第五話 胡椒の在り処
時は少し遡る。
オリバーがシェスタと出逢い、盗賊を撃退した後のことだ。
──アドアステラ帝国、『くろがねの都』
──五大ギルトが一角、『鷹の紋章』くろがね支部。
「銀狼族が逃げ出しただと!?」
大柄な体躯に刺青を入れた男が怒鳴っていた。
『鷹の紋章』が三番槍。
『風牙』グレン・ボルドレンドである。
「ふざけてんのかテメェ!」
彼はガラス瓶を投げつける。
部下の頭に直撃したガラス瓶はけたたましく割れて、その中身を床にこぼした。
「俺が、いや、俺たちがアレを手に入れるためにどれだけ手間かけたと思ってる!」
「ひッ、すいません。とんでもなく強い男が居まして……!」
グレンは激昂した。
「すると何か? お前は商品に逃げ出された挙句、仲間を殺され、俺たちに赤っ恥をかかせた奴をひっとらえもせず、おめおめと俺の前にやってきたってわけか……!?」
「お、お許しください! この失態は必ず……」
「うるせぇボケ死ね」
──……ぐちゃんっ!
突然の出来事だった。
グレンに報告していた男は潰れたトマトのように崩れ落ちた。
彼を諫めるべき部下たちは周りで戦々恐々としている。
何の動作もなく部下を殺した当人は怒りの形相のまま頭をかきむしる。
「クソがッ! マスターたちが居ない時に限って、なんでこんなことに……!」
しかも、銀狼族の売却先だった貴族から催促が来ている。
早いところ対処しなければ、こちらの立場が危ない。
「おい、このゴミ、銀狼を奪った奴は南に逃げたって言ったな?」
「はい、言っていましたね」
「南か。確か、カイゼル大森林に拠点があったはずだな」
あの中には重要な事業が行われている最中だ。
帝国や共和国の中枢へもぐりこむのに、この事業の存在は欠かせなかった。
(万が一、銀狼を奪った奴らが『鷹の紋章』の力を削ぎたい輩だったとして)
次に向かうのは、カイゼル大森林の事業を邪魔することではないのか。
疑心暗鬼に陥るグレンはそう考える。
考えすぎかもしれないが、この慎重な性格が自分をこの立場へ押し上げてきたことは事実だ。
(もしもそうなら、絶対に死守だ)
厳重に厳重を重ねて警戒をしている手前、拠点内に戦力は置いていない。
そもそもが見つからないように全力を注いでいるからだ。
(落ち着け……まだ失敗したわけじゃない。まだ、取り戻せる)
あくまで『まだ』であることをグレンは自覚していた。
これ以上失態が続けば、立場どころか、自分の首も危うい。
「……馬を持ってこい」
「は?」
「俺の馬を持ってこい!! 今、すぐにだ!」
「は、はいっ!」
グレンが動くと知って部下たちは慌てて動き出す。
もはやミスは許されない。
愚かで無能な部下に任せておいては命に関わる。
「絶対に見つけ出して、ぶっ殺してやる……!」
ドン! と壁をパンチで壊しながら。
『虐殺旋風』の異名を持つグレン・ボルボレンドは動き出した。
◆
『香辛料の王様』。
これは胡椒の通り名だが、決して大げさではない。
オリバーが肉を食べるときに塩を求めたように、胡椒も料理の必需品だ。
胡椒を使えば肉の臭み消しや、なにより保存をきかせられるようになる。
前世の世界でも胡椒をめぐって戦争が起きたと言われるほど貴重な植物なのだ。
まさに、天がもたらしためぐみと言ってもいい。
そんな胡椒のありがたみを、オリバーはまざまざと味わっていた。
「イノシシ肉が……」
カイゼルを出発してから二日。
天日干しにする暇もなく出発したから、肉が傷み始めている。
さすがにこの臭みを山菜だけで消すのは無理があり、塩だって無能に成り下がった。
せっかくのイノシシ肉が全部無駄になってしまった。
