第八話 美食家の実力
「テメェ、なにもんだ?」
土煙の中から飛び出したグレンは開口一番に問いを投げつけた。
前線帰りの戦士のような男が銀狼の娘に手を差し伸べている。
「俺様にこんなことをしてどうなるか分かってんだろうな?」
挑発的に言いながら、グレンは風の真眼を発動していた。
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レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
体力:S
魔力:E+
敏捷:D
幸運:F
《技能》
林檎連弾:魔力で林檎の種を生成し、矢のように飛ばして敵を攻撃する。
塩の導き:塩を舐めると一定時間、方角が分かるようになる。
胡椒の権能:胡椒の蔓を触媒にして異次元空間に鞄を作る。十日間持続可能。
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「ひひッ」
それを見た瞬間、グレンのなかで恐れは消え去った。
胸の奥底から湧き上がる、獲物を前にした征服欲。
「ひーひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! なんだ、レベル1の雑魚・オブ・雑魚じゃねぇか! 警戒して損したぜ!!」
自分を吹き飛ばしたのは何らかの魔道具の効果だろう。
だが、スキルを防ぐような魔道具は得てして高額だ。
それも使い捨てが多い。
警戒はするが、あちらから仕掛けてこないところを見ると、攻撃手段はあの林檎だけだ。
(レベル1の武器なんて、ゴミも同然だ!)
グレンは自分の勝利を疑わなかった。
「若くていい男だな、オイ。売り物になりそうじゃねぇか」
人身売買において男の奴隷価値はそう高くはない。
ただ、そこに『若さ』という注釈がつくなら労働力としての価値が見込める。
鷹の紋章の裏部門において人身売買を担うグレンにとって、オリバーは格好の獲物と言えた。
「そこの銀狼ともども、テメェを売り払って──」
「うるせぇなあ。さっさとかかってこいよ。達者なのは口だけか?」
「──は?」
グレンの怒りは一気に頂点に達した。
もはや言葉で嘲弄する手間すら惜しい。今すぐ彼我の実力差を分からせねばなるまい。
グレンは風の砲弾を放つ。
人の頭すら容易に吹き飛ばす上級スキルだ。
しかしその瞬間、オリバーはまるで遠投をするように林檎を掲げて。
「……五発でいいか?」
──……ひゅんっ!
林檎が放たれた。
風の砲弾めがけて放たれた五発の林檎が、風の砲弾を相殺した。
とととと、とミンチになった林檎が地面に落ちる。
「は?」
意味が、分からない。
なぜレベル1が投げた林檎などが上級スキルを無効化できる?
そもそもなぜ林檎を投げている? 今、鞄から飛び出した様子はなかったはずだ。
「…………っ、」
歯噛みしたグレンは真空の刃を放った。
硬い地面を豆腐のように切り裂く一撃だ。
オリバーは、腕を振り上げた。
「胡椒の鞭」
──……ドドドドドドドドドドドドド!!
胡椒の鞭が上級スキルを迎え撃つ。
風と風がぶつかる凄まじい衝撃音が洞窟内に木霊した。
「む……」
オリバーは手の中でぼろぼろになった胡椒の鞭を投げ捨てた。
「さすがにこれじゃ無理か」
軽く肩を竦めるオリバーだが、グレンは頭に血がのぼっていた。
二度、二度もだ。この自分の上級スキルをいともたやすくいなした!
しかも、胡椒の蔓なんていうふざけた武器で!!
「なんなんだ、なんなんだお前!?」
グレンの中でオリバーへの警戒度がみるみるうちに上がっていく。
(……っ、理屈は分からねぇが、やべぇ!)
彗星級冒険者に成り上がったグレンの本能が警鐘を鳴らす。
ここで全力を出さねばやられるのはこちらだと。
グレンは本能のままにスキルを発動させた。
──風の拘束(大気を固めて一定時間、対象の動きを止める)、発動。
──風の祝福(大気を味方につけて身体能力を上昇させる)、発動。
──風に愛されし者(大気を操作して風向きを変える。魔力が続く限り永続可能)、発動。
──風の支配者(一定領域内にある大気中の成分を操作する)、発動。
グレンの身体は赤、青、黄、緑の四色の光に包まれた。
「四連多重発動、ね」
「上級魔族にも通じた業だ! このスキルで倒れなかった敵はいねぇ!」
叫びながら、グレンは突貫する。
速さだけなら冒険者の最高位、橙金級にも通じる技。
決してレベル1に向けて放つようなものではない。
自身が持つ最高最速の技を用いたグレンには勝利のイメージしかなかった。
《転職者特典が発動します》
オリバーの剣が、グレンの腕を切り落とすまでは。
「…………………………………………………………は?」
ぶしゅぅ! と迸る鮮血。
重い音を立てて落ちる自分の腕。
あるはずの感覚が失われ、地面に血だまりが出来ていく。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
激痛に襲われたグレンは咄嗟に風を操作して傷口を酸化させた。
血とは止まったが、かさぶたのように赤黒くなった腕を見てグレンは歯噛みする。
そして見た。
「その、剣は」
オリバーの手に握られている、一振りの剣を。
光輝く刀身に刻まれているのは神の言葉。
あふれだす魔力が世界を侵食し、すべてを塗り潰す。
(聞いた、ことがある)
ありとあらゆるスキルを一刀の元に断つ、人族の英雄であり人族の天敵。
「聖剣、解放」
道を外れた者を誅する断罪者にして、亜人族の救世主。
大柄な体躯に金色の刃を持つ、その男の名は──。
「まさか、本当に……」
グレンは後ずさった。
わなわなと、唇が震える。
「嘘だろお前っ、死んだはずじゃ──!」
グレンは指を差しながら叫んだ。
「『不屈の剣聖』オリバー・ハロック──────!?」
オリバーは剣を振り上げた。
「初めましてクズ。そしてさよなら、だ」
「なんで生きて、こんなところにぃいいいいいいいいいいいいい!」
「《断罪者の刃》!!」
光の波に、グレンは呑まれていく。
断末魔の声が響きわたり、そして消えた。
あとにはオリバーとシェスタだけが残された。
◆
「さて、と」
オリバーはシェスタに向き直った。
びくッ!と肩が震える。
どくんどくんと心臓が爆走を始め、シェスタの背筋に嫌な汗が流れた。
──あぁ。今から、私は。
「俺が何を言いたいかは、分かるな?」
「……はい」
シェスタは深く、首を差し出すように頭を下げた。
「申し訳、ありませんでした」
──また、捨てられるのだ。
自分の身勝手で主を振り回したのだ。当然の報いだろう。
オリバーは口を開く。
シェスタは続く言葉を予期して固く目を瞑った。
そして、
「次にやったら許さんからな」
「あだ!?」
強い衝撃が額を打った。
慌てて顔を上げれば、デコピンを打ったオリバーが仕方なさそうに微笑んでいる。
「ご主人、様?」
「一回目は許す。二回目は許さん。分かったか」
「許して、いただけるのですか?」
「返事は?」
「は、はいっ!」
「ん。ならばよし」
オリバーは満足げに頷いた。
シェスタは愛おしさと申し訳なさと嬉しさで胸の中がいっぱいだった。
──主人様、そんな優しいあなたが大好きです。
──けど、私なんかが、あなたの傍にいていいのですか。
言葉にならない思いを封じ込め、シェスタは決意する。
「ご主人様。私、一生あなたのそばにいます」
「は? なんだよ、急に」
「あなたにお仕えすることが私の喜びですっ!」
「……お前、さては懲りてねぇな?」
オリバーは呆れたようにそう言った。




