第六話 鹿肉の胡椒焼き
「彼らは帝国と共和国の上層部にパイプを持っているようでして、少々の犯罪は握り潰してるんですよ。噂じゃ、カイゼル大森林に拠点を置いて帝国と共和国双方で人身売買にも手を出しているとか……私が知るのは此処までです。あくまで噂ですよ?」
「なるほど、助かった。ありがとう」
「お気をつけて。それからこの話はどうか内密に」
「分かってるよ」
オリバーとシェスタはその場を後にした。
宿屋に泊まろうかと思ったが、今の話を聞いて街に泊まる気にはなれない。
冒険者の中に件の連中がいたら面倒なことになりそうだからだ。
「……五大ギルドも腐ったもんだな」
冒険者ギルドは魔族との戦争が始まった初期に発足した大陸の互助団体だ。
元は傭兵ギルドを母体としており、増え続ける魔獣の脅威や魔族に対抗するために訳アリの連中を使おうと世界会議で結成が決まったという。
五大ギルドと言えば、冒険者ギルド発足当初から結成された歴史あるギルドでもある。
新規冒険者の教育規範の広布や未踏破ダンジョンの攻略、古代遺跡の発掘、魔族の占領地奪還など、その功績は大きく、冒険者になる若者の八割が五大ギルドに入るのが夢だというほど。五柱の神を司る、『鷹』、『獅子』、『蛇』、『亀』、『兎』の獣を紋章に掲げている。
「権勢を持った組織が腐るのは珍しくはないが」
国や教団でさえ腐るのだ。
冒険者という、ある意味欲望に忠実な生き物が集まって腐らないわけがない。
賄賂、脱税、人身売買、薬物売買、なんでもござれだろう。
オリバーは思い出す。
『兄貴はなぁ! かの有名な『鷹の紋章』の白金級冒険者にしてレベル50、『暴腕』の二つ名で知られた男だぞ!!』
そして振り返った。
「お前はどう思う?」
「正直、私が閉じ込められていたのは特別な牢でしたので、彼らのことはあまり……ただサドは下手ですね」
「お前に聞いた俺が馬鹿だった」
どうやらシェスタの頭の回転は妙な方向にだけ働くらしい。
「ただ」
と彼女は続けて言った。
「今の私はご主人様の犬です。ご主人様以外に辱められるのは嫌ですね」
「嬉しくねぇ……」
「それよりご主人様がどうしたいかが重要だと思われます」
「そうだなぁ」
出来るだけ関わりたくないが、シェスタを仲間にしてしまっている以上、どうせ関わることになるだろう。今後の課題としては、元剣聖であることをバレないようにしつつ、追手を潰しながら動いていくという形になるか。胡椒の産地を彼らが独占しているというなら──
「潰すまで、だ」
「さすがはご主人様。その調子で私のことも辱めていただければ幸いです……あ」
「どうした?」
立ち止まったシェスタに振り返ると、彼女は真剣な顔で言った。
「ご主人様。大変なものを買い忘れていました」
「なんだよ」
「鞭です! 身体を痛めない、しかし適度に痛みを感じる鞭を……あ、ご主人様、置いて行かないでご主人様!?」
◆
ドゥルジアの熱帯雨林には三日ほどで到着した。
「さてさて、とりあえず来てみたが……」
広大な熱帯雨林の入り口を前に、オリバーは額の汗を拭った。
ノースランド共和国ドゥルジア。
大陸に流通しているパパイアや胡椒の六割がこの場所から産出されている。
前世でいう赤道のような場所で、太陽の神ソリティアの影響が強い場所だ。
創世神話の一節には地中に太陽を埋めたという言葉も残るほど。
とにかく──暑い。
「この中から胡椒を探すのか。けっこうしんどいな」
探せば胡椒を栽培している農家もあるかもしれないが……。
それでは美食家に転職して旅をした意味がない。
野生の胡椒をとってこそ、喜びと感動があるというものだろう。
「主様。胡椒を探せばよいのですか?」
「ああ、そうなんだが……どうしたものかな」
「私に任せてください」
困り果てたオリバーの前にシェスタが進み出た。
集中するためか目を閉じて鼻をひくつかせた彼女は歩き始める。
「見つけました。こちらです」
「え、見つけたのか?」
「銀狼族の鼻を舐めないでください」
ふふん、とシェスタは胸を張って言った。
これで変態性がなければ可愛い仲間なのにと思うオリバーだった。
ジャングルの中、鬱蒼とした緑をかきわけていくこと数十分──
「着きました。ここです」
「おぉ、これが……」
オリバーは青々と茂る高い樹を見上げていた。
胡椒といえば黒か白しか知らなかったオリバーだが、その胡椒は緑色だ。
まだ熟していない実である、ということらしい。
ただ一つ問題が──。
「なんか、居るな」
「……ですね」
シェスタが鋭い瞳で言った。
視線の先、胡椒の木を守るように何人かの男たちが歩き回っている。
