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雲海の国  作者: 赤亀たと
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竜と男の子

 そのころからでしょうか。自由に探検して知ったのですが、雲海の国は案外小さかったのです。雲海の国を探検しつくしてしまった私はもうすっかり飽きてしまいました。これではお城にいるのに飽きてしまった時と同じです。そのうち私は東の丘の果てで過ごすようになりました。ここからだと雲の合間から地上が良く見えるのです。私はいつものように地上を見下ろしながらため息をつきました。遠くに小さく魔法使いたちが見えます。箒に乗って空を飛んだり、魔獣の世話をしたりする姿を見ていると、なんだかとても羨ましくなりました。私達雲海の国の民は魔法という魔法をどうしてだかを使えないのです。だからでしょうか。私達が魔法使いたちと関わることができないのは。きっと彼らは私たちのことを能のない民だと思って呆れているに違いありません。

「ああ、つまらないわ」

 私はそうぼやきながら草原に身を投げました。雲海の国の植物たちは地上とは違ってほとんど透明です。草木も花も、形はしっかりとあるのに、心なしか色づいている程度なのです。あおむけになって目を凝らすと、空の終わりにうっすらと星が見えます。こんなに静かな場所なら、太陽が沈むころには星たちの会話も聞こえるでしょう。遠くで鳥のさえずりが聞こえました。ああ、私にも翼があったら地上まで降りて魔法使いたちの様子を見ることができるのに。きっととても素敵な場所に違いありません。杖を振る魔法使いはきっととんがり帽子をかぶっているでしょう。そしてその杖をひょいと動かすと、杖の先からきらきら輝く光が飛び出すのです。呪文を唱える魔法使いはきっといつも片手に分厚い本を持っているのでしょう。そして本を顔にぐいと近寄せながらぶつぶつ呪文を唱えて歩き回っているのです。魔獣や使い魔はどうでしょうか。毛がふさふさした魔獣は日向ぼっこをしながらお互いの毛繕いをしているのでしょう。牙のあるのは狩りをしているかもしれません。使い魔はご主人様の魔法の言いつけで薬草を探しに行ったり、魔法を使う手伝いをしたりするのでしょう。そんなことを考えながら私は目の前の透き通る花を一輪抜いて髪に飾りました。もうそろそろお城に帰る時間です。私は最後にもう一度地上を眺めてからお城に帰りました。


 次の日、私はいつものように東の丘に来ました。けれど今日は、丘の向こうに何か赤くきらりと光るものがありました。

「なんだろう」

 私はそう呟いて、そちらへ向かいました。ああ、スカートじゃなくてズボンをはいて来ればよかったのに。そしたら裾を踏みそうになる度に立ち止まらなくてすんだのですから。そう思いながらもできる限りの速さで駆けていくと、やがてその赤く光ったものが思ったよりも大きい事に気がつきました。

 けれどそれが竜だとわかったのは、本当にすぐ近くになってからでした。何しろその竜はとぐろを巻くようにして横になっていたので、はたから見たら赤い岩か何かにしか見えなかったのです。小さな家一軒ぐらいの大きさの竜は、ルビーのように赤く輝いていました。喉元で呼吸と共に炎が燃えているのがわかります。けれど竜より驚いたのは、私と同い年ぐらいの男の子がいた事です。それも竜の腕を枕にして眠っているではありませんか!声も出さずに驚いた私ですが、ある事に気がつきました。男の子の呼吸が異様に速いのです。慎重に顔を覗き込むと、苦しそうでもありました。何か悪い夢でも見ているのではないかと、彼の腕をつつきましたが、目を覚ましませんでした。苦しそうに胸を押さえています。なんと、その手には血がべっとりとついていました。冷や汗をかきながら苦しそうに喘ぐ彼を、私は慌ててあおむけにさせました。そして首から下げていた小瓶を取り出し、夕焼けウナギの体液を一滴、彼の胸に垂らしました。すぐふさがったのでよく見えなかったのですが、とてもひどい傷だったのは間違いないです。痛みが消えたのか、彼の呼吸は次第に穏やかになりました。私はもしやと思い、竜の様子も伺いました。案の定、竜もひどい怪我を負っていました。同じように手当てをしてやりましたが、眠り続ける男の子とは違い、竜は眼を開きました。私はそのするどい眼光にぞっとして立ち尽くしてしまいました。金色の液体がゆっくりと動いているような瞳で、そこには、ひきつけを起こしたように固まった私がはっきりと映っていました。私はなるべく刺激しないように、息を殺しながらゆっくりと後ずさりました。

 その時、男の子が目を覚まして飛び起きながら叫んだのです。

「もう来るな!あっち行け!」

 びっくりした私は手に持っていた小瓶を落としたのにも構わず、丘を一目散に駆け下りました。途中何度かスカートの裾を踏んでしまい、転びましたが、それでも止まらずに走り続けました。けれど、どうしてだか、戻らなければいけない気がしてどうしようもなくなりました。ただでさえ頭が混乱していた私は、どうしてそう思うのか考える余裕もありませんでした。そして私はそれに従う事しかできなかったのです。唇を震わせながら一人で頷くと、再び男の子がいる場所へ戻りました。


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