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雲海の国  作者: 赤亀たと
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空の少女と大地の少年

 私が戻ってきたことに気がつくと、男の子はきっと口を結んだままこちらへずかずかと歩いてきました。私はまた怒鳴られるのかと怖くなって後ずさりましたが、それを見た彼は近づくのをやめて右手を差し出しました。そこには、私が落とした夕焼けウナギの体液が入った小瓶がありました。きょとんとしながら彼の顔を見ると、彼はその真っ黒な瞳で私を見つめたまま言いました。

「これ、君が落としたものだよね。僕のせいで、落としたものだよね」

 その声を聞いた瞬間、ふっと肩の力が抜けました。怒鳴られないという事と、彼が私と同じように、相手を警戒して緊張しているだけだというのが伝わったからです。私は黙って頷き、彼の手からそっと小瓶を受け取りました。そして、

「ありがとう」

 そう言って微笑みましたが、彼は口をあんぐりと開けていました。そして私の髪を指さしてこう言ったのです。

「君は、雲海の国の人?」

 私はどうしてか、急にぎくりとしました。それでもなんとか頷いて見せると、彼は急に駆け出して、東の丘の果てまで行きました。そして雲海の国の端から地上を見下ろしたのです。私も慌てて彼の方へ行くと、彼は震える声で言いました。

「雲海の国だ。雲海の国に来てしまった。大変だ」

 その台詞を聞いた途端、私は嫌な予感がして彼に聞きました。

「あなた、どこから来たの?」

 すると、彼は、震える手で地上を指さしました。そうです、彼は地上の魔法使いだったのです。生まれて初めて雲海の国の人以外に会った私はどうすればいいのかわからず、固まってしまいました。それは彼も同じ様でした。二人でしばらく地上を覗く格好のままお互いの顔を凝視していました。確かに彼は髪の色も瞳の色も変わらないままです。どちらも闇のように真っ暗です。どうして早く気がつかなかったのでしょう。赤い竜だってそうです。雲海の国に竜いるなんてあり得ないと、もっと早くに思い出すべきだったのです。

「僕はてっきり」

 彼は震えながら言いました。

「僕はてっきり、霧の谷にいるのかと。それがまさか、雲海の国だったなんて」

 彼はゆっくりと体を起こすと、私に聞きました。

「君、名前は?」

 どうして名前を聞いてきたのかはわかりませんが、私は慎重に体を起こして言いました。

「レイラ。レイラよ。あなたは?」

 私がそう尋ねると、彼はつばを飲み込みました。

「僕はテネリ。テネリだ」

 テネリはそう言いながら唇をかみしめました。そして続けて口を開きました。けれど先程までとは違い、どこか棘のある口調でした。

「どうして僕を助けたの?君と同じ雲海の国の民だと思ったの?」

 その言い方に私はなんだかむっとして言い返しました。

「違うわ。怪我をしたあなたを見た瞬間、助けなきゃと思って助けただけよ。どこの誰かなんて考えてる余裕もなかったわ」

 そう言うと、テネリは怪訝そうに顔をしかめて胸元から笛を取り出しました。そして、突然大声で言ったのです。

「嘘だ!雲海の国の民は嘘つきだ!きっとさっきの薬も毒だったんだろ!」

 急にそんなことを言われて、私は頭の中が真っ白になってしまいました。けれどもテネリは構わずに続けます。

「僕は地上の魔法使いだぞ。雲海の国の民とは違って魔法が使えるんだ。何かしてみろ、すぐに懲らしめてやる」

「何もしないわよ!どうしてそんなひどい事ばかり言うの?」

 自分でも気がつかないうちに私の声は震えていました。でも、怖いからではありません。ただひたすらに、悲しかったのです。その声を聞いた途端、テネリは笛を持っていた手を緩めました。けれど私は悲しくて悔しくて、涙を流しながら大声で言っていました。

「そんなにこの国にいるのが嫌なら、さっさと出ていってしまえばいいじゃない!勝手にこの国に入って来て!怪我したから手当てしただけなのに!なのに、雲海の国って知った途端にひどい事ばかり言って!そんなに言うなら出ていけばいいじゃない!」

 両手を握りしめてそう言い放つと、テネリは困ったように眉を八の字にしました。テネリも泣き出しそうです。

「僕は」

 震える声でテネリは言いました。

「僕は、雲海の国が、嫌いだ」

 そう言うとテネリは赤い竜にまたがって飛び立っていきました。私はその背中に向かって大声で言ったのです。

「私も、あなたなんか、嫌いよ!」

 けれど次の瞬間、ぴーっという笛のなる音がして、テネリとテネリを乗せた竜の姿は途端に消えました。私はその場でしばらく泣き続けました。こんな気持ちは初めてです。

 けれど幾分も経たないうちに何か嫌な胸騒ぎがしました。あたりは妙に静かでしたが、お城の方角が騒がしく思えたのです。私はすぐに涙を拭いて、お城へ駆けていきました。


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