エピローグ
「さて、そうと決まれば宴じゃ! 酒宴を用意せよ!」
「勝手に決めるな」
全裸の上に外套を着た変態にオリバーは頭を抱えた。
とりあえず小人族にもう危険はないことを伝えて、それからサラマンディアに服を着せて……。
(あとはイリナに丸投げしよう、そうしよう)
と、オリバーが自堕落に決めた時だった。
「──やぁぁっと見つけたぁあああああああああああああああ!」
「げぇっ」
耳慣れた声に、思わずオリバーはのけぞった。
見れば、ダンジョンの入り口から魔王を倒した仲間たちが走ってくるところだった。
思わず逃げようとするオリバーの身体に、「《縛り付けよクオリタス!》」光の縄が巻き付いた。
(アリシアの精霊術……! あーくそ、転職したから逃げられねぇ)
体勢を崩したオリバーが転倒する。
すると、あっという間に追いついてきた三人がオリバーを見下ろした。
「今こいつ、『げぇ』って言ったわよ」
腕を組んだ聖女が怒り顔で言い。
「確信犯じゃな」
ドワーフの匠聖は腹を抱えて笑い、
「ん。オリバーは有罪」
大賢者は眠たげな目でそう言った。
三者三様ないいようにオリバーはげんなりと肩を落とす。
「こんなに早く見つかるなんてな……どうしてわかったんだ」
「これよ」
アリシアは懐からペンダントを取り出した。
それは以前、四人でお守りを作った思い出の品。オリバーが魔力を込めたものだった。
「人間が死ねばその者の魔力は消えうせる。けどあんたのこれは消えていなかった。だからよ」
「ほんっっと仕事が雑だなあのクソ女神……」
人界ではありえない最高神の悪口をつぶやいて、オリバーは頭を掻いた。
と、そんなやり取りを唖然と見守っていた周囲がようやく動き出す。
「あなた方は、もしかして……」
「四英雄勢ぞろいか。ハッ! 今ここで挑まれたらさしもの妾もやられていたかもしれんの」
シェスタの推測にサラが確信を重ねる。
「「「四英雄!?」」」
小人族が驚愕に飛び上がるなか、大賢者は眠たげな目をこすって、
「その魔力……もしかしてサラマンディア?」
「うっそ、なんでサラマンディアまでいんの!?」
アリシアが戦闘態勢をとろうとするのを、『匠聖』ヴァランが止めた。
「待てぃ、おてんば聖女。こやつに敵意はないじゃろ」
「そうだけど、そうじゃなくて……いや、相手はあのサラマンディアよ!? 人化した竜なんて災害危険生物と変わらないじゃない!?」
「その竜、微妙にオリバーの魔力を感じる」
大賢者はこてりと首を傾げた。
「オリバー……もしかして竜とシた?」
「は?」
アリシアがぞっとするほど冷たい声で、
「なに。あんた……私たちがムカつく上層部に振り回されている間に、あんたは悠々自適に転職ライフを楽しんで、あまつさえ五大竜と契りを結ぶような仲になって、こんなに可愛い銀狼ちゃんや小人族の子たちに囲まれて暮らしてるっての……?」
わなわなと、アリシアの肩は震えていた。
臨界点を越えた活火山が噴火寸前に煙を吐き出すような、不気味な怖さがあった。
「やべ」と再び逃げたくなるオリバーにアリシアは詰め寄って、
「そんなの、そんなの……!」
死を偽り、世界中の人を悲しませた罪は重い。
怒りの鉄拳がオリバーに振り下ろされようとして、
「ズルい、ズルすぎるわよっ!!!」
きょとん、と水を打ったようにあたりが静まり返った。
シェスタや小人族、サラまでも目を点にしている。
アリシアはオリバーの鼻先に指を突きつけ、
「あたしたちが戦後処理にどれだけ駆けまわっているか知らないの!? 力を持った四英雄の扱いをめぐって『連合』がくだらない権力争いをしていることは!? 英雄だなんだのと祭り上げられてやりたいことも出来ないあたしたちの苦労が、あんたに分かる!? えぇ、分かるでしょうねぇ! 分かるから逃げ出したんだろうし!!」
オリバーはため息を吐いていった。
「まぁそう怒るなよ。お前らだって俺の立場なら同じことしただろ?」
「当たり前じゃない!!」
「当然じゃな」
「ん。実験し放題。楽園」
四英雄が「うんうん」とそれぞれに頷く。
三者三様の答えだが、共通しているのは「好きなことをしていたい」だ。
