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第九話 美食の拠点

 

『鷹の紋章がダンジョンの中で何をしていたか気になる』


 オリバーはそう言って、シェスタと共に洞窟の中に戻った。

 ダンジョンというには整いすぎている足元。

 普通なら侵入者を陥れるために設置されてい筈の罠はどこにもない。


 ダンジョンとは元々古代人たちが作った対魔族用の防衛拠点だ。

 それが長い年月をかけて魔力によって変容し、魔獣が引き寄せられるようになった。


 古代人が残した遺物(レリック)や古代人が隠していたお宝が発見されることから、日々冒険者たちが挑んでいる場所でもある。元が防衛拠点だからダンジョンコアという遺物によって拠点内の構造改革も可能だし、防衛のために魔物を生み出すための装置もあるという。


 しかし、今進んでいる場所にはこうした特徴は見られない。

 まるで宝物を掘り尽くしたダンジョンを家にしているような気配まである。

 それだけではなく。


「ご主人様。甘い匂いが漂ってきます」


 くんくん、と鼻をひくつかせながらシェスタは言った。


「甘い匂い……植物系の罠か?」


「いえ、そういった妖しい気配は感じられません」


「ふむ」


 オリバーは顎に手を当てて考えてみるが、思いつくことはなかった。


「とりあえず行ってみるしかないか」


 幸いにして洞窟はそんなに長くなかった。

 光が見えた。出口だ。

 思わず駆け足になったオリバーとシェスタが、光のなかをくぐり──。


「おぉ……」


 一面に、ぶどう畑が広がっていた。

 見渡す限り、地平線の彼方まで続いているぶどう畑だ。

 そのなかには鎖をつけられた小人たちが居て、せっせとぶどうを摘んでは箱の中に入れている。


「すげぇなこれ。全部ぶどう畑か!?」


 一体何キロあるのだろう。

 距離を数えるのも馬鹿らしくなるほど広い畑がそこにあった。


 天井から差し込む陽光が、アメジストのような果実を輝かせている。

 地平線に見えるのは岸壁だ。洞窟のなかにぶどうの楽園があった。

 オリバーたちがいるのはぶどう畑を見下ろすような崖である。


「主様、これが何か知っているのですか?」


「ん、あぁ、シェスタは知らなかったか」


 無理もない、とオリバーは思う。


 この世界ではぶどうは『神の果実』と呼ばれ、厳重に管理されているのだ。

 ぶどうから作られるワインが神への供物として献上され、その実を食べられるのは超上流階級のみ。

 人族たちにとって、ぶどうを栽培することはかなり難しいことだからだ。


「ぶどうってのはある生き物が好物にしていて、ぶどうを栽培するとそいつを引き寄せて国が滅んだ例もあるんだ」


「く、国がですか? そんなことが出来る生き物は──」


 ハッ、とシェスタは顔を上げた。


「まさか……?」


 オリバーは頷いた。


「そう。竜だ」


 この世界には五匹の竜がいる。

 それぞれが大陸に縄張りに持ち、生態系の頂点に君臨している存在だ。


『焔王竜』サラマンディア

『地帝竜』テラジーク

『風壊竜』ヴェオモス

『海尽竜』ニブルヘルド

『聖姫竜』ルークライト


 曰く、彼らは創造神から生まれた力の結晶。


 曰く、彼らは世界に生まれた特異点。


 曰く、彼らは傅かず、なびかず、孤高を貫く王者である。


 そのうちの一体とは、オリバーも旧知の仲だ。

 仲がいいとは言えないかもしれないが、知らない仲じゃない。


「だから分かるんだが、あいつらはぶどうをこよなく愛する。いっそぶどうしか食べないんじゃないかってくらいに」


「そうなんですか……」


「ちなみに国が滅んだ原因は竜が呑むワインの中に毒を入れて献上した奴がいたせいらしい」


 剥がれ落ちた竜の鱗や脱皮した皮などは国宝になるほど価値がある。

 ゆえに竜を狙う者はあとを絶たなかったのだが、二百年前にアドアステラ帝国の前身となる国が滅んだことで全世界で竜の討伐を禁止する法律が発令された。


「こっちから手を出さなきゃ人に害はないからな。いい奴もいるよ」


 シェスタは真顔で言った。


「竜を『いい奴』呼ばわりできるのはご主人様だけです」


 さすがですね、と尻尾を激しく揺らすシェスタにオリバーは苦笑した。


「ぶどうはプチっとした食感と酸味が混じる甘さがたまらなく美味くてな……まぁそれはいい。問題はあいつらがなんでダンジョンの中でぶどうを育てているかだ。調べに行こう」