あれが例の『山賊』たちらしい。
「ちっと貰ってくるか」
「主様、ここは私が」
「いいから、いいから」
シェスタの制止を受け流して茂みから出て行くオリバー。
いきなり現れたオリバーに、男たちが警戒を露わに近づいて来た。
「おい、悪いな兄ちゃん。ここはウチの縄張りなんだわ」
「へぇ。ジャングルに縄張りなんてあるのか? 国から正式に土地を買ってるなら、大人しく引き下がるが」
「……ッチ」
舌打ちし、男は無造作に剣を引き抜いた。
元剣聖であるオリバーに対して、遅すぎる挙動だ。
「人を襲うならもっと気取られないようにやれ」
「が……っ!」
剣の柄を右手で止めながら、オリバーは相手の股間を蹴り上げた。
男が悶絶して蹲ると「テメェ!」「襲撃だ! やれ、やれ!」と増援が殺到する。
『山賊』が胡椒を牛耳っているのは確かなようだと、オリバーは思う。
(胡椒の原産地に魔獣が出るから冒険者を雇う……建前としてはそんなとこか)
土地を買って農家として運営すればそれなりの経費が掛かる。
故に秘密裏に胡椒を独占し、金を積んだところに横流しをしているのだ。
この手の輩がやることはいつも同じだなとオリバーは辟易する。
「『アイスランス』!」
「『ウィンドアロー』!」
氷の槍が、風の矢が飛んでくる。
四英雄が一人『大賢者』に比べれば目を閉じても避けられる熟練度。
スキル発動と同時に踏み込み、茂みに飛び込んだオリバーは二人の術者を倒した。
「ステータスを上げといてよかったな」
これであらかた制圧。残るは二人ほど──
「がッ!?」
突如聞こえてきた呻き声に、オリバーは振り向いた。
見れば、拳を振るったシェスタが二人の男を倒していた。
こちらの視線に気づくと、彼女は目を輝かせてすり寄ってくる。
「主様、主様、いかがですか? 私もやれば出来るでしょう?」
褒めて褒めて、と尻尾を揺らすシェスタは犬のようだ。
思わず撫でたくなったオリバーは彼女の頭に手を置いた。
「偉いな。いつもその調子で頼むな」
「えへへ……」
幼い少女のように、シェスタは笑う。
ひとしきり撫でたあと、オリバーは胡椒の樹に振り返った。
「よーし、シェスタ、摘めるだけ摘んでくぞ。この袋に入れてくれ」
「お任せてください!」
「どうせなら苗木を持って行ってどっかに埋めたいな」
胡椒なんてどれだけあっても困らないのだ。
持ってきた岩塩も限りがあるし、無くなったら取りに行くのは面倒である。
「拠点があってもいいかもなぁ」
旅から旅への生活も悪くないのだが、定住先があるのはいいことだ。
シェスタの追手のこともある。
あまり人目につかないような山奥に住むのもいいかもしれない。
「主様。これくらいでよろしいでしょうか?」
「おう、ばっちりだ」
オリバーは夕焼けの空を見上げた。
「よし。じゃあそろそろ腹ごしらえにするか」
「かしこまりました」
ここに来るまでに狩った鹿肉がある。
胡椒も手に入れたことだし、早速味見と行かせてもらおう
「どのように調理いたしましょうか?」
「やっぱりシンプルが一番だろ」
「では、鹿肉の塩胡椒焼きといきましょう」
「いいねぇ」
焚き火の上にフライパンを乗せ、その上に鹿肉を乗せていく。
今日の部位はロースだ。
ロースは牛肉で言うシャトーブリアンのようなもので、一頭からとれる肉量は少ない。
脂身が少なくヘルシーな鹿肉のなかでも、きめ細やかな肉質が楽しめるはず。
「焼けました」
「おぉ……!」
こんがりと焼けた鹿肉の上にぷちっとした緑色の胡椒の実をちりばめてある。
砕いた岩塩をぱらぱらとふりかけた鹿肉は身が踊っているような仕上がりだ。
「じゃあ……」
俺とシェスタは目を合わせ頷き合う。
「「いただきます」」
鹿肉を口に入れる。
柔らかな鹿肉が口の中でほどけ、鹿肉特有の味がひろがる。
臭みはない。むしろその癖のある味にやみつきになりそうだ。
舌に転がる胡椒の食感とパンチの効いた香りもたまらない。
これに自分で獲ったやつだっていうんだから……
「不味いわけがないな」
シェスタも満足げに頷いている。
「主様の仕留め方が極上だからですね。さすがです」
「いや、シェスタの焼き方が最高だからだな」
「いやいや主様こそ」
「いやいやシェスタこそ」
そんなことを言い合う二人である。
オリバーは改めて鹿肉の味を噛みしめた。
(暗い雰囲気を消し飛ばすのは美味い食事ってか。美食家を選んで良かったな)
どくんっ、と心臓が脈打った。
「お、これは……」
ステータスカードを取り出してみる。
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レベル:1