英雄としての自覚なんて欠片もない彼らの言葉に、シェスタはドン引きしていた。
「もしかして、四英雄ってダメ人間の集まりでは……?」
四英雄たちは顔を見合わせた。
「つってもなぁ」
「あたしたち、種族代表として無理やり選出されただけだしね」
「がはは! ぶっちゃけ問題児として生贄にされた感はあるのう」
「ん。真面目に選んだのは人族くらいのもの」
オリバー達は最初から四英雄などと呼ばれていたわけではない。
元々は、神々が魔神を倒すために、魔神の力を半分持っている魔王を倒す特攻隊として集められたのだ。
その過程で魔族の拠点を潰す必要があり、それを繰り返しているうちに『四英雄』などと呼ばれただけで。
「妾が思うに、ぶっちゃけ神々もそこまで期待しておらんかったと思うぞ。倒せれば御の字、くらいに思っておったんじゃないか」
「マジかよ……」
さらりと聞かされた衝撃的な事実にオリバー達は嘆息した。
神々と相対したことのある彼らなら『ありえる』と思えてしまう。
「それで倒せてしまうのじゃからお主たちも化け物じゃよなぁ」
「まぁあたしたちのことはいいのよ。いや、良くないけど。問題はあんたよ」
アリシアがかぶりを振ってオリバーを見た。
「あんた、本当にこのままここにするつもり? 戦後処理は? 戦勝パレードは? 貴族共のやっかみは? 種族間の権力闘争はどうするの?」
「俺はもう転職したから関係ないね。人族も力を失った剣聖になんて興味ないだろ。ほらほら、俺、死んでるし?」
うきうき顔で自らの死を語るオリバーに、
「ズルい……ズルすぎる……一人だけ一抜けなんて許せないわ……」
怨念じみた声音でつぶやくアリシアである。
「ねぇみんな。どうしてやろうかしら」
「ふむ。殴って連れ帰ればいいんじゃないかの」
「それだわ!」
匠聖と聖女が物騒な会話をするなか、大賢者が何かを決めたように頷いて、
「ん。私、ここに住む」
「「は!?」」
「オリバーと一緒なら安心。神々の保証付き。完璧。ぶい」
「いや、ピースサイン決められましても!?」
そんなことをされたらせっかくのグルメライフが台無しになる。
断固として抗議の声をあげるオリバーに、しかし、四英雄の反応は真逆のものだった。
きょとんとしていたアリシアがヴォランと顔を見合わせて言う。
「ここに住む……なるほど。あの地獄にオリバーを引きずり戻すことだけ考えていたけど……それ、ありね? ていうかそれしかないわね? 私たち、四英雄やめちゃったわけだし」
「うむ。ここならうるさい長老もいないし、好きなだけ武具が打てるぞい」
「毎日祈りを捧げろっていう精霊長も居ないし」
「好きなだけで魔法実験が出来る」
「「「最高じゃん」」」
「いやいやいやいやいや、待ってくださいよ!」
そこでようやく我に返ったのは小人族の代表であるイリナだ。
恐れ多そうにしていた彼女は、意を決したように言った。
「四英雄の方々がここに住むのを決める権限は、わたしにはありませんけど……でも、あなたたちが居なくなったら世界はどうするんですか!? 魔王軍の残党は!? 魔獣問題は!? 世界がめちゃくちゃになったりしませんか!?」
「むしろあたしたちが居たほうが世界がめちゃくちゃになるんじゃない?」
「え?」
アリシアは顎に手を当てて言った。
「ぶっちゃけ、今『四種族連合』は権力闘争の真っ最中なの。どの種族が一番魔王を倒した功を得たかっていう。それによって神々から加護を貰おうとしているし、魔族から奪った領土の割譲問題で揉めに揉めている。で、あたしたちがいると種族間のパワーバランスがやばいのよね。ただでさえ剣聖が居なくなった人族は大ピンチ。さらに言うと人族に使役されている小人族たちも大ピンチ。エルフの長老なんてこれを機に人族を滅ぼしちゃおうかと話してるくらいだし。あ、これ内緒の話ね」
「ぴい!?」
イリナが泡を吹いて倒れた。
気の弱い彼女には刺激が強すぎる話だったらしい。
アリシアは続けて、
