再会と運命
「そんなの、絶対に嫌よ」
その言葉が自分の言ったものだと気がつくのには、少し時間がかかりました。
けれど私はその言葉を自分で聞くのと同時に覚悟を決めました。何としても、竜の争いを止めるのです。そのためにはクライアを探す必要があります。クライアは絶対にいます。だって、心に安らぎや優しさ、愛情がある限りは存在し続けると、おとぎ話がそう言っていたのですから。雲海の国に竜はいませんが、地上にはたくさんいます。きっとそこにいるはずです。私は今度こそはっきりと頷くと、涙を拭いて顔を上げました。そして、丘の果てまで歩き、地上を覗き込んだのです。地上も夕日で真っ赤に染まっています。何頭かの竜が悠々と空を舞っています。けれどクライアのように真っ白な竜はいませんでした。きっと白い竜は珍しいのでしょう。だとすれば、地上に降りて探せば、見つけられるかもしれません。
「このまま落ちたらどうなるのかしら。地面っていうのも、ここのようにふわふわしているといいのだけれど」
雲海の国ではどんなに高いところから飛び降りても怪我なんてしません。雲が優しく受け止めてくれるからです。けれど地上はどうでしょう。いいえ、考えている暇なんてありません。一刻も早く地上へ行ってクライアを見つけ出すのです。
「行くわよ、レイラ。地上へ降りて誰が何と言おうと、私は雲海の国の王、ライド・デモンドの娘、レイラ・デモンドよ。何としてでもクライアを見つけて、竜の争いを止めて見せるわ。このまま滅びるなんて、冗談じゃないわ」
そう言うと私は目をつぶって空中に跳び込みました。
耳元で風がひゅうひゅうと唸っています。何とか目を開けてみると、そこには明かりがぽつりぽつりと灯され始めた魔法使いたちの街が小さく見えました。いくつかの雲を通り過ぎると、だんだんその街の一つ一つが大きくはっきりと見えてくるようになりました。この時急に不安が頭をよぎりました。地面が雲のように私を受け止めてくれなかったら、一体私はどうなるのかしら。考え始めると不安はどんどん膨らんでいき、手には冷や汗をかき始めました。いよいよ魔獣の群れの一頭一頭が見えるようになった時、私はごくりと唾を飲み込みました。きっと手から着地するより足からの方がいいはずです。空中で態勢と呼吸を整えていると、何かが私の胴に触れました。その途端に私の体はぐいと持ち上げられ、息ができなくなりました。思わず咳込んだ時、私はすでに地上に降りていたようでした。どうやらどこかの路地裏のようです。そして自分の胴をさすっていると、後ろから誰かが大声で怒鳴ってきたのです。
「一体何を考えているの?」
驚いて振り返った私はさらに驚きました。なんと、そこにいたのはテネリだったのです。私の胴に巻き付いたのは、テネリの竜のしっぽでした。私は説明しようとしましたがなかなか咳が治まらずにいました。
「どうした。何の騒ぎだ?」
曲がり角の向こうからそう声が聞こえて、私はぎょっとしました。するとテネリは私の手を握り、あの笛を取り出して音もなく吹いたのです。それと同時に向こう側から一人の魔法使いがやって来たのですが、不思議なことに彼は私たちの存在に気がつかずに通り過ぎてきました。私が驚いてテネリの方を向くと、テネリは周りに誰もいないことを確認してから笛を口から話しました。そして先程よりも声を落として同じことを聞いてきたのです。
「一体何を考えてるの?」
助けてもらったのにもかかわらず、私は相手がテネリだとわかった瞬間に素直に口を利きたくなくなってしまいました。
「どうして私を助けたの?あなたと同じ魔法使いとでも思ったの?」
テネリは怒ったように顔を赤くさせて、つっけんどんにこう言いました。
「違うよ。誰かが落ちてきたから、助けなきゃと思っただけだよ」
そしてぶっきらぼうにこう付け加えたのです。
「どこの誰かなんて、考えてる余裕もなかったよ」
その言葉に私の心の棘はすっと消えていきました。そしてテネリに素直にお礼を言えたのです。
「ごめんね、テネリ。ありがとう、助けてくれて」
それを聞いたテネリは始めこそそっぽを向いていましたが、やがてこちらを振り向きました。
「ううん。僕こそ。レイラ。あの時はありがとう、助けてくれて」
お互いに見つめ合っていましたが、段々とそれがおかしくなって私たちは同時に噴き出しました。
「まさか同じ日に二回も会うなんてね」
テネリがそう言って笑いました。私も頷きます。
「ええ。私、“地面”がこんなに硬いなんて知らなかったわ」
そう言うとテネリははっとして、私の両肩に手を置きました。
「そうだよ、レイラ。どうして君はここに落ちてきたの?」
その途端、自分がのん気に笑っていたのが馬鹿みたいに思えてきて、私もテネリの肩に手を置きました。
「クライアよ!白い竜を探しに来たの!竜の争いを止めてもらうために!」
その言葉を聞いたテネリは少し怪訝そうに首を傾げました。それを見て私はテネリに尋ねました。
「ねえテネリ。あなた、竜の争いは知ってる?」
テネリは用心深く頷きます。
「知ってるも何も、僕はその争いから逃げてきたんだ。それより君は、雲海の国が僕らにどう思われてるか知ってるの?」
私は正直に頷きました。
「ええ。さっきお父様から全部聞いたわ。私達はもともと魔法使いだったのね。でも、私の祖先のデズローズが、竜達を争わせたの。そして、地上から追放されて魔力も封印されたの。でも今回の竜の争いは私達が企てたものではないわ。それは誓ってもいい」
私がそう言うと、テネリは慌てて話を遮りました。
「え、待って。君はデズローズの子孫なの?デズローズってあの、デズローズ?」
訳が分からないというように頭を抱えるテネリでしたが、私は彼の瞳をじっと見つめて言いました。
「そうなの。私はデズローズ・デモンドの子孫、レイラ・デモンドよ。」
テネリは両手を頭に当てたまま口をパクパクさせ、ゆっくりと首を振りました。私はテネリの肩に置いていた手をその手に乗せました。
「でも今回の争いは本当に私たちが企てた争いじゃないのよ。あなた達がどこまで私たちを信じてくれるかわからないけれど、本当に信じてほしい事なの」
そう言うとテネリは、今度は何度も頷きながら私に落ち着くように言いました。
「わかってるよ。だって、雲海の国は雲の上にある国だよ?その国に住む人が竜の争いを企てるなんて、自殺行為じゃないか。呪われた血の雨は雲に広がっていくんだから」
「ああ、そうね」
私はあっさりと納得しました。確かにその通りです。私が自分の中で何度も納得していると、テネリが続けました。
「そんなことより、僕は君がデズローズの子孫だという事に驚いてるんだ」
私が首をかしげると、テネリは言いました。
「だって、僕はテネリ・バーグラッドだから」
私が更に首をかしげると、テネリはもどかしそうに言いました。
「ルルの子孫だよ」
なんということでしょう。あのおとぎ話のルルの子孫が、目の前にいるテネリだと言うのです。
「デズローズの子孫に、ルルの子孫だ」
テネリは信じられないというように首を振りました。
「私はあなたにとって、まさに親の仇なのね」
少し悲しくなって私がそう言うと、再び路地裏に魔法使いがやってきました。するとルルは再び笛を使って私たちの姿を見えなくしました。そして今度は、音を立てないように近くの森に入るよう指示してきました。その途中でルルが振り向きながら言ったのです。
「それは、ご先祖様の話だよ」