名前:オリバー・ハロック
天職:美食家
種族:人族
体力:E→S
魔力:E+
敏捷:F→D
幸運:F
《技能》
林檎連弾:魔力で林檎の種を生成し、矢のように飛ばして敵を攻撃する。
塩の導き:塩を舐めると一定時間、方角が分かるようになる。
胡椒の権能:胡椒の蔓を触媒にして異次元空間に鞄を作る。十日間持続可能。
《転職者特典》
大いなる心眼:あらゆる欺瞞を見破り、対象のステータスを看破する。
不可視の拒絶:日に一度、不意打ちによるダメージを無効化する。
イルディスの加護:ステータスの成長速度が上昇する。
在りし日の剣聖:月に一度だけ聖剣を呼び出し、剣聖の力を使うことが出来る。
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(お、良い感じのスキルじゃないか)
胡椒の存在意義を体現したようなスキルだ。
これがあれば獲った肉が腐るような心配をしなくて済む。
まぁ、胡椒を探した意味がなくなったとも言えるが。
「でもこれ、どうやって使うんだ……こうか?」
オリバーは胡椒の蔓を切り取り、袋をイメージする。
その瞬間、蔓が消え、どこかともなく袋が現れて手の中におさまった。
「おお、なるほど……」
「……凄いですね。オリバー様。それはスキルですか?」
「あぁ。新しいスキルだよ」
まだ少し小さいが、当分の胡椒と鹿肉を入れるには充分だ。
オリバーが満足していると、シェスタは不思議そうに首を傾げる。
「オリバー様は確か、レベル1ではありませんでしたか? 人族のスキルが発現するのはレベルが上がってからと聞き及んでおりますが」
「そのはずなんだけどなぁ。ランク判定外とあって、美食家ってのは色々と特殊らしい」
「なるほど」
シェスタは納得したように頷いた。
そして胡椒の蔓を羨ましそうに眺める。
「あの、オリバー様。出来ればその蔓で私を縛っていただけると……」
「誰がやるか」
「お願いします! 先っぽだけ、先っぽだけですから……!」
「ええい、離れろこの変態!」
「はぅ! そ、そう、私は変態です……縛られて興奮してしまう変態なのです……!」
そんなやり取りを交わしながら。
完食した二人は近くに川を探して野営することにした。
◆
真夜中、せせらぎが流れる川に霧が立ち込めている。
霧のなかで眠るのは人族の男と銀狼族の娘だ。
「……毒は効いているようだな」
その男は、茂みを揺らしながら歩み出た。
毒霧のなか、地面から浮かび上がりながら、幽霊のごとく近づいていく。
「まったく手間をかけさせてくれるぜ。この俺様が出張るなんてよ……胡椒の樹も荒しやがって」
だが、胡椒の樹を守らせていた部下の報告が途絶えたことで彼らの居場所に気付いたのだ。
結果よければすべてよし。男は見えない鎖で銀狼の娘を縛り上げ、宙に浮かび上がらせた。
「……よし」
ちらりと、男は銀狼の横に眠る男に目を向ける。
部下の報告では得体の知れない力を使うということだったが。
(ここで始末しておくか……?)
男は手のひらに風の刃を収束させ──。
いや、とスキルの発動を止めた。
(やめておこう。下手に起こして騒ぎになるのも面倒だ)
部下のリーガルのレベルは決して低くはなかった。
その彼がやられるというのだから、相手は何かしらの切り札を持っているはず。
自分に万が一があるとは思えないが、万全を期す。
この慎重さこそが男が組織の中でのし上がってきた所以だ。
男は銀狼の娘を手にその場を後にした。
──当の彼女が起きていることにも、気付かずに。
(んぐう……人族の男にさわされるのは虫唾が走るし今すぐ殺したいが)
(この男、強いな。おそらく私では敵いそうにない)
(ここはわざと攫われて主様に助けてもらおう。そして叱ってもらおう)
(ふふ。胡椒の蔓で縛り上げられてシェスタの胡椒漬けになんてされたりして……!)
(きゃー! 私、天才!? 犬のピンチに颯爽と駆けつけるご主人様、かっこいい! きゃー!)
内心でバカ騒ぎするシェスタであった。
◆
むくり、と。
毒霧のなかで、オリバーは起き上がった。
「……あの馬鹿、わざと攫われやがったな」
元剣聖であったオリバーは大賢者の実験で散々被験者になった身だ。
例え転職しようともこの身体には毒への耐性がある。
シェスタが起きていることも、わざと攫われたことも分かっていた。
(この場で襲われたら対処しようと思ってたけど……)
オリバーは再び地面に寝転がった。
「もう知らん。勝手にしろ」
ぐううう、と。オリバーは盛大にいびきをかきはじめた。




