髪の色、瞳の色
次の日、起きたら目の前にデーラの顔があったので私はとてもびっくりしました。デーラはその様子を見てなんとも楽しそうにしているのですから、少しいじわるな性格に違いありません。
「あ、起きた?おはよう、レイラ」
デーラの赤い体の向こうからテネリが顔を出しました。それから私たちは昨日と同じように火を囲んで朝ご飯を食べました。どこから用意したのでしょう。パンと水だけではなく、今朝はこふき芋とコーンスープも用意されていました。私はそれを頬張りながら、テネリにある事を聞いたのです。だって、テネリはとても私に優しくしてくれるのです。それに、ずっと笑顔で明るいのです。私はそれが不思議でした。お母さんをなくしたばかりなのに。お父さんも無事かわからないのに。私が、雲海の国の民なのに。私が尋ねると、テネリは一度頷いてからコーンスープの入った器に視線を落として言いました。
「正直、悲しいよ。胸が張り裂けそうなくらいにね。今だって、不安で不安でたまらない。だけど、どんなに悲しんでもお母さんは帰ってこないし、どんなに心配したってお父さんが無事かはわからない。どうにかするには、何かしなきゃいけないからね。何かするには、やっぱり元気でいるのが一番だから」
そして顔を上げると、優しく微笑みました。
「それから、初めて君に会った時は、やっぱりどうすればいいのかわからなかったよ。ずっと悪い人の国だと思ってたからね。でも、僕とデーラを助けてくれた。竜の争いを止めたいと言ってくれた。今の僕は、君を責めたり嫌ったりする理由を持てないよ」
私はなんだか照れ臭くなって、残りの朝食を詰め込むと立ち上がりました。
「ほら、はやく行きましょう」
こうして私たちは時計台へと急いだのです。
時計台は近くで見るととても大きな建物でした。見上げると塔の上部には丸い時計がはめ込まれていました。昨日の夜よりも多くの魔法使いが飛び交っています。けれど賑やかなのは空だけではありませんでした。時計台の下にも魔法使いや魔獣、使い魔がたくさんいました。中には小人や妖精もいて、様々な声や光、色でひしめいていたのです。この風景を見ていると、なんだか雲海の国のお城の前を思い出します。こんなに楽しそうなのに、同じ世界で竜の争いが起きている事なんて考えられません。
「レイラ、こっち!」
デーラを街はずれに留守番させに行っていたテネリが戻って来て、人ごみの向こうから手を振りました。そして時計台の裏を指さします。きっとあそこから時計台に入るのです。
私はローブのフードが脱げないように手で抑えながら、人ごみを進んでいきました。けれどその時、ひと際大柄な魔法使いにぶつかってしまいました。魔法使いはどっしりと構えていたのでよろめきもしませんでしたが、私は簡単にしりもちをついてしまいました。おしりをはたきながら立ち上がった時、肩に自分の髪がはらりと垂れたのを見て、フードが外れている事に気がついたのです。私が慌ててローブを被り直すその前に、背後で誰かが叫びました。
「雲海の国の民よ!見て!あの髪を!」
振り向くと茶色いドレスに赤いローブを纏った魔女が私を指さしてそう叫んでいたのです。魔女は私の目を見ると口を両手で覆って更に叫びました。
「雲海の国の民よ!見て!あの瞳を!どうしてここにいるのよ!汚らわしい!大地の裏切り者!」
彼女の怒りに周囲の人々もざわめき始めました。
私の周りからはあっという間に人がいなくなりました。ただ、私にぶつかった大柄の人は、その場から動きませんでした。彼もローブを被っていたので顔は見えませんでしたが、私のことをじっと見ているのは分かりました。
「殺せ!」
突然、人ごみの中から、誰かがそう叫びました。すると数人の魔法使いたちが杖を出して、その先を私に向けました。
「雲海の国の民だ!殺せ!」
ただ、その人たちが私をすぐに殺せなかったのは、他の魔法使いの何人かがそれを邪魔したからでした。てっきり私は地上の魔法使い達は、一人残らず雲海の国の民を恨み、嫌っているかと思ったので、私を守ろうとしてくれる人がいる事に混乱してしまいました。
「やめろ!あの子がお前に何かしたのか?」
青いスーツを着た魔法使いが杖をふるおうとする魔法使いの腕を掴んでそう言いました。腕を掴まれた魔法使いは、雲海の国の民だから殺せ、と怒鳴っていました。私の周りには、私を殺そうとする者、殺そうとする者を止める者、何もせずにその場から離れる者や私をじっと見つめ続ける者がいました。青いスーツの魔法使いに腕を掴まれた人が、彼の腕を払いのけて、再度私に杖をまっすぐ向けて言いました。
「雲海の国の民は、デズローズの一族だ。竜の争いを企てた犯罪者だ。たくさんの命を奪った。俺のご先祖だって、殺されたんだ!なのに悠々と今日も空を漂いやがって!俺はな、雲海の国の民なんざ、大っ嫌いなんだよ!」
そしてその言葉を言い放つと同時に、杖を振りました。杖からは数本のナイフが現れ、私めがけて飛んできました。憎しみでギラリと光るその魔法使いの瞳と、ナイフの光が重なった時、私は怖くて目をつむりました。けれど、しばらく経っても私にナイフは刺さりませんでした。恐る恐る目を開けると、私の少し手前でナイフが止まっているではありませんか。
「おい!何をしやがる!」
私にナイフを放った魔法使いが私の後ろを見て言いました。振り向くと、そこには息を切らせたテネリがいました。
「そいつは雲海の国の民なんだぞ!」
杖を振り回しながら魔法使いはそう言いました。けれどもテネリは何も言いません。
「何とか言えよ!こいつを殺すのは、正しいんだ!正義なんだ!」
しびれを切らしたその人は、今度は私ではなくテネリに杖を向けました。するとテネリはなんとか息を整えながら、震える声で言いました。
「正義は、人を殺さない」
すると、私の目の前で止まっていたナイフが砂になって姿を消しました。それからテネリは私の腕を掴み、あの笛をぴーっと鳴らしました。私たちの姿は周りの人から見えなくなり、街の路地裏へと逃げました。
「レイラ、大丈夫だった?」
テネリは笛を胸元にしまいながら、心配そうに聞いてきました。テネリの膝ががくがく震えています。きっと、テネリも怖くて仕方がなかったはずです。それでも助けてくれたのです。
「ありがとう、テネリ。私は大丈夫」
テネリはにこりと笑うと、ほっと一息つきました。
「レイラが誰かとぶつかって見えなくなったから、急いで戻ったんだよ。ごめんね、あんなに人がいるのに急いだりして。急がば回れって言うけれど、回り道どころか、レイラにけがをさせるところだったよ」
「雲海の国の民って、本当に憎まれているのね」
ため息をつく代わりに出てしまった本音を、テネリはしっかりと聞いてくれました。
「君に出会う前までは、僕もそうだった。でも見ただろう?あの時君を守ろうとしたのは、僕だけじゃなかった」
呪われた血の雨が私たちの体を傷つけるというのなら、心を傷つけるのは言葉でしょう。けれどテネリの言葉は、クライアが吐いた金色の炎のように穏やかなものでした。テネリの言葉のおかげで、元気が戻ってきたのです。私が微笑むと、テネリも微笑み返してくれました。
「じゃあ、早く時計台に行こう」
そしてテネリと一緒に時計台の中に入って行ったのです。