「分かりました」


 盗賊まがいなことをしている自覚はあるが、鷹の紋章はシェスタを売ろうとした悪党だ。

 これくらいはしても罰が当たる事はないだろうとオリバーは思う。

 崖の上からぶどう畑に降りると、小人たちが奇異の視線を向けてきた。


「小人族……か。グレンに働かされていたのかな」


 オリバーと目が合うとすぐに視線を外して、逃げるように仕事に戻り始める。


「なんか怖がられてるな……」


「彼らの仲間だと思われているのかもしれません」


 小人族は人族から『屋敷妖精(ビーブル)』などと呼ばれて使役されており、亜人族の中でも搾取されやすい傾向にある。ぶどう畑ではたらく小人族は見るからにボロボロの服を着ているし、手足についている鎖も擦り切れている。グレンたちのことだ。彼らを大切にするはずがない。


(あとでまとめて解放しよう。まずはここの正体を調べないとな。あとぶどうを食べてみたいな)


 ぶどう畑の中心には小屋があった。

『絶対に入るな! 入ったら殺す。グレン』と書かれてある。


(おぉ、めちゃくちゃ入りたくなるやつだな、これ)


 何が隠されているんだろうと思いつつ、小屋の中に入る。

 小屋のなかはさっきの山小屋と同じような造りで、食べ散らかされた料理と机や椅子、奥には寝室や執務室まであった。グレンか誰かが寝泊まりしていたのだろう。かなり汚い部屋に顔を顰めつつ、シェスタはキッチンへ、オリバーは執務室へ向かう。


 グレンが何か手がかりを残していないかと思ったのだ。

 執務机の上には紫色の水晶が置かれている。

 引き出しを調べてみると、案の定というか、いろいろなものが出てきた。


「なるほどね……」


『ワイン伯爵』とやらの取引記録。

 ワイン造りにおける工程や小人たちをどういう風に使役しているのか。

 また、ワイン造りと並行して行われていた胸糞悪い奴隷商への人身売買の記録……。


 どうやら『鷹の紋章』はワインを使って各国の上層部へ食い込んでいるようだ。

 ぶどうの香りが詰まったワインは下手をすれば竜を呼び寄せる。

 悪用すればどんなことが出来るか想像に難くない。


 単純に美味いし、希少価値が高いのもあるだろう。


(とはいえ、証拠を残してのくとは意外だったな)


 もしくは自分が切り捨てられた場合の保険として残しておいたのかもしれない。

 あるいは相手方が裏切った場合の切り札としてか。

 どちらにせよ、ろくでもない内容なのは確かだった。


(さすがに『鷹の紋章』と直接つながるようなヘマはやってないか──)