もともと持ってきた干し肉が残ってるため、食糧には問題ないが。
「早く胡椒を手に入れないとなぁ。あ、まず街に寄るか」
「オリバー様、差し出がましいお願いなのですが」
シェスタが手を上げて言う。
「街に寄るのでしたら、調理器具を購入してもよろしいでしょうか?」
「おー、いいぞ。金ならあるし、好きなの買え」
「ありがとうございます。オリバー様の目的が遂げられるよう全力を尽くします」
「硬いなぁ。もっと気楽に行こうぜ」
「ワン!」
「誰が犬になれと」
そんなやり取りをしながら、二人は南下する。
さすが銀狼族というべきかシェスタは旅慣れていて、不安定な足場や道中で襲ってくる魔獣程度ではまったく疲れを見せなかった。帝国の国境にあるジャバル砦を迂回するには険しい山道を歩く必要があるため、シェスタの回復は都合が良かった。
「オリバー様」
ジャバル砦が見えなくなったあたりでシェスタが発言した。
「オリバー様が生存を隠すために砦を迂回するのは分かるのですが、オリバー様のことはどの程度知られているのでしょうか?」
「女神以外に知らないはずだぞ」
「……では、四英雄の他の方々も?」
「うん」
知ったら知ったで事後処理やらなにやらに駆り出されそうで面倒だ。
友に生存を知らせない薄情者とののしられるかもしれないが、彼らも自分と同じ状況になれば同じことをするとオリバーは確信している。
「今はシェスタだけだな」
「私だけ……へぇ、ほーん、そうですか。ふーん……」
「……? シェスタ、歩くの速くないか?」
「犬ですので」
何やら尻尾が揺れ動いているシェスタであった。
ジャバル砦を迂回すればノースランド共和国の領地である。
国境近くの街に着いたのはシェスタと出逢って旅を始めてから十日後のことだった。
宿場町リノープル。
冒険者らしき者達や兵士が多く、彼らにつられて娼婦や商人が集まり、活気がある。
「……おい、あれ」
「……奴隷かぁ。美人なのに、可哀そう」
「どこかの貴族様かな。俺も飼いたいなぁ」
銀狼族のシェスタはフードを被っていても目立つ。
オリバーは居心地の悪くて仕方なかったが、何とか服屋に到着する。
服屋の主人は一瞬顔をしかめたが、すぐに営業スマイルを顔に張り付けた。
「いらっしゃいませ。今回はどのようなご用件でしょうか?」
「この子に似合う服を見繕ってくれ。金に糸目はつけない。それから、出来れば裏で水浴びさせてやってくれると助かる」
「かしこまりました。どういった趣向で選びましょうか?」
「ん~~そうだな。動きやすくて、かわいくて、似合うやつで……まぁ元がいいからなんでも似合うだろ」
「……っ」
シェスタが耳を高速で動かしながら俯いた。
心なしか顔が赤くなっている気がするが、気のせいだろう。
店員は頷く。
「……分かりました。いくつか見繕いますので少々お待ちください。お連れ様はこちらへ」
先ほどから黙っているシェスタに頷くと、シェスタは主人と奥のほうへ去って行った。
一人残されたオリバーは色んな服を見ながら、彼らを待つ。
と、その時。
「あ、これ……!」
服屋の一番奥に、今世では見慣れないものを見つけた。
和服、に見えた。
布と布を重ね合わせて赤と金の刺繍をこらしらえた見た目をしている。
「めちゃくちゃ似てる……これがあるなら、米もあるかもなぁ」
少しだけ希望が持てたオリバーである。
前世の記憶が懐かしくてつい和服を触って弄んでしまう。
「──それがお気に召したのですか、オリバー様」
「うぉ、シェスタか」
ぬぅ、と後ろからシェスタが現れた。
水浴びを終えたことでさっぱりしており、花のような香りがする。
どうやらかなりボーっとしていたようだ。
「まぁお気に入りっていうか、懐かしくてな」
