病弱な母が亡くなり、後妻と腹違いの妹がやってきた。…昨日、前世を思い出した私の屋敷に。
「ミシェラ、新しくお前の母となるカルミと妹のリディーだ。挨拶をしなさい」
長く病を患っていた母が亡くなった翌日。
久しぶりに顔をあわせた父と他人行儀な葬儀を終えて屋敷に戻ると、サロンできらびやかなドレスを纏った女性がふたり、私たちを待っていた。
父に紹介されて立ち上がったカルミと呼ばれた女性は、下町のホステスのような、妖艶さと草臥れ感が程よく合わさったような中年女性で、体型を強調するドレスが実にけばけばしい。化粧は重ねた年齢を誤魔化すように塗り重ねられていて、素材が良さそうなのに下品な仕上がりになっている。
リディーと呼ばれた少女は見た目こそ美しいが、愛想笑いを浮かべてはいるが、表情はなんとなくやさぐれていて、特に目付きに全てを小馬鹿にしたような色が見える。母親と異なり可愛さを強調するような幼げなワンピースドレス姿だが、両足を揃えて立つ事ができていない。
……冷静に彼女たちを判定しているミシェラこと私は、つい昨日母を亡くした悲しみのどん底で前世を思い出したところだ。
60代で心臓発作で死ぬまで、3人の子を育て上げたシングルマザーだった前世を。
父親であるライネン伯爵に無視され続け、優しい母が世界の全てだった無垢なミシェラは、なぜ自分が父親に嫌われているのかずっと悩んでいた。
答えでたわ。
ずっと不倫してたんじゃん、くそ親父が。
貴族社会的にはお妾さんは有りなのかもしれないが、さすがに正妻が亡くなった翌日に家にお妾さん連れ込むのはあまりに非常識。
長年うちで勤めてくれてる使用人たちの顔色真っ白になっちゃってるじゃん。
「……お父様。心底軽蔑いたします」
「は?」
地を這うような低音、15才の女の子でも出せるのね。
私は父を無視してカルミとリディーに歩み寄る。
「カルミ様、私はミシェラと申します。初めまして」
「……ええ」
「リディーさんは私と同じくらいでしょうか?」
「……今年15才よ」
「では同じ年ですね。リディーさん、よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
「カルミ様は今までどちらにお住まいでしたの?」
「え、あぁ……イシュトールの街に」
「リディーさんはおひとりでお育てに?ライネン伯はお金を出す以外に、お手伝いを手配したりなどは?」
「え?いえ……」
「まぁ!それではさぞや大変でしたでしょう。私の母は身体が弱く、長時間の子育てに耐えられなかったので、我が家には子の養育に長けた使用人が幾人もおります。これからはどうぞ、ゆっくりとご自分の時間を作ってくださいね」
「あ、ありがとう……?」
「リディーさんも、いきなり環境が変わってご不安でしょうが、私も母が亡くなったばかりで今後の事もまともに考えられずにおります。お互いに、ゆっくりと新しい環境に慣れていきましょうね」
「え、ええ……」
ギクシャクと答える彼女たちは、おそらく先妻がいなくなった勢いで邪魔な私を丸め込んで黙らせるとでも父に言われていたのだろう。
「おい!ミシェラ!何を勝手に……」
「お母様のことも、カルミ様のことも、何もかも中途半端にしてきたお父様は黙っていてください」
「なんだと!」
「お金を出せば勝手に子が育つとでも?私はずっと無視されてきましたし、こうしてカルミ様に15年もお待ちいただいてるではないですか!」
「貴様っ!」
「……そうね。その通りだわ。私は15年も、ずっと日陰の身で、ひとりきりで子育てに明け暮れて……もう40を超えてしまったのね……」
「カルミ!」
「生活が大きく変わりますので、まだまだ覚えなければならない事がたくさんあります。私も来年がデビュタントですので、まだまだ勉強中ですの。カルミ様もリディーさんも、一緒に社交界デビューしましょうね!」
「そうね……ええ!私もまだ新しい事をやれるわ!」
「み、ミシェラ様、よろしくお願いします!」
赤い顔に血管を浮かべたまま言葉を失った父を無視して、私は「屋敷を案内しますわ」とふたりを連れ立ってサロンをあとにした。
ミシェラは、ここが異母妹がヒロインの乙女ゲーム世界だという事を知らない……乙女ゲームを知らないので……。
不憫な先妻子ものって、平民上がりの後妻がずいぶん熱心な成り上がり野望持ちの娘を育てあげているので、その手腕に感心しますよね。