぁあぁあああっ、ネタ天職に最高位なんてありませんよぉおおおおおおお!」
「なに騒いでんだお前……いいからさっさと下界に降ろせ。用は済んだろ」
「人族のくせに最高神に塩対応すぎません!?」
抗議の声をあげたイルディスは頬を両手にあげて身体をくねくねし始めた。
「でもそれがいいというからそこが……なんですけど……えへへ」
「気持ち悪い顔浮かべんな。さっさとしろ」
「あぁもう、乙女心の分からない男ですねっ」
最高神が再び指を鳴らす。
再びオリバーの目の前に文字が浮かんだ。
《転職者特典が付与されます》
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
大いなる心眼:あらゆる欺瞞を見破り、対象のステータスを看破する。
不可視の拒絶:日に一度、不意打ちによるダメージを無効化する。
イルディスの加護:ステータスの成長速度が上昇する。
在りし日の剣聖:月に一度だけ聖剣を呼び出し、剣聖の力を使うことが出来る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おいなんだこれ」
「あなたはこの私が見込んだ男なのですからつまらないことで死んだら許しませんから!」
まくしたてるようなイルディスにオリバーは声を上げた。
「待てっ、俺はこんなの望んでないぞ」
「ちゃんと天寿を全うして、第三の人生を謳歌してください」
身体が浮いて女神の姿がどんどん遠くなっていく。
蒼穹の中を漂いながら、声だけが風に乗って運ばれた。
「忘れないで。あなたの魂は私と共に在る」
オリバーの意識は、彼方に呑まれていった。




