第十一話 ワイン対決
──ノースランド共和国国境。
──カイゼル大森林の外れ。
「間違いない。つい最近までオリバーはここにいた」
聖女アリシア・フォーベルクは地面に手を当てて言った。
彼女の使役する微精霊が泳ぐようにその場で点滅している。
「あいつの魔力を感じる。近いわよ」
「帝国領から共和国、そしてカイゼル大森林……こんなにも近くにいたのに気付けないなんて。オリバーは神出鬼没」
アリシアのそばで嘆息したのは四英雄が一翼。
眠たげな目をこする大賢者コル・セリウス。
「がははは! ほんに一杯食わされたのぉ!」
豪快に笑ったのは同じく四英雄が一翼。
ドワーフの傑物、『匠聖』ラガン・ボルボス。
「あん男ほどの腕前ならここらの魔獣に遅れなんざ取らん。確かに身を隠すにはうってつけの場所じゃわい!」
「笑ってる場合!? あいつが近くにいるかもしれないのよ!」
「生きていることが確定したんじゃから、そう慌てんでもよかろうがよ」
ドワーフは懐から酒瓶を取り出し、ぐいっと呷った。
「うぃ~、美味いのぉ」
「ちょっと、昼間っから酒?」
アリシアはじと目になった。
「オリバーが聞いたらまた小言言われるわよ」
「ん、間違いない。『いい加減にしやがれこのじじい。羨ましいぞこんちくしょう』って言いそう」
「そうそう。だってあいつ」
アリシアは懐かしむように言って、
「お酒が好きな癖に、呆れるくらいお酒に弱かったもの」
◆
「うぃ~、ひっく。あぁ、うめぇなぁ!」
顔を真っ赤にオリバーが千鳥足でワイン樽へ近づいていく。
震える手がワインを掬いだすさまは、限界を迎えた酒飲みのそれだ。
ぐい、と一気に飲み干した彼は顔を恍惚とした息を吐いた。
「やっぱ美味いなぁ、これ。まぁ元々俺のじゃないんらが、イリナたちが作ってくれたワインは美味い。最高っ!」
【うむ。確かにこのワインは上物よ。妾が呑んできた酒の中でもピカイチといえよう】
竜はワイン樽をまるまる飲み干してから言った。
にやりと口角を吊り上げ、竜への挑戦者を嗤って見せる。
【だがお主、酒に弱いな。まだ一杯目じゃぞ?】
無謀な勝負を挑んできたものだと、人の愚行を竜は嗤う。
酒飲み対決を提案された時は驚いたものだが、それほどに自信があったのだとサラマンディアは思っていた。
だが結果はどうだ。
たった一杯でオリバーは千鳥足になり、自分はあと何杯もいけるという始末。
【ふはっ、ふははははは! 無様よなぁ、剣聖! 酒に弱い剣聖など後世までの語り草よ!】
「オリバー様……!」
銀狼の娘が近寄るのをオリバーは手で制した。
「しぇすた。いい。だいじょうぶら」
「……っ」
オリバーは銀狼を制して再びワイン樽へ。
ジョッキ一杯の酒を掬い、それをぐいっと飲み干して見せた。
「ふぅ……おい。さらまんりあ! 勝負はまだまだこれかららぞ!」
【ふ。それでこそ我が宿命の敵よ!】
簡単に負けてもらっては勝負の意味がない。
にやりと笑ったサラマンディアは、再びワイン樽へ腕を伸ばすのだった。
◆
──三十分後。
(おかしい)
焔王竜サラマンディアは違和感を抱き始めていた。
「ぷはーっ! 美味い、美味いな!」
ジョッキを掲げてそう宣うオリバーの足は確かに千鳥足だ。
膝も震えているし呂律も回っていない。
なのに意識ははっきりしている。
1杯目からその状態だったに関わらずだ。
「ろうした、さら。おめぇの番らぞ」
【わ、分かっておりゅわ!】
サラマンディアは呂律の回らない舌でワイン樽を飲み干した。
さすがの竜の体躯にも20樽のワインは酔いが回ってしまう。
『勝負とはいえ竜と人間では体格が違いすぎる。妾は樽一杯、貴様はジョッキ一杯で一対一じゃ』
そう自分が言ったことを覚えている。
だが、今となっては。
サラマンディアは過去の自分の言葉を悔やんでいた。
(もはや20杯は飲んでおるぞ……なぜ酔いつぶれぬ!?)
竜であるサラマンディアでさえ10樽も飲めば酔いもする。
20樽飲み干した今となっては呂律も回っていないし、顔は熱く、なんだか逆鱗が寒くなって来た。
だが相手も同じだ。20杯のジョッキを飲み干している。
最初はジョッキに何らかの細工があるのかと思ったが、ジョッキを変えさせてみても彼の呑みっぷりは変わらない。
ワインも交換させてみた。それでも結果は変わらない。
(く、この妾が、このような醜態をさらしゅとは……!)
「どうらサラっ! 美味いらろ!?」
【ぐるる……うみゃい、うみゃいが……きしゃま、なぜそこまで飲める!? 剣聖が酒豪などという話、聞いたこともないぞ!】
「なに言ってんら。もう腹がぱんぱんだぞ!」
ポンポン、とはしたなく腹を叩いて見せるオリバー。
直後、彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべて。
「けど言ったろ、俺は転職したんら。実はさっき蔵でこのワイン呑ませてもらってな。俺の天職は『美食家』……ワインの加護を貰った。まぁ、ズルをしたつもりないけど、スキルの効果だな」
オリバーはステータスカードを掲げて見せる。
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レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
体力:S
魔力:E+→D
敏捷:D
幸運:F
《技能》
林檎連弾:魔力で林檎の種を生成し、矢のように飛ばして敵を攻撃する。
塩の導き:塩を舐めると一定時間、方角が分かるようになる。
胡椒の権能:胡椒の蔓を触媒にして異次元空間に鞄を作る。十日間持続可能。
ブドウの祝福Lv1(ブドウを育てる時に魔力を注ぐと旨味が倍増し、育ちが良くなる)
ワインの加護Lv1:ワインによるアルコール摂取量を調整できる。
《転職者特典》
大いなる心眼:あらゆる欺瞞を見破り、対象のステータスを看破する。
不可視の拒絶:日に一度、不意打ちによるダメージを無効化する。
イルディスの加護:ステータスの成長速度が上昇する。
在りし日の剣聖:月に一度だけ聖剣を呼び出し、剣聖の力を使うことが出来る。
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「へへ。実はさっき増えてたんらよ」
嬉しそうに笑うオリバーにサラマンディアは歯噛みした。
【……っ、女神が人に与えた使徒の力か……!】
やはり、といった意味合いが強い。
もちろんサラマンディアはズルをしたとは言わない。
矮小なる人族の身で竜と張り合うにはそれに頼るしかなかろう。
だが何百年の時を生きる竜王を以てしても、美食家などという天職は聞いたことがない。
天職はその人間の根源──阿頼耶識から情報を読み取り、女神が力に変えるものだ。
血統によって似たような天職が出やすいのは生まれた環境が阿頼耶識に深い影響を与えているからとも言える。
ならば、『美食家』などという天職を得たこの男の食への渇望とは、一体どれほどの──!
「うぃ~ひっく。なんだ、手が止まってるぞ」
【ば、馬鹿者っ、竜を舐めるにゃ! これしきのことれ──】
樽を傾けると同時に、ぐらりと頭も揺れる。
いよいよ酔いが限界を迎えてしまった。
(あぁ、まずい)
サラマンディアは戦慄する。
──竜を殺す方法というのが一つだけある。
それこそが酔い潰してしまうことだ。
酔いが回った竜は身体に纏っている固有領域の効果が弱まる。
特に首の後ろ──逆鱗と呼ばれる位置が、領域のほころびになるのだ。
(まさか、この男は、これを知っていて──)
竜と呑みで張り合う人間などいたことがないから知らなかった。
侮っていた。
研ぎ澄ませた刃を確実に殺せる場面で使う。それがこの男の真意!
(く、そ……)
誇り高き竜は火焔を吐こうとして──
その意識は、闇に沈んでいった。