 そんなことを思っていると、手が硬いものに触れた。


「ん? なんだこれ」


 なんだか分からないが、取れないのはむかむかする。

 もしかしたら重要なものかもしれない。


「ふんがっ!」


 思いっきり引っ張った。

 その瞬間、がこんっ! と音がした。


「お?」


 ごごごご、と音がする。

 顔を上げれば、執務室の床が音を立てて動いて、円形の穴を作った。

 冷たい空気が噴き出す穴には地下に続く螺旋階段が伸びている。


「おぉ……なんかいいなコレ」


 隠し部屋というやつだ。

 陰謀の匂いをかぎつけたのか、シェスタもやってきた。


「ご主人様。何か見つけたのですか?」


「おう。机の中でなんか引っ張ったらなんか開いた」


「我が主は少々雑なきらいがありますよね……」


 呆れ気味のシェスタの肩を竦めるオリバーだった。


「とりあえず行ってみようぜ」


 二人はシェスタは螺旋階段を降りていく。

 かなり深く掘られているようで、何十メートルも階段が続いていた。

 道中、罠や魔獣の心配もしながら慎重に足を進めていく……。


 最下層に降りた。

 砲弾すら受け止めそうな重厚な扉が聳え立っている。

 オリバーとシェスタは顔を見合わせ、同時に頷いた。


「「せー、のっ」」


 二人で力を入れて、ぐぐぐ、と扉を押していく。

 果たしてその奥にあったのは、緑色に光かがやく太陽のような球体だった。


「あぁ、なるほどね……」


 オリバーはすべてを察した。

 頑丈な扉があったわけである。

 この球を破壊されると、ダンジョンが崩壊してしまうのだから。


「これ、ダンジョンコアだな」


「これが……」


 シェスタがダンジョンコアを眺めまわす。

 元は古代人の拠点になっているのがダンジョンだ。

 それにしてはコアがかなり小さいし、ここまで来るのに罠もなかった。


「古代魔導王国が滅びる寸前に作られたと考えられるな。古代人が滅びた原因が魔力不足によるものだという仮説を信じるならだが」


「ですが、小規模でもダンジョンはダンジョンです」


 シェスタは振り返って、小人族たちが使役されているぶどう園を見やる。


「彼らを解放するにしても、ここを放置すればまた悪用される可能性も……」


「まぁそうだな」


 オリバーは少し考えて、言った。


「いっそのこと、ここに住んじまうか?」


 ぱちぱち、とシェスタは目を瞬かせた。


「それは……いいかもしれませんね?」


「だろ?」


 ちょうど拠点が欲しいと思っていたところだ。

 ぶどうが生えるくらいだし、胡椒の苗木を植えても育つのではなかろうか。

 ダンジョンを制御すれば、生育環境を整えることは可能だろう。


「旅は続けるつもりだけど、帰る家があるのはいいもんだよ」


 今世で家を失ったオリバーはしみじみと思う。

 剣聖となって宮廷を借りたこともあったが、やはり自分の家というのは落ち着くものだ。

 掘り尽くされたダンジョンを奪ったところで国から文句を言われることもない。


「お前の家にもなるしな」


「私のため、ですか?」


「他に誰がいる?」


 望んで旅をしているオリバーと違い、シェスタは故郷を追放された身だ。

 この場所が彼女の安らげる場所になればいいとオリバーは思う。

 そうすればあの変態衝動も少しはマシになるのではないだろうか。


「主様が、私のために……そうですか」


 シェスタは目を逸らして言った。


「あ、主様は。物好きでございますね」


「まぁな。シェスタのことは好きだよ」


「へぁ!?」


 シェスタが弾かれたように飛び退った。

 耳をぱたぱたと動かし、尻尾が大きく膨らんでいる。

 オリバーは首を傾げた。


「どうしたんだ。急に尻尾を掴まれたみたいな顔をして」


「あ、主様が変なことを言うからです!」


「変なこと?」


「そういうところです!」


 複雑怪奇な表情をするシェスタである。

 にやつきそうな口元を無理やり抑えてひくひくしているような顔だ。

 相棒のそんな様子を疑問に思いつつ、オリバーは言う。


「ここで暮らしながら、美味いもん食って、旅をして、帰ってきて、老いて死ぬ。いい人生だと思わないか」


『剣聖』なんて呼ばれて戦い続けるより、ずっと。


「……はい」


 シェスタは噛みしめるように言った。


「それはきっと……幸せでございますね」


 それからオリバーを見上げ、言った。


「ご主人様が穏やかに暮らすお側に、私がいてもよろしいでしょうか」


「当たり前じゃん。友達だろ。百歩譲って主と従者ってことにしてもいい」


「友達……従者……えぇ、そうですね」


 シェスタは微笑んだ。


「今はまだ、それで充分です」


 良く分からないが、シェスタが良いならそれでいいとオリバーは思った。

 それから彼は周りを見渡し、ワイン樽を見つけて、


「よし。じゃあ呑むか!」


 そう言った。



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