「だからまぁ、あたしたちが消えたほうが四種族で戦争が起こったりしないんじゃないかしら。というかサラマンディアも居るんだし……ここを第五の勢力として確立しちゃえば、むしろ四種族を牽制で来て世界が平和になるまである。いっそのこと、国とか作っちゃう? あたしたちも好き勝手出来るし」
「長々と語ってくれたが、最後のが本音だろ」
「なに。あんたがあたしたちのことをとやかく言えるの?」
「いや、言えないけど……」
死を偽装したオリバーはばつの悪さからそう言うしかない。
アリシアは満足げに頷いた。
「乙女を泣かせた罪はこれで許してあげるわ。感謝しなさい」
「ん……生きててよかった」
「二度とするんじゃないぞ」
自分の身を案じていた彼らの言葉にオリバーはばつが悪くなる一方だ。
自分が彼らを騙し、悲しませたことは事実。
オリバーが同じ立場であっても、仲間の死はやはり悲しい。
「話はまとまったか?」
サラマンディアがじれたように言った。
「ならば酒宴じゃ! 妾がオリバーと契りを結んだ記念と、ついでにお主らが魔王を倒したことを祝ってな!」
「なぁにサラマンディア。酒宴のどさくさに紛れてあたしたちを殺しておこうってわけ?」
「ハッ! 妾はそんなことをしなくても片手で貴様らを殺せるが?」
「なんですって!?」
「なんじゃ、やんのかの?」
「ラガン。私、工房が欲しい。作って。神級スキルを試せるやつ」
「わいの工房のあとでいいなら作ってやるきに……ま、代金はもらうがの。高くつくぞ」
「定期的なスキル付与。これで手を打つべき」
「よし。契約成立じゃ」
「宴をするなら料理を用意しなければいけませんね。イリナさん、お手伝いお願いできますか」
「わ、分かりました! 」
談笑しながら、四英雄とイリナ、シェスタは方々へ散っていく。
一人残されたオリバーは精霊術の縄で縛られたまま声をあげた。
「あのー、おれのこと忘れてません? おーい、シェスタ。たすけてくれー」
シェスタはちらりとこちらを見たが「ふん」とそっぽ向いて歩いていく。
なんだか知らないが、まだ先ほどのことを怒っているらしかった。
「……はぁ」
オリバーはごろんと寝転がって呟いて。
「死んだふりをするのは良くないな、うん」
少しだけ反省するのだった。
◆
わいわいと、焚き火を囲んで小人族が踊っている。
大皿に乗せたぶどうに顔を突っ込み、ぱんぱんに膨れ上がった頬を動かしてサラが笑う。いつの間に仲良くなったのか、頬を上気させたアリシアも酒を手にサラと肩を組んでいた。
「んみゃ、ねむねむ……」
大賢者はオリバーの膝元で子供のように眠っている。
ヴォランは小人族の酒豪相手に酒飲み勝負を挑んでいるようだった。
「騒がしいな、まったく」
「いきなり大所帯になったものですね、主様」
オリバーの横でぶどうジュースを注ぐのはシェスタだ。
何度も謝り倒してようやく機嫌を直した彼女は頬を緩めながら、
「小人族、エルフ、ドワーフ、人族、銀狼族……次はどんな種族が来るでしょうか」
「いやいや、さすがにもう増えないだろ」
「どうでしょうね。他ならぬ主様が増やしそうな気がしますが」
くすりと笑ってシェスタは悪戯っぽくささやく。
「いっそのこと、本当に国でも作ってしまいますか?」
「そういう面倒なのは嫌だ。言ったろ。俺は美味しものを食べて自堕落に生活するんだ」
「世界がそれを許せばいいですけどね」
「縁起でもねぇこと言うなよ!?」
物騒な発言に突っ込んだオリバーは後ろに手をつき、空を仰いだ。
満天の星々がまたたき、変わらず大地を見下ろしている。
涼しい風が上気した頬を撫で、ゆるやかに通り過ぎっていった。
「良い夜だ。美味いもんを食うには天気だな」
「これからもずっと続きます、主様」
「あぁ、そうだな」
英雄として戦わなくていいホッとするような毎日。
こんな日々を、ずっと求めていたのだ。
「ま、ぼちぼちやってこうぜ。転職ライフは始まったばかりだからな」
と、オリバーはそう言った。
しかし、彼らの誰も知らなかった。
遠くない将来、このダンジョンを起点に国ができ、やがて世界に名だたる強国となることを。
四種族連合すら無視できない勢力となることを、ここにいる誰も知らなかった。
終わり。