「懐かしい?」
「故郷の着物に似てるんだよ」
「なるほど」
シェスタが出て来てすぐに、店主も出てきた。
「お客様、いくつか見繕いましたので選んでいただければ……」
「これにします」
シェスタはオリバーのほうを見ながら言った。
「これにします。オリバー様」
オリバーは頭を掻いて、
「いや、俺のために言ってくれてるのは分かるけど、気を遣わなくていいからな? 自分が着るものだし」
「これではないなら、あちらの全身を紐で縛るタイプのものを……」
「店主、これをくれ」
妙な格好をされてはたまらないオリバーは即座に注文した。
ついでに和服の上から着るエプロンが欲しいというので着せてやる。
「和風のメイドみたいだな……」
「ご主人様、似合いますか?」
「あぁ、最高に似合う」
「えへへ……」
シェスタが頬を赤くして尻尾を振った。
そのまましおらしくしてくれればいいのにとオリバーは思った。
そんな二人を店主がじろじろと見ていて、
「失礼ですが、お客様。どこかで見たことがあるような……」
(やば)
「じゃあな。助かったよ。行くぞシェスタ」
「あ、お客様……!」
服屋を後にしたオリバーは路地裏でため息をついた。
「はぁ……危うくバレそうだった」
商人は総じて情報通だ。
四英雄と呼ばれていた自分の顔を覚えていてもおかしくはない。
帝国や共和国で散々似顔絵が配られてしまったし。
(俺も姿を誤魔化す方法考えたほうがいいかもな……)
息を落ち着かせてから路地裏を出て歩く。
「それにしても、その服、似合ってるな。シェスタ」
「ありがとうございます」
銀髪に黒と白の和服を着たシェスタはとびっきりの美人だった。
「ですが、これだけ綺麗な服だと縛りプレイがやりずらそうですね……」
「やらねぇから問題ねぇな」
「そうですね! 着替えてやればいいだけですもんね!」
「俺の話聞いてたっ?」
服を着替えてもシェスタはシェスタであった。
だが、中身はともかく外見は美人だ。
水浴びをしたからか、通りすがる者達が皆シェスタのほうを見ている気がする。
(可愛いし似合ってるんだけど、目立ちすぎるかもな。中身は変態だけど)
まぁ、何もしなくてもシェスタは目立つ。
これくらいはいいかと判断して、オリバーは鍛冶屋で武器を購入。
それからシェスタのために旅の品々を諸々購入して、最後に食糧を買った。
「まいどあり!」
干し肉が一束とエール、それから野菜を少々。
まとめて旅の鞄に入れてから、オリバーは銀貨を渡して聞いた。
「なぁ、この辺で胡椒が取れる場所ってどこかないか?」
「胡椒ですか」
店主は歯切れが悪そうに答えた。
「あるにはあるんですが……」
「どうした。危険地帯にあるとか?」
「ある意味そうです」
そこで声を落として、オリバーに顔を近づける。
「この辺りで採れる胡椒はドゥルジアの熱帯雨林なのですが……あのあたり、出るんですよ」
「何が?」
「……山賊です」
「山賊、ねぇ」
何やら隠しているような気がする。
一瞬の間が気になったため、オリバーは金貨を握らせた。
手のひらの感触を確かめるようにしながら、店主は囁く。
「山賊と言われていますが、実際には冒険者だと言われています」
「ほう。穏やかじゃないな。けど、冒険者の犯罪ならギルドが取り締まるんじゃないか?」
「ただの冒険者ならそうですが……帝国と共和国双方に影響力を持つS級ギルドなら話が別です」
きな臭い話になって来た。
「そのギルドの名は?」
「……『鷹の紋章』」
「「!」」
オリバーたちは目を見開いた。
それは大陸に名を馳せる五大ギルドの一つ。
そしてシェスタを捕まえた達が名乗ったギルドの名だった